二人きりになりたい
夕方になる少し前、私は入浴と着替えを済ませてサレオスのお迎えを待った。少し眠ったおかげで気分がすっきりしている。ようやく落ち着いて、これからの滞在が楽しみになってきた。
リサが選んでくれたのは、胸元で上下切り替えしになっているピンクのワンピース。髪は食事の邪魔にならないように、後ろに緩く編み込まれておだんごにされた。
リサはとても張り切っていた。
「マリー様のかわいらしさで、サレオス様を夢中にさせましょう!お食事の後は、お二人でゆっくりとお話やお散歩ができると思いますから、そこで思う存分に甘やかしてもらってください!」
期待のこもった目を向けられたけれど、どう考えてもサレオスが叔父様のように砂糖をまき散らす姿は想像できない。キュン大量生産者だけれど、全部無自覚だからね。そう思うとクレちゃんがちょっぴり羨ましい。
「ねぇ、エリー。ロビーまでなら行ってもいいかしら?」
待ちきれない私は、エリーを連れて三階にある半円状のロビーに向かった。ヴィーくんには明日の夜パーティーでがんばって護衛をしてもらわないといけないのでお休みを言い渡したんだけれど、「お、俺はもう必要ないんですか!?」と泣かれたので困ってしまった。一体どうすれば洗脳が解けるんだろう。
ロビーに到着すると、サレオスの後ろ姿が目に入った。ラフな白シャツを着ているのにスタイルの良さがわかるってどういうこと!?
ついキュンときてしまって駆け寄ろうとしたけれど、よく見るとそこにはサレオスの姿だけじゃなかった。
「サレオス!何とかしてよ!!!」
長い黒髪をひとつにまとめた、どう見ても美女中の美女がサレオスに泣きついていたのだ。衝撃の光景に、私は思わず立ち尽くしてしまう。
「だ……誰!?」
「マリー様、見てはいけません!」
エリーが私の目の前に飛び出したけれど、もう遅いわ。ばっちりしっかり見てしまった。縋り付く美女の腕をさすって宥めるサレオスを!あの無表情で人のことに興味感心の薄いサレオスが……!美女と抱き合っているわ!
「マリー様、あれは抱き合っていません。女の方が一方的に縋っているだけです」
後ろからリサの分析と注意が入る。冷静すぎて怖い!でも私はもうどうしていいかわからず、ただエリーの身体の横から二人のことを見つめるだけだった。
まさか……まさかこんなに早く運命の恋に落ちる瞬間を目撃するなんて思わなかった。浮かれて会いに来た自分がかわいそうになってきた。
「サレオス……」
「マリー様!大丈夫ですよ!きっと何か事情があるんです!」
エリーの大声で、サレオスがようやくこちらに気づいた。少し振り返った顔は、運命の恋に落ちたわりにいつも通りだわ。あれ?何でそんなに普通なの?
「あぁ、もう出てきたのか」
サレオスに縋っていた美女が顔を上げてこちらを見た。
「サレオス?誰よあの子は。めずらしい髪色ね……」
そう呟いた彼女の漆黒のつややかな髪は、腰ほどまで長くさらさらと流れていて、前髪が眉の上できれいに揃っている。大きな瞳はきれいな緑蒼色で、まつ毛がものすごく長い。頬はほんのりピンク色で、涙の跡が庇護欲をそそる……!白いワンピースがよく似合っていて、どこからどう見ても美女だわ!
私は震える手でエリーの身体を避け、胸の前でぎゅっと手を握った。もうここから逃げ出したい、すぐに踵をかえして部屋に籠りたい衝動に駆られる。
『ひどいわサレオス!』
『待ってくれマリー!違うんだ!』
なんてことはやはり起きない。美女が誰かどんな関係かも聞かずに走り去るなんて、私にそんな恋愛小説のヒロインみたいなことはできなかった!
だって追いかけてくれるって保証はどこにもないもの!「あれ?あいつ何か走っていったな」って感じで放置されるかもしれないじゃない!私にそんな勇気ないわ。
気づいたらサレオスのところに一瞬で走りよって、思いきり腕をつかんで叫んでいたわ……。
「このっ……この妖精かと思うほどきれいな人は誰なのぉぉぉ!」
「「は?妖精?」」
サレオスの腕をつかみながら、ぷるぷる震える私は半泣きだ。目の前でこんな場面を見せられるためにやってきたのかと思うと悲しすぎた。あぁ、初めて知ったわ、私は好きな人の幸せを心から願えないタイプだったと……!もう修道院に入ろうかしら。
サレオスは美女から手を離し、私の方に向き直る。しかしそれより早く、美女が私の両肩をつかみ、おもいきり迫ってきた。
「あなたね!?クレアーナとかいう女は!!!」
え?クレちゃん?
私はブンブン前後に頭を振られながら、美女に詰め寄られる。うわああああ、視界が揺れる!!!
「私の方がずっと前から好きだったのにぃぃぃ!どうしてあなたなの!?ずるいじゃないの!!!」
「え?え?」
「よせシルヴィア!これはマリーだ!」
サレオスが美女の腕をべりっと私から引きはがす。頭を揺さぶられてフラフラつく私は、リサとエリーが支えてくれた。……この美女、腕力がものすごい。目が回るほどに頭をぐんぐん揺らされたわ!
