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亡国の殺戮皇子の悲劇  作者: 夕鈴
番外編

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6/7

殺戮皇子に取り憑かれた男の話

太陽神を信仰する帝国は太陽神の色である赤い色が最も尊いとされる。

赤を身に纏うことが許されるのは皇帝と皇太子のみ。

帝国で一番力を持つのは皇帝で次点は皇太子。

皇帝>皇太子>>>皇后>>皇太子妃>>>>皇子>>妃・皇女・豪族>>>>>妾・平民>>奴隷。

身分に厳しく上位のものに逆らうことは許されない。皇帝の言葉一つで首が飛ぶ権力と強さが全ての国である。




14歳になり第八皇子位を授かったロビンは神降ろしの儀に心を躍らせていた。皇子達の中でロビンだけが赤毛を持ち祖父や母と共にたくさん鍛錬し乗馬も剣も弓も同世代で一番優秀と評価を受けていた。

帝国では太陽神は赤い髪と赤い瞳を持つと言われて、太陽神の加護を持てば皇太子となり成人すれば国で一番権力を持つ皇帝になる。次期皇太子と囁かれたロビンは期待され多くの人に目をかけられる存在だった。


「ロビン、準備はいいのか?」

「兄上、はい。お祈りもしました」

「真面目だな。すぐ終わるよ。じゃあまたな」


ロビンは剣の稽古に付き合ってくれた異母兄を見送り、母の離宮に戻ると侍女達に出迎えられる。


「湯あみの準備を」


ロビンは侍女に腕を抱かれて一緒に湯あみを終えて、綺麗な服を身に纏う。


「ロビン様」


期待に満ちた眼差しをする別の侍女にロビンは明るく笑う。綺麗な顔立ちで赤毛で優秀なロビンの妃に願う侍女が多くても、発言権があるのは皇帝と皇太子。皇子は功績をあげないと発言権はもらえない。

夜は皇帝に召し上げられる侍女達は昼間にロビンをうっとりと見つめて誘う。初めて色を教えた侍女は特にロビンに夢中で母がいないといつも色を求められる。ロビンは求められるまま豊満な胸を掴み濡れる音を響かせる。

昼夜問わずの色狂い。野蛮な民族とかつて帝国に滞在した者は口にした。


皇帝の命令で後宮が拡大され、大量の女を迎えいれてからは妃や妾の待遇は変わった。

男の戦利品と献上品で囲われていた妾は皇族の共用に代わり、籠がなければ生活の保証はない。

皇后は働かざる者食うべからずの精神のため、一日一度の食事と夜着の用意以外は支援しない。妾達の中では飢えをしのぐために情事の後に振舞われる豪華な食事目当てに皇子を誘惑する者も多くいた。


妾の待遇が変わるのは子を宿した時と妃に昇格した時。後宮を管理する皇后にとって子供は国の財産。出産するまでは一日ニ度の食事と肉が振る舞われ、無事に出産すれば銀貨20枚。成人まで育てば金貨1枚。銀貨2枚が毎月の侍女の給金。後宮で不自由なく暮らしていくのに毎月銀貨1枚は必要な金額である。


