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第三話「平和な世界、取り戻したい日常」

書き溜めができたので、投稿致します。次の投稿は日曜日(3/8)となります。

 次の日、俺と夜空は二人で街へ買い物に出かけていた。朝見たから覚えているが、今日のパンツはピンク色らしい。頭がピンクかと言ったら、本気で殴られた。能力付きで。

 夜空から双也の方へ連絡は入れていたらしく、既に双也は俺がディウスになったことを知っているらしい。だからといってどうってことはないけど、やっぱり会って話がしたいとは思う。

「でー、巡は何が買いたいの?」

「ん? そろそろ俺のお金も溜まってきたし、欲しいものがあるなーって」

 今日は俺が大好きなRPG、ヘッズ・オブ・ゼルテリアの発売日だ。どれほどこの日を待っていたことか。今までの全シリーズを揃えている。毎度毎度、感動させられるぜ。

「はぁ。どうせヘッズシリーズでしょ? 毎度毎度、よくそれだけアルバイトで貯めるよね」

「ニシシ。これが俺の実力なり」

 変なことを言いながら歩いていると、長い列ができていた。む、予約特典が売り切れてしまう可能性がある。早く並ばなくては。

「え、この列に並ぶの?」

「大丈夫。売り出すのはもうすぐだし、予約はとってあるから」

「この列の量ってそういうレベルを超えてると思うんだけど……」

 夜空がそう呟いている。だが気にしない。男には引けない時がある。

「そういえばさ、巡っていつもなにかアルバイトしてるけど何してるの?」

「大体はおっさんのラーメン屋で働いてるけど、他にも色々アルバイトは回ってるよ?」

 アルバイトは偉大なのだ。短期間で収入が入る。俺みたいなゲーム好きの学生にはピッタリ。

「そうなんだ。もしかして偶にいない時ってアルバイトしてるの?」

「そうだね。アルバイト楽だし」

 そろそろ開店の時間だ。そう思っていると、一気に先頭が店の中になだれ込んだ。それを見た俺は意識を活性化させる。

 目標は一つ。ヘッズ・オブ・ゼルテリアのみ。ならばこの体、その為に使いぬこう。

「いざ合戦なり……!」

「こうなった巡は止められないんだから……」

 ため息を吐く夜空を他所に、俺はゲーム売り場に向かって走っていった。

 その間に現れる人の波、抑制する管理員。だがそんな低レベルな奴らに、俺が捕まるわけがない。

 自分の感覚に流れを任せ、一直線にゲーム売り場に入り込むとゲームを掴んだ。

「夜空の分!」

 すぐにもう一つを手に取り、予約権を持ってレジへ向かう。

「これください。はい、予約権!」

 店員さんに渡すと、店員さんはニコニコとして予約特典を渡してきた。

「いつも元気だねぇ。巡君は今日もゲームを買いに来たのかい?」

「まぁね。だってゲームは文化じゃん? 最高だよ」

 仲良くしてもらっている店員さんにそう答えると、俺は店の外で待っている夜空の元へ走り出した。

「お待たせ」

「待ってはいないけど……。それにしてもいつも通り早いね。ううん。いつもよりも早いかも」

「あー。体も軽いし、多分そのおかげだと思うぜ? ほら、俺人間じゃなくなったし」

「随分と軽く言うね」

 笑いながら歩いていく。その先に見えているのは、この辺りでも最大級のショッピングモールだ。

「今日は一杯遊ぶぞ~!」

「夜空、落ち着こうぜ。な?」

 周りからすごい微笑ましい視線が向けられてるから。マジで。

「巡は甘いよ! 今日は土曜日だよ? 部活もない日なんて滅多にないんだから楽しまないと!」

「いや、それはわかってるんだけど。周りからの目を気にしたほうがいいって言うか……」

「うだうだ言うな! 行くったら行く!」

 こうなった夜空は止められない。いつもとは違うギャップが可愛いと評判だが、まぁわからなくもないかなって言う状況だ。

「はいはい。わかったから引っ張るなって」

 諦めて夜空の後をついていく。今のコイツに何を言っても無駄だからな諦めるしかない。

 夜空と一緒にショッピングモールに入ると、夜空はすぐに近くのスポーツショップに入っていった。

「巡、これ見て!」

 夜空が見せてきたのは新しいバスケットシューズ。それを見た俺は、ため息を吐く。

「前も新しいの買ったよな……」

「それはそれ。これはこれ。私は欲しいと思ったバッシュを選ぶの!」

 なんでいつもはお金を使わないくせに、バッシュとかスポーツ用品になると浪費癖になるんだろう。