「落ち着け、マリーは叔父上の恋人じゃない。それに叔父上の結婚にシルヴィアの気持ちは関係ない」
くらくらする頭でちょっと整理がつかないけれど、サレオスはなかなかキツイことを言っているわね!?この美女は叔父様の元恋人か何かでしょうか……?私が混乱してサレオスと美女を交互に見ていると、「うわぁぁぁぁん!」と豪快に泣き出した美女が今度はなぜか私に縋ってきた。
「え?あの……?」
美女に抱きつかれた私はますます混乱する。サレオスはため息をつき、呆れた顔で事情を説明してくれた。
「いとこのシルヴィアだ。叔母の娘で、俺たちと同じ年だ」
え?つまり叔父上にとっては姪ってこと?叔父と姪って結婚できるの?
私の疑問が顔に出ていたのか、サレオスが静かに首を振った。
「シルヴィアは昔から叔父上に懐いていたんだ。もちろん叔父上はただ姪かわいさで甘やかしてきたんだが……16歳になってもまだ叔父上と本気で結婚したかったらしい」
「だって……!だって私のこと世界で一番かわいいって……!大きくなったらお嫁さんにしてくれるって言ったのよ!会うたびに頬やおでこにキスしてくれたし、何度もデートだってしたのにぃぃぃぃぃ!」
うん、それはただの姪とのふれあいですね……。叔父様ったら姪を本気にさせてどうするの。
私はシルヴィアの背中を撫で、何とか宥めようとした。
こっちは本気だったんだから、つらいよね……失恋したんだもんね……!キスまでしてくれたのにね……!!!私も他人事じゃないわ!
「シルヴィアさん、落ち着いて。泣くだけ泣いたらいいわ!私でよければ話を聞くし」
「あなた、誰!?」
あ、そうですよね。
勢いよく顔を上げた彼女は、大きな瞳に涙がいっぱいで本当に可愛らしかった。あぁ、瞳は黒じゃないけれど、日本と欧州系の混合顔がなんだか懐かしいわ。
私が自己紹介をすると、シルヴィアはサレオスを振り返って心底驚いた顔をした。
「あなた誘拐してきたの!?とうとうおかしくなったのね?」
ええーっと、それはどういう意味でしょう?違いますよ~、私は絶賛売り込み中なだけで、押しかけ恋人とでもいいましょうか。運命の恋の相手ではないんですよね~、なんて言いたくないから黙っておこう。
「誘拐なんてするか」
うんうん、そうよ!誘拐なんてしてくれないわよ?
「でもこの子、恋人なんでしょう!?私と婚約させられずに済むじゃないの!さっさと発表しなさいよ!」
え!?こんなキレイな子が婚約者候補なの!?叔父様が好きなのに?
「マリーは留学先で同じクラスなんだ。それに、クレアーナの幼なじみだ」
「え!?」
あぁ~これってマズイのかしら?クレちゃんにとったら恋敵……にはならないわね、姪だものね。私はシルヴィアをがっちり抱きかかえて、背中をなでなでしてみた。
「あなた、私の不満と愚痴と怨念を聞いてくれる?」
「怨念!?」
え、何そのやばい単語は。
「じゃあこれから行くわよ!あなたの部屋はどこ!?」
「おいシルヴィア、これからマリーは俺と」
サレオスは私の手をつかんで、シルヴィアと私の間に入る。くっ……!学園でのパーティー以来の手つなぎに、ものすごいドキドキが押し寄せた。
「はぁぁぁぁ!?どうせあなたたちは明日も明後日も、ずっと一緒にいられるんでしょう!?今は私を慰めてよ!!!ねぇ、マリー?マリーって呼んでいいわよね?私たち今からお友達よね?」
お、お友達ですって!?サレオスのいとこで……妖精みたいな美女がお友達!?なんて素敵なの!
サレオスを押しのけて、自由になっている方の私の手をがっちり握ったシルヴィアは、問答無用で私の部屋の方向に歩き始めてしまった。
「えっ!?えっ!?」
サレオスと繋いだ手が離れ、私はシルヴィアに引きずられるようにして連れて行かれる。
あれ、食事は?食事しながらじゃだめなの!?お友達っていう甘い言葉に惑わされたけれど、これってサレオスとの時間はどうなるの!?
「さぁ!マリーもサレオスも行くわよ!今日は朝まで呑み明かすんだから!」
あ、美女は酒豪なのね……?
「おい、そんな勝手なことを」
「何よ!私だって婚約者候補なのよ!マリーと交流を深める権利があるわ!」
「おまえまったく婚約する気ないくせに、都合のいいときだけ利用するな!」
「あら、そんなにマリーと二人きりになりたいの?何する気?羨ましいからそんなの許さないわ!さぁマリー、こんな危険人物は放っておいて行きましょ」
シルヴィアは元気よく歩き出す。そして明らかに苛々しているサレオスは、使用人に私の部屋に食事を運ぶように指示して一緒についてきた。
あれ?全然二人きりになれない!シルヴィアと三人が嫌なわけじゃないけれど、これじゃキスのこと聞けないわ!
私はひたすら瞬きを繰り返しながら、引きずられるようにして部屋に戻る。そしてそのまま、シルヴィアによって朝まで軟禁されてしまうのだった……。




