ブンさんと言う人物②
学生ズが率先して階段を上がって行くのは、今回の取材も積極的に行なうと言う決意の表れなのだろう。和也に続いて充希たちも階段を上がり、さて本日の主役と初対面である。
そのブンさんとやらは、ちゃんと八百屋の2階の部屋にいてくれた。ニートのカテゴリーの人なので、ほっつき歩く事はあまり無いとは思っていたけど。
その八百屋の息子のブンさんだが、前回会ったシノさんよりはすっきりした顔立ちだった。上下スウェット姿だが、そこまで完全インドアな感じも受けない。
その当人は、招いておきながら入って来た学生集団に驚いて固まっている。恐らくは、こんな大人数で押しかけて来るとは思っていなかったのだろう。
特にいきなりドアをノックして対面した、美少女2人の存在にはビビっている様子。それに続く学生たちが、部屋を占拠して行くのも流されるままな感じ。
それから和也が、何とか場を纏めようとブンさんに語り掛ける。動画にするから撮影しても良いかとか、1人ずつ紹介した方が良いかなとか。
ブンさんと和也は、どうやらある程度は面識があったよう。ようやく正気を取り戻したブンさんが、自分の部屋を見回して座る場所を求めて動き出している。
その間に、こちらは簡単に自己紹介を順番に回して行く流れに。それからこの取材の趣旨を、基哉が代表して部屋の主に説明を始める。
要するに、同級生が最近不登校になったのだが、その彼を社会復帰させる方法を求める為に。あれこれ考えるに、受け皿となる世の中の実情を改めて考えるに至ったのだと。
それから、そもそもニートとは本当に悪なのかとか、多角の視点で考えてみようと。そんな訳で、色んなニートと言われる人物に取材を申し込んでいる次第だと。
さすが秀才は、言葉巧みと言うか説明が上手いなと引き合わせ役の和也は舌を巻く思い。当のブンさんは、ポカンとした表情で説明された言葉を咀嚼するのに忙しそう。
そんな中、学生ズは勝手に座る場所を定めて他人の部屋を占領して行く。ブンさんの部屋も、直哉のと同じくそんなに広くなくて各人が座るのも一苦労。
「な、なるほど……確かに不登校になった学生を、学校に戻れやと説得して解決するならこんな簡単な事は無いよな。実際はそこに色んな原因があって、精神的に追い詰められた結果が不登校であってニートな訳なのであって。
本人だけの問題じゃないってのは、確かに的を射ていると俺も思うな」
「そうでしょう、前にインタビューした人も、社会人として精神的に患った過去を持っていましたしね。ブンさんも、出来れば我々に本心で内情を語ってくれれば嬉しく思います。
それが彼……直哉君の心に刺さる事にもなるでしょう」
巧みな言葉で、そんな感じでブンさんの心にヤル気を注ぐ基哉であった。他の面々も仲間の口の上手さに感心しながら、お話を聞かせてとオーディエンスに徹する構え。
とは言え、ブンさんにもたいして熱く語るバックボーンも無かったりして。ただ単に、両親が健在で現役で店を切り盛りしてくれているので、その手伝い程度に甘んじているだけって話である。
他にも家賃収入や、駐車場の土地の収入もあったりする。だからこんな潰れかけたアーケード通りの八百屋でも、何とかやって行けてる感じみたい。
つまりは両親が引退したら後を継ぐし、今でも配達やらの手伝いも行なっているのだ。自分は厳密には、ニートと定義される存在では無いのかもなと述べるブンさんである。
いやいや、そんな謙遜しないでとの和也の合いの手は、やっぱりどこか変な気もする。充希が話を継いで、みんな質問を考えて来たんですがと水を向けると。
何でもどうぞと、むしろ気安い返事の謙遜ニートのブンさんである。
「えっと、それじゃあ私からでいいかな……ほぼニートのブンさん? は、そんな現状をどう感じて日々を過ごしているんでしょうか?