「はぁ。わかったから。いくら?」

「え? なんで値段を聞くの? 私が買うのに」

「俺が買ってやるって言ってんの」

 夜空からバッシュを取ると、俺は会計のところに向かう。それを後から焦ったように追いかけてくる夜空を片目で見ながらも、俺はバッシュを会計に置いた。

「二万四千円になります」

 俺はその値段に言葉を失い、ゆっくりと振り向く。そして夜空は、えへへと頬を掻いていた。

「はぁ」

 俺は三万円を置くと、お釣りを貰って買ったバッシュを持ったまま歩き出す。

「本当にいいの?」

「当たり前だろ。女と買い物に行ってものを買わせる程、俺は落ちぶれてないって」

 他にもスポーツ用品を眺める。既に筋トレグッズは全部部屋に揃っているし、それを使っていつも筋トレをしているから筋力もついてきている。

 それもそうだ。俺の筋トレは夜空と双也が考えて俺に教えてくれている。だからそれを間違えない限り、俺の筋力は上がっていくのみだな。

「そういえば夜空、俺の筋トレっていつもどうやって決めてるんだ?」

「えっと、毎週金曜日だけトレーニングの内容変えるでしょ? あれ、体中の筋力値を求める為に私と双也で考えたメニューなの。それを目安として次の日までにトレーニングのメニューを変更してる」

 へーと納得するものの、全然わからなかった。ふむ。つまり夜空達が頑張って決めてくれていると。

「よくわかった」

「あぁ巡。わかったフリをして頷いてる時の癖はわかってるから、今も理解してないってわかってるよ?」

「なんて高度な技を……!」

 俺が驚いていると、夜空と次の店に入った。ここは確か、普通に服を売っていた店のはずだ。

「えっと、普通に買い物するってことなんだよな?」

「うん。最近ファッションに気を使えってお父さんに言われてねー」

 まぁそうだろうな。多分おっさんが言ってるのは、ファッションの露出を控えろってことだと思うけど。

「じゃあさっさと選ぼうぜ。これなんてどうだ?」

 渡したのは露出控えめの長袖の服。だけどそれを見て、夜空は唸っていた。

「むー、ちょっとこれは趣味じゃないけど」

「お前の趣味に合わせるとやばいんだって。もうちょっと露出を少なくしたほうがいいと思うけど」

「それはそれ。これはこれ」

 いつもどおりのセリフを言われてスルーされる。これだからこの暴力娘は……。

「あ、これいいかも」

 夜空が選んだのはホットパンツ。まだマシなほうだろう。だって見えないから。

「お前本当に露出抑えろよ? そうしないとマジで露出狂って思われるから」

「確かにそれは嫌だかも。だけどこのくらいじゃないと動きにくいし……」

 夜空が頷いたのを見て、俺はようやく落ち着くことができた。

「でもそれはそれ、これはこれ」

 あ、これは言うこと聞かない時の顔だ。全く、夜空の相手は疲れるぜ。

 そんなことを思いながら店の中を見る。俺だって欲しい服くらいはあるし、夜空と違ってファッションセンスは普通……のはずだ。そうだよな? 俺、普通だよな?

「こんなのでいいか」

 俺が手にとったのは袖なしの上着に、白い服。それとデニムシャツだ。

「まぁこんくらいでいいだろ」

 着こなすのは部屋にあるものも含めてだ。だから俺が買ったのはさっさと持って帰りたいんだが、多分夜空が許してくれそうにない。

「夜空、買いたいものは決まったか?」

「うん。もう買ってきた」

 その言葉に俺は停止し、夜空の持っている袋を見る。

 ゴゴゴゴゴと音が鳴りそうなその袋を見ながら、俺は息を飲んだ。失敗した。幾ら諦めたからといって、夜空から目を離すべきではなかった。どれほど露出度が高いものが入っているんだ!

「もう諦めたからいっか。じゃあ俺も買ってくるから、少し待っててくれ」

 夜空の分も俺が払うつもりだったけれど、先に払われていたのなら仕方ない。荷物持ちだけにしよう。中身は覗きたくないけれど。

 会計を済ませてから、俺は夜空が待っているところに向かう。そして夜空の持っていた荷物を持つと、次の場所に向けて歩き出した。

 といっても俺達が向かうところは多分二つしかない。そして片方は最後じゃないとダメだから、自然と行くところは決まる。そこは――戦場だ。




「巡、覚悟は出来てる?」

「勿論。俺のことを舐めてる? そんなハードなプレイはいらないよ……いや、行けるか?」

 そんなことを言っていると勝負は始まった。時間は三分。弾丸は一発。この戦いに全てを賭ける!

