アレクの事件簿4
アレクは、走る……今まさに刈り取られよう
としている幼い命を守る為に。
やけに鼓動がうるさい、全身から汗が噴き出し
口の中に苦いものが広がる……
全てがスローモーションに見え自分の体も
思うように動かない。
マリリスの凶刃が、シャロめがけて
振り下ろされる。
「やめろおおぉぉぉぉ……」
アレクの叫びに反応してシャロの瞳が
こちらへと向けられる。
その瞳には恐怖と救いを求める感情が
込められ、まだ生きることを諦めていない
という意思に感じられた。
しかし、その意思は無慈悲に断ち切られ
まるで糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
「これで邪魔者もいなくなったわね……
まったく、最高に滾る戦闘だったのに
本当に勿体ないことをしたわ!
さあ、始めましょう?私達の殺し合いを」
アレクは、マリリスの話も声も何も聞こえては
いなかった……マリリスを無視してシャロに
駆け寄り懐から中級ポーションを取り出しすぐに彼女に振りかける。
肩から胸にかけて受けた傷は塞がったように
見えたが痛々しい傷跡は残っている。
まだ呼吸はあるが……顔色は悪く予断を
許さない状態であることは明らかだ。
「彼女を医者に診せる……そこをどけ……」
シャロを背に庇いながらアレクはマリリスを
睨みつけ能力を解除するように威圧する。
その眼差しには明確な殺意がうつり
見られた者をすくませる程の力を宿していた。
“ゾクゾク”背中に怖気が走り身震いしそうに
なるが気合を入れ耐えてみせるマリリス。
「いいぃ……その瞳……ゾクゾクして
濡れてきちゃう…………だから逃がさない。
私のユニークスキル【隔絶】を解除する
なら簡単よ?私を殺せばいい」
マリリスは、双剣をゆっくりと構えて
アレクを挑発するように指を動かす。
アレクは盾をシャロの近くに置き
剣を握り締めると自然とスキルを発動させ
戦闘態勢に入りシャロに被害がでない
距離まで歩いて移動すると
ブロードソードを両手で握り正眼の構えを
取る。
アレクとマリリスの間に凍りつく程の
殺気が満ち、そして……弾けた。
お互いが駆け出したと思った一瞬のうちに
剣が交わり激しくぶつかり合う。
鋭い刃が、肌を裂き地面に鮮血が飛び散る。
アレクは自身の傷など気にする様子もなく
マリリスだけを見つめ烈火のような怒りが
静かな青い炎ように研ぎ澄まされていく。
今までとは比べものにならないアレクの動きに
マリリスの表情が驚愕から次第に快感の表情
へと変化していく。
先程までアレクの動きは相手を倒すための動きだったが……今のアレクは、ただ人を殺す
ためだけに動いていた。
流麗な操術で剣撃を放ち一切の無駄なく
的確に急所を狙って命を刈り取りにくる。
そして容赦なくマリリスの弱点を攻め立てる。
アレクの攻撃を当てた箇所は偶然だったが
全て左肩に集中していた……それにより
左からの攻撃に対して反応が微妙に遅れて
いることを見切ったアレクはマリリスの
左側を重点的に攻めていた。
マリリス自身も余力がないことを自覚して
おりできるだけ左側に回りこませない立ち回りで
弱点をカバーしていた。
2人の戦闘は、どちらかが勝つためのもの
ではなく互いを殺し合うものになっていた。
2人の殺し合いは、拮抗し我慢比べになる
かと思われたが……
戦闘経験の差が勝敗を左右し始める。
お互いにギリギリの戦いで傷が増えていくが
手数と攻撃のバリエーションが多い
マリリスの双剣がアレクに当たり始めたのだ。
すると、出血の性か急にアレクの動きが
鈍くなる……出血をカバーするために懐から
素早く試験管を取り出し自身に振り返る。
それでもアレクの動きは鈍くなり続け
やがては、体が痺れだし剣を持てなくなり
うつ伏せに倒れ込む。
「やっと、麻痺毒が効いてきたみたいね?