妃は正家と夫の後見により、宮を与えられ優雅に生活する。

後宮の全ての女を養えるほどの財力はないため、皇后が頭を悩ませ管理していることを知るものは少ない。


禊を終えたロビンは儀式の間に立ち宣誓し、しばらくすると足元が薄く光る。


「おめでとうございます。漁猟の加護を与えられました。では次の方」


神官達により淡々と儀式は進められていく。次の少年はパタリと倒れる。


「神に召されました。安らかな眠りを」


8人の男児が神降ろしを受け、生き残ったのは2人だけ。


「お疲れ様でした。これにて」


「待て。もう一人いる。行方不明の弟が見つかった」


皇子が赤い瞳の夜着姿の小柄な少年を連れて現れると神官の顔が期待に染まる。


「これは、なんと!!」

「もしかしたら」


小さくて細い少年が魔法陣の上に立ち、神官に促されるままぼそぼそと宣誓を復唱すると魔法陣が輝く。


「なんと!!皇帝陛下に報告を!!」


ロビンは見たことのない小さい少年が父親に抱きしめられ皇太子に任命されるのをただ茫然と見ていた。

そしてロビンの結果に母はため息をつき入念に化粧をして支度を整えはじめ、約束をしていた祖父は会いにこなかった。


突然皇太子になった赤い瞳を持つエリクは妾の子供。

碌な挨拶もできず、宴では常に兄皇子達に付き添われ赤いマントを身に纏うエリクはボソボソと話し、視線も合わない。

強さと権力が全ての帝国でロビンは自分より全てが劣るエリクが皇太子なのが気に入らない。


「綺麗な赤い瞳ですこと」

「どなたをお召しになるのかしら」

「皇太子妃・・」


今までロビンの周りにいた女は皆が赤い瞳のエリクに夢中。

いつも下を向き、異母兄の後ろに庇われて、父の横に座っている異母弟をロビンはやはり気に入らない。


「兄上、なんでですか?」

「戦神の加護は父上が一番欲していたものだ。帝国では有能な加護持ちが優遇される。じゃあな。エリク、ほら、少しは食べろよ」


ロビンはエリクを見つけて近寄り世話をする兄を見て自分の場所が取られた気がした。

そして侍女から聞いた情報に目をつり上げる。


「どうしてエリクが初陣なんですか!?私のほうが優れているのに」

「陛下の考えよ。皇太子殿下は誰も寝所に呼ばない。色に誘ってもあしらわれたわ。皇太子妃位をなんとしても」


ロビンの母の関心は全てエリクに移り、何をしても生返事。狩りで成果を上げても、どんなに努力しても誰にも誉められず見向きもされない生活になる。それなのにエリクは何をしても称賛される。

剣を握るとフラフラしていたエリクは初陣で意識を失い帰ってきたのに英雄と叫ばれている。儀式のたびに太陽神に捧げる祝詞の暗唱もできないのに。


「私の方が優れているのに」

「エリクの剣は凄いよ。兄上よりも」

「どこが!?」

「加護の使い方は自分で考えなよ。誰も教えてくれないから」


実力主義の皇帝陛下夫妻は働きにより報酬を与える。

その報酬の中で皇子は妃と共に生活する。

皇子の中で一番優遇されるのは戦神の加護を持つ皇太子である第十皇子。

次点が鍛冶の加護を持つ第五皇子、狩猟の加護を持つ第四皇子、剣の加護を持つ第二皇子、乗馬の加護を持つ第六皇子、採集の加護を持つ第七皇子と続く。


第五皇子が戦略を立て全体指揮、五感が優れる第四皇子が索敵、第十王子が殲滅し、剣の得意な第二王子が残党処理、第六皇子と第七王子が組んで略奪指揮。

この六人の皇子が軍議に参加し征服のために動いている。


第八皇子のロビンの加護は漁猟。

帝国民はもともと騎馬民族であり肉料理が主体。征服を始めてからは戦利品により食べ物が溢れ狩りに行く必要もなく、魚を食べる習慣はないの後宮育ちのロビンには魚を釣るのは思い付かない。

