第一話「光丘へと登る道」
俺が中学校の頃から考えていた作品の設定が纏まったので、書き出したいと思います。
評価や感想、ブックマークの方をよろしくお願いします。
なお書き溜めがある場合は、月→木→日→水→土→火→金→月……の順番で投稿したいと思います。書き溜めがなくなった場合は不定期更新、もしくは次の書き溜めが出来上がるまで更新を一時的に停止したいと思います。
ご理解とご協力をいただけると幸いです。
ボールが跳ねる音が聞こえる。
辺りから聞こえるのは歓声。そして叫び声。
だけどその二つはあまり耳には入らない。俺が待っている声が、ボールが跳ねる音が、俺の聴覚の全てを支配する。
その声はまだ来ない。まだ、俺は待たなきゃいけない。
ボールの跳ねる音もまだ聞こえる。まだだ。まだ俺は待たないといけない。
不意に、総ての音が止まった。静寂が俺の耳を支配する。だからこそ、その時が来たのだと俺は感じた。
「めぐるん!」
――そして、待っていた声は来た。
「任せろ双也!」
ボールが俺に向かって飛んでくる。決める時だ。
全国高校バスケ選抜優勝大会ウィンターカップ決勝。その大舞台に、俺こと天丘巡は立っていた。
試合は第四クォーターの残り二十秒。点差は88対92で俺達が負けている。
でもだからといって、逆転できない時間帯じゃない。まだ挽回をできるチャンスはある。
「させっかよ!」
目の前でディフェンスに入ってきた相手を一瞥してから、右から左へのフェイクを使って抜く。
ここで俺が諦めたら、今戦っている仲間達に迷惑がかかっちまう。そんなことは絶対にさせない。
「巡、そのまま決めちまえ!」
先輩の声に頷くと、ゴールに向けて俺は跳んだ。前には二人。
「止まってたまるかよ!」
二人を吹き飛ばしながら、ダンクシュートを決める。これで点差は2点。残り2点だ。
だけど相手も残りの力を振り絞ってぶつかってくる。それに対し、俺達も本気でぶつかっていく。
先輩がパスをカットすると、フリーだった俺にボールをパスする。
「ここで決めなきゃ男じゃねぇ!」
パスを取ると、ゴールを見据えた。ここで決めれば同点だ。
「そらぁ!」
ダンクを決めるとガッツポーズをする。
だがその瞬間、喜んでいた俺の真横をボールが通って行った。
そのボールは敵の手に渡り、相手はゴールに向かっていく。残り六秒。
俺も全力でそのボールを追いかけていくが、俺がマークすべき選手がボールを取りそのままゴールを決めた。
それを見て呆然とする俺。同時に終了のホイッスルが鳴り、俺達の敗北が決まった。
そして周りが白くなっていき……。
「ごふぅぅぅううううう!?」
俺の腹に踵落としが直撃していた。
「あ、おはよう巡」
「よ、夜空さん。朝から刺激的な挨拶ですね」
俺は踵落としをした張本人、暁美夜空を見ながらピクピクと震えていた。いや、朝一番に踵落としを喰らえば誰でもこうなるはず……! 普通の人は踵落としを喰らうような状況にはならないか。
「だってもう何十回も呼んだんだよ? それでも起きないから、仕方なく私の踵落としを決めてあげたのに」
「本当にすみませんでした」
本当、寝てると全然起きないんだよね。俺。だからといって踵落としを喰らったら死にかけることぐらい、流石の夜空でもわかってほしいなぁ……。
「なによ。確かに踵落としをしたのは悪かったと思うけど……」
「ううん。夜空は気にしなくていいんだよ。さーって、朝ご飯に行こっか」
夜空を宥めながらも、俺の部屋がある二階からリビングがある一階に降りる。
途中で洗面所によって顔を洗ってから、リビングに顔を出した。
「おはよう、巡君」
「よう坊主」
「おはようございます、木沙耶さん、おっさん」
暁美木沙耶さんと、その夫である暁美大輔こと通称おっさんに挨拶をする。
ここは俺の家じゃなく、夜空の家である暁美家だ。
どうして俺がその夜空の家にいるのか。それは俺が既に孤児だと言うことが関係している。
