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第1話:断罪の場に剣聖は微笑む

「アルティナ・フォン・グラナート! 貴様との婚約を破棄し、この国から追放する!」


王宮の煌びやかな大夜会。その中央で、第一王子エドワードが朗々と宣言した。

 彼の傍らには、いかにも庇護欲をそそる風風の男爵令嬢、マリアが震えながら寄り添っている。


周囲の貴族たちは、一瞬の静寂のあと、一斉にヒソヒソと囁き始めた。

「ついに、あの『氷の剣聖令嬢』も年貢の納め時か」

「女の身で剣を振り回すなど、王妃に相応しくなかったのだ」


嘲笑と蔑みの視線。だが、その輪の中心に立つアルティナは、眉一つ動かさなかった。

 透き通るようなプラチナブロンドの髪が、シャンデリアの光を反射して冷たく輝く。コバルトブルーの瞳は、目の前の「元・婚約者」を、まるで道端に落ちた小石でも見るかのように見つめていた。


「理由は、お伺いしても?」


鈴を転がすような、しかし芯の通った声。


「白々しい! マリアへの執拗な嫌がらせ、さらには彼女の暗殺を企てた証拠も上がっているのだ。この毒婦め!」


エドワードが突きつけたのは、偽造された数々の書類。

 アルティナはそれらを一瞥もせず、ふっと口角を上げた。それは、絶世の美女が浮かべるにはあまりに不釣り合いな、戦場でのみ見せる「狂おしい笑み」だった。


「なるほど。つまり殿下は、私の名誉を汚し、グラナート公爵家を侮辱し、その上で私を無実の罪で追い出すと、そうおっしゃるのですね」


「……っ、なんだ、その不遜な態度は! 衛兵! この女を捕らえよ!」


エドワードの号令とともに、周囲を囲んでいた近衛騎士たちが一斉に踏み出す。

 しかし、その動きは背後に控えていた一人の男によって制された。


「お嬢様に、汚らわしい手で触れないでいただきたい」


低い、地鳴りのような声。

 褐色肌の巨躯。アルティナの従者、カイルである。彼は琥珀色の瞳に凄まじい殺気を宿し、一歩前に出ただけで、訓練を積んだ騎士たちが蛇に睨まれた蛙のように硬直した。


「下がっていなさい、カイル。これは私の問題よ」


アルティナが静かに制すると、カイルは即座に殺気を消し、深々と頭を下げて一歩下がった。


「御意。……お嬢様のドレスを汚さぬよう、ご注意を」


アルティナは、真っ赤なドレスの裾を優雅に持ち上げ、エドワードに向かって歩み寄る。


「エドワード殿下。我が国、クロムウェル王国には古き法があります。貴族がその誇りを著しく汚された際、相手が誰であれ『名誉の決闘』を申し込むことができる……。ご存知ですね?」


「な、……何を言い出すかと思えば! 王族に決闘を申し込むなど正気か!」


「不当な婚約破棄ですか? 結構です。ですが、私を侮辱した代償は高くつきますわよ。……では今ここで、私と決闘ころしあいをしましょう。あなたが私に勝てば、私は甘んじて極刑に処されましょう」


アルティナは、自らの手袋を脱ぎ、エドワードの足元に叩きつけた。


「ですが、私が勝てば……。あなたのその『王位継承権』、私がその場で斬り捨てます」


「面白い! 貴様のような、見せかけだけの剣聖が! 私に勝てると思っているのか!」


エドワードは顔を真っ赤にし、腰の装飾剣を引き抜いた。彼は彼なりに、一流の教師に剣を学んできた自負があった。令嬢が振るう小手先の剣術など、力でねじ伏せられると信じて疑わなかった。


夜会の会場は、一瞬にして決闘の舞台へと変わる。

 貴族たちが壁際に下がり、中央にはアルティナとエドワードが対峙する。


アルティナは、ドレスの太ももに仕込んでいたホルダーから、一本の細身の剣を抜いた。

 彼女の手に馴染んだ、飾り気のない、しかし恐ろしいほどに研ぎ澄まされた鋼。


「先攻は譲ってあげますわ。……来なさい」


「死ね! 傲慢な女め!」


エドワードが叫び、必殺の突きを繰り出す。その速度は、並の騎士であれば反応できないほどには速かった。

 周囲から悲鳴が上がる。


だが。


カラン、と乾いた音が響いた。


「……え?」


エドワードの視界から、アルティナの姿が消えた。

 次に彼が感じたのは、手元の重みが消えたこと。


彼の自慢の装飾剣は、半ばからポッキリと折れ、大理石の床に転がっていた。


「……遅い」


耳元で、冷ややかな声がした。

 気づけば、アルティナはエドワードの背後に立っていた。彼女の剣は、すでに鞘に収まりつつある。


「……な、何を……」


「剣士の誇りを踏みにじった者に、剣を持つ資格はありません」


直後。

 エドワードの豪華な礼服の肩口から胸元にかけて、真っ赤な線が走った。

 血が噴き出すより早く、エドワードは自身の「右手の感覚」が失われていることに気づいた。斬られたのは服だけではない。剣を握るための神経、そしてプライドのすべてを、彼女の一撃は断ち切ったのだ。


「ああああああっ!! 腕が、私の腕がああぁぁ!!」


絶叫して転げ回る王子。マリアは腰を抜かし、失禁して座り込んでいる。


「お見事です、お嬢様」


カイルが、何事もなかったかのように歩み寄り、アルティナの肩に純白のケープをかけた。


「さて、エドワード殿下。決闘は私の勝利です。宣言通り、婚約は破棄。そして私はこの国を出ます。……追ってこようなんて思わないことね。次にお会いした時は、その首が飛ぶ時ですから」


アルティナは、一度も振り返ることなく出口へと歩き出した。

 呆然と立ち尽くす衛兵たちも、カイルが放つ「次の一歩を踏み出せば殺す」という無言の圧力に気圧され、道を開ける。


「行きましょう、カイル。この国はもう退屈よ。世界は広いの、もっと面白い『強者』に会いに行かなくては」


「どこまでも。地の果てまで、お供いたします」


王宮の大きな扉が、重々しい音を立てて閉まる。

 後に残されたのは、惨めに叫ぶ王子と、静まり返った広間。


そして。

 当代最強の剣聖令嬢と、忠実なる褐色肌の従者による、自由気ままな旅路が幕を開けた。

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