本気の殺し合いだもの……手を抜くのは
失礼でしょ?君がシャロの回復をしてる間に
双剣に麻痺毒を仕込ませてもらったわ」
アレクの攻撃を何箇所も受け色々なところ
から出血しているマリリスがポーションを
飲みながら近付いてくる。
アレクの目の前に着くと剣を取ろうとする
手を足で払い、ブロードソードもアレクの
手が届かないところまで蹴り飛ばす。
「っ!!あ……う……」
麻痺のせいか呂律が回らないアレクは
懐からポーションを取り出そう
とするが麻痺で指が動かせずに抵抗できない。
「この街は居心地が良かったのだけど……
さすがに騒ぎが大きくなり過ぎたし
最後にシャロを殺してから旅立とうと
思ったら君みたいな子に出会っちゃうだもの。
人生って分からないものよね?」
片方の短剣を腰に収め、この戦闘に決着を
着けようとアレクの前に膝をつき両手で
短剣を握り締めるマリリス。
その表情は、冷酷な殺人鬼としてではなく
1人の人間として少し寂しそうな表情にも
見える。
「君みたいな子を殺めるのは初めてだから
素晴らしい殺し合いを私としてくれたお礼に
苦しまないように殺してあげる……
さようなら……小さな英雄さん」
それは、幼くとも人を守る為に戦った者に
対する賛辞だったのか……それとも皮肉と
して口にした言葉だったのか……マリリス
自身にも分からなかった。
そんな感情を断ち切るように短剣がアレクの
心臓を突き刺した。
そんな光景を幻視したマリリスは、自分の
首筋から熱い液体が“ドクンドクン”と鼓動に
合わせて溢れ出す感覚に襲われていた。
「っな!?なん……で!!」
思いもよらない事態に動揺しながら
腰のポーチからポーションを取り出し
飲もうとするが、その時になってようやく
自分の首元の横に美しい輝きの剣があることに気がつく。
その剣を握っている人物は、闘志を滾らせた
瞳でマリリスを見つめるアレクだった。
出血による目眩で意識を失いそうになりながら
マリリスは必死に後ずさり持っていた
ポーションを口にする。
未だに余裕のない状態だったマリリスは
戦闘中であることを思い出し視線をアレクに
戻すと、そこには驚くべき光景が待っていた。
アレクがフラフラになりながら立ち上がり
美しい剣を支えにしながらポーションを
飲んでいたのだ。
命尽きる瞬間での最後の攻撃だったのなら
まだ理解できた……だが麻痺毒により指一本すら動かすことができなかったアレクが再び立ち上がり戦おうしている光景はマリリスにとって、まったく理解できないものだった。
「どう……して……?ありえない……でしょ」
喘ぐように口から漏れた言葉は、マリリスが
アレクに対して抱いた恐れを直接的に表し
マリリスは、無意識に後ずさっていた。
その時、アレクの後方から眩い光に包まれ
ながら2つの人影が現れる。
「無事か!ぼーや!!」
「アレク君、まだ生きてるわね!?」
アレクは、聞き慣れた2人の声に心から
安心して思わず軽口で返答する。
「遅いですよ!師匠!リタさん!2人が来る
までに3回くらい死に掛けましたから!!」
マリリスの【隔絶】によって作られた空間に
どうやって介入したのか仲間2人が到着する。
ルシアとリタは、マリリスを睨みつけ
凄まじい殺気を放つと共に杖を構えて
魔法発動を行動を移す。
「邪魔が入ったか……!?」
焦りを含んだマリリスの言葉と同時に
灰色の街並みが歪み始め、次の瞬間には
凄まじい光と共に普段のアルテスに戻って
きていた。
ルシアとリタは街中で魔法を発動させる
わけにもいかずに発動を中止する。
マリリスは咄嗟に逃げ出そうと
するが……周りを見回すと動きを止める。
マリリスを包囲するように10人ほどの
冒険者と王国兵が武器を構えていたのだ。
その中にはフベルドやハンスの姿もあり
皆、殺気を放ってマリリスを牽制している。
「まさか……ここまで追い詰められることに
