第一話
「奇跡は自然に反して起こるのではなく、わたしたちが自然だと思っていることに反して起こるだけである」——聖アウグスティヌス——
松田楽器店といえば、横浜の山手で明治期から商売を続けている老舗である。一見して楽器店とは思えないこの洋館には、時おり観光スポットと勘違いした旅行者がやって来たりもするが、ここを目的として訪れる客の数は、ちょっと心配になるほど少ない。窓辺には、売る気があるのかないのかはっきりしない古いヴァイオリンが二挺、無造作に飾られている。
北条流麗は、重厚感のある木のドアを押し開けた。一歩店内に入ると、嗅ぎなれた独特の匂いが流麗を包む。二階で店主が焚いているアジアンチックなお香の、この古びた洋館にはまるで不似合いな匂いが、階下まで漂いおりてきているのだ。二階にある八畳の洋室を、店主は畳敷きに改造していて、彼は店の営業時間のほとんどをこの部屋で過ごす。
商品が置いてある一階には、人影がない。この店が不用心なのは今に始まったことではないが、流麗は、ここに来るたび心配になる。いくら客の少ない楽器店といっても、盗んで売り捌けば何十万、何百万、あるいは何千万にもなるような楽器が山ほどあるのだ。泥棒や強盗が入ったという話を聞いたことはないが、ひょっとすると、泥棒が入っても店主が気づいていないだけなのかもしれない。独身貴族を気取る五十過ぎの店主は、それでも生活に困るふうもなく、いたってのんびりと楽器店の経営を続けているから、これはこれでいいのだろう。
流麗が二階に上がると、案の定、店主は八畳間でヘッドフォンをつけて音楽を聴いていた。背後からそっと近づいて、男の耳からヘッドフォンを奪いとる。
「うわ」
と、不意にヘッドフォンを奪われた店主が声をあげ、
「うわ」
ヘッドフォンから洩れてくる大音量の音楽に驚いた流麗も声をあげた。これではやはり、泥棒が入って来たって気づかないだろう。
「ああ、びっくりした。学校帰り? もうそんな時間か」
松田健太という平凡な名を持つこの店主は、北条家の昔からの知り合いである。流麗にとっては祖父母や親戚よりも身近な存在で、父が言うには、「小さいころ、おまえはたぶん松田さんのことをお父さんだと思っていた」のだそうだ。
「終わったよ。ピアノ借りるね」
どうぞ、と松田はちょっと眩しそうな眸で言った。
流麗がピアノに初めて触れたのは、二歳のころである。叩けば音の鳴る、このピアノという楽器に、流麗は夢中になった。小学校に入学するあたりからピアノコンクールに出場しはじめた流麗を、両親とともに、時には両親以上に応援してくれたのが、この松田であった。「おまえのママに、俺は今でも恋してるんだよゥ!」と松田はよく冗談めかして言うが、きっとそれは真実なのだろうと、今では流麗は思っている。
「あんまり遅くならないようにしろよ」
「はい」
ひらひらと手を振って、流麗は再び階段を駆け下りた。
松田楽器店の一階は、外観から見るよりも広い。二階に繋がるメインルームがいちばん広く、ここに弦楽器関係の品を潤沢に取り揃えている。初心者向けの弦楽器、それにまつわる小物類に、楽譜はといえばピアノ譜からオーケストラ譜、クラシックから流行のポップス譜まで何でもござれ、一方で、階段裏にもう一室ある洋室には多くの委託品を保管しており、さすがの松田もこの部屋にはきちんと鍵をかけていた。いわく、「一部屋で一億円」らしい。だが、流麗のめあては「メインルーム」でも「一億円部屋」でもなく、その二部屋に挟まれた「試奏室」だった。そこに、古びてはいるものの丁寧に世話をされているアップライトピアノが一台。非売品である。鍵盤はよく弾きこまれており、黒鍵の端などの塗料はかすかに剥げて、あたたかな木の色がのぞいている。学校帰りにここに寄り、売られていくことのないこのピアノで、好きな曲を好きなだけ弾く――それが流麗の日課なのだった。
――『舟歌』。
楽譜をめくるごとに視界に飛びこんでくる音符の波、たちのぼる古い紙の匂い、それらはいつでも、流麗にたまらないときめきを運んでくる。ピアノのない自分の人生を、流麗は想像することができない。気づいたときには、すでに隣にピアノがあった。ピアノのレッスンが出来なくたってかまわない。人前で弾かなくたってかまわない。ただこうして生涯ピアノと離れることなく、好きなときに、好きなだけピアノを弾いて暮らしていけたなら、それでいい。
『舟歌』を弾く。脳裡には、ヴェネツィアのゴンドラ漕ぎがいる。ゆるやかな大水路の水面が輝き、流麗は現実を離れて、その揺らめきのなかに身をまかせる――。
*
るり、ぼく、帰ってくるから。ぜったいに帰ってくるから、待っててね。
そう言ったのは、朝倉響だった。「待っていて」と彼が言ったから、流麗は今でも待っている。ほとんど惰性といってもよさそうなものだが、それでもとりあえず、待っている。何年も前に渡独した幼馴染みを、流麗は九割の諦めと一割の希望をもって、待っているのだった。もう、七年が経つ。子どもにとって、七年は長い。流麗がもう何も知らない小さな女の子ではなくなったように、響もまた、何も知らない小さな男の子ではなくなった。高校一年生になった流麗の眸に映るのは、かつてはともに遊び、ともにピアノを弾いた朝倉響ではもはやなく、ドイツのギムナジウムで若年ながら活躍している「キョウ・アサクラ」である。
