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亡国の殺戮皇子の悲劇  作者: 夕鈴
番外編

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5/7

白銀の吟遊詩人

太陽神を信仰する小さい帝国が国々を滅ぼし世界一の強国となった日から連日祭りが開かれている。


「お母さん、今日もお祭り?」

「そうよ。帝国が世界で一番強い国になったのよ」


幼女は不思議そうにずっと高台に飾られてある首を指さす。


「あれは?どうして首を飾ってるの?」

「あの人はたくさんの人を殺したから罰を受けているの。悪いことをすると殺戮皇子に首を斬られるからいい子でね」

「いい子だよ!!だからみんながよろこんでるのね。わるいのはいけないものね」

「死んだ!!とうとう死んだ!!」

「殺戮皇子め!!」

「残虐皇子」


皇帝は国民の命を守るために国境に攻め込もうと企む敵兵と戦ったのが戦の始まり。

英雄皇子を中心とする国を守るための戦がいつの間にか殺し略奪するためのものに変わっていく。

殺戮に快感を覚えた皇太子が世界中に悲劇を呼び、罪なき人を斬る殺戮皇子は恐怖の象徴。

いつも血まみれの体で帰国し、笑顔の一つも見せない恐怖の皇子の死に盛り上がる。

皇太子の公開処刑を見るために多くの者が集まる中で、皇帝は殺戮を繰り返した皇太子を自らの手で首を落とした。

殺戮皇子を育てた償いとして酒と肉と自慢の踊り子を振舞われ群衆達は皇帝の大盤振る舞いに興奮し、盛り上がる。帝国の勝利と殺戮皇子の死を祝う宴が連日続いていた。


青空の下、少女は殺戮皇子と呼ばれ高台に置かれた晒し首の下に立ち息を吸う。


「人の目にうつるはうつつ」


美しい歌声に人々は足を止め、視線を向けると光に照らされ輝く白銀の髪にほんのり頬を染め、真っ赤な唇で紡ぐ少女に目が釘付けになる。


「赤い瞳の優しい皇子様。小さい体に細い腕、剣を持つ柔らかい手は豆だらけ。ボロボロの手で」


少女の白銀の瞳が潤み涙が頬をつたい地面に落ちる。少女はふぅっと息を整えまた音を紡ぐ。



「ふれる、すべては、優しくて、うっ、いとしい人は」


ポロポロと涙を流し、切ない声に観衆は静かになり、大事な人を亡くしたものは少女に同調する。


「ずっと虐げられ、」


嗚咽で言葉を詰まらせた少女に青年が飲みかけの酒瓶を渡す。


「嬢ちゃんこれでも飲みな」


少女は瓶に口をつけ、半分以上も残る酒をゴクゴクと一気に飲みふぅっと吐息を溢す。少女にとって思い出の味に切なく微笑む顔に青年が頬を染める。


「ありがとう。お酒をたくさん飲まないと一人で眠れない、可哀想な皇子様、出陣のあとはいつもお酒の香りが抜けない口づけを…」


恋人に先立たれた酒瓶を置いた少女の切ない歌に妙齢の女が涙を流す。


「うぅ、望んでないのに、無理に、神をおろされ、操られたまま命を奪う。戦いたくない、殺したくないと懇願しても国のため」


兵に息子を連れて行かれた女が足を止めた。


「皇子様の懇願を誰も聞きいれない。英雄皇子と剣を握ることを強要され、望まれるままに戦場に」


涙混じりの言葉に一部の観衆が目を見張る。帝国の敵の名前に


「人を斬るたびに苦しんで、絶望して、殺戮皇子と」


少女の言葉に同情的に見ていた観衆達の目が変わる。


「いい加減なことを言うな!!」

「子どもだからって!!」


少女は野次も気にせず歌い続ける。


「殺戮皇子と呼ばれた皇子様は一度も望まなかった。悲劇を生んだは皇帝と」


「いい加減にしろ!!」


少女は投げられる石を避けて、キャンキャンと犬のように叫び自分の声を打ち消す少年を睨みつける。


「お前は何もわかってないんだよ!!」

「うるさい。聴きたくないならどこか行きなさい。私が先にここで歌ってたの。早い者勝ちよ」

「殺戮皇子は妹を殺した!!快楽で人を殺める男が消えて皆が喜んで」


少女は少年の言葉にさらに涙を流し、思いっきり息を吸い口を開く。


「訂正して!!皆って誰よ!!私は喜んでないもの。……エリクのバカ……逃げようって言ったのに。皇族として逃げられないなんてバカよ!!私だって国を捨てられなかったけど。皆が無事でお兄様が生きてるなら思うままに動けば良かった!!こんな手紙があるなら早くよこしてよ。そしたら」