五歳の時、俺は両親を失った。両親の結婚記念日に、二人は旅行に行った。その間暁美家に預けられていたんだけど、両親が帰ってくることはなかった。
交通事故にあって、車は滅茶苦茶に大破。二人の遺体はそのまま車と一緒に川へと転落。遺体は戻ってこなかった。
遺体の無い葬式となったあの日、俺がどこに預けられるかの話し合いも行われた。
だけどお父さんもお母さんも、所謂駆け落ちだったらしくて誰も俺を引き取ろうとしなかったらしい。
そんな時現れたのが、おっさんだった。
おっさんはお父さんに預けられたらしい書類を見せると、俺を引き取ってくれた。
ただし仮にあずけている状態らしく、おっさんは定期的に親戚に金を払ってくれている。
俺なんかって言う他人の為にそこまでしてくれているおっさんのことを、俺は酷く頼もしく思ってる。
だっていくらお父さんの親友だからって、他人だろ? だけどその家族の為に、毎年安くはないお金を払ってでもこの家に置いてくれているおっさんはすげーよ。
「坊主、何にやけてんだ?」
「なんでもないよーだ」
するとおっさんがニコニコしながらゲンコツで俺の頭を抉ってくる。
「イタタタタ! 何すんだよ!」
「お前が意味ありげな表情してっからだよ。ほら夜空もお前もさっさと朝飯を食べて学校行けって。今日は始業式なんだろ?」
やべっ! 忘れてた。
「おっさん朝飯!」
「目の前に出てんだろうが」
前に出されている白いご飯を食べ始めると、魚と一緒に高速で食べる。やっぱりうまい。うまいってことは、作ったのはおっさんか。
木沙耶さんが作れば見た目がおぞましいくて恐ろしくまずいものが出てくるし、夜空が作れば微妙に食べられる様な少しまずい料理が出てくる。
「うまいよおっさん」
「そりゃよかった」
ニヒルに笑うおっさんを一瞥してから、味噌汁を飲む。これは夜空が作ったものだな。
「美味しいよ、夜空」
「う、うん。無理しなくていいんだよ?」
「無理じゃないよ。俺が美味しいって言ってんだから、大丈夫大丈夫! 少し塩が効き過ぎてる気がするけどね」
と言うか味噌の味が濃すぎて味覚が痺れてきてるけど、夜空を悲しませたりはしたくないからな。嘘でも美味しいと言ってあげたい。
美味しいと言い続けていれば、いつかは本当に美味しい料理になるはずだから。……なるよね?
「そっか、よかった」
安堵する夜空を片目に、俺はどんどん朝食を食べていく。夜空は多分もう食べ終わっていると思うから、俺を待ってるだけだろう。
素早く食べ終わると、俺は二階に上がってカバンと制服を取る。
白いワイシャツをきちんと着こなし、その上から制服に腕を通す。
そしてカバンを持ったまま、一階に降りると屈伸をした。
「お待たせ夜空」
「行こっか」
俺と夜空で外に出た瞬間、俺はすぐさま玄関で突っかかった振りをした。
「あー、倒れるー」
倒れたフリをして振り向くと、そこには立ち尽くす夜空の姿があった。
「水色」
「ッ! 巡ぅ……!」
俺はそのまま両腕を地面についてバク転をすると、学校に向けて走り出した。
「待てッ! 巡! 二年生の初めからパンツ覗くなんて、最低!」
「ニヒヒ。何とでも言うがいい! 俺は自分の行いに一切後悔していない! 何故か? そこに夜空がいるからだ!」
追いかけてくる夜空を見てから、俺は塀を掴むとジャンプでその上に登る。そしてそのまま走ると、塀から塀へとジャンプした。
「やっほー!」
「身体能力高過ぎるでしょ……!」
塀と塀の間は大体二メートル。それを跳ぶくらいなら、夜空でもできそうなんだけど。
「夜空もできない?」
「当たり前でしょ!? 確かに二メートルくらいなら走り幅跳びの要領でできるけど、そんな十センチくらいの幅にジャンプしたままの速さで片足着地なんてできるわけない! しかも上は斜めになってるんだよ!?」