なるなんてね……君にはしてやれたわ。
でも、覚えておいて……君を殺すのは私。
どこに行っても必ず見つけ出して殺してあげる」
リタの肩を借り、師匠に守られている
アレクを見つめながらマリリスは誓うように
語りかけてくる。
次の瞬間には、包囲している者が仕掛ける
より早く腰の辺りから黒い玉を取り出して
思い切り地面に向けて投げつける。
“ボンッ”と小さな破裂音がすると黒い煙幕が
周囲一帯に広がり視界を奪っていく。
“ドガッ!ガスッ”と何かが殴られる音や
男達の怒鳴り声が響き渡る中で煙幕が晴れる
とそこにはマリリスの姿がなくなっていた。
数名の兵士達が倒れていたが……上官らしい
人物が大声でマリリスを探すように指示を
出して辺りは物々しい雰囲気に包まれる。
「師匠、リタさん!あそこにいる少女を
見てあげて下さい!中級ポーションを
使いましたが……危険な状態で……す……」
なんとか意識を保っていたアレクは、
危機が去った安心感からシャロのことを
師匠とリタに伝えるとそのまま意識を失った。
===============================
アレクが眩しい光を受けて目を覚ましたのは
マリリスとの戦闘から2日後のことだった。
少し固めのベッドの感触を確かめながら
ここ最近は見慣れていた宿屋の天井を眺め
自分が何故ここにいるのか“ぼー”と考えて
いると横から声を掛けられる。
「アレク君、目が覚めた?どこか体で
痛いところや異常のあるところはある?
あったら遠慮なく言ってね?」
安心したような笑顔でリタが優しく声を掛け
アレクの世話をしてくれる。
アレクは、自分の記憶を辿り突然“ハッ!”と
するとリタに慌てて質問する。
「リタさん!シャロは!?あの女の子は
どうなりましたか!?」
ベッドから飛び起きそうになるアレクを
慌てて止めようとするリタが驚きながらも
質問に答えてくれる。
「っわ!ちょ!お、落ち着いてアレク君!
あの女の子なら大丈夫だから!!
今は教会で安静にしてるとこだよ!」
「あっ!す、すみません!
無事……なんですね……良かった……!
でも、傷跡は大丈夫でしたか?残ったり
してませんか!?」
「だから!落ち着いてってば!傷跡は……
残ってしまったよ。けど、あの状況で
生きて帰ってこれる以上のことを望むのは
酷でしょう?子供2人が凶悪な殺人鬼と
出会っても生還することができたんだから」
それから、リタにアレクは、自分が
寝ている間に起こったことを色々と
説明してもらった。
あの場から、逃走したマリリスは未だに
捕まっていないらしい……ルシアの話に
よると逃走の為に、あの謎空間を使用して
いるからだろうと話していたらしい。
マリリスが、子供達に配っていた紙は
王国兵士達と冒険者達の協力により全て
回収されて冒険者ギルドで封印処理を行い
保管しているとのことだ。
ちなみにアレクの持っていまものと
シャロが持っていたものも一緒に回収
されたので安心してほしいと言われた。
アレクは、マリリスのユニークスキル
【隔絶】にどうやってルシアとリタが
介入してきたのか聞いたが……詳しいことは
ルシアに聞いてくれと言われてしまった。
アレクの武器や盾は、ルシアが回収して
預かってくれていることや冒険者ギルドから
事実確認の為に意識が戻ったらギルドへ
きてほしいと言われていることを聞き
今後の予定を頭の中で考えて少しウンザリ
することになった。
「意識が戻っても異常が後から発見される
こともあるから今日までは、ゆっくり
休んで明日から動き出しましょう?」
アレクの嫌そうな顔を見たリタが
気遣うようにベッドで横になるアレクの
世話をしてくれる。
そんなリタを眺めながらアレクは
マリリスの去り際の言葉を思い出す。
“どこに行っても必ず見つけ出して殺してあげる”
その言葉が現実にならないことを
祈りつつアレクは心と体を休めるのだった。