懐から出した手紙を握り締めてボロボロと涙を流す少女に野次が止まる。


「な、泣きながら叫ぶなよ!!」

「うるさい。勝手に涙が出るのよ!!帝国なんて滅びればいいのよ。エリクの命を奪って」


少年は少女の足元に転がる空き瓶に目を止める。


「酔ってんのかよ!?その瓶どこから持って来たんだよ!!」

「お兄さんがくれたのよ。帝国皇族は嘘ばかり。殺戮を望んだのは皇帝陛下よ。エリクを騙してあの色狂いが。純潔の乙女を好み何人も女を寝所に呼んで肌をさらし、乙女の血を薄汚く啜る」

「お前!?女がなんてことを」


真っ赤な顔の少年と言い争う少女に帝国兵が近づくと、涙を流す美しい顔立ちに、罪人の末路に卑しい笑いを浮かべ手を伸ばす。


「女、不敬だ」

「バカみたい。事実よ。吹き飛びなさい。そしてエリクに謝りなさい!!一人で最前線で戦ったから負傷兵がいなかったのよ。貴方達みたいな弱い兵に落とせる国があるわけないじゃない。覚悟もない、なまった剣に、女を慰めものにするしか能のないそのぶよぶよの体で、いつもボロボロだったエリクの大きくなれなかった体と大違いよ」


少女が手を振ると激しい風が吹き帝国兵が風に飛ばされる。


「はぁ!?苦労も知らない、欲のために命を奪う殺戮皇子が?あんなやつを許せるわけないだろう!!」

「勝手にすればいいけど、殺戮皇子の呼び方は失礼よ。色狂い皇子に腹黒皇子、ロリコン皇子に変態皇子、うつけ、脳筋にあら?もしかして殺戮皇子が一番まとも?まともな皇族なんてエリク以外はいなかったわ。エリクもおバカだけどマトモな感性は持っていたわ」

「はぁ!?」

「妹と子供を作る皇子とか変態でしょ?母親を抱く皇子も。色狂いの学のない皇族ばかりよ。弱い毒薬も解毒できない、魔法も使えない、古語も読めずに詩歌も、こんな知性のない国はどの国も交流をお断りよ。反逆をおこさない民もバカよ」

「お前は何様なんだよ」

「関係ないわよ。こんな国は大嫌い。でもね、どうしても譲れないから真実を伝えるの。あら?お客様、バカみたい」


少女が指を振ると近づいてきた剣が得意な皇子の頭の上から泥水が落ちる。泥にまみれた皇子は目に泥が入り目を閉じている。


「剣神よ。憐れね。そんなできそこないについて。人に取り付く低能な神に敬意を払わないわ。人の弱い体に不満でしょう?でも憐れなのはお互い様ね。頭を冷やしたら?」


少女が指を降ると強風が吹きドボンと海の中に皇子が落ちる。


「殿下!?」


兵達が慌てて追いかけるのを少女は失笑する。海のある国に住んでいるのに泳げない剣しか取り柄のない皇子を。

涙が止まり指先一つで大柄な男を消した少女を一部を除いた観衆達は茫然と見ていた。


「ヴィー、うちで歌うか?」

「うん。雨が降りそうだから。それにここだとうるさいもの」


少女は男に声を掛けられ、曝されている殺戮皇子の首を見る。雨に濡れないように首を風で覆って男の後についていく。

少年は去っていく少女を誘った男の父親に聞く。


「おっちゃん、なんであんなやつを誘うんだ」

「ヴィーは帝国嫌いだけど、いい子だよ。うちのかみさんの足を治してくれた。ヴィーが嘘をついてるようには見えないからねぇ。ヴィーが強くても女の子に意地悪は駄目だよ」


少年は頭をポンと叩かれ少女達を追いかけていく背中を眺める。

そして夜に父と共に酒場を訪ね、酔いながらニコニコと笑顔で悲劇の皇子の話をする顔は悔しいほど可愛いく恨みよりも恋心が勝る。少女は殺戮皇子を悪く言わない者には優しく笑顔を向ける。今を生きる人々は亡くなった噂の殺戮皇子よりも目の前の美少女の笑顔を選ぶ。殺戮皇子を愛する少女は何人もの男の心を掴んでも決して愛の言葉は受け取らない。

