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タイミングとは

お城にしか見えないルレオードのお邸は、塔はたくさんあるけれど居住区は中央の本館と別館2棟だという。


本館を挟むようにして別館があり、私が案内されたのは東館で緑の絨毯が敷かれた広い廊下を歩いて向かった。


私は3階にある奥の客室を与えられ、滞在中の5日間はここが拠点になる。

ちなみにクレちゃんのお部屋は叔父様の住んでいる西館らしい。叔父様、無事にクレちゃんを帰してくれるかしら!?ダンさんなんて、「部屋こっちにした方がよくないか?危なくないか?」って言っていたわ!


案内されてお部屋に入ると、壁紙は淡いグリーンで、ドアノブや窓枠などの飾りは銀色。のんびりと寛げそうな部屋だわ。


着替えどころかダンスの練習までできそうなほど広いリビングに、大きなベッドと書斎スペースもある寝室、そして衣装室や浴室・洗面室なども完備されていた。あまりの豪華さに「やっぱりお城じゃないの」と驚きの声が漏れる。


「あの、こんなにステキなお部屋をお借りしてもよろしいんでしょうか……?」


私がイリス様に問いかけると、「もちろんです」とにっこり笑顔で返された。使用人の女性が寝室のカーテンをさっと開放すると、向かい側にある本館の白い壁が遠くに見えた。


「あちらの正面がサレオス様のお部屋ですので、何かあったらすぐに飛んできますよ、サレオス様が」


うわあ!まさかの正面!


えええ!?何それ、王子様を呼びつけるってありえないわ!?さも当然のように話すイリスさんが不思議で仕方ない。それに、飛んでくるって言っても何十メートルあるのよ!?絶対飛んだらダメな距離だわ!


私は勢いよく、ぶんぶんと手と首を左右に振った。落ちたらどうするんだ、と心配になってしまう。


「あ、大丈夫ですよ?夜這いはさせませんから!」


あぁ、ニコニコ笑うイリスさんがおかしいわ。前に会ったときは優しいお兄さんかと思ったのに、サレオスをからかって遊んでいるのね!?私の背後から、ものすごく冷たいオーラが放出されているのに……!振り返るのが怖いわ!


「くだらないことはいい。おまえはもう戻れ」


苛立ちを隠しきれないサレオスは、全身からドス黒いオーラが漏れている。使用人の女性たちがオロオロしていて、かわいそうになってきたわ!やめてあげて!


イリスさんはそんなサレオスを物ともせず、スマートに礼をとり下がっていった。サレオスのため息が深い……。そんな空気を感じ取ってか、使用人の女性たちは暖かい紅茶を淹れると逃げるように出ていってしまった。


え?王子様を置き去りでいいの???


テーブルの上には淹れたての紅茶と、数種類の焼き菓子にキャンディーなどがセッティングされている。私は予想外にサレオスと二人きりにされ、ソファーに向かい合って座ってお茶をいただいた。


ど、どうしよう……!いきなりの二人きりだわ!まさか使用人の人までいなくなると思わなかった。エリーやヴィーくんはまだ到着していないみたいだし……。


サレオスはすでにいつもの落ち着きを取り戻しているけれど、こんなに急に二人きりになってしまって私は動揺するばかりだった。紅茶のカップを持つ指が、小刻みに震えている。


ダメよ、冷静でいられない……!


とにかく甘いものが欲しくなって、砂糖をたくさん入れすぎた。これじゃあ気持ちを落ち着かせるどころか、気分が悪くなるかも。私は一体何をやっているんだろうか。


……それにしても、サレオスは平気なのね。私にあんなことしておいて、再会してもいつも通りで……!これは本格的におかしいわ。価値観が違いすぎるのかしら!?


私はサレオスのことが好きで好きで仕方ないのに、やっぱり会いたくて泣きそうだったのは私だけだったんだ。今だって、抱きつきたくてうずうずしてるのに!


そっちがその気なら、私だって……!私だって……どうしよう?どうすればいいの?誰か教えて!


今まで読んだ恋愛小説を頭の中で片っ端から思い出しても、キスした後逃げられて、再会するシーンなんてどこにもなかった。己のリサーチ不足が憎いわ!


