第15話:波濤を越えて、騒乱の学び舎へ
砂漠の熱風を背に受け、アルティナとカイルは大陸の西端、巨大な港湾都市『ポルト・マルス』に降り立っていた。
黄金都市ガザを支配していたアブドゥルを討ち取った報は、既に風に乗って海を越えつつある。だが、当の本人たちは、潮の香りが漂う活気ある市場を悠然と歩いていた。
「カイル、見て。あの船、お城が浮いているみたいだわ」
アルティナが扇子で指し示したのは、最新鋭の魔導帆船。巨大な魔石を動力源とし、外洋の荒波をも物ともしない『海を往く要塞』だ。
「左様でございますね。あれが西の大陸、魔法至上主義の国・アルカディアへと向かう定期便です。……お嬢様、本当に魔法学園へ入学されるおつもりですか? 剣技一辺倒の貴女がいらっしゃれば、あの魔術師たちの鼻柱を、根こそぎへし折ることになりますが」
「あら、失礼ね。私だって、少しは魔法の素養くらいあるわよ?……例えば、ほら」
アルティナが指先をパチンと鳴らすと、小さな火花が散った。……それだけだ。
「……なるほど。マッチの代わりにはなりそうですね」
「いいのよ、それで。私は剣を極めたけれど、魔法の理を知れば、もっと面白い斬り方が見つかるかもしれないでしょう? それに、アルカディアには世界中の『天才』が集まるというわ。……退屈しのぎには最高じゃない」
不敵に微笑む主君を見て、カイルは密かに溜息をついた。学園の平穏が、彼女が門を潜った瞬間に終わることを確信したからだ。
***
数日後。魔導帆船での快適な船旅(途中で襲撃してきた海竜をアルティナが一刀両断し、夕食の刺身にしたハプニングはあったが)を終え、二人はついに目的地、王立アルカディア魔法学園の城門前に立っていた。
そこは、知性と魔力が支配する場所。
入学試験の真っ最中であり、周囲には高価な杖を持ち、豪華な法衣を纏った貴族の子弟たちが溢れていた。
「おい、見ろよ。あんな腰に鉄の棒をぶら下げた田舎者が、この学園に来るなんて」
「剣術なんて、遠距離からの魔法一発で終わりだというのに。野蛮なものだね」
エリート意識の塊である志願者たちから、クスクスと嘲笑が漏れる。
だが、アルティナはそんな雑音を、羽虫を払うかのように聞き流した。彼女の視線は、学園の入り口に設置された、巨大な『魔力測定の門』に注がれている。
「カイル。……あれを通ればいいのね?」
「はい。あの門は潜る者の魔力量と属性を瞬時に判別し、適正クラスを割り振ります。……お嬢様、少し手加減をなさってください。聖教国の時のように壊すと、修理費が路銀に響きます」
「分かっているわ。……優しく、撫でるように通るだけよ」
アルティナが門へと進み出る。
周囲の受験生たちが、嘲笑を含んだ目で見守る。剣士の娘に、魔法の才能などあるはずがない。精々、火種のような魔力しか出ず、不合格のブザーが鳴り響くのを期待していた。
アルティナが、門を跨いだ。
――その瞬間。
ドォォォォォォン!!
学園全体が、震度5を超える激しい震動に見舞われた。
門から天に向かって、純白の光の柱が突き抜ける。雲を切り裂き、大気を震わせるその魔圧は、学園にいたすべての魔道士たちの「杖」を勝手に共鳴させ、粉々に砕き始めた。
「な、なんだ!? 結界が暴走しているのか!?」
「避難しろ! 魔力爆発だ!!」
パニックに陥る広場。
だが、光が収まった中心に立っていたアルティナは、少し不満そうに首を傾げていた。
「……あら、おかしいわね。優しく通ったつもりなんだけど」
見れば、巨大な石造りの門には無数の亀裂が入り、魔力測定の結果を示すはずの掲示板には、
『ERROR:計測不能(Out of Scale)』
の文字が、赤く点滅しながら焼き付いていた。
「……カイル。私、何か悪いことしたかしら?」
「いえ、お嬢様。……ただ、貴女の『剣気』があまりに純粋すぎて、門がそれを魔力と誤認し、処理しきれずに自爆したようです」
カイルは呆れ顔で、自身の黒い外套をアルティナの肩にかけた。周囲を見渡せば、エリート気取りだった受験生たちは腰を抜かし、学園の教師たちが泡を食ってこちらに走ってくるのが見える。
その時、教師たちの後ろから、一人の老女が姿を現した。
アルカディア魔法学園長、大賢者ゼノビア。世界で指折りの魔導士である彼女は、砕け散った門と、その前に立つアルティナを交互に見つめ、愉快そうに笑った。
「カカカ! 面白い! 魔法の杖さえ持たぬ娘が、学園の象徴を物理的に黙らせるとは。……お主、名前は?」
「アルティナ。……ただの、旅の剣士ですわ」
「剣士、か。……よろしい、アルティナ。お主を『特待生』として迎えよう。……ただし、授業中に校舎を斬り壊すのだけは勘弁してくれよ?」
こうして、最強の剣聖令嬢は、魔法の聖地へとその足跡を刻むことになった。
一方その頃。
滅びを待つばかりのクロムウェル王国では、エドワード王子の元に、ある一通の報告書が届いていた。
『行方不明のアルティナ嬢、西の大陸の魔法学園にて、門を破壊して入学』
王子はその紙を震える手で握りつぶし、血走った目で叫んだ。
「……そこだ! そこにいるんだな! 騎士団を、騎士団を全員送れ! 私の王妃を連れ戻すのだ!!」
届かぬ執着が、新たな嵐をアルカディアへと呼び寄せようとしていた。




