第2話 有明雫
税金に襲われる。そんなことがありえるのだろうか。
「落ち着いてください」
慌てふためく彼女に、紫藤が優しい声色で寄り添う。
するすると俺の肩から彼女の手が離れて、床に突っ伏すような形へと落ち着いた。
「本当に、し、知らなくて……」
小刻みに身体を震わせながら彼女は言う。
「知らない? 何を知らなかったんですか?」
まるで救急隊のように懸命な声掛けを紫藤はする。
「と、とりあえず応接室に行きませんか」
あくまでここは会社のエントランス。たまたま人が通らなかっただけで、普段は社員や顧客、その他外部の人間が行き交う場所だ。
変に注目されても困る。俺たちは応接室に向かうことにした。
隣に紫藤がいることに違和感を抱くも、そんなことを気にしている暇はない。
税金に襲われるという言葉の意味を聞いておこう。
紫藤が差し出したお茶を飲んで、ようやく息が整ったようだ。安堵する表情は、小動物を彷彿とさせる。
ふいに隣に座る紫藤が肩を寄せる。この距離になって、ようやく彼女の匂いを気づく。ふわりと香るその匂いは、不思議と心が凪いていくのを感じた。
「予定は大丈夫なんですか?」
目の前の彼女に聞こえないよう配慮した声で紫藤は言った。彼女がそんなことを訊けるのは、俺の外出予定を把握していたからだ。
「大丈夫。もう連絡はいれてあるから」
そう答えると、紫藤は何も答えずすんとした顔で俺から離れる。なんだか嫌われたような冷たい態度に、心配性な俺には拭いきれない不安が残る。
「お二人は付き合ってるんですか?」
突然、目の前の彼女はそう訊いた。予期せぬ言葉を受けて動揺するも、それは俺だけみたいだ。
「いいえ。付き合っていません」
あまりにも冷静に対応するものだから、俺の動揺が心底馬鹿らしい。
「そうなんですね。お似合いだと思いますけど」
「……それより、いいですか?」
俺はなんとも思っていませんよ、という空気を出しつつ、俺は本題に入る。
「税金に襲われる。その真意について教えてください」
俺がそう訊くと、彼女は胸のあたりに手を置き、自信に満ちた表情を向ける。生気に溢れるその目は、夢を追う子どものように眩しく感じた。
「私は有明雫。二十四歳。大学を卒業して大手広告代理店に就職したはいいものの、たった三か月で心を病んでしまい、あっさり退職。当時付き合っていた彼氏にも別れを告げられ、何もかも失って、毎日死と向き合いながら過ごしていました。転職活動もせず、家からもいっさい出ず、毎日PCゲームばかりをする日々を過ごしていました」
急に舞台でも始まったのかと思うような語り口調だった。照明がスポットライトのように燦燦と照らしている。
「そんなある日です!」
俺と紫藤に圧をかけるように身を乗りだしてそう言った。ふいの大きな声に思わず肩が跳ねる。
「いつものようにPCゲームで遊んでいました。マッチングした人とチームになって遊ぶゲームなのですが、偶然そこに有名なVTuberがいたのです。配信中ということで他の人はボイスをオフにする人がほとんどでしたが、私はがんがん会話をしました。するといつのまにか仲良くなって、個人的にやりとりする仲にまで発展しました。その人から、『配信とかやってみたら? 絶対に向いてるよ』と言われ、私は配信業を始めました。『絶対に向いてるよ』って言われなかったら、きっとやらなかったと思います」
いつまで続くのだろう。きっとこれは紫藤も思っていそう。彼女の横顔はそう物語っている。
「いざ始めると、配信とは難しいものでした。有名なVTuberと同じようなテンション感、同じくらいのプレイスキル、それなりにいい機材を使っても、なかなか同時接続数は増えませんでした。でも、久しぶりに楽しいと思える日々を過ごせたので、結果が実らなくても、細々と配信を続けていました。ほんの少しずつ視聴者が増え、ついに大型イベントに声がかかったのです。豪華配信者の中で、なんとかして結果を残そうと奮闘したところ、見事にバズることができました。同時接続数はいまや千人を超えたのです」
あまり配信業に詳しくないため、同時接続数が千人を超えることがどれだけ凄いのか、よくわからない。でもここまで話を引っ張るということは、それが話のオチなのだろう。
「収入も増え、生活水準も自然と上がり、鬱もいつしか消え去りました」
めでたしめでたし、といったところか?
「しかし私は甘く見ていました」
急に声のトーンが下がる。
そのとき、彼女の最初の言葉を思い出す。
「ドカっと入った収入に対する税金を払うお金がないんです」