「はぁ!」

 俺が振りかぶった一撃に対し、夜空は素早く動かすことによって簡単に防ぐ。それを見た俺は舌打ちをするが、すぐに戻ってきた弾を打ち返す。

 三分間しかないこの戦い。今までの戦績は53戦16勝16敗21分。その引き分けの内の何回かは、ボールの破損と言う形で決着をつけている。お店の人に何度怒られたことか。

「負けないよ!」

 夜空が斜めに弾き飛ばして、俺の視線が追いつかない程の速さで弾を跳弾させる。

「俺には夜空みたいな動体視力はない。けれどッ!」

 真っ直ぐに俺が振るうと、弾に直撃して恐ろしい速さでゴールに向かって突き進む。

「俺にはそれを上回る勘がある!」

「流石は巡、そう簡単に勝たせてはくれないよね!」

 その場所に先回りされていたせいで、弾はそれ以上の速さで打ち返される。このままだと俺が劣勢だ。なにせ夜空のこの一撃は、俺の防御を破壊する程の破壊力を持っている。

「でも夜空、俺がそれに対する対策を全くしていないと思う?」

 俺はその場でジャンプすると、片腕で全ての体重を支える。それによって頑丈になった防御が、夜空の放った弾を弾き飛ばした。

「嘘ッ! あれはそう簡単に防げるはずじゃないのに!」

「ニシシ。簡単には防げないけど、頑張れば防げるってことだ!」

 跳ね返った弾は軌跡を描きながら夜空のゴールに向かっていく。それを見て俺は構えた。

「すげーぞあの二人、エアホッケーであんなガチになっている奴ら、初めて見た!」

「や、奴らは伝説のホッケー二人組じゃないか! 壊した弾の数は知れず、破壊を繰り返すゲームセンター運営側の経費を次々と削減させる恐怖の二人……その名もバニッシャーズ!」

 なんか変な名前で呼ばれてるけど、気にしない。今は真剣勝負の舞台だ。誰にも邪魔させない。

「唸れ必殺、雷撃!」

 戻ってきた弾に対して俺が放つ最強の一撃。若干電気が出ちゃったけど、周りはエフェクトが見えるとかそんな感じでスルーしてくれているから楽だ!

「流石巡だね。でも私の動体視力を……!?」

 夜空は最後までその言葉を言うことができなかった。ゴールに入った弾を見て、観客が歓声を上げた。それを見て夜空は呆然としている。

「なんでッ……!?」

「単純だよ夜空。光って一瞬、見えなかったでしょ?」

 そう一瞬。その一瞬が夜空の行動を遅らせた。若干出てしまった電気を、夜空の目は凝視していた。弾を打つ為に弾を追いかけようとしているその目は、光によって一瞬目を細めてしまった。

 無意識の一瞬が、今の一撃を呼んだということだ。

「だけどまだ一点。取り返せる時間はある!」

 スタートと同時にゴールを狙ってくる夜空。超攻撃的になった夜空は攻撃においては圧倒的な強さを誇る。無自覚かもしれないけれど、動体視力を生かした先読みで次々と高い攻撃力を誇る弾を放ってくるから、こちらは防戦一方だ。

「ちっ!」

「残り一撃で終わらせるよ。フレイム・バスター!」

 弾が炎を纏って突撃して来る!? って能力を完全に使っていらっしゃるよこの人!