帝国人にない色を持つ白銀の美少女を酒場に誘うと客が増える。

ふらりと現れ、歌う白銀の美少女の争奪戦が酒場の店主達によって繰り広げられていた。


「ヴィー、今日は神の歌を歌ってくれないか。結婚式で太陽神の祝福を覚えないと」

「いいよ。太陽神だけでいいの?月の女神も歌おうか?」

「月の女神?」

「知らないの。この国の人は何も知らないね。ここの人はエリクを悪く言わないから教えてあげる。これは―」


少女は椅子に座って、美しい声で歌いながら神々の正しい知識を神の力の恐ろしさを伝える。


「なぁ、ヴィー、皇族の加護は」

「あれは禁忌よ。加護は全ての人に授けられている。きちんと祈り、神の声に耳を傾け、正しく生きられれば力を与えられる。でもその力はもろ刃の剣よ。神々はねー」

「エリク様は」

「戦神に憑りつかれていたわ。呪われた剣を持てば目の前にある者は全て斬り殺す。戦神は視野が狭く短気だから視界に入らず隠れていれば逃げ切れるわ。人の身に無理矢理降りる低俗な神は特性があるのよ。神降ろしなんて命賭けて低俗な神を下ろすなんてこの国だけよ。太陽神も月の女神も決して降りてこない」


博識な白銀の美少女の言葉に人々は聞き入る。そして正しい知識を知った国民達は初めて帝国のあり方に疑問を持つ。他国では美女を無理矢理後宮に召し上げる文化はないと聞き、恋人や妻を連れていかれた男は特に。そして後宮の恐ろしい内情を聞き、さらに疑念は大きくなる。



少女は今日も殺戮皇子の悲劇を歌う。

美人は後宮入りが帝国の掟である。赤毛の皇子は白銀の殺戮皇子の悲劇を歌う少女の前に立ち偉そうに口を開く。


「帝国民は全て皇帝陛下のものだ」

「うるさいわね。私は帝国民じゃないし色狂いの相手なんてごめんよ」


少女は歌をやめて、汚物をみるような視線を向ける。


「君は騙されてる」

「嫉妬に狂った皇子様がどうしてここに?弟を恨んで真実から目を背け」

「は?君は知らないんだよ。どれだけ酷いやつだったか」

「バカじゃないの。確かにエリクもバカよ。でもね酷くないわよ。いつもボロボロで、あの人を利用していた皇族は大嫌いなの。どんな事情でも。消えて」


少女が指を振ると強風が吹き赤毛の皇子を森の中に飛ばした。殺戮皇子の首が消えても少女は歌うのをやめない。

そして皇族への不敬の塊を生け捕りにして皇帝に差し出せば金貨50枚と賞金首になった。

帝国嫌いの少女は気まぐれで病人や怪我人の治療をしたり、老人の荷物を運んだり、人助けをする。殺戮皇子の悪口さえ言わなければ優しい少女に多くの帝国民は絆され、歌声に聞き入り、少女を捕えようとする帝国兵から隠すようになる。少女の切ない歌声は嘘には聞こえず、少女は恐ろしいほど帝国の内情に詳しく素直な人柄だった。





少女は門の上に座って大きなお腹を撫でながら歌う。

身重の体は走り回るのが辛く、高い場所で邪魔をされないように歌うのがお気に入りだった。


「恋しい人はもういない。願いは叶わない」

「ヴィー、降りてきなよ」


少女は自分に付き纏う赤毛のお忍び姿の青年を冷たく睨む。少女が高い場所で歌うようになった原因の大嫌いな青年を。


「うるさい。いつも邪魔しないで。名前を呼ばないでよ」


「火事だ!!逃げろ!!」


宮殿から煙が上がり、広がる炎を見て少女はクスリと笑う。逃げる人々をクスクスと笑いながら眺め、自分を見て動かない青年に呆れた声を出す。


「動きなさいよ。やることあるでしょ」

「危ないから、そこから降りて」

「い、あれ、嘘!?」


地面が激しく揺れて少女はバランスを崩して、門の上から体が落ちると青年の逞しい腕が伸び抱きとめられる。少女は恋しい腕と正反対の皮膚の厚い固い手と筋肉のついた腕にポロリと涙を落とし慌てて袖で拭う。


