【読み物】風紀ある市井
※本当にあったとしたら、第一作第一話より少し前のお話。
「そっちへ行ったぞー!」
「粉屋の後ろだ! 路地を回り込め!」
「先回りを急げー!」
◇◇◇
風紀兵団。それはアイビス王国の国王直属の治安部隊である。
風紀兵団の最終的な総指揮権を担うのは風紀兵団総団長である。総団長は全土にたった一人しか居ないので、現場での指揮は総団長直下の各団長、各隊長が担う。
その指揮権は王国の他の組織から完全に独立している。国軍、司法、行政府、教会……どんな組織も風紀兵団に対する直接的な指揮権は持っておらず、風紀兵団総団長の特別な指示が無い限り、風紀兵団は例え相手が大公や軍の元帥、枢機卿であってもその指揮下に収まる事は無い。
そんな別次元の権限を持った風紀兵団であるが、彼等には国からの定額の給与や援助は出ない。それどころか特別な場合を除いては、旅費や食料費などの経費すら支給されない。
理由は簡単である。総団長も風紀兵団としては一切給与や経費を受け取っていないのだから、隊員もそうすべきだという事だ。
なお、風紀兵団の総団長はアイビス国王が務めている。
◇◇◇
「ふう、ふう……ああっ!? マリーさんが居ない!?」
「建物の隙間や物陰を確認しろ! きっとまだ近くに居るぞ!」
「休んでいる暇は無い、行くぞー!」
◇◇◇
酷い待遇が待っているのにも関わらず、風紀兵団に志願する若者は後を絶たない。風紀兵団は一定の条件を満たした者であれば家格を問わず加入可能なのだ。
風紀兵団に入団するという事はアイビス国王直参の家臣になるという事である。これは勿論、王党派の下級貴族や郷士にとっては大変な名誉だ。
また、ある程度高位の家の者にとっても、風紀兵団に入団する事は人生の目標の一つたり得た。特に相続のあての無い末弟や庶子にとっては無視出来ない。軍で一から出世するのは大変だが、風紀兵団なら入団した時点でもう国王直参の家臣なのである。
しかし、そんな風紀兵団に入団するのは当然簡単ではなかった。特に一部の、いや大多数の者にとって、風紀兵団は近寄る事も出来ない高嶺の花だったのである。
◇◇◇
「どうか話を聞いて下さい! 王立養育院は本当に良い所なのです!」
「駄目だ……また見失ってしまった」
「先回りも失敗だ……彼女は我々が先回りするよりずっと早く、路地を抜けてしまった」
隊員達は三々五々、裏通りの路地から集まって来た。今日も孤児の少女に逃げられてしまったのである。
「マリーさん、だんだん足が速くなって来たような気がしないか……?」
「不甲斐ない事を言うな! 我々だって毎日走っているのだから、差が開くのはおかしい!」
「いや……同志の言う通りかもしれない。我々はもっと鍛錬を積むべきだ」
隊員達は大兜を被ったまま、一様に俯く。
「あ、あの、先輩……」
そこへもう一人、皆と同様に息を切らし、肩を弾ませた隊員が戻って来て、大兜を脱ぎ出す……中から現れたのは、ふんわりとした赤毛を丁寧に刈り込んだ年の頃は17、8かという、優しそうな顔をした色白の美少年だった。
「マリーさんは女の子としてはとても足が速いですし……我々も鎧兜を脱いで追跡する訳には行かないのですか?」
別の風紀兵団の一人が、やはり肩で息をしながら兜を取る。こちらは40絡みではあるが、ロマンスグレーのさらさらとした長髪を持つ眉目秀麗な美中年だった。
「君の言う事も一理あるが、この鎧兜は我々が風紀兵団である事を示す特別な物だ……これが無くては我々は陸軍の一兵士と変わらなくなってしまう……皆、一旦給水しよう、しっかり水を飲んで呼吸を整えるんだ」
風紀兵団達が次々と兜を脱ぐ。黒髪のワイルドな美丈夫、金髪の女性的な美青年、亜麻色の髪の柔和な美男子……その下から出て来るのは誰も彼も、風紀兵団の厳しい採用水準をクリアした、見た目のとても良い男ばかりだった。
「やはり、もっと長い距離をより速く走れるようになるべきだ。皆で一度時間を取って訓練しなおさないか?」
「しかしマリーさんの保護は一刻を争います、外の世界は危険に満ちていて、彼女にはもう身寄りが無いのです」
「そもそも、どうにかして彼女を説得する方法は無いのでしょうか? 我々は彼女を追い掛け過ぎなのではありませんか?」
風紀兵団達は水筒の水を飲み終えると、元通り大兜を被りなおす。
「どのような方策も……まずは彼女を見つける所から始まるという事を忘れてはいけない。そして、我々が不撓不屈の風紀兵団だという事も」
この中では隊長格であるロマンスグレーの隊員がそう言うと、他の隊員もめいめいに、力強く頷く。
「よし……もう一度行くか!」
「今ならマリーさんも油断しているかもしれない!」
「そうだ! 今日こそマリーさんを王立養育院にお連れするのだ!」
「皆さん! 合言葉は!」
五人は声を合わせ、拳を天に挙げる。
「風紀ある市井!!」
そして風紀兵団の隊員達は、マリーが走り去ったと思われる方向へと一斉に駆け去って行った。
マリーは風紀兵団が居なくなった事を確認すると、道端の麦藁の山の中から這い出して来て、服についた藁くずを手早く払い落とし、風紀兵団が立ち去ったのとは反対方向へと走り去って行く。
◇◇◇
風紀兵団。彼等の存在と隊の規則を、無駄遣いであると批判する者も居る。