皇子には毎月金貨1枚支給されるので、成果がなくても生活はできる。

加護をうまく使えない皇子は宰相や皇后の指示のもと動き、ロビンは運ばれてくる略奪品の運搬の手伝いを任されている。


皇太子率いる軍が勝利の知らせと共に帰ると宴の用意がされる。

大量の略奪品、装飾品は皇后の部屋に女は皇帝の前に運ばれる。エリクが赤いマントに包み抱きかかえている何かをロビンが止めようとすると第五皇子に肩を掴まれる。


「あれはいいよ。エリクの戦利品」

「わかりました。おかえりなさい」

「ただいま。エリクの女以外はいつも通りで」


第五皇子は宝を運搬する兵達を労い、宮殿の中に入っていく。エリクは無言ですでに姿はない。

夜に開かれた戦勝祝いの席にエリクの姿はない。


「御苦労だった。よう働いてくれた。今宵は楽しもう。皇太子が妃を迎えた。皇太子の許可なく触れれば首を落とす。心せよ」

「当然の権利でしょう。欲しい物は自らの手で手に入れるもの。成果をあげれば見合ったものを、期待してます」

「英雄皇子に乾杯」


雄たけびが響き渡り、戦利品の細身の肌が白い女が震える手で酒に酌をする。男達は酒と女に溺れて夜を明かす。


戦の後は皇子達は皇后に呼び出される。

寝室から出ない皇帝にかわり戦利品の分配は皇后の役目。戦勝をあげた者から声を掛ける。


「エリク、御苦労でした。これを皇太子妃に渡しなさい。慣れない宮に置いていくのは憂いになるでしょう」

「ありがとうございます」


皇后は二対の水晶をエリクに手渡す。


「欲しいものがあるなら好きな物を持っていきなさい」

「これだけで十分です。その代わり、」

「私からは干渉しません」

「ありがとうございます。皇太子宮の人払いを。侍女もいりませんのでお返しします」

「気に入らないならわかりました」

「失礼します」


エリクは退室し、次に第五皇子が好きなものを選び皇后の声のもと次々と分配されていく。ロビンは小さな宝石を分配された。


「エリクと比べる必要はありません。加護が全てではありません。励みなさい」


皇后の言葉は役に立たない加護を持つ皇子達にかけられた。


「殿下」


部屋を出るとロビンは腕を掴まれ、豊満な胸に押し当てられる。欲に染まった女の顔に求められるまま押し倒す。獣のような営みを終えて、肉にかぶりつく女を見ながら服を着て与えられた仕事をこなすために離れていく。

ロビンは出陣する軍の備品整理にまわり、宮に帰ると母親が荒れていた。


「皇太子妃位が!!」

「母上?」

「狩りに誘おうかしら。貴方も会いたいでしょう?どうにかして」


欲に目のない女達はずっと皇太子位を狙っていた。

皇帝の妃でも武勲をあげる皇子に下賜されることもある。豪族達は美しい娘はすでに後宮入りしているため、皇太子の籠を得るように命じていたが誰一人皇太子が手を出すものはいなかった。

妃は皇太子妃にさまざまな招待状を送ると、読めない文字で返事が届き帝国で一番学のある神官が呼び出される。


「でない。こうたいしめいれい?」


神官は美しい古語は読めても湾曲な言い回しに理解できず、鬼のような顔をする妃達に青い顔をして憶測で返すしかできなかった。


皇太子エリクは妃を迎えてからさらに人気が上がっていた。

宴の席ではボサボサだった髪が整えられ、猫背でいつも下を向いていた男が背筋を伸ばし、顔を上げていた。太陽神に捧げる祝詞をスラスラと暗唱する姿に頬を染めた者もいた。

ロビンはミミズのような文字しか書けないエリクが綴る文字を見てさらに驚き口を開く。



「エリク、この文字は」

「えっと、教えてもらった。これでも及第点はもらえない」

「エリク、回してくれよ」

「嫌です」

「宮に訪ねてもいいか?」

「やめてください」

「これからか。まぁ楽しめよ」

「エリク、ここはもういいよ。帰りたいんだろう?」

「ありがとうございます。失礼します」


エリクは皇太子宮に人払いして全ての面会を断る。年下でも皇太子の命令は絶対である。第五皇子の退席を促す声に嬉しそうに笑い宴の席を出ていく。豪華な食事に手をつけず、乾杯の酒以外は一口も口にせず。