「使った俺が何か言えるわけじゃないんだけどよぉ!」

 本気で打った一撃とぶつかり、弾は俺の一撃を打ち砕きゴールに入った。

 そして俺と夜空で向かい合うと、ちらりとその試合を見ていた店員さんを見る。

「「す、すみませんでした!」」

 店員さんに謝ると、店員さんに破壊したものの代金を渡す。やっぱり破壊してしまうとこうなるよな。

「全く。これからはこういうことはしないでくださいね?」

「はい。もう二度としません……この店では」

「そうしてください」

 何ッ!? 他の店ではやってもいいと言うのか!? この店員さん、やるな……。

「そこの二人、悟ったような雰囲気醸してないで。なんで店員さんとこの短時間で怒られてたのに仲良くなってるの?」

 夜空に白い目で見られ、今度は店員さんと二人で反省する。立場が変わるなんて珍しいな……。

「エアホッケーもやったし、次は何する?」

「そだな。UFOキャッチャーでもするか」

 UFOキャッチャーが並ぶゾーンに入ると、俺は何を取ろうかと迷い始める。

「お、あれはうめぇ棒の缶」

 欲しいものが見つかったからちょうどいい。俺は夜空に横に立ってもらうと、100円を入れる。

「夜空、わかってるね?」

「勿論。縦は合わせるよ」

 縦は夜空がOKと言うまで真っ直ぐ進ませる。

「止めて」

「バッチシ」

 そしたら次は俺の感覚の仕事だ。どこに置けばバランスを取ることができるのか。それを見極めて、俺は動かす。その結果できたのは、宙につり上がった商品。

「「よしッ!」」

 ハイタッチして落ちてきたうめぇ棒を抱えてから、俺と夜空で欲しいものを片っ端から取っていく。別に不正はしていない。ただ動体視力がいい夜空とバランス感覚がいい俺が手を協力しただけだ。

「あらかたとったし、次は何をする?」

「そうだな……。コインゲームとか? でももうコインは沢山持ってるからいらねぇか。何枚だっけ?」

「二人で1万を超えたところだね」

 お店にとってはいい迷惑だろうなぁと思いつつ、俺はそこにあったアイスの自動販売機でアイスを二つ買って片方を夜空に投げる。既に荷物が多すぎで袋に入れてるけど。

「ありがと。それにしても今日は荒らしたね」

「そうだな。きっと明日から危険人物のブラックリストに載るぜ。いや、もう多分載ってるか」

 有名人になったもんだなぁと呟きながら、アイスを食べる。冷たさがちょうどいい。

「ん、ガンシューティング」

 夜空が指差した先にあったのは、新しいガンシューティングゲームだった。そこへ行くとお金を入れて、俺は銃を構える。

 そして夜空もお金を入れたのを見て、俺はアイスを片手に迫り来るゾンビを撃っていく。

 これは夜空の得意分野だ。動体視力の良さを活かして、次々と見えたばかりのゾンビ達を打ち抜いていく。それを片目で見ながらも、俺はゾンビを撃っていく。撃ち漏らしがなければ、ペースも乱れない。

 こういうゲームは大抵弱点ってものが設定されてる。それを勘で当てる俺と、自分の目を信じて撃つ夜空に負けはないのだ。ゲーム無双は伊達じゃない。

「「ゲームセット」」

 最後のボスの頭を撃ち抜くと、ゲームクリアと言う表示が出てきた。はぁ。そこまで難しくもなかったな。アイスを食べながらだったし、本気じゃないと思うけど……。

「よゆーですっ」

「そんな声出してどうしたんだよ。遂に頭がおかしくなったか?」

 夜空のボディーブローが俺に直撃し、俺は崩れ落ちた。その威力は不意打ちの威力じゃねぇ。

「変なこと言ってると、ぶん殴るから」

「もう殴られてるって……」

 俺が返事をすると、夜空がクスクスと笑った。その顔を見て、不意にドキッとしてしまう。

「それはそれ。これはこれ」

 いつもの口癖を言うと、俺はため息を吐いた。こいつは本当に……。

 そんな話をしながらゲームセンターを後にする。そのまま食品売り場に向かった。

「今日は巡が夜ご飯を作るってことでいいの?」

「あぁ。いつも迷惑をかけてるからな。偶には俺が飯を作るくらいいいだろ?」

 こう見えても俺は料理が得意な方だからな。別に作ることは楽だ。……まぁ元々は夜空と木沙耶さんを台所に立たせないために必死で覚えたんだけどな。

「夜空、何食べたい?」

「じゃあ唐揚げとかどう?」

「うーん。もう5時だろ? 帰ったら6時、飯が7時。唐揚げは下準備が必要だから少し厳しいかも」

 唐揚げはタレにつけている時間が重要だ。俺がいつもつけている時間は大体2時間。それだけの時間がないから、今日は唐揚げはできそうにない。

「じゃあカツとか!」

「肉ばっかりだな。でもそれはいい案だ。カツにしよう」

 カツを作るために肉を買う。そして他にも色々と必要そうなものを買って、俺はお菓子を選ぶことにした。いつもお菓子を買って帰る。家で夜食べるお菓子が必要だからな。

 お菓子は1万円以内が座右の銘だ。買い過ぎ? 馬鹿言え。食べるのは大体夜空と双也だ。

 今日は海老煎餅とかそこら辺の和風な食べ物にしよう。……海老煎餅って和風なのか?