「バランス感覚の成せる技かな。夜空ももう少しおっぱいが大きくなったら釣り合うんじゃないかな?」
「コロス」
速度が上がった!? 余計なことは言わない方がよかったかもしれない。と言うか本当に速くて死にそうなんだけど。
「捕まえ――」
「ほいっと」
塀からジャンプして夜空の上を超えて地面に降りると、次は道路を普通に走り出す。
「くぅ。巡の癖に!」
「俺だから成せる技~」
登校ラッシュで混んでいる道を、するすると走りながら抜けていく。
「ほいほいごめんね」
夜空はと言えば、他の人にぶつかりそうになって迂闊に進めないらしい。
「む」
俺はその人ごみから抜け出すと、塀の上に再び登ってそこから夜空を見る。
その近くに親友の二葉双也がいるのを見つけると、俺はよかったと少し安堵した。
いつも怒らせるのは俺の責任だけど、そのせいで夜空が一人で登校するようなことになるのも嫌だ。
だから双也が来てくれれば、夜空は一人で帰らなくて済むし俺も逃げられるから一石二鳥。
「さーてと。俺もさっさと逃走を開始しようかな」
塀の上を走りながら、登校ラッシュを抜けていく。
「うぉっと」
転びそうになったけど、すぐに体勢を直す。この程度だったら朝飯前だぜ。
「いやー。毎度思うけど、この道もかなり長いよね」
丘の中腹にある俺達の通う学校、私立宮橋中央高校。
各学年大体300人で、計900人の生徒が通っているこの学校。実は200人は推薦で決まっていて、残りの100人だけが試験で決められると言う不思議な学校である。
だけどこの学校はただ単に優秀な生徒だけを集めている……と言うわけでもなく、そこにもきちんと面接官による面接で行われているらしい。面接重視の学校……とでも言うのかな?
それでも進学校として名を馳せているだけあって、多くの受験者がここの学校を希望している。
斯く言う俺も、推薦でこの学校に入ったんだけどな。
バスケットボール中学校全国大会出場。その実績があったからこそ、俺はこの学校に入ることができたといっても過言ではない。
ちなみに夜空も女子バスケットボール部で全国には一歩届かなかったものの、東海大会ではベスト8に入っている。それと学力もまぁまぁよかったから入れた。
俺達の学校、バスケットボールだけは強かったからなぁ……。
「さーてと、そろそろ着くかな?」
歩いていると、ふと学校の中を覗いている男子が見えた。
他の学校の奴……なのかな?
「なぁ」
声をかけると、驚いてこっちを見てきた。
なんていうか、中性的な顔立ちをしてんな。本当に男子なのか一瞬疑ったくらいだ。
「君って、他の学校の生徒? だとすれば、見つかると厄介だぜ?」
「えっと、そうだね。ありがとう。君の名前を教えてくれるかな?」
「俺? 俺は天丘巡。お前は?」
少しだけ、男子が驚いた様な顔をした。
「そうか、君が巡君……。僕も名前を名乗るね。ルーク・バールスクラ。ルークって呼んでくれれると嬉しいかな」
少しだけ笑みを浮かべたルークに対して、俺も笑みを浮かべる。
「おう! よろしくな、ルーク」
ルークはそうすると嬉しそうにしてから、見つかったらまずいから帰るねと言って丘を下っていった。
「さて、俺も教室に行くか」
フェンスを上り、そのまま校庭に降りると教室に向かう。
「巡」
だけどその直前、下駄箱で悪寒に襲われた。恐る恐る振り向いてみると、そこには修羅がいた。
「覚悟はいい?」
「えっと……、優しくしてね?」
「無理☆」
俺の顔面に夜空の右ストレートが直撃した。
「ごふっ」
倒れこむ俺を尻目に、夜空は戻っていく。周りの生徒ももう見飽きてるのか、その光景をスルーしながら戻っていく。薄情な奴らだぜ。
「おはようめぐるん。今日も元気だね」
いや、声をかけてきた人物はいた。さっき言ったとおり親友の双也だ。
「これ見て元気って言うところが、お前らしいな」
どう考えても元気そうじゃないだろ。顔面腫れてるんだぞ?