「だから危ないって言ったんだよ。なぁ、ヴィーは」

「はなしてください。魔女を掴まえて、ご満足いただけました?」

「今は消火でそれどころじゃないだろう。私はなんのために」


少女は必要なくても一応助けてもらったお礼に迷子のような顔をする青年に初めて疑問への答えに繋がる言葉をかける。歌い始めて半年以上経っても少女の正体に気付く者はいなかった。


「エリクに嫉妬していた貴方が征服を喜んでいなかったことにも、エリクの死を願っていなかったことにも驚いています」

「は?」

「この炎は呪い。きっと消火できないわ。たとえ消火できても、いずれ奴隷に反乱を起こされてこの国は滅びると思いますが」

「呪い?」

「これ以上は話したくないので、嘘!?余裕ないから放して!!」


少女は覚えのある感覚に余裕のある顔が焦りに染まり、スカートの濡れに声を荒げる。


「降ろして!!吹きとばすわよ」


腕が濡れて驚く青年は少女を抱いたまま宮殿に向けて走り出す。


「バカ!!そっちは火が。降ろしてよ!!巻き込まないで!!死ぬなら一人で死んでよ!!邪魔!!もう、いい加減にして、触らないで」


火の海に少女を抱いたまま足を向ける青年の腕から逃れようと必死に暴れ、青年は足を止めて木陰に降ろす。


「あっち行って!!一人にして」

「産婆を探してくるよ」

「いらない。あなたは無駄でも人命救助に行くべきなのよ!!これだからこの国は駄目なのよ」


少女は燃える宮殿と逆方向に消えていく背中に呆れながら我が子が生まれる準備を始める。

青年が老婆を抱えて戻ってくる姿に少女は絶望した。


「もう生まれるわい。ほれ旦那、お湯だ」

「いらないから放っておいて。貴方はやるべきことやりなさいよ!!」

「お湯!?」


少女の声を無視して青年は老婆に指示出されるままに動き回り、真っ赤な顔で赤子を取り上げた。

少女は医の心得もあり、魔法も使え一人でも問題ないのに大嫌いな帝国の皇族に我が子を取り上げられる一生消えない黒歴史の誕生に心底嫌そうに呟く。かつて月の女神の加護を失った時よりも少女の心は傷ついていた。


「屈辱」

「元気な双子じゃわい。じゃが」


老婆は青年に似てない赤子を気まずい顔で見るので、少女は無理矢理笑顔を作りポケットから金貨を渡した。


「それ、他人です。お代です。お世話になりました」

「やっぱりそうか」


赤い瞳と白銀の瞳の双子を見てしみじみと呟く青年に少女が鋭く睨み冷たい声を出す。


「手を出したら殺しますよ」

「エリクの籠妃か」

「だからなに?返してよ」


少女は疲れて眠りたいのに青年が赤子を放さないので睨みつける。そして体力の限界に意識を失い焼けた町から離れた宿屋のベッドに運ばれるという第二の黒歴史が誕生した。



帝国は炎に焼かれて宮殿とともにほとんどの皇族が死に、統治者を失い滅びの道を進み出す。炎は町にも燃え広がり、多くの家を灰にした。地震で沈んだ家もある。一切被害を受けていない家もあり、混乱がおこっていた。