「「……」」


何この静まり返った空間は。


あぁ、でも正面に座って優雅にお茶を飲む彼はやっぱりかっこいい。長い脚を組んでいる姿から目を離せない。


つい、じっと見つめていると、私の視線に気づいたサレオスがふっと笑った。


「マリー、こっちに来るか?」


自分の隣を、指で軽くトントンとたたく。


「行きます」


即答っ!私はなんて自分に甘い女なの!?考えるよりも先に煩悩が口から飛び出たわ。なにこれ、嬉しいけれど敗北感がすごい!


両手で顔を覆って打ちひしがれる私を見て、サレオスはくつくつと笑っている。


好き。もうどうにでもして……!


諦めた私は、ゆっくり立ち上がった。


でもそのとき、扉の方から激しいノックの音が聞こえてくる。


「マリー様ぁぁぁ!」


「はい!?」


私の返事とほぼ同時に、エリーとヴィーくんが飛び込んできた。呆然とする私の前に現れた二人は、半泣きだった。



「何なんですかあのイチャイチャは!見るに耐えない甘い光景が脳にこびりついています!クレアーナ様が半泣きでしたよ!?」


「主様……俺は何度か馬車から飛び降りかけました。いっそ殺してほしかった……!」


うわぁ、二人とも叔父様とクレちゃんのお砂糖をおもいきり浴びたのね!?浴び続けたのね!?


私は立ち上がったまま、飛びついてきた二人をヨシヨシと宥めた。なに、この大型犬2種は。ってダメよ、サレオスいるんだから、王子様いるんだからちゃんとして!


ちらりと彼を見ると、ものすごく申し訳なさそうな顔をしていた……!あぁ、叔父様が原因だから居心地が悪いのね。ここにも被害者がいたわ!


エリーとヴィーくんは、サレオスがいることにすぐ気づき、ものすごい勢いで謝罪した。部屋には私ひとりだと思っていたらしい。


「本当に申し訳ごさいません!まさかサレオス殿下もおられるとは露知らず……!」


平謝りするエリーに対し、サレオスは冷静に「かまわない」と答える。


その後、ヴィーくんはすぐに周辺の確認へ、エリーはリサのいる衣装室に向かって荷物や道具の確認に急いだ。


「「……」」


サレオスの隣に移動しそびれた私は、しばらくの沈黙の後またさっきの位置に腰を下ろした。タイミングが悪かったわ、くすん。


でもサレオスはまったく残念そうでも何でもなく、晩餐の提案をしてきた。


「叔父上はクレアーナと温室で食事をするらしい。俺たちは本館で一緒にどうだろうか?」


「嬉しい!よかった誘ってもらえて」


ええ、エリーとヴィーくんの話を聞く限り、晩餐のときにずっとイチャイチャを見せつけられそう。食事が進まないかもしれないからよかったわ。


サレオスと一緒なら何でも、どこでもいいし。私は喜び全開でにこにこ笑う。


「叔父上は……以前はあんな風じゃなかったんだ」


あぁ、加害者家族からの弁明かしら。おっけー聞くわ。サレオスがかわいそうだもの。


「昔からいつも違う女性を連れていた人だったし、気に入った女性はすぐに連れ帰るような人だったし……まさかクレアーナひとりにこれほど執着するなんて思いもしなかった」


叔父様~、甥子さんが黒歴史を告白していますよー!今絶対にクレちゃんに聞かせられない言葉が出てきましたよー!


私は頬が引き攣るのを感じた。叔父様の女性関係の激しさを見てきたのねサレオスは……。


「サレオスが気に病むようなことじゃないわ。クレちゃんが今、それからこの先幸せならそれでいいじゃない」


「……そう言ってもらえると助かる。ただ、滞在中にあの様子を見せつけられるのはもう諦めるしかない」


あぁ、やっぱりサレオスでも止められないのね。私は「気にしないわ」と返事をしたが、本当に気にせずにいられるかどうかは微妙だった。せめてサレオスが一緒にいてくれたら、意識が完全にあなたに行くんですが……と胸の中で密かにお願いした。


「ではまた夕方迎えに来る。疲れただろう、ゆっくり休め」


サレオスはそういうと、すぐに立ち上がって部屋を出て行ってしまった。私は名残惜しくて寂しくなってしまったけれど、でも長旅で疲れていたのも本当。お言葉に甘えて、ベッドに横になることにした。


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