「いやいや、いつおも通りでしょ? いつも元気でいつも通りなんだから、今日も元気。ほら、考えてみると合ってる気がするでしょ?」
「まぁ言われてみれば……」
「そうやって騙されるところが、ちょろいよね」
暴言を吐かれた。いや、双也がこんな腹黒系ドSになったのは俺達が原因なんだけど。
「全く、双也の暴言も変わらないな」
「めぐるんの馬鹿さもいい加減だけどね」
俺は立ち上がると、双也と一緒に教室に向かう。今日から二年生の教室……と言うわけじゃなくて、俺達の学校の始業式はまず前年度の教室に向かう。
始業式が入学式の前だから、前年度の教室が空いていると言うのもあるかもしれない。
「それにしても、今日のよぞらんはすごい怒り具合だったけど何て言ったの?」
「んー。パンツ覗いて、もう少しおっぱいが大きくなったらいいんじゃないって言った」
すると双也がため息を吐いた。解せぬ。
「いい? よぞらんもか弱い女の子なんだから、他の女の子にするみたいに普通の態度で接すればいいの。なのにどうしてよぞらんにだけ、あんなに変態行為を行うの?」
確かに。他の女子には何もしないのに、どうして夜空にだけやるんだろ?
「わかんねぇや」
「はぁ。それがわかってたら、よぞらんも苦労しないのに……。まぁよぞらんの方も気づいてないっぽいし。この二人は……」
「何一人言ブツブツ呟いてんだ? さっさと行こうぜ」
双也に対してそう言うと、双也はそうだねと言いながら俺の方に小走りで向かってくる。
それから二人で昨日のテレビについての話をしながら、教室に入る。
すると大半数の視線は俺達に向けられる。
「よう皆! 元気にしてたか?」
「当たり前じゃねぇか巡!」
「春休みの間てめぇのアホ面見れなくて清々したぜ」
「んだとコラ!」
俺が他の男子達と話していると、双也は女子に囲まれている。
全く。どうして俺の周りにはむさ苦しい男子しか寄ってこないんだか。
「俺ってそんなにモテないのかなぁ……」
不意にそう呟くと、周りからため息が聞こえた。
なんで俺がモテない発言をすると、毎回毎回こいつらはため息を吐くのだろうか。
「お前いい加減気づけよ……」
「はぁ?」
「まぁいいか。つーか、この後クラス発表だろ? この教室にも割と世話になったしな。綺麗にして置けるならしておいてやりたいぜ」
「お前らしくねぇ発言。ま、俺もそう思ってはいるんだけどな」
こいつら口は悪いけど、結局根はいい奴らだな。
皆去年の思い出が大切だからこそ、俺達みたいな思い出を作って欲しいから、この教室を俺達が入ってきた時より更に綺麗な教室にしたいと思うんだ。
「ならさっさと掃除しようぜ。誰もが驚くぐらいのピカピカで、女子共も驚かせてやる」
「あんまり気を入れ過ぎんなよ」
「巡、あいつは言いだしたら止まらないからそっとしておけって」
今までの様に騒いでいると、去年の担任が俺達のクラスに入ってきた。
「えー、去年はお疲れ様でした。今年から違うクラスになるということで、この教室を綺麗にしたいと思います。この教室にもきっと皆さんの思い出が詰まっているから、それを後に来る一年生にも味わってもらいましょう」
さっき俺が思っていたことと、同じ様なことを言ってる。やっぱり先生もその思いは変わらないんだな。それもそうか。だってここで教えてきた先生だもんな。
「じゃあ巡、組み分けよろしく!」
「おう! 一班は箒、二班は雑巾、三班も雑巾、四班は窓、五班はレールをやるんだ。まずは全員で机を運び、掲示物を全て外す。これが最後の一戦だ。全員、覚悟はいいか!」
『おう!』
「なら全員、突撃だぁぁぁあああああ!」
俺達全員が掃除に取り掛かる。すると、夜空が近くによってきた。言い忘れてたけど、夜空も俺達と同じクラスだ。
「やっぱり叶わないなぁ。巡っていつも馬鹿みたいな事してるくせに、何かに恩返ししようとしてる時が一番輝いているんだもん」
