第六話
「夏が光に満ち、きらめくころ、どうか来ておくれ。いつだって、あなたを喜んで迎えよう。」——ポール・ローレンス・ダンバー「愛への招待」より(抄訳)
PRIVATE DINNER
Lord Cain Lowell
requests the pleasure of your company
at dinner
at his home in Wannsee
on Friday, 7 August 2026
at six o'clock in the evening
R.S.V.P. to Oliver Grant
*
八月七日、プライベートディナーに招待された六名のゲストが、ヴァンゼーのロウェル邸にやってきた。気心の知れたファルケンベルク音楽院の関係者だけの、こぢんまりとした食事会である。ただしオリヴァーは、『ルリ様がいらしてすぐにこれは、ちょっとやりすぎでは』と渋面をつくった。招待した六名が、ファルケンベルク音楽院の理事長、副学長、そして客員教授として招聘されている指揮者に、ピアノ科・ヴァイオリン科のベテラン教授が三名という錚々たる顔ぶれだったからである。カインは、そのオリヴァーとのやりとりを思い出した。
『あまりにもルリ様への負担が大きいのでは? いくら招待客の正体をご存じないとはいえ』
オリヴァーの言い分は分かる。カインとしても、少しばかり騙し討ちをしているような気分ではあるのだ。ルリには「先日の東京公演で世話になった、ファルケンベルクの関係者を招いた気軽なプライベートディナーなんだ」「せっかくだからちょっといい食事と、食後の音楽を楽しもう」、などと伝えてある。
『いいから、とにかくルリには、それ以上のことを言うな』
オリヴァーは不満そうな顔を崩さなかった。
(おまえはいったい、いつの間にルリに陥落したんだ。ほとんど一緒に過ごす時間などなかっただろうに)
彼が心配しているのは、ディナーに招待した顔ぶれに、あまりに重みがありすぎるからだ。日本から来て一週間経つか経たないかという十五歳の少女に、貫禄のある見知らぬ大人たちと食事をさせ、演奏をさせるというのは、あまりに酷なのではないか、と思っているのである。
しかしカインは、別のことに気をとられていた。彼女を本当にロウェル家の面々に会わせても大丈夫か、ということである。プライベートディナーにどんな服装を選ぶのか。このヴァンゼーのロウェル邸で、厳めしい顔つきの大人たちを相手にどのような立ち居振る舞いをするのか。あるいは好奇や容赦なく品定めをする不躾な視線に耐えうるか。
ルリと一緒に音楽をやりたい、と灼けるように思った当初は、ロウェル家の面々と会わせるなどとは考えてもいなかったカインである。容姿も人柄も関わりなく、ただ満足のいくだけ一緒に音楽をして、彼女が強ければそれなりに自由にさせ、弱ければ真綿に包むようにして守ってやればそれでいいと、そう思っていた。ルリを第一に考えていたとは到底言いがたく、じつに自分本位であったと認めざるを得ない。だが、たった数日――そう、たった数日だ。機内で長時間をともにし、ロウェル邸で数日暮らしただけで、カインは彼女のことを、ピアノだけではなく、ピアノを含めた彼女そのものを最優先に位置づけるべきものと考えるようになっていた。彼女を守り、彼女が幸福にピアノを弾きつづけ、そして自分とともに音楽を続けていきたいと思えるように、持てる力のすべてをもってして根回しせねばならないと考えるようになったのである。
まず味方につけたいのは、侯爵家である我が実家。そしてファルケンベルクの権威ある大人たち。カインは、ルリという人物そのものを大切にしたいと考えるようになったからこそ、今、彼女をあらためて見極めようとしていた。
『ドイツにいたい、と思ってもらわなければならないのでしょう。ルリ様に』
