第5話 プレゼント選びはいつの時代も難しい
第一章 行列の先に
土曜日の早朝、北風が容赦なく吹きつけていた。
郊外の大型おもちゃ屋の前に、白石修平(38歳)は立っていた。
吐く息が白い。自分が一番乗りだろう。そう思っていた。
考えが甘かった。修平の前にも後ろにも、すでに長い列ができている。おそらくその大半は転売目的の連中だ。
だが、俺は違う。
日曜朝のアニメ、女児向け魔法少女アニメ。いま一番人気のこの作品の変身ステッキを、娘の誕生日プレゼントにするために、修平は凍える朝に並んでいた。
思い返せば、去年の誕生日は散々だった。
凛が妻の志保の選んだ人形を抱きしめて「ママ、ありがとう」と言った。
修平はケーキの箱を持ったまま、その横に立っていた。
凛はケーキにも「ありがとう」と言った。パパには、言わなかった。
呆然とした。
だから今年はリベンジだ。娘は今、このアニメに夢中なのだ。AIに聞いても、このステッキは人気で奪い合いだと答えた。これを持っていれば、凛は周りの子から憧れられ、ヒーローになれるだろう。
娘のために、俺は並んでいる。
ガラガラ、とシャッターの上がる音がした。
「では、開店しまーす。列を崩さないように、係員についてってくださーい」
修平は凍えた手を握りしめ、人の流れに乗って歩き出した。
第二章 戦利品と、隠し場所
「ただいまー」
「お帰りー」
リビングから志保の声が返ってくる。修平は紙袋を背中に回しながら、玄関で靴を脱いだ。
「……買えた?」
「楽勝だった」
「ふーん、よかったじゃない」
「見つからないように、隠さなきゃな」
押し入れの奥に箱をしまい、修平は小さくガッツポーズをした。
第三章 娘の誕生日、パパの敗北
「ハッピーバースデー、凛。6歳の誕生日おめでとう」
ろうそくの火を吹き消した凛に、まず志保が包みを渡した。
「じゃあ、ママからプレゼントよ」
「うわー、ありがとうママ。ステキな文房具!」
凛は目を輝かせている。修平は、ふふんと胸を張った。
「じゃあ、パパからのプレゼントだ。パパのは凄いぞー」
じゃーん、と効果音まで口にして、修平は魔法のステッキの箱を掲げた。
その瞬間、凛の表情が、すっと硬くなった。
「ん? どうした、凛?」
横で見ていた志保が、小さく「あちゃー」という顔をする。
「……いらない」
「え?」
「いらない! パパ、それ返してきて!」
凛はそう言い捨てて、自分の部屋へ走っていってしまった。バタン、とドアの閉まる音が響く。
修平は固まったまま、志保を見た。
「どうして? 凛の好きなアニメだぞ」
「それは……」
志保が頭に手をやり、言いにくそうに口を開きかけた。
「言うな! 自分でなんとかする!」
修平は志保の言葉を遮り、そのまま自分も部屋に引っ込んでしまった。
残されたリビングで、志保はため息をついた。ケーキのろうそくの煙が、細く揺れていた。
第四章 聞かれなかった質問
深夜。
修平はひとり、暗いリビングにいた。時計の音だけが聞こえる。
「……ルン。起きてるか? 話を聞いてくれ」
小声で呼びかけると、リビングのモニターが淡く光った。画面の中に、銀色の、いかにも「ロボット」といった姿が現れる。
ルン(Rún)。この家のAIだ。家事のスケジュールから家電の管理まで、白石家の雑務をひと手に引き受けている。
「なんでございましょう、ダンナ様」
「お前が薦めたアニメのグッズ、娘には不評だったぞ」
「さようでございますか。それは、残念なことでございます。しかしながらダンナ様、ワタクシは『きらめきプリンセス・ロード』の人気商品をお答えしただけでございます」
「うぐ……」
修平は言葉に詰まった。
「それは、つまり……凛が欲しがっている物とは限らない、ということか?」
「そのようで、ございますね」
「しかし、娘は毎週このアニメを観ているんだぞ。配信だって見返してる」
「ワタクシからは、これ以上はなんとも……」
銀色のロボットは、丁寧に頭を下げるだけだった。
修平はそれ以上、何も聞けなかった。
第五章 ヨルカを見ていた娘
翌日、日曜日の朝。
凛はテレビの前に座り、食い入るようにアニメを観ていた。その後ろの椅子に修平が座り、隣には志保もいる。
実を言えば、修平はこのアニメをちゃんと観たことがなかった。
名前は知っている。主人公が誰かも、まあ分かる。元気で、白とピンクのフリフリした魔法少女だ。
そう、まさにそのキャラが、いま画面の中であのステッキを構えている。お決まりの必殺技が出るらしい。
その時、凛が叫んだ。
