第17話:模擬戦の嵐と、剣聖の「魔法」
アルカディア魔法学園のSクラス。そこは大陸全土から「神童」と称えられる一握りの天才だけが集う場所だ。しかし、その教室の最前列に陣取ったアルティナは、開校以来もっとも異質な存在として、周囲の視線を一身に浴びていた。
「それでは、本日の実技講習を始める。テーマは『防御魔法の多層展開』だ」
教壇に立つのは、若きエリート教師のヴィンセント。彼はアルティナを一瞥し、複雑な表情を浮かべた。
「……アルティナ君。君は杖を持っていないようだが、実技はどうするつもりだね?」
「杖ならここにありますわ、先生」
アルティナは腰の愛剣の柄を、ポンと叩いた。
「これが私の、一番馴染む『触媒』ですもの」
教室内に失笑が漏れる。だが、昨日カイゼルが返り討ちにあった現場を目撃した者たちは、笑いながらもその指先が微かに震えていた。
「ふん、強がりを。……ヴィンセント先生! 彼女がどれほど場違いか、僕が模擬戦で証明して見せますよ!」
立ち上がったのは、包帯を巻いた手で杖を握りしめるカイゼルだった。昨日の屈辱を晴らすべく、彼は一晩中、対剣士用の魔導構築を練り上げてきたのだ。
「よかろう。……では、演習場へ移動する」
***
学園の広大な演習場。周囲を強化ガラスの結界で囲まれたその中心で、アルティナとカイゼルが対峙した。
「アルティナ! 君のような野蛮人に、魔法の深淵は見えない! ――展開せよ、四重属性結界『テトラ・バリア』!」
カイゼルが杖を振ると、彼の周囲に火、水、風、土の四つの魔法障壁が重なり合うように出現した。物理攻撃を完全に遮断し、近づく者を焼き、凍らせ、切り刻む――魔法騎士団でも一握りの者しか使えない高等魔導だ。
「さあ、来い! 君のその細い剣で、この絶望的な壁を破れるかな!?」
観客席の生徒たちが息を呑む。
「あれは無理だ。剣が触れた瞬間に砕け散るぞ」
「魔法こそが至高だと、思い知らせてやれ!」
アルティナは、ただ静かに立っていた。
背後に控えるカイルは、腕を組み、退屈そうに空を見上げている。彼にとって、この結界など、お嬢様が朝の寝癖を直すよりも容易く片付けてしまう対象でしかないからだ。
「……ねぇ、カイゼル君。一つ教えてあげるわ」
アルティナがゆっくりと剣を抜いた。
銀の刃が太陽を反射し、演習場全体を眩い光が満たす。
「魔法っていうのは、理の積み重ねでしょう? ……なら、その『理』の繋ぎ目さえ見えてしまえば――」
アルティナが一歩、踏み出す。
その瞬間、彼女の姿が掻き消えた。
「――ただの、薄い紙と変わらないのよ」
パリンッ!!
乾いた音が響き渡った。
アルティナの剣が、四重結界の「中心点」――魔力が交差する唯一の脆弱な一点を、正確無比に貫いたのだ。
炎が消え、氷が砕け、風が止む。
カイゼルが心血を注いだ無敵の防御は、たった一撃の、魔力すら籠められていない物理的な刺突によって霧散した。
「な……ば、バカな……っ!? 僕のテトラ・バリアを……一撃で!?」
「あなたの魔法は綺麗だけど、繋ぎ目が甘いわ。……もっと魂を込めて編まないと、私の剣は通せんぼできないわよ?」
アルティナの剣先が、カイゼルの喉元数ミリの場所で止まる。
風圧だけで、カイゼルの頬に薄い切り傷が走り、そこから一筋の血が流れた。
「ひ……っ……」
カイゼルはその場にへたり込み、杖を落とした。
演習場を支配したのは、静寂。そして、確かな「恐怖」だった。
「先生。……私の『魔法』の成績、これでよろしいかしら?」
ヴィンセントは呆然と手帳を落とし、震える声で答えた。
「……あ、ああ。……満点、いや……測定不能だ」
***
その日の放課後。
学園の図書塔の影で、カイルが冷ややかな視線を闇へと向けた。
「……隠れていないで、出てきたらどうだ。王国の犬ども」
影の中から、数人の男たちが現れる。いずれも王国の隠密部隊『影の手』の構成員だ。
「流石はカイル。……だが、アルティナ嬢を連れ戻すのは王命だ。邪魔をするなら――」
「お嬢様の平穏を乱す者は、私がすべて塵にする。……それが、私の唯一の理だ」
カイルの指の間で、暗器の刃が黒く光る。
魔法学園の裏側で、主従を狙う執念深い王国の牙が、静かに剥き出しになろうとしていた。