「そうか? 俺はそうは思わないけど」
「僕もそう思うよ」
双也が近づいてきてそう言った。
まぁ俺の人生が殆ど恩返ししなきゃならないような状況だったし、いつも通りのことをしているって感じになってるのかもしれないな。
「だったら夜空も双也も、俺みたいに楽しもうぜ。せっかくこの教室に恩返しができるんだから」
「そうだね。僕も本気で掃除をしてみようかな」
「私も。巡を見てたら私まで張り切ってきちゃった」
俺達は笑みを浮かべると、掃除を開始した。
掃除が終わり、俺達は若干ヘトヘトになりながらも机を綺麗に並べると廊下に出た。
「俺達はあの教室を掃除し終わったんだ。これ以上あの教室にいたら、またあそこは俺達の教室に戻っちゃう。だから、外で発表しようぜ」
って俺が言ったら皆賛成してくれて、廊下でクラス発表が行われることとなった。
「暁美さんは二年二組です」
夜空が最初に発表されて、次は俺の番だ。
「天丘君は二年二組です」
「うっし」
「またよろしくね、巡」
「おう!」
夜空と二人でハイタッチをしながら、他の奴らが呼ばれるのを待つ。
そして遂に俺達が待ち望んでいた人物の番になった。
「二葉双也、二年二組」
「よし!」
大きな声で叫んでしまった双也は、すぐにいつもの笑みを浮かべて俺達の所に来る。
「また三人揃ったな」
「来年も一緒だなんて、嬉しいね」
三人でまた一緒にいれることを喜びながら、俺達はその教室に向かう。
自分たちの教室に入ると、そこには何人かの生徒が既に教室にいた。
「よっ。お前らも一緒のクラスだったのか」
「よろしくねー」
他の奴らから挨拶されて、俺もそれに答えて席に座る。
このクラスも面白いことになりそうだなぁ……。
そんなことを考えていると、着々と人が集まってきてクラスの席は一つを除いて全て埋まった。
「失礼します」
そうやって入ってきたのは、俺達の担任と見られる人物。
「私がこのクラスの担当をすることになっています。それよりも、何故その席が空いていると思いますか?」
「転校生? もしかして女子!?」
俺が声を上げると、おぉ……とざわめいた。
「その通り。女子だ」
男子からの歓声が上がる中、夜空と双也の顔が少し厳しくなったのを感じた。
どうかしたのか?
「じゃあ入ってきてくれるか?」
そして入ってきたのは、真っ白い雪の様な髪と、まるで血の様な赤い瞳を持っている少女だった。確かアルビノとか言う色素が薄い人だと思う。
「白姫ユナといいマス。これから一年間、よろしくお願いしますネ?」
白姫が挨拶した瞬間、より一層二人の顔が厳しくなった。
「どうかしたの? 夜空」
近くにいた夜空に声をかけると、夜空は元に戻ってううんと首を振った。
「……巡を巻き込まないようにしないと……」
夜空が何か呟いていた気がしたけど、俺にはあまり聞こえなかった。
「さてと、白姫の紹介も終わったことだし始業式に向かうか」
先生の言葉に答えると、俺達は教室を出て体育館に向かう。
双也と夜空は相変わらず白姫に対して厳しい顔を向けているけど、昔の知り合いなのか? でも双也の知り合いならともかく、夜空の友達だったら俺がわからないことはないと思うけど。
「二人共、いつまでも白姫に対してそんな顔してんなって。折角新しいクラスになったんだから」
「……そうだね。ごめんねめぐるん。めぐるんにも迷惑をかけちゃったかな?」
そんなことはいいんだけど、双也が謝ってきたからまぁそれを受け取る。
双也に対してはこれが正しい対処法だ。
「ねぇめぐるん。めぐるんは、よぞらんのことどう思ってるの?」
「どう思ってるって、そりゃぁ感謝してるさ。本来なら一人で過ごさないといけなかった俺が暁美家に来た時、一番心配してくれたのは夜空だからな。俺の周りの世話をしてくれたのも夜空だし」
ダメだこりゃと言った双也に対して、俺は腹に拳をいれた。いい加減イライラする。