「それにしても今日は結構沢山買ったな」

「そうだね。巡、少し持とうか?」

「女に持たせるかよ」

 ニシシと笑うと、俺はその非常に大量になった荷物を持って歩き始める。重さは別にどうってことないんだけど、如何せん持ちにくい。大量だから。

「今日は少しUFOキャッチャーで暴れすぎちゃったね」

「それもそうだな。さっさと帰ってゲームでもするか」

 笑いながら帰路につき、俺達は二人で歩いていた。少し暗くなった景色を、街灯が明るく照らしているのが眩しい。

「ねぇ巡。巡はやっぱり戦うことが怖い?」

「怖いっちゃ怖いよな。俺だってあんな電気が出てきたことには驚いたし、能力ってものの殺傷能力も知ってる。あの一撃で女が死んだんだからな」

 思い出すのはあの感触。女を殺した時の、右腕の感触。

「もしも怖いなら、戦わない方がいいよ。巡はやっぱり私よりも力を手に入れた年月が短いし、能力の使い方だって完璧に把握してるわけじゃないんでしょ?」

 それは最もだ。能力の使い方を完璧に把握していない俺は、夜空にとっての不安要素にしかなっていないのかもしれない。邪魔だ。遠回しにそうも聞こえる。

 だけど夜空が本心では違うことを考えていることはわかってる。俺を戦場に立たせたくない。もう二度と、人の姿をした者を殺して欲しくない。そんな思いが渦巻いているのは、俺でも、俺だからこそわかる。

 夜空は優しいから、そう言っても聞かない俺を冷たい言葉で引き離そうとしてるんだ。

 それでも、俺の意思は変わらない。

「まぁそうだ。だけど俺は逃げない。言ったことは曲げない。それが間違っていたとしても、自分の進んできた道を後悔しない。守る為に手に入れた力で、誰かを守れる人になりたい。それだけは変わらない、小さい頃から変わらないたった一つの思いだ」

 拳を握り締めた俺を見て、夜空の表情がフッと和らいだ。

「そういうと思った。巡はエロくなったし、色々変わったけどそこだけは変わらない。そういうところがすごくかっこいいと思うよ?」

 夜空の言葉を受けて、俺はドキリとしてしまう。

「ならこれだけは約束して。敵対するとわかったら、迷わないで。相手は迷ってくれない。絶対に巡のことを、殺しに来るから」

 それは自分だけが殺す立場にいるわけではないという警告。相手も、俺を殺す立場にあるから。

「わかったよ。敵だとわかったら絶対に油断しない。迷わない。そうすればいいんだろ?」

 夜空にそういうと、満足そうに頷いた。そしてため息を吐いた瞬間、なんというか嫌な臭いがした。

 立ち止まった俺に、夜空は不思議そうに聞いてきた。

「どうしたの?」

 夜空はこの嫌な臭いに気づいていない。だとすれば気づいてるのは俺だけだ。

「……嫌な臭いだ。すごく、不快な臭い」

 俺はそれだけ言うと、川の堤防の階段を降りた。降りるにつれて臭いが強くなってくる。

 なんの匂いかはわからなかったが、次第にハッキリとしてくる。これは、死臭だ。

「っ!」

 橋の下にあったその元凶を見た瞬間、俺は言葉を失った。

 上下逆さまに吊り下げられた身体。上半身の皮は殆ど残っておらず、肉だけとなった上半身を垂らしながら足を釘の様なもので橋の足に打ち付けられている――女の死体だった。

「おぇぇぇ……」

 見た瞬間俺は吐いてしまった。なんだこれは。一体どうして、こんな死体がここにあるんだッ!?

「どうしての巡――」

「来るなッ! 夜空、警察を呼んでくれ」

 コチラに来ようとする夜空を止め、その死体が見えないようにする。そして警察を呼ぶように指示すると、俺は再びその死体を見た。

 吐き気がこみ上げてくるのは止めようがないが、それでも死体を見て確信する。

「人のできる技じゃない」

 まず上半身の肉だらけの状態の説明がつかない。肉をナイフで削いだとしてもこんな抉られたような跡にはならない。それに体の至る所に付着している二つの液体。一つは白い液体だから察したが、もう一つは唾液の様な液体。