『そうだ。まるで矛盾しているように思うかもしれないが……』
『…………?』
『俺はこれでも、ドイツに来る前よりもずっと、彼女とその未来を大切に考えている』
聞こえよがしのためいき。分かっている、おまえの言いたいことは分かっているんだオリヴァー、とカインは苦々しく片眉を上げた。
『おまえは俺の何だ?』
『あなただけの秘書ですとも』
『そうだ。ついて来てくれるな?』
ひとつためいきをつき、うろんな目つきをして、オリヴァーはわざとらしく腰を折った。
『As you wish, my lord』
――というような会話が、帰独して間もないころ、この主従の間にはあった。あれからオリヴァーは、よりいっそうルリに優しく接しているように見える。分からなくはない。彼女は、知れば知るほど魅力的な少女だった。それだけにカインは、憂えている自分を自覚していた。きっと多くの人々が、彼女に魅了されるだろう。だが、容姿にすぐれ、性格は善良で、唯一無二の才能をもつピアニストなど、嫉妬されないはずがない。華やかにみえるこの音楽の世界に、どれほど醜い嫉妬と憎悪が満ちているか、カインは知っている。
この日、ルリは淡いブルーグレーのワンピースを選んだ。襟元はすっきりとしたラウンドネックで、肩にわずかなふくらみを持たせた半袖が、少女らしい柔らかさを添えている。白く細い腕が、よりすっきりと美しく見えた。上半身は身体の線に沿って端正に仕立てられており、腰から裾にかけて、膝下丈のフレアスカートがゆるやかに広がっている。装飾らしい装飾はなく、美しいシルエットが際立つ、清楚で上品な一着である。足元には、細いストラップのついたアイボリーのローヒールパンプス。光沢のあるまるい爪先に、十五歳らしい可愛さがある。左右の耳には小粒の真珠が控えめに光っていた。マーガレットに確認したところ、すべてルリがひとりで決めた装いだそうだ。
到着したゲストをオリヴァーがサロンへ案内するたび、カインはルリを紹介し、ルリは例の花のような笑顔で挨拶をしてみせた。緊張しすぎることもなく、くだけすぎることもなく、プライベートディナーにふさわしい自然な振る舞いである。カインが事前に頼んでおいたとおり、招待客たちは自分の肩書の詳細について、ルリに語ることはしなかった。ルリは素直に「カイン・ロウェルの日本公演で多くのサポートをしてくれたファルケンベルク音楽院の人たち」だと思っている。肩書を知らないとはいえ、ルリは物怖じもせず気負いもせず、じつに彼女らしく感じよく振る舞った。
ダイニングホールでのテーブルマナーも、カインが見込んだとおり、完璧だった。(現代の日本に爵位制度はないというが……)
もともとはそういう名家の血をひいているのではないかと思うほど、彼女の立ち居振る舞いは気品に溢れており、カインを満足させた。
『――さて、皆さん。食後は音楽室で……いかがです。せっかく音楽を愛する皆さんに集まっていただいた夜ですから、食事だけで終わらせてしまうのは惜しいでしょう』
今夜の仕上げだ。ルリのピアノを聴かせることが目的であり、聴かせた結果どういうことになるか、ということについてはカインは心配していない。サロンと音楽室を隔てるスライドドアを開けると、そこはちょっとしたコンサートホールにようになった。ゲストはみなカインとは旧知の仲なので、彼らは勝手知ったる様子で、思い思いにサロンのソファへ腰を下ろしていく。
『簡単な曲でいいから、二人で弾いて聴かせておくれ』
と、さっそくヴァルトシュタインが水を向けた。
こちらを見上げるルリの眸が、いかにもわくわくしているといったふうに輝いている。長い間、人前で弾くことからは遠ざかってきたはずなのに、まるで緊張している気配がない。
『では』
――エルガー『愛の挨拶』。
