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茄子鉈の一族記  作者: マーたん


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第十二回目

選択とは、常に結果を伴う。


だが——

その結果がすぐに現れるとは限らない。


ときにそれは、

静かに、見えない形で積み重なり、

気づいたときには取り返しのつかない“差”となっている。


第十二話では、

埻平が初めて「報告」という形で、自らの意思を介在させる。


従うか、逸れるか。

その境界は曖昧で、

ほんのわずかな言葉の違いに過ぎない。


だが、その“わずか”こそが、

この世界では決定的な意味を持つ。


正しい報告とは何か。

正しい判断とは何か。


そして——

それを決めるのは、本当に自分なのか。


この物語は、

「行動」ではなく「選択」の重さを描いていく。


目に見えない分岐点に立たされたとき、

人はどこまで自分でいられるのか。


その答えは、まだ出ない。

第十二話 報告という選択


夜は、思ったよりも早く訪れた。


駅前からの帰り道。

街灯の光が、やけに白く感じる。


埻平は、まだ歩いていた。


——帰る場所は、ある。


だが、足が向かない。


ポケットの中のスマートフォン。

そこにある一通の問いが、重い。


《どうだった》


たったそれだけの言葉。


だが——

その先にあるものは、もう分かっている。



立ち止まる。


信号の前。

赤い光が、視界に焼き付く。


——何を、見た?


普通の人間。

笑って、話して、帰っていっただけの存在。


危険性は、見えなかった。


未来のことなど、分かるはずもない。


——それでも。


「将来的に問題になる可能性」


その言葉が、頭の中で繰り返される。



信号が青に変わる。


だが、埻平は動かない。


後ろから人がぶつかる。


「すみません」


反射的に謝る。


——日常だ。


何も変わらない。


変わっているのは、自分だけだ。



ようやく歩き出す。


だが、足取りは遅い。


頭の中で、いくつもの“報告”が浮かぶ。


「問題なし」

「判断保留」

「予定通り」


どれも、選べる。


どれも——

選べない。



帰宅。


玄関の扉を開ける音が、やけに大きく響く。


「ただいま」


返事はない。


静かな家。


いつも通り。


——いつも通りなのに。


靴を脱ぐ手が、少し震える。



自室。


机の上に、スマートフォンを置く。


画面を、見つめる。


《どうだった》


まだ、そこにある。


時間は、そこまで経っていないはずなのに。


妙に長く感じる。



椅子に座る。


息を吐く。


そして——


画面に触れる。


入力欄が、開く。



指が、動く。


「問題——」


止まる。


——本当に?


何も問題がないと、言い切れるのか。


未来のことは、分からない。


それを理由にするなら——


「予定通り」


それが、一番“正しい”。


一番、波風が立たない。



だが。


あの言葉が、離れない。


「誰でもあるでしょ?」


遅刻。

サボり。

人に嫌なことを言う。


そんな理由で——


消される?



埻平は、目を閉じる。


胸の奥で、何かがせめぎ合う。


合理と、違和感。


正しさと、疑問。



——もし、やらなかったら。


「別の誰かがやる」


男の声。


「もっと、確実に」



逃げ道は、ない。


選ばなくても、結果は変わらない。


なら——


自分が選ぶ意味は、あるのか。



目を開ける。


スマートフォンを、再び見る。


そして——


ゆっくりと、打ち込む。



《判断保留。追加確認を要する》



送信。


小さな音。


それだけで——


何かが、決定的に変わった気がした。



数秒後。


すぐに返信が来る。


《理由は》


短い。


だが、鋭い。



埻平は、画面を見つめる。


そして、打つ。



《現時点での危険性を確認できず》



送信。


また、静寂。



今度は、少し間があった。


その時間が、やけに長い。


心臓の音が、うるさい。



やがて——


通知。



《……了解。再評価に回す》



その一文を見た瞬間。


埻平は、息を止めていたことに気づく。


ゆっくりと、吐く。



——終わった?


いや。


終わっていない。



これは、“先延ばし”だ。


判断が消えたわけではない。


ただ——


時間を得ただけだ。



ベッドに倒れ込む。


天井を見つめる。


何も考えられない。



だが、一つだけ。


確かなことがある。



今日、自分は。


初めて——


“従わなかった”。



それは、小さなズレ。


だが、この一族においては。


致命的になり得るもの。



スマートフォンが、再び震える。


新しいメッセージではない。


ただの通知。


関係ないもの。



だが——


その振動に、体が反応する。



——もう、戻れない。



疑問を持った時点で。


選択を変えた時点で。



埻平は、天井から目を逸らす。


目を閉じる。



あの男の顔が、浮かぶ。


「悩んでる顔してるよ」



小さく、息を吐く。



——ああ。


その通りだ。



そして——


その“悩み”こそが。


これから先、彼をもっと深い場所へと引きずり込むことを。


まだ、このときの埻平は。


完全には、理解していなかった。

埻平は、初めて“逸れた”。


それは、反抗と呼べるほど大きなものではない。

ただ一つの報告を、わずかに変えただけ。


だが——

この世界において、その意味は決して小さくない。


「判断保留」


それは、結論を出さないという選択であり、

同時に“時間”を選んだということでもある。


しかし、時間は救いにもなれば、

より深い迷いを生む装置にもなる。


今回の選択が正しかったのか。

それとも、より危険な道への第一歩だったのか。


その答えは、まだ見えない。


ただ確かなのは——

埻平がもう「何も考えない側」には戻れないということ。


疑問を持ち、選択を変えた瞬間、

彼はすでに別の場所へ足を踏み入れている。


そしてその先には、

さらに重い選択が待っている。


この物語は、まだ途中だ。


むしろ——

ここからが、本当の始まりなのかもしれない。

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