 そこから推測した俺の考えは――。

「ガヴィアかディビク……」

 一応天と言うことでディウスとアルヴィの可能性は排除する。ガヴィアかディビクと思ったところでユナの顔が頭に浮かんだが、もしユナだとすれば白い液体の説明がつかない。

 この街にそれ以外の存在がいる。目の前の死体を見てからそれを考えると、拳を握り締めた。

 仮にも元人間がすることじゃない。

「ふざけるなよ……」

 俺は静かな怒りに震えていた。力を手に入れたからといって、非人道的なことをする意味はなんだ。どうしてそんなことを行うのか。それが俺には理解できなくて、苛立った。




 暫くして警察が来て俺を保護した。その時の俺の顔は蒼白で、どう考えても死体を見たことによる恐怖と言った状況だったらしい。

 すぐに警察に連れられて夜空と家に戻ると、俺は夜ご飯の支度だけして部屋に戻った。食べる気になれない。まぁあんな死体を見た後だから当たり前か……。

「人間って……心のどこかで思ってたのかもしれないな」

 買ってきた缶コーヒーを口に含みながら、俺はため息を吐いた。

 悪魔、もしくは魔神の力を手に入れた人間。あくまでも人間であり、人間らしい思考をしていると思ってた。だけどそれは違う。一部はそうかもしれないけれど、実際は殆ど力を手に入れたことで化物へと変わってしまっている。

 あの女、そして今回の事件を起こした男のディビク。どう考えても人間じゃない。

「狂ってやがる……!」

 握る拳に力が宿る。そして電気まで発し始めたところで、俺は拳に宿る力を抜いた。

 こんなところで力を使っても意味がない。これを使う時は、別にあるはずだ。

 自分の力を求める理由を間違ってはいけない。それは全てのディウス、アルヴィ、ガヴィア、ディビクに言うことができるはずだ。なのにどうしてッ!

 こんこんと言う音と共に、夜空が入ってきた。いや、音と共に入ってくるって常識ないんじゃね?

「ねぇ巡、あの死体について聞かせてもらえないかな?」

 入ってきた夜空は真っ先にそう言った。まぁそうくるってことはわかってたんだけど。

「人の仕業じゃなかった」

 やっぱりと呟いた夜空は、真っ直ぐな瞳で俺を見てきた。

「わかってると思うけど、人の仕業じゃないってことは私達みたいな奴らがやったってことだよ? もしかして白姫が……」

「それはない。あれは男がやった。理由は予想するか聞かないかして欲しいんだけど」

 夜空はあーと言うと、嫌そうな顔をしてから頷いた。

「他にもディビクかガヴィアがいる可能性があるってことだと思う」

「基本的にディビクとガヴィアは上下関係にあって協力している場合が多いから、多分ディビクがいるとしたら白姫の命令に従っているのかもしれない。でもあれがあったんでしょ?」

 嫌そうな顔をする夜空から、あれの正体を見破ると俺は頷く。そうか。それが付いてるってことは誰かがそれを命令したか、あいつらが勝手にしたかのどっちかだ。もし前者なら白姫以外の人物が行った可能性が高い。一応女子だし。そこまで悪い奴じゃないと信じたい。

「もしかすると他のガヴィアがいるのかもしれない。単独犯と言う可能性もあるけれど、どちらにせよ用心に越したことはないかも」

 その言葉に頷いた俺は、明日どうするかを考え始めた。

 どこかにいるかもしれないガヴィアとディビクを、探さなければならない。

「明日一応俺が探しに行くけど、夜空はどうする?」

「そうだね。これ以上被害者が出るのは避けたいし、どの道倒さなきゃならない相手だから。双也にも連絡を入れておくから、明日は探索からはじめよう」

 見つけなきゃならない。そして言うんだ。こんなことはやめろと。もし聞かないのなら……殺す。

「じゃあ明日の8時から探そ。そこからは個人行動。ケータイへの連絡で報告。定時連絡は一時間ごと。もし連絡が取れなかったら、その付近にいる可能性が高い」

「囮ってことか。でもだとすれば一番狙われるのは夜空、お前だぞ?」

「いいの。私は狙われ慣れてるから」

 笑いながら言った夜空を俺はまっすぐ見つめる。

「……わかった。私は巡に30分ごとに連絡する。それでいいでしょ?」

「あぁ」

 こんな時までそんなこと言うなよ。死ぬかも知れないんだぞ?

「じゃあ明日。おやすみ」

「おやすみ」

 そう言ってから夜空は戻っていく。それを見ながら、俺も安心して布団に入った。

 明日必ず捕まえる。


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