「危ない!」
画面に現れたのは、黒を基調とした衣装の、もうひとりの魔法少女だった。
修平は混乱した。「理解」を、脳が拒否した。慌てて志保の顔を見る。
志保は、困ったような笑顔を返してきた。
修平はもう一度、凛を見た。
……やはり、凛が応援しているのは黒い方だった。
画面の中で主人公の必殺技が決まり、黒い魔法少女は吹き飛ばされた。去り際に彼女は叫ぶ。
「こっ、今回はこれぐらいで許してあげるわ! 負けてないんだからー!」
そう言い残して、飛んでいってしまった。
すると凛が、テレビの前にすっくと立ち上がり、腕を大きく振り回した。
修平ははっとした。
あのポーズだ。以前から凛が家の中でやっていた、あの不思議なポーズ。あれは主人公ではなく、ライバルのものだったのだ。
修平は深く椅子に坐りなおした。
(俺は、凛のことを、何も知らないんだな……)
修平は、深いため息をついた。
その日から、修平は娘を観察するようになった。何が好きで、何が嫌いなのか。
凛と話す時は、自然としゃがんで、目線を合わせるようになっていた。
第六章 本当のプレゼント
1週間後。
「じゃーん」
「パパ、これなーにい?」
「こ、これはだな。前回、間違ってプレゼントを買っちゃっただろ? 今回のが、本当のパパからのプレゼントだ」
凛がもたもたと包み紙を破る。出てきたのは、黒い衣装だった。
ライバルキャラ、ヨルカのコスプレ衣装だ。それに、ヨルカが持つ扇子型のステッキまで添えてある。
「うわー! パパ、今着てみていい?」
返事も待たずに着替えに走り、凛は嬉しそうにヨルカの姿で戻ってきた。
「ねぇパパ、早くヨルカと話させてー」
修平は一瞬「?」となった。慌ててパッケージを読む。コスプレ衣装を着た状態でスマホをかざすと、アニメのキャラクターとビデオ通話や記念撮影ができるらしい。
言われるまま、修平はスマホをかざした。
画面の中にヨルカが現れた。テレビで観たそのままの見た目、そのままの口調、そのままの声。修平の目には「まったく同じ」にしか見えなかった。高飛車で、気位が高くて、扇子を広げて胸を張る。
「わたくしが負けるはずないでしょう!」
凛は「キャッキャ」と笑い転げている。
「もう時間が無いわ。必殺技をしましょう」
画面のヨルカが言った。修平がスマホの端を確認すると、キャラトークンの残りが1割になっていた。
「わかったわ!」
凛はそう言うと、主人公のステッキを修平に突き出した。
「私が技をかけるから、パパはやられて!」
「えっ、パパが主人公役なのか」
「いくわよ!」
画面のヨルカと、扇子を構えた凛の声が重なった。
「ひれ伏しなさい、ノワール・クラウン!」
修平は盛大にやられた。体を大きくのけぞらせ、胸を押さえ、膝からくずおれてみせる。
「アハハ! パパ、サイコー!」
凛が腹を抱えて笑う。その様子を、志保がスマホで撮影していた。
第七章 凛のものは、凛のもの
その夜、凛はもうぐっすり眠っている。リビングでは、修平と志保が向かい合っていた。
「凛がヨルカを好きだなんて、今まで気づかなかったな」
修平がぽつりと言うと、モニターの中から声がした。
「お嬢さまは、以前からヨルカさまをお好きでございました」
修平は目を丸くした。
「……なんだ、知っていたのか!」
「はい、ダンナさま。お嬢さまは、毎日ワタクシにお話しくださいます」
「だったら、なんで言わなかったんだ」
「ダンナさまのお尋ねは『人気のおもちゃ』でございました」
ぐうの音も出なかった。
志保が横から口を挟んだ。
「家族間のプライベートな情報は共有しない。そう設定したじゃない」
「……ああ、そうだった」
「凛が話したことは、凛のもの。あなたも私も見ない。そう決めたでしょう」
修平はしばらく黙っていたが、やがて画面に向き直った。
「……設定を変えれば、見られるのか」
「はい。そのようにされているご家庭も、ございます」
修平は、銀色のロボットをじっと見つめた。それから、ゆっくりと首を横に振った。
「……いや、やめておこう」
「そうね」と、志保が微笑んだ。「私たちは、本人から聞きましょう」
静かな夜だった。冷めかけたコーヒーの香りが、リビングに漂っている。
修平が、スマホの画面を志保に向けた。
「ところでこの写真。凛が『パパ、サイコー』って言うんだけど、酷くない?」
そこには、ヨルカ姿の凛と、画面の中のヨルカに技をかけられて、見事にのけぞる修平の姿が写っていた。
「フフッ」と志保が笑う。「サイコーなんじゃない?」
おしまい