「皇太子殿下!!」


エリクは近づく女に視線を向けずに足を進める。エリクが話すのは皇族だけ。

妃を持ち男色ではなくきちんと女に興味があると証明したのに、どんな女も手を出さない。そんなエリクに負けず嫌いの気の強い帝国の女達は闘志を燃やす。


「皇太子妃の披露はしないですって!?皇太子殿下が宮から出さないそうよ」

「侍女も追い出して、扉には誓約書が貼ってあって、誰が呼んでも決して出てこないなんて」

「どんな女なのよ!!悔しい!!このままだと」

「名もない国の姫の下なんて!!下賎な生まれは同じものを選ぶのかしら」

「子供だからと」

「貧相な体と聞いたわよ」


皇太子妃位を狙っていた女達は皇太子宮を鬼のような顔で睨み、皇太子妃の不幸な事故を話しはじめる。

エリクは帰国するとすぐに皇太子宮で引きこもり呼び出さないと宮殿には現れない。


「おめでとうございます。すばらしい活躍を」

「父上、母上、私はこれで」

「次の出陣まで好きにせよ。皇太子妃はまだだめか?」

「父上は私だけのものにしていいと」

「祖国の話を聞きたいが」

「何も話しません」

「エリク、手はどうしたんですか?」

「豆が潰れただけです」

「いい加減に会わせろよ」

「ご勘弁を」


どんな命令も頷くエリクは妃のことだけは譲らない。従順なエリクのかたくなな態度が不穏を呼ぶ。どんな嫌がらせをしても姿を見せない皇太子妃。亡国の姫を寵愛する恐ろしい力を持つ皇太子。

妃を迎えてからエリクの顔色は良くなり、所作も綺麗になり見違えるほど成長した。

エリクを大事な駒として見ている第五皇子は聡明だろう妃の存在を危惧しはじめる。二人で自分の下につくなら歓迎したが、二人は拒否していた。




帝国では戦利品を運ぶために強制的に大量の帝国民が徴兵された。

その中にはロビンはもちろん、子供も含まれていた。


帝国民もロビンも英雄皇子の真の姿に震えて動けなくなる。無表情のエリクは剣を持つと楽しそうに笑いながら敵、味方関係なく斬り殺す。一瞬で血の海ができ震えるロビンの呟きに第五皇子は苦しそうな顔で囁く。


「あいつは何を」

「近づくなよ。ああなれば止まらない」


「うわぁぁぁっぁぁ」

「いやぁぁぁぁ」


そして生き残った者達の口から殺戮皇子と呼ばれるようになる。

戦利品で帝国が潤い大量の奴隷を得て、自分で働かず働かせることを覚えた富裕層。

大量の戦利品は民にも振る舞われ明らかに豊かになった生活の中で民が口に出すのは優しい皇帝と殺戮皇子の話題。

  



英雄皇子が殺戮皇子と呼ばれ処刑の話が囁かれると皇太子妃が初めて謁見の申し入れをした。

露出の激しい帝国の服とは正反対の一切肌は出さずに艶やかな真っ黒い服とヴェールで全身を包み、歩く姿も帝国にはない淑女の礼をする仕草も美しく、多くの者が目を奪われていた。

美しい声の持ち主は連日皇帝にエリクの処刑の取り下げを申し出る。


「皇帝陛下、処刑はお考え直しを」

「あやつは奪いすぎた。儂の声も聞かん」

「道理を正してください。神は」

「物の頼みを」

「私は夫以外に肌を許しません。失礼します」


帝国では皇帝に望まれれば誰もか喜んで体を差し出す。皇帝に抱かれることは名誉なことであり、どの皇子に抱かれるよりも豪華な食事が用意された。

皇帝に望まれても喜ばないたった一人の女は異質だった。ロビンはおかしい皇太子妃に手を伸ばすとサッと避けられる。


「あいつが殺すのを見たことないから」

「嫉妬に狂った濁った目。真実から目を逸らす愚か者に私の夫と比べる価値もないわ。失礼します」

「は?このままだと」


皇太子妃はロビンの呼び止める声も聞かずに消えて行く。


「陛下、よろしいのですか?」

「ああ。あやつが内通しおったおかげで聖女を取り逃がした。それに必要じゃ」

「皇太子妃は神の裁きと」

「神は儂の味方。世間知らずの小娘の申し出-」



皇太子エリクが処刑された夜に皇帝は元皇太子妃を寝所に呼ぶ。ヴェールを被る美声の持ち主に興味を持つ者は多く皇帝もその一人。皇太子妃に手を出せば、殺戮皇子が暴れるのを危惧して今まで誰も手を出さなかった。