「め、めぐるん? 君のパンチ力は中々のものなんだから、そんなことされると割とガチで痛いんだけど……」
「知らん」
双也をスルーして歩いていると、三年生と一緒になって入場する。正直気まずい。
「おぉ巡!」
「あ、先輩。お久しぶりです」
少し俺は暗くなる。先輩と会うこと自体はいいんだけどなぁ……。
「あー、やっぱりまだ気にしてんのか?」
「だって先輩の最後の試合だったんですから」
ウィンターカップ決勝。あの試合で90対90まで持ち込んだのだが、ゴールを決めた後に俺がパスミスをし、敗退した。
あの一本がなければ、ゴールを決めていたのは恐らく俺達だったはずだ。
この学校は進学校故に、部活動は二年生までと言う決まりがある。だから去年二年生だった先輩達は、もう二度とチャンスはやってこない。
「悔しいっす。俺があんなところでパスミスしなかったら、勝ってたのは俺達だったのに……」
「まぁそんな表情するなって。ウィンターカップ準優勝もすげーと思うぜ? あれだけの時間を戦い抜いたんだから、何も悔やむことはねぇよ」
先輩の言葉が胸に染みる。それでも、俺は悔やんでしまう。
「巡、お前はムードメーカーだろ? そのお前がいつまでも落ち込んでたら、今年のウィンターカップどころかインターハイも勝ち上がれねぇ。もっと自分に自信を持てって」
自分に自信を持つ。今俺にできる最良のことは、それかも知れない。
「はい」
「去年は無理だったけど、今年は行けるはずだ。攻めはお前が、チームの連携は双也が担う。全国常連だろうがなんだろうが、それで敵をぶっ飛ばせ」
先輩の笑顔を見て、やる気を取り戻し始める。
いつまでも俺が暗い顔をしていちゃダメだ。だって俺は、ムードメーカー兼副部長なんだから。
「うっす! 頂点までぶっ飛ばしまくってきます!」
「その意気だ」
先輩が離れていくのを見ながら、俺達も席に座る。
目標は決まった。インターハイ、ウィンターカップ共に優勝。これのみだ。
「双也、頑張ろうな!」
「勿論だよ。次こそは必ず優勝しよう」
二人で誓うところを見て、夜空が少し不貞腐れてこっちを見てきた。
「どうしたんだ? 夜空の奴」
「気にしないであげようよ。この輪の中に入れないから、不貞腐れているんだよ」
そんなことだろうとは思ったけどな。
夜空は女子バスケットボール部……と言うわけではない。
今は男子バスケットボール部のマネージャーと言う役割に落ち着いている。この学校にある女子バスケットボール部は人数が足りないし。
「そろそろ始まるよ」
そして校長の挨拶が始まる。と、同時に俺は睡眠に落ちていった。
俺が起きると既に話は終わっていて、退場する場面になっていた。
「めぐるん、おはよう」
「俺超タイミングバッチシだわ」
そうやってにやけていると、自分達の番になって退場をする。退場しながら思ったのは、やっぱり先輩達は雰囲気からして違うと言うことぐらいかな。
退場した後は教室に戻り、荷物を持って下校した。
双也は各部の部長が集まる部長会に出席して、夜空もその付き添いをしなきゃならないから帰りは俺一人だ。
だから俺は家に帰る道とは反対方向に向けて歩いていた。
「よいしょっと」
フェンスを超えて中に入ると、階段を上がって上に進む。
そして階段を登りきると、そこから見えたのは綺麗に輝く街の姿だった。
光丘。この市の名前になっているこの丘は、夕方に来ると太陽の光を反射して輝く。だけどその時に丘にいると、街並みが光り輝く幻想的な姿を見ることができる。
ここが俺の両親との思い出の地であり、最も大切にしている場所だった。
春は桜が舞い散るから、その姿に初々しさと散りゆく儚さを感じさせる。
夏は日差しが強いから、今まで以上に強く輝く街並みを見ることができる。
秋は紅葉によって、赤く染まった山に囲まれている街が、どこか美しさを際立たせる。