さほど難しくないこの曲を、カインは数えきれないほど、何人もの伴奏者と弾いてきた。比べることの何と残酷なことだろう。温かく柔らかく扉を開く冒頭のピアノは、ほんの数秒。これほど優しくなめらかにヴァイオリンを導きいれてくれる、愛の深いピアノは今までになかった。
(ヨアヒム。もう気づいたな)
ヨアヒム・ラインハルトは、カインの恩師である。ファルケンベルク音楽院の中で、もっともカインをよく知る人間だといっていい。『愛の挨拶』を奏でるカインのヴァイオリンを聴いて、すでにヨアヒムの目つきが変わっている。
(……そして、エアハルト)
ピアノ科でもっとも権威あるその教授は、容赦のない厳しさゆえに学院じゅうに名を知られている人物である。彼の表情もまた、夕食時の柔らかさを捨てた真剣なものになっていた。『愛の挨拶』を聴く人間の顔ではまるでない。エルガーを弾き終えたときにまず声を発したのは、このオットー・エアハルトであった。
『Well, my dear』
と、言葉だけは親しげだが、品定めをする彼の視線は誰よりも冷たく厳しい。
『きみは伴奏に慣れているのかい?』
ルリは流れるように美しい動きでピアノ椅子から立ち上がり、
『いいえ、実はカインの伴奏をしたのが初めてです』
丁寧にそう答えた。ルリの答えを聞いて、今度は室内楽教授であるエレーナ・ヴァイスと、客員教授としてファルケンベルクに招聘されているフリードリヒ・ベルクマンの顔つきが真剣なものになった。
『あ、その……ドイツに来てからは何度も一緒に弾いているので、今日が本当の初めてというわけではないのですが』
と、ルリはとぼけたようなことを言う。
『普段はひとりで弾いているのかね』
『はい』
『好きな曲は? ――たとえば今ここで弾きたい曲』
ルリは数秒考えた。
『ショパン、『舟歌』を』
エアハルトが、「どうぞ」というように手でピアノを指し示した。弾いてみろということである。察したルリは小さく会釈をして、ふたたびピアノの前に腰を下ろした。
――ショパン『舟歌』。
ゆったりと揺れる伴奏の上に、流れるような旋律。舟歌特有の6/8拍子は、まさに揺らめく水の流れである。右手に現れる重音の旋律は、ふたつの声が寄り添い、ささやきあっているように聴こえる。
旋律が生きている。美しく柔らかな流れの中に滲む影を、ルリの指がせつなく歌いあげる。終盤にかけて光満ちていくような音色のひろがり。幸福と悲哀とを包んだような、気高いピアノだ。
カインはヨアヒムを見た。そしてエアハルトを。厳しい目つきをしていた二人は、今すでにその目を閉じている。彼らの体がほんのかすかに揺れていた――聴いているのだ、ルリの『舟歌』を、その全身で。
ここにいるのは、音楽をこよなく愛する人たちである。ルリのピアノが圧倒的に他のピアニストと異なることに、彼らは気づいただろう。俺がなぜ彼女をここに連れてきたか、そしてなぜこのようなプライベートディナーを催したのかにも。
ルリが弾き終えたあと、静寂がサロンを支配した。誰も何も言わなかったので、カインが大きく拍手をした。ルリはその栗色の大きな眸をくるりとさせて、嬉しそうに笑い、ピアノ椅子から立ち上がって貴族の令嬢のように行儀よく一礼をしたのだった。
*
サロンには、理事長ハインリヒ・フォン・ヴァルトシュタインとヨアヒム・ラインハルト、そしてオットー・エアハルトが残っていた。カインの思惑通りだった。時刻はすでに二十三時を過ぎている。残りのゲスト三名は、オリヴァーが手配したハイヤーで先に帰途についた。
あれからルリは、ベートーヴェンのピアノソナタ『ワルトシュタイン』とリストの『エステ荘の噴水』を弾き、カインとルリとで『序奏とロンド・カプリチオーソ』を弾き、最後にカインとヨアヒム、そしてルリの三人で、サラサーテの『ナヴァラOp.33』を弾いた。ルリは初見でナヴァラを弾いたが、その音色の凄みを、ヨアヒムもあらためて痛感したらしい。