「陛下、皇太子宮は空です。誰もいません」

「探せ」

「観衆が多く、外は」

「命令だ。首が欲しいなら探し出せ」


消えた皇太子妃の捜索が行われても、素顔を知る者は誰もいない。いつになっても見つからない皇太子妃に皇帝が痺れを切らした頃に、兵達に噂の異国の色を持つ少女を献上させるように命令がでる。

捜索を任された一人のロビンは何度追いかけてもいつも逃げられる。


「はい。これで大丈夫。泣かないでえらい、えらい」

「お姉ちゃん、ありがとう!!お父さんが夜はうちに来てって」

「わかったわ。夜にね」


いつもロビンを睨み付けるか汚物をみるような顔をする白銀の少女は転んだ幼女を抱き起こし、手当てをして優しく笑い手を振っている顔は別人である。


「なんでそんなに」


ロビンの声に気づいた少女の笑顔は一瞬で消え、汚物をみるような目を向ける。


「消えて、目障り」


少女は冷たい声で吐き捨て喧噪の中に消えていく。

そして切ない声で殺戮皇子の悲劇を歌う。


父のために捕えようにもすぐに逃げられるので、すでに捕まえるのを諦めてもロビンは少女を探す。

殺戮皇子の悲劇を歌う少女の瞳はどんなに時間が経っても濡れている。ロビンが涙を拭おうと手を伸ばすと歌うのをやめて切れ長の目が鋭くなる。


「ヴィー、なんでずっと泣くんだよ」

「涙は勝手に出るのよ。触れないで。名前も呼ばないで。消えて。邪魔。嫌いなの」


ロビンは今日も風で飛ばされ茂みに落とされる。それでも少女を見つければ追うのをやめられない。そして少女が足を運ぶ酒場に顔を出すのも。

酒場には月の女神の歌が美しい歌声で響いている。歌が終わると少女は男達に席を勧められ気が向けば席に座る。


「ヴィー、ほら食べろよ。一杯やろうぜ」

「お肉がこんなにあるのね。全然太らなくて、あんまり食べなくて」

「泣いた分を飲んでけよ。奢ってやるよ」

「帝国民の施しは受けないの。帝国は大嫌いなの」

「エリクは好きなんだろう?」

「うん。おバカなエリク。お母様も酷い。でも私も酷いのよ」


ポロポロと泣き始めた少女はゴクゴクと渡された酒を飲む。


「美味しくない」

「まずいっていいながら飲むのかよ」


ロビンの呟きを聞き涙を拭いた少女は立ち上がる。


「帰る」

「ヴィー、明日は?」

「明日は先約があるの。さようなら」


少女は店主に銀貨を1枚投げて酒場を出ていく。迷惑料として相場より多い銀貨を投げた少女をロビンが追いかける。


「私のどこが不満なんだ?」

「全て。特に私の言葉を聞かないところ。色狂いの視線が気持ち悪い」

「ヴィーは変わっている」

「消えて」


少女は喧噪の中に歌いながら消えていく。賞金首の少女は手を伸ばす帝国兵と追いかけてきたロビンを風で飛ばして海に落として続きを歌う。


皇帝の命令で少女を追いかけるロビンはふとある事実に気付く。


「太ってないか?」

「神の力はもろ刃の剣」

「無視するなよ」

「うるさい。邪魔しないで、あ、う、貴方の顔見ると気持ち悪いから消えてよ。触れないで」


ロビンは顔色の悪い少女に手を伸ばすと風で吹き飛ばされた。茂みに落ちたロビンにふくよかな夫人達が近付く。連日ロビンが吹き飛ばされるのは見慣れた光景でも、風で洗濯物が汚れるのは迷惑だった。


