【読み物】海上保安庁
甲板で帆を繕っていると、浮き桟橋を制服姿の男達が走って来るのが見えた。
あれはどこの制服だろう。うちに用じゃないよね……と思ったら、男達は跳ね上げブリッジを渡りフォルコン号に乗り込んで来た! ぎゃぎゃぎゃ!? 何事ですか!?
「動くな! 臨検を行う!」
り……臨検? 何それ?
よく解らないが、こういう時は船長が役に立たなくてはなるまい。
「あの……うちの船が何か?」
「君は何だ? パウダーモンキーか?」
「いえあの……船長のマリー・パスファインダーと申しますが……」
私がそう言うと、制服にキャップ姿のその男達は、露骨に嫌そうな顔をする。
「船長ぉぉ? 君みたいな小娘が? 船長というのは船の事ならなんでも出来る技能と経験を身に着けた者がなるものだ……ファンタジーなら何でもいいという物ではないんだぞ! 全く……」
「は、はあ、すみません……」
「それで? 今は何をしているんだこれは」
「ええ、古い帆を補修しています」
フォルコン号は進水から半年程の若い船ではあるが、海戦も経験しているし、わりと無茶な使い方もしているので、破れた帆も何枚かある。
「ふん……まあいい……待て、これは何だ」
「え……ジ、ジブセイル用の……」
「ここは17世紀前半だろう? ジブは何処から出て来た?」
「い、言い方はどうかと思いますけどこのくらいの三角帆は古来よりあったのではないかと」
「ああ、もう、これだからファンタジーは。では船員名簿を見せろ……一、二、三……ちょっと待て、何だこれは。船長以下、乗組員がたった七名だと?」
私は俯くしかなかった。少ないよなあ、うちの乗組員。
リトルマリー号の時はお金が無いので仕方無いというのもあったけど、今、乗組員を増やさない理由って無いような気がするんだけど。
「うちは商船ですから……これでいいんです……」
「ああ? この人数で操船出来るのか? 逆風の時はどうするんだ? 言ってみろ」
「え、えーと、帆を緩めて、風が変わるのを待って」
「帆を緩める、だと!?」
ヒッ!? な、何で怒るの? この人達、なんかこわい……
えーと、逆風の時は……だけど本編で逆風が吹いてる事ほとんど無いのよね、この物語。なんか私がチート使ってるみたいな事になってて………… いや! 偶然! 偶然いつも順風が吹いちゃうんですよ。
「帆を緩めるとはどういう事だ? 踟躊か? 漂躊か?」
は……? ち……ひょう……な……なに?
「踟躊と漂躊の違いを言え」
「えっ……ええっ、あの、その」
「踟躊と漂躊の違いを言え!」
「ロ……ロイ爺ッ! 不精ひげッ、どこー!? 助けて!」
私はたまらず艦尾楼の方へ逃げ出す! こっちには船酔い知らずのズルがあるのだ、船の中で逃げるならお手の物……
なのに振り返るとその人達は目の前に居る!?
「ぎゃあああああああ!?」
「いちいち煩い! 質問に答えろッ!」
「かかっ、勘弁して下さいよ! いいじゃないですか、今時海洋ファンタジーなんてそんなに人気のあるもんじゃないんだから! 目くじら立てる所じゃないでしょう!」
私がそう言うと、男達は俯き……小刻みに震え出す……
「ほう……」
な、何故だろう、地雷を踏んだような気がする……私は艦尾の柵に追い詰められていた。助けてみんな、どうして誰も居ないの?
「海洋ファンタジーが……不人気だと……?」
「い、いやその……あの……」
「この業界のトップランナーの名前を言ってみろ」
「ワ………………」
「声が小さい! 聞こえんわ!!」
「ワ ン ピ ー ス !」
「ワンピースは不人気か? ああん!?」
「超絶大人気です!!」
「パイレーツオブカリビアンは!? ジャックスパロウなんて誰も知らないと言うのかお前は!?」
「知ってます! 子供から大人まで多くの人が知ってます!」
「では貴様先ほど何と言った!? 待て!!」
私は男達の手をすり抜け、涙も鼻水も振り散らしなりふり構わず逃げ回る。
「助けてぇぇ! 誰か出て来て! 海上保安庁です! 海上保安庁が乗り込んで来ました、助けてえええ!!」
Japan Coast Guardではないほうの海上保安庁。それはSF警察の海洋小説版の組織である。
「この船は17世紀前半の船だろうが何をしれっと操舵輪など装備しているのだ、だいたいこんな小型船に必要なのかこれは!! そこへなおれ小娘ー!!」
「ごめんなさい! ごめんなさぁぁい!! 誰か! 海上保安庁の手入れですよ! 誰か出て来てー! 助けてー!!」