統治すべき血を持つ唯一の成人している赤毛の青年は双子を生んだ少女と共にいた。


「なんでここにいるのよ!!勝手に人の部屋に住みつかないで」

「下は騒がしいから」

「治めにいけばいいじゃないの。民が荒れているなら治めるのが皇族でしょ?なんで放棄してるのよ」

「うまく機能してるし、いなくても」

「バカじゃないの。これのどこがよ!!返してよ。触らないで」

「二人も抱くの大変だろう?」


少女は器用な青年から我が子を奪い、ギュッと双子を抱きしめる。

時々窓を開けて子守歌代わりに双子の父のことを歌う。帝国が嫌いな少女は炎で焼かれた者への鎮魂歌は歌わない。少女にとっては帝国の征服を望み、喜んだ者は加害者。

殺戮皇子がもたらした勝利の恩恵を受けたのに処刑を止めず、喜んだ者も。月の女神ではなく太陽神の裁きを受けても因果応報。


同じ部屋で酒を飲んでいる男の存在は無視して夫に似た我が子に心のままに生きれるようにと願う。

赤毛の青年は不機嫌な顔の白銀の美女と元気な双子に今日も付き纏う。

白銀の美女は広場で歌っていると娘が足に駆け寄ってきたので膝をつき抱きとめる。


「お母様、運命の人を見つけた!!」

「おめでとう。きちんと言葉で伝えるのよ」

「すぐ騙されるバカな人なのよ」

「エリクにそっくりなのね」


目を輝かせるおマセな娘の趣味に美女は夫を思い出しクスクスと笑う。


「待て!!私は許さないよ。あれは駄目だ」


赤毛の青年は物売りの汚い少年を指差し、力強く首を降る。


「他人に口出す権利はないわ。国が亡くなって帰る場所がないからって付き纏うのやめて。迷惑よ」

「父さん、魚釣って!!」


美女はあり得ない勘違いをしている息子の額をパチンと軽く叩く。おバカなところは夫に似て可愛いくても黒歴史は正さないといけない。お互いの名誉のために。


「おバカ。これ他人よ。家族じゃないのよ」

「いいよ。何の魚がいい?いずれ家族になるよ」


明るく笑い息子の頭を撫でる青年を美女が冷たく睨んで娘を強く抱きしめた。


「ロリコンにうちの娘はやらないわよ。姪に手を出す色狂いの変態」

「そっちじゃない」

「息子も駄目に決まってるでしょう!!触らないで。穢れる。それは汚いから触ったらいけないわ。見るのも駄目!!もう国に帰ろうかな。でもコレを連れて帰れない」

「家族がいるなら挨拶を」

「なんで人の言葉が通じないのよ!!」

「ヴィー」

「名前も呼ばないで。この人の我儘で傍若無人なところをちょっとでいいからエリクが受け継いでくれれば良かったのに。エリクのバカ。触らないで。抱くことが慰めになるなんて勘違いよ。貴方は人を快楽に溺れさせられる技なんてないから、勘違いしないで。帝国式の女の抱き方を喜ぶのは頭のおかしい色狂いだけよ。娘にしたら落とすわよ」

「どういう意味?」

「廊下でいかがわしいことしてたでしょ?」

「いかがわしい?」

「自覚がないのも最低!!誰でもいいけど貴方だけは娘の相手として許さないわ。目障りなの。消えてよ」


後の世で吟遊詩人として名を残す白銀の美女の近くには赤毛の騎士がいた。

吟遊詩人は常に迷惑そうな視線を向けていたため赤毛の騎士とのロマンスが謳われることはない。白銀の吟遊詩人が歌う恋歌は赤い瞳の皇子へのもの。

光の国を建国した赤い瞳の王への詩というものもいた。

吟遊詩人が音に出すのは悲劇の優しい殺戮皇子。

赤毛の騎士は気まぐれで笛を吹き、吟遊詩人の邪魔をする。

色気のある笛の音に女性がうっとりと聞き惚れ、吟遊詩人は赤毛の騎士の注意が自分から逸れればすぐに逃げる。

そして赤毛の騎士を見れば見るほど亡き夫への想いと後悔が募っていく。


「亡くなっても想いはどんどん強くなるの。どうか今度は自分の幸せを願ってほしい。

貴方のお父様はバカだけど、必死に私を守ろうとしてくれたの。

来世は血豆なんて作らないで。剣なんて持たないで。

お父様のマネはいけないよ」

「お母様は幸せ?」

「幸せよ。だって愛する人と出会えたもの。伝えられなかったけど、思い出すだけで愛しくて切なくなる。逃れられない悲劇が待っていてもエリクと出会えたことには後悔してない。もしもやり直せるならエリクを返さず、忘れじの国で一緒に暮らすわ」

「エリクのどこがいいのか。赤い瞳以外でなにも」

「邪魔しないで!!自意識過剰な、教養のない人は嫌いなの。穢れるから触れないで。特に帝国皇族は大嫌いなの」

「いつまで過去を」

「消えて」


どんなに時が経っても白銀の吟遊詩人ヴィオラーナの帝国嫌いは変わらない。

そして自由な赤毛の青年は弟に敵わない。

亡くなった夫との記憶は美化され生者は敵わない。

ヴィオラーナの心にはエリクと家族と母国以外が入る隙間はない。

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