八歳のころ、響は流麗を庇って怪我をした。よりによって手を。一時は思うようにピアノを弾くことができなくなるのではないかと案じられたほどの大怪我で(もしも彼がピアノを弾かない人間だったなら、たいした問題にもならなかったかもしれないが)、それをきっかけにして流麗のほうは、本格的なピアノレッスンから遠ざかった。
もっと幼ければ、さして悩むこともなくピアノを続けていられたのかもしれないが、八歳の子どもといえば、大人が思うよりもよほど多くのことを考えているものである。何食わぬ顔で、自分だけピアノのレッスンに通い続けることは出来なかった。自分がピアノを好きであるのと同じように、響もまたピアノを好きであると知っていたからだ。「るりちゃんは気にしなくていいの、せっかく才能があるのに、やめてしまわないで。ピアノを続けてちょうだい」と朝倉夫妻は幼かった流麗に視線をあわせ、優しい笑顔で言ってくれはしたが、それでもその言葉通りにピアノを弾きつづけるわけにはいくまいと、小学生なりに流麗も考えた。ピアノも好きだったが、響のことも好きだった。流麗はしばらくの間、泣いて泣いて、誰の説得にも耳を貸さず、ついにピアノスクールを辞めたのだった。
響の父親は製薬会社勤めである。もともと響の小学校卒業に合わせてドイツ支社に赴任する予定だったのを、勤め先との面談を重ねたうえ、前倒しすることに決めた。ドイツには音楽家の手の機能回復に詳しい医療機関があり、さらに名門ファルケンベルク音楽院もある。リハビリがうまくいけば、そのままドイツで音楽教育を受けることも可能だろう。また、幼いふたりを物理的に引き離してしまえば、いずれは流麗もまたピアノの世界に戻りやすくなるだろうと、そんなふうに朝倉夫妻は考えたのだった。
流麗がピアノスクールに戻ることはなかった。朝倉夫妻の思いやりを理解できないわけではなかった。ただ罪悪感に勝てなかったのだ。こっそりと、しかし自由に松田楽器店でピアノを弾くようになった流麗をよそに、響は渡独した先でみるみるうちに回復した。聞くところによると、彼は第七学年からファルケンベルク音楽院のギムナジウムに入学し、めきめきと頭角をあらわしたのだとか。ああ、彼はもう遠い人なんだな、と初めて思ったのは、クラシック音楽の専門雑誌に掲載された彼の特集記事を見つけたときだ。日本人としては異例ともいえるコンクールでの好成績に端正な顔立ち、話題になる要素を彼はしっかり持っていて、「クラシック音楽に興味のある日本人なら、あるいはピアノを弾く日本人なら、彼のことを知っている」、そんなところにまで歩みを進めていた。流麗の記憶の中では小学生だったはずの幼馴染みが、見知らぬ十五歳の少年に成長して、黒々とかがやく美しいグランドピアノの傍らに立つ写真。記事の中では、彼の生い立ちから経歴、現在の活躍に至るまでが事細かに語られていた。
(だってもう、小学生のころの話なんだし……きっと覚えていないよ)
だいたい、小学二年生のころの言葉を真に受けて待ち続けているほうがどうかしているのだ。欧州の若い音楽家たちのなかで――しかも名門ファルケンベルク音楽院のギムナジウムで、その他の音楽家の卵たちに埋もれずに活躍できる日本人はほとんどいない。容姿はといえば、ピアノなどよりサッカーをやっていると言われたほうがしっくりくるようなもので、そのギャップもあってか、響の日本メディアへの露出は増えてきている。響を取材した記事のなかには、まるでワイドショーのような軽い調子で、音楽とは無縁のことを掲載したものもあった。好きな食べもの、休日の過ごしかた、趣味、最近気に入っているもの――そんな記事を読むたび、流麗は妙な気分になった。自分の知らない響のことを、会ったこともない大勢の人間が知っている。テレビのなかの響も、雑誌のなかの響も、きらきらと輝いているように流麗には見えた。
いいなあ、と流麗は思うことがある。ピアノスクールをやめたことは、後悔していない。ドイツに行きたいわけでもない。ただ、何となく眩しいような、寂しいような、羨ましいような、自分で自分の感情をもてあますような気分になることがある。確かなのは、響の中にもう自分はいないだろうということだ。「帰ってくるから、待っていて」、そう言ったことだってきっと彼は忘れている――響が悪いわけではない。むしろ忘れてくれていたほうがいいかもしれない。
(覚えているのに帰って来ないほうが、もっと寂しいし……)
未消化のままの初恋なのかもしれなかった。時間さえ経てば、このほんの少しの苦しさもなくなるだろう。
(私にはピアノがあるんだし)
流麗は『舟歌』を弾く指を止めて、楽譜を閉じた。白い春秋社の表紙もまた、流麗の目には眩しかった。