「兄ちゃん、諦めなよ。ヴィーは夫がいるよ」

「夫?」

「どう見ても身籠ってるよ。夫を持つ女に近づくのはよしなよ」

「あの小さい身体にか!?」


ロビンは自分の周りの女の誰よりも小柄で細い少女を思い出し、ある面影が重なった。

エリクを慕い、小柄な外見のものは一人だけ。そしてすでに一人の子を産んでいる。

少女の身体はお腹だけがふくらみ、それでも歌うのをやめない。ただ一人のためにずっと涙を流し歌い続ける存在をロビンは知らない。戦場に出掛けてばかりのエリクが妃と過ごせた時間は少ない。

それからさらに白銀の少女に興味を引かれ追いかけ続けた。ロビンは皇太子位争いには関わらない。武勲をあげた兄達が争い、皇帝と妃達は戦利品の美しい奴隷に夢中。大量の奴隷が働くのでロビンの仕事はなく仕事を振るう皇后と宰相さえも奴隷に夢中だった。



帝国が滅んでもロビンは何も感じなかった。灰になった宮殿よりも双子を生んだ少女に胸が高鳴り、自分に冷たい顔しか見せない少女の赤子に向ける顔に見惚れていた。ロビンにとって初めての胸の高鳴る名前のない感情。付き纏うロビンに少女は一切視線を向けない。


「お腹いっぱい飲んでね。上手だよ。えらい。えらい」


ロビンには肌を一切見せずに、赤子に優しい声をかけながらで授乳する姿も、愛しそうに微笑む顔も頬を突っつき楽しそうに笑う顔も全てが目が離せない。

窓から入った鷲が袋を落とし、少女は袋の中身を取り出し、真っ赤な唇で赤い実を食べ指についた汁を舐める仕草にロビンは一気に熱が上がった。狩りをする時の興奮と勘違いしたロビンは木の実や果物ばかり食べる少女を見て口を開く。


「肉でも獲ってくるか?」

「大きくなってね。おやすみ」


一切視線を向けない本当の名前さえ教えてくれない少女の通り名を呼ぶ。


「ヴィー」

「名前を呼ばないで。やることをやりなさいよ」


冷たい視線でもようやく自分を見た少女にロビンは嬉しそうに笑う。


「私がオムツを替えよう。見ているから休むといい」

「はぁ!?貴方の手は必要ないわ。わからないならどうでもいいから消えて」

「なんでずっと顔を隠してたのに晒したんだ?」

「名前を呼ばないで。穢れる。顔も見せない見知らぬ人の言葉に人は耳を傾けない。私は嫌いな帝国で顔を晒しても叶えたいものがあったの。あの人の名誉を、自己満足よ。エリクは望まないもの。消えて。会いたい人はもういない。消えてしまった愛しい人。神と欲の犠牲者。幸せを願えない皇子様。人の欲に飲み込まれ、」


少女は双子を抱きしめ、窓を開けて歌う。赤毛の男の存在を無視して。ロビンに双子の名前を呼ばれたくないので我が子の名前も呼べず、一週間も居座るロビンにとうとう我慢できなくなり少女は口を開く。


「お金ないんでしょ?働きなさいよ。私は貴方を養わないわ」

「金?」

「もしかして知らないの?平民より常識ないって恥を知りなさいよ。欲望しかない男」

「私は何が駄目なんだ?」

「はぁ?本当に人の言葉が通じない。それを決めるのは自分自身よ」

「私が望むものは全てエリクのものになる」

「勘違いよ。バカ。帝国は狂っていたのよ。騎馬民族が神の神事に中途半端に手を出した。常に自分の力で手に入れたのに神という他力本願になったから道が変わった。そしてバカな野望を持った。貴方も犠牲者かもしれない。でも私にとっては違うのよ。そしてエリクの望んだものは貴方になんか教えない」