出来たらちゃんとした仕事に就きたかったとか、後悔は特に無いとか」
「う~ん、さっきの彼も言ってたけど……ニートは果たして悪なのかな? 俺だってちゃんと家業が忙しかったら、両親の負担を減らすために働くけどさ。
現状は潰れかけた家業を手伝うのも、意味が無いからヤル気を無くしている状態なんだよねぇ。大きなスーパーが駅の反対側に建ってから、ずっとこんな感じさ。
みんなだって、買い物は向こうのスーパーに行くでしょ?」
そう聞かれて言葉に詰まる、正直者の面々である。確かにこちらのアーケード通りは、閉まっている店舗ばかりで通り抜けるだけのただの通路と化している。
買い物をするなら、断然スーパーを利用するのは彼らの両親も一緒。アーケード通りの商店の利用率は、現在においては寂しい限りなのはどの家庭も同じみたい。
それも時代の流れだよねと、そう口にするブンさんはどこか悟った顔付き。人情を売りに出そうにも、周りがシャッターを閉じた店ばかりだとどうしても寂しさが表立ってしまう。
もはや1店舗の力ではどうしようもなく、それは学生たちにしても同じ事。人情に関して言えば、昔は裕福な家庭には居候なんてのもいて、大らかだったよねとブンさん。
それもニートですかと、知佳が不思議そうに首を傾げながら質問する。ブンさんは、昔は苦学生とかを赤の他人が自分の家に住まわせて、食事などの世話をしてあげてたんだよと説明する。
今でいう所のヒモなのかと、充希の言葉には全く容赦が無い。家賃を払っていない点だけを見れば、まぁ似たようなモノなのかも知れない。
つまりは、立場が曖昧な者は昔から存在したのだとブンさんはそう口にする。それがいつしか、居候=厄介者みたいな意味合いも持つようになってしまったのだ。
それこそヒモみたいな蔑んだ言葉も生まれて、ニートと共に社会的地位など求めようもない存在に成り下がる破目に。生産性の無さを疎むのは、社会全体がいつしか余裕がなくなって来たからに他ならないせいなのかも。
「そう言う意味では、曖昧な立場の自分だって社会に貢献出来ていれば、それなりに居場所はあるんじゃないかなって思うよ。確かに俺は、人よりあくせく働く時間は少ないけど、代わりに結婚もしてないしお金の使い道もそんなに無いしね。
大金を稼いでも、あの世まで持って行ける訳も無いってその通りじゃない?」
「本当にそうですねぇ、じゃあ……周囲の目も、特に気にならないんですね?」
「まぁね、八百屋の放蕩息子って視線はもう慣れたよ。これでも商工会の寄り合いには毎回参加しているし、今は会長だって務めてるしね。
地域のボランティアや清掃活動にも参加しているし、徳は積んでるつもりだよ」
おおっと、ちょっと意外って感じのどよめきが学生から立ち上がる。そんな失礼な反応にも、ブンさんはさして気にした風もなく受け流している。
そんな学生ズの反応を楽しみながら、生きているだけで丸儲けって、そんな悟ったような言葉までブンさんの口から出る始末。
どうやらブンさんの兄弟で、若くして亡くなった身内がいるみたい。人生の価値感なんて、そんな事に遭遇したりしなかったりで、確かにガラッと変わってしまう。
ブンさんは身内の死によって、現在の生き方に辿り着いただけの事。それを放蕩息子だとか、優雅なニート生活と周囲が例え揶揄したとしても。
本人がその生活に満足しているなら、それは周囲のただのひがみ根性でしかないのかも。そんな事を考えながら、充希はこの出会いも良いサンプルには違いないと満足気。
確かに親子の関係も良好で、ブンさん自体もボランティア参加なんかしちゃってるそう。ブンさんの周囲で困っている人間はおらず、これは一風変わったサンプルには違いない。
まぁ、それももう少し質問してみないと分からないけど。
――いやしかし、ニート考察って本当に奥が深い。