『あんなピアノの音色は、はじめて聴いた』
と、ヨアヒムは言った。
『しかも彼女は、カインとふたりで弾いているときのような本気は出していなかった。僕のレベルに合わせてくれたんだ』
わずかに落ちこんでさえいるようだ。
『どこで誰に師事しているんだ?』
そう訊いたのはエアハルトである。
この時間なので、ルリはすでに客への挨拶をすませ、部屋に戻っている。
『小学校のときにピアノスクールをやめ、今は誰にも師事していないそうですよ』
カインがそう言うと、三人とも驚愕を露わにした。さきほどルリがショパンを弾いた直後のような、奇妙な沈黙がしばらく続いた。得体の知れない化け物を目の当たりにして言葉を失ったかのような、そういう沈黙だった。
『つまり……』
エアハルトの声がわずかにかすれている。
『彼女を日本に引き留めるしがらみはない、ということかね』
彼の強い視線を受けとめて、カインは頷いた。望んでいた一言である。オットー・エアハルトは、すでにルリをドイツへ呼ぶことを考えているのだ。こういう人たちは――真の音楽とは何か、ということを病的なまでに追いもとめているような人たちは、欲しいと思ってからの行動が早い。日本に残されることになるルリの家族のことなどは、まったく考慮の外である。
『彼女はドイツでやっていけると思いますか』
『何だ? やっていけないかもしれないのに、私たちに彼女の演奏を聴かせたとでもいうのか?』
エアハルトはわざとらしく渋面を作ってみせた。
『どうです、欲しいですか?』
『欲しいね。喉から手が出るほど、欲しい。私は――ヨアヒムも言っていたが、私は、あんな音色を奏でるピアニストははじめて見た。天才と呼ばれるピアニストならいくらでもいるが……あれは』
――あの子と他のピアニストの音色の違いを、どれだけの人が言葉で説明できるだろうか?
『違う。ただ他とは違うとしか言い得ない。おそらく世界じゅうのどこを探しても、彼女のようなピアニストは見つけられないだろう。だからきみは、彼女を連れてきたんだ。彼女しかいない、これを逃がせばもう手に入れることは叶わないと考えたから。そうだろう?』
カインは頷いた。音楽家だからこそよりいっそう強烈に感じる、圧倒的な音色の違い。
『つまりきみは』
と、ヴァルトシュタインが言った。
『彼女がドイツで暮らしていくための、全面的なサポートを望んでいるわけだね?』
傍に控えていたオリヴァーが、こちらをちらりと見たのが分かった。「あなたがいくら策を巡らせたところで、ご老人方には全部お見通しじゃないですか」、そう言いたげな顔である。確かにそう、その通りだ。だが、彼らの口からそう言わせることが目的だった。彼らに「欲しい、喉から手が出るほど、あのピアニストが欲しい」と思わせなければならなかったのだった。
『ヨアヒム。きみの考えは?』
『少なくとも』
と、ヨアヒムが答える。
『少なくとも、僕はカインがあれほど楽しそうにヴァイオリンを弾く姿を、ひさしぶりに見ました。いや、けっして普段が楽しくなさそうというのではなく……何というかな、子どものように夢中になって、ただ純粋に、跳ねるように弾く姿というのか』
カインは思わず苦笑した。ヨアヒムの目には、俺が楽しさのあまり飛び跳ねる子どものように見えていたのか。
『どうだね、オットー。ファルケンベルクとして、彼女をドイツへ導くべきか否か』
『……導くべきでしょうね、何としても。本人のためにも、ピアノのためにも、カインのためにも、我々のためにも、そして世界に億万といる、いまだ彼女の存在を知らぬ聴衆のためにも、あれを導き世に出してやるべきでしょう』
オットー・エアハルトの言葉に、ここにいるすべての人が胸をうたれた。そう――世界に億万といる聴衆のためにこそ。ヨアヒムも同調するように深く頷いた。