ロビンは白銀の少女に付き纏いながら少しづつ世界を広げていく。白銀の少女は双子を抱いて殺戮皇子の悲劇を歌いながら旅を始めた。


「お母様、見て!!上手に捕まえたよ」

「えらいわ。ご飯はお魚ね」

「お父様はここで出会ったの?」

「ここにね倒れてたのよ。何も知らないおバカな少年。文字も書けないし、常識も知らない。暇だったから色々教えたのが懐かしい。どうせ忘れるのにお兄様がね。あのとき」


美女は故郷の森で地面に手を置き、ポタリと涙を落とす。


「お母様?」


美女にそっくりな大きな魚を抱えた幼女が首を傾げる。


「帰さなければ良かった。エリクはここにいたいって。あれだけが。触れないで。消えて」

「ヴィー、やめろ、おい!!」


ロビンが美女に手を伸ばすと黒鷲が襲い掛かる。


「エンだ。おじさんから?」

「きっとね。エン、それは汚いから触ったら駄目よ。汚れるからいらっしゃい」


涙を拭いた美女が手を伸ばすと黒鷲が肩に止まる。


「ありがとう。大丈夫よ。お兄様によろしくね。リックは元気?ふふ。ありがとう。リックもよろしくね」


空に飛び立つ黒鷲を見送り美女は食事の用意を始める。心優しい双子がロビンに食事を分けるので仕方なくロビンの分も用意する。ロビンは迷惑そうな美女の視線を流し、明るい子供達と遊びながら付き纏う。双子を自分で取り上げた所為か、可愛くてたまらず父さんと呼ばせて笑顔で頷くほど気に入っていた。母親は息子が恐ろしいことを教わっているとは気づかない。ロビンは美女の双子の教育に耳を傾けながら、美女にとっての常識を教わっていた。


****



白銀の美女は我が子達が一人立ちすると一人で旅を始めた。酒を飲みながら久々に生まれ育った故郷を訪ねた。忘れじの国は後継も生まれ良妻とともに兄が治めている。殺戮皇子は悲しい皇子、優しい皇子と呼ばれ、無事に名誉も回復し、残る願いは一つだけ。酒瓶の中身を飲みほし、幼い頃に毎日祈りを捧げた泉で禊をすまし、濡れた体のまま空の月を見上げて祈りを捧げる。


「お爺様、お父様、お母様、私は心のままに生きます。忘れじの民としては許されない生き方ですが、神様の力はいりません。世界を見ると気付いたの。エリクが首を斬ったのは酷い王様ばかり。影武者を立てて善良といわれた王様はうまく隠れていたわ。私には善良にはみえないけど。平穏な世界のために犠牲も必要なんて考え嫌いよ。私は月の女神よりも戦神のほうが近いみたい。

欲しい物のためには手段を選ばない。求めても求めても手に入らないとわかっても手を伸ばしてしまう。全ての人を慈悲の心で大事にするなんてできないわ。エリクを苦しめた戦神は嫌いよ。でもね幾千万の民の涙よりもエリクの命のほうが大事なの。戦神、私の生が尽きる時、月の女神の末裔ヴィオラーナの魂は貴方の物に。だからもうエリクには憑かないで。エリク、きっともう会えない。愛しているわ。どうか幸せに。篝火よ」


美女の周りに炎が舞い段々大きくなる。美女が微笑み目を閉じると頭から水が降りかかり、シュッと音を立てて炎が消えた。

姿を消した美女を黒い鷲に導かれて追いかけてきたロビンは泉に入り頭から水を被せた美女に近づいていく。


「ヴィ―!!酔った勢いで何してるんだよ!!」

「消えて。名前を呼ばないで。邪魔しないで」

「エリクはお前に生きてほしいと願ったんだろうが!?あいつはお前のために」


美女にとってはどうでもいいことだった。自由に生きると決めた美女は他人のことは思いやらない。自分の願いを叶えてくれなかった夫に従う義理もない。


「うるさいわね。命をどう使おうと私の勝手よ。触らないで」


ロビンは手を振払われニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。10年以上も付きまとった相手の心を動かす方法を知っていた。


「殺戮皇子の詩を私が歌うよ。悲劇の皇子ではなく妃を殺した殺戮皇子」

「は?ふざけないでよ」


ロビンは姪に教わった言葉がある。触れたくて、自分の物にしたくてたまらない、側にいたい、笑ってほしいと感情があふれてくる名前のないものを伝える魔法の言葉を。「伝えても無駄」と母そっくりの呆れた顔で付け加えられた言葉は忘れることにして。