冬は雪が降る時が一番綺麗で、白銀に輝く街はまさに綺麗としか言えないような素晴らしさ。
四季によって更に美しさを変えるこの丘からの景色は、絶景としか言い様がない。
この場所を教えてくれたのは、俺のお父さんだった。
最早数少ない覚えている思い出だけど、この場所にお父さんと一緒に来たことがある。お母さんも一緒に来た時もあるけれど、やっぱり最初に来たお父さんとの思い出の方が強い。
お父さんのあの時の言葉は、今でも忘れることができないだろう。
[誰かを救える様な人になれ]
正義の味方にならなくても構わない。ただ身近にいる人を守れる様な、そんな人になりたいと俺はずっと願い続けていた。
「綺麗な場所ね」
声をかけられて、俺は振り向いた。
そこにいたのは黒く長い髪を持っている女性。ただその瞳は赤く、何故だかそれが酷く不気味に思えた。
「まぁ。俺のお気に入りの場所ですから」
「そう。ねぇ貴方、人が死ぬことってどう思う?」
唐突な質問だったけど、俺は自分の胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
「まぁ寂しいですかね。人が死ぬのを目の前で感じるのって、かなり辛いじゃないですか」
「その口ぶりだと、まるで貴方は人が死ぬのを感じたことがあるようね」
少し笑う女性に対して、やっぱり俺は言い様のない不気味さを感じている。
正直に言うなら、この女はやばい。女性とかそう言う少し優しい言い方じゃなくて、多分女。もしくは生物学上でメスと名付けられただけの存在。
痴女とかそう言うのじゃなくて、俺が言いたいのは――人の皮を被った悪魔。
「最後の質問。暁美夜空を知っている?」
俺の予感は、確信に変わった。
女の右腕の形が変わっていく。白く美しかった右腕は黒く染まり、鉤爪のついた龍の様な腕に変わる。そしてそれを見てもなお、女は表情を一切崩さない。
「もし教えてくれるのなら、殺さないであげる」
ぞっとする声で言われて、俺は半歩下がる。
「し、知らねぇな」
「嘘。私が知っている情報は、暁美夜空が私立宮橋中央高校に通っていることだけ。だとすればその制服を着ている貴方が、知らないはずはないでしょう?」
そう言われればもうバレていると言っても過言じゃないだろう。
俺は大きくため息をつくと、ゆっくりと女を見据えた。
「言うかよ。誰だか知らないような女に、あいつを売る訳がねぇだろ。真面目に行かないってことは、あんたは夜空の友達ってわけでもないみたいだからな。だったら俺は、あいつを売らねぇ!」
「そう。残念ね」
女が肉薄してくる瞬間、俺は後ろにジャンプして爪の一撃を避ける。
「ちっ。劣等にしては速い動きをするわね」
この丘の細部まで、俺は詳しく知っている。だから逃げ切れる可能性もなくはない。
俺はそのまま走り出すと、丘からの階段を下っていく。対して女はそれを追いかけてくる。足の速さは多分あっちの方が上だ。
「待ちなさい!」
「そう言われて待つ奴が何人いるんだよ!」
俺はそう叫びながらも、丘の反対側に向かう。
学校側から丘を降りれば、こいつは無差別に学校の奴らを襲う可能性がある。
だから俺が囮になって少しでも時間を伸ばしてやる!
「すばしっこい!」
攻撃をジャンプして避けながら、俺は反対側に向かっていく。
「このっ!」
「っ!?」
爪を裏拳の様に振られ、俺の体はそれに当たって吹き飛ばされる。すげぇ威力だ……。
幸いどこも切れていないが、丘の頂上辺りで俺は立ち止まってしまっていた。
上ってきた女が爪を構えて、俺に対してニヤケ顔を浮かべる。
「最後の言葉は何かしら?」
それに対して俺は女の方に体の体勢を立て直す。
「死ねよババァ」
そして、俺の体は斜めに切り裂かれた。
「ぐ、あ」
叫べない程の激痛が俺を襲う。視界の先が赤く染まっていき、俺の意識も朦朧とする。
その中で聞こえたのは、俺の名前を呼ぶ夜空の声だった。