『彼女はおそらく、どのようなレベルの演奏にさえも寄り添い調和する、他に類を見ない能力を持っている。僕が良い例だ。あんなに気持ちよくヴァイオリンを弾かせてもらえるのだと一度知ってしまったら、もう他の伴奏には戻れませんよ。残酷なほどだ』
『理事長。私が彼女をファルケンベルクに呼ぶべきだというのは――本格的に音楽を教えてやろうとか、音楽の基礎から学び直させようとか、そういうことではありません。もはやそのような領域には、彼女はいない。我々は、彼女を世に出すためのサポートをするべきだ。差別や、嫉妬や、そういったものに負けずに世界に飛び立つためのサポートを』
ふたりの教授の言葉に、ヴァルトシュタインは何度か深く頷き、
『……いいだろう。ファルケンベルクは、彼女ためのすべての支援を惜しまない』
重々しく、そう言った。それが結論だった。
*
マーガレットが淹れてくれた温かいナイトティーを飲みながら、流麗は窓辺のソファで、今夜のささやかなパーティーを思い返していた。
(楽しかったな……)
カイン・ロウェルは、まるで魔法使いだ。指一本で魔法をかけて、私を夢の世界へと連れて行ってくれる。音楽についていうならば、あまりにも満たされた暮らしだった。カインのヴァイオリンを好きなだけ聴き、ピアノを好きなだけ弾く。ふたりで一緒にフランクを弾き、カインのヴァイオリン・ソナタの伴奏をする。ふたりとも弾いたことのない楽譜を目隠しをして取り出して、初見で一緒に弾いてみたりする。人生の幸福というものをすべて凝縮して詰めこんだらこんな暮らしになるのではないかと思うような、そんな日々だった。
本当は、ファルケンベルク音楽院にどうしても通いたいという気持ちはない。こんな暮らしができるのならば、なおさらだ。流麗がこだわるのは、カインのヴァイオリン、カインとの音楽であって、ドイツでの音楽教育ではないのである。
(だけど、私は自分の足で立たなければいけない)
そうでなければ、この異国の地で、カインの荷物として彼に背負われる以外になくなるだろう。
(何をどう頑張っていけば、これからもこの暮らしを続けることができるだろう)
ドイツ語を話せるようにならなければなるまい。
さらに、ファルケンベルク音楽院に通うなら、今までにしたことのないような勉強もしなければならないだろう。楽典、ソルフェージュ、流麗が今まで関心を持ってこなかったようなことまで。そしていずれは、自分の力で生活していけるようにならなくてはならない。
(今の私は十五歳だから、まだいろいろな人にお世話してもらって何不自由なく暮らせているけれど)
それがドイツでの暮らしになるにせよ、日本に戻っての暮らしになるにせよ、そもそも経済的に自立できていない人間が、音楽など自由に楽しめるはずもないのだ。流麗は毎日のように、母・綾乃の言葉について考えていた。
――あなたの心身を、醜くはげしい嫉妬と憎悪の槍がつらぬくわ。人種差別も、断言できる、必ず受けることになる。ちっぽけな島国で、それほど広くもない交友関係の中で、争いごともなく生きてきたあなたには、想像もできないような苦しみが待っている。世の中にはね、あなたが考えもつかないようなことを考える人が、たくさんいるの。良くも悪くもよ。あなたはきっと血まみれになる。そのとき、私たちはあなたを助けてあげることができない。カインにも助けることはできないと思いなさい。あなた自身の強さによってしか、あなたを助けることはできないのよ。それでもドイツで暮らす覚悟があるというなら、私たちは止めないわ。
海外の音楽大学で学んだ経験のある父は、その言葉を否定しなかった。父もまた、異国の地で血まみれになりながら夢を追いかけたのだろうと流麗はそのとき思った。私の幸せ、私の幸せとはいったい何だろうか。その晩、流麗は長いこと自分の指を見つめていた。