「私は君を愛している」


美女は寒気に襲われ自分の身を抱き締め、ロビンに心底嫌そうな顔を向ける。


「うちの子の次は私?気持ち悪い。いらない。触れないで。風よ」

「君は私をバカだというがヴィーもバカだよ」

「知ってるわよ」

「私は君が死んだら亡骸を私のものにするよ」

「はぁ?」

「君の肌に痕を刻んで、」

「変態!!消えて!!帝国皇族なんて大嫌い!!」


風に吹き飛ばされたロビンは歌う時以外は切なさのかけらもない美女を笑いながら追いかける。死んだ弟と違いロビンにはまだまだ時間がある。欲しいものを見つけた。欲しい物は自分で動かないと手に入らない。いつも与えられた道ばかりを歩んできたロビンは自分で掴みとることをようやく覚えた。先祖の特性を受け継いだ赤毛の青年は弟をうらやむのはやめた。

白銀の美女と赤毛の青年との鬼ごっこは長い間続いていた。そし白銀の美女は最期は頼りになる息子のもとに逃げ夫を思う歌を歌い続けた。







「お母様は悪女ね」

「なんで?」

「お父様はお母様のために逃げなかった。お母様はお父様の必死で築いたものを、木っ端微塵に壊して帝国が滅びる種を巻き続けた。国が必要とするのに、本人が望まぬ者は連れ去り忘れじの国に保護して世界を引っ掻き回してるのよ。ロビンが必死に追いかけて、殺されそうになるのを止めてるから無事なんだよね。えらい人によく追いかけられるもの」

「それでも世界は回ってるよ。誰かの犠牲の上で成り立つ平穏なら滅びればいいって考え嫌いじゃないよ。後悔した当人だしいいと思うな」

「お父様を強引に連れて逃げれば良かったってね。ロビンも諦めないね。お母様は優しくて、頼りない、手がかかる子がタイプだからロビンは無理よ」

「頭も切れるし、器用だし、なんでもできるのにね。ハイスペック」

「お母様にどんなに吹き飛ばされても、楽しそうだから変態って嫌がってる」

「教えてあげれば?」

「嫌よ。聞かれてないもの。それに無駄。お母様の中では一番手がかかるやってあげたいことだらけのお父様。思い入れが強すぎるもの。お母様が自分好みにしつけたお父様には誰も敵わないよ」

「ロビンも不憫でもないか。時々」

「うん。だから軽蔑されるのよ。バカね。ハイスペックなのに」


双子達は母親と伯父の追いかけっこを見守っていた。

物心つく時から一緒にいたロビン。女の涙に騙されて一夜を共にするのも珍しくない。ロビンを置いて逃げても次の日には側にいた。

ロビンの慰めの行為はヴィオラーナにとっては軽蔑の対象。

愛もない命を紡がない快楽だけの色狂いの行為はヴィオラーナの世界では受け付けない。ヴィオラーナはロビンを連れて母国に帰れないので、旅を続けながら追い払おうとしていた。

ロビンは大嫌いだが目の前で怪我をすれば薬草を投げ渡すくらいはする。些細なヴィオラーナの譲歩に嬉しそうに笑うロビンに変態と汚物を見るような視線を向けながら。

悲劇の籠妃の一番の不幸は最愛の夫を亡くしたこと。次点は変態に付き纏われることである。

義姉はヴィオラーナを不憫に思い、ロビンの記録は残さない。

そしてロビンはつれなくされても、いつも正直に向き合うヴィオラーナの側は居心地がよく、危険な時は助けてくれる天の邪鬼所も惚れ込んでいた。周りに期待され、失望された亡国の皇子。弟をずっと妬んでいた過去を持つ男は気付かない。

エリクが欲しかったものを持っているのはロビンのほうだった。

誰も傷つけない、恨まれない体。いつでも抱きしめられる腕。愛しい人達と過ごせる時間を。


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