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茄子鉈の一族記  作者: マーたん


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第十一回目

人は、理由を求める生き物だ。


なぜそれをするのか。

なぜそれが正しいのか。

なぜ、それが必要なのか。


だが——

その「なぜ」が与えられないまま、

選択だけを迫られることがある。


本作『第十一話 触れてしまった現実』は、

これまで「指示」に従うことで均衡を保ってきた少年・埻平が、

初めて“対象”と向き合う物語である。


壊す前に、知る。

ただそれだけの工程が、

彼の内側にどれほどの揺らぎをもたらすのか。


そして——

“何もしていないかもしれない存在”を前にしたとき、

人はなお、合理を選べるのか。


この章では、

行為そのものではなく、

行為に至るまでの「疑問」と「接触」を描く。


正しさとは何か。

必要性とは誰が決めるのか。


その問いに、明確な答えは用意されていない。


ただ一つ確かなのは——

「知ってしまった者」は、

もう元の場所には戻れないということだ。


どうか、埻平の迷いを、

そのまま見届けてほしい。

第十一話 触れてしまった現実


朝は、妙に静かだった。


昨日と同じ通学路。

同じ景色。


それなのに、

埻平の足取りは、わずかに重い。


——会う。


それだけのことが、

これほどまでに、思考を占めるとは思わなかった。


スマートフォンが震える。


《16:30 駅前広場》


短い指示。


余計な情報はない。

名前すらない。


——顔は、もう知っている。


昨日見た写真。

あの、何の特徴もない表情。


「おはよう」


友人の声が、横から飛んできた。


「……おはよう」


自然に返す。


だが、心はそこにない。


「今日さ、放課後ヒマ?」


「悪い、用事ある」


「最近多くね?」


軽い言葉。

疑いはない。


——まだ、大丈夫だ。


午前中の授業も、

やはり頭には入らない。


黒板の文字が、

ただの模様に見える。


“確認”

“判断”

“将来性”


頭の中で、

同じ言葉が回り続ける。


——何もしていない人間。


それを、

壊す理由。


昼休み、

弁当を開ける手が止まる。


食欲がない。


「どうした、またスマホか?」


「いや……」


言葉を濁す。


——言えるわけがない。


午後の時間は、

やけに長く感じた。


時計の針が、

進むことを拒んでいるようだった。


そして——


放課後。


埻平は、

言われた通り駅前広場へ向かった。


人の流れ。

雑踏の音。

車のクラクション。


日常のど真ん中。


——ここで?


違和感が、強い。


もっと、

裏の場所だと思っていた。


だが、

指定されたベンチに目を向けた瞬間——


いた。


写真と同じ人物。


だが、

写真よりもずっと“生きている”。


小さく笑いながら、

誰かと通話している。


「うん、今終わったところ」


普通の声。

普通の会話。


「うん、今日は大丈夫。帰るよ」


通話を切る。


それだけ。


——それだけの人間。


埻平は、

少し距離を取ったまま立ち止まる。


足が動かない。


——近づけ。


頭では分かっている。


だが、

体が拒む。


そのとき——


相手が、

こちらに気づいた。


目が合う。


一瞬の、静止。


「あれ?」


向こうが、

先に声をかけてきた。


「何か用?」


警戒はない。

ただの問いかけ。


埻平は、

一歩、踏み出した。


「……ちょっと、聞きたいことがあって」


自分の声が、

少しだけ掠れる。


「俺に?」


「はい」


相手は、

少し首を傾げる。


「いいけど……知り合いだっけ?」


——当然だ。


知られているはずがない。


「いや……」


言葉が詰まる。


準備していなかった。


何を聞くのか。

どう接触するのか。


何も。


——ただ、“会え”と言われただけだ。


沈黙が落ちる。


その空気を、

相手が軽く崩した。


「ま、いいや。座る?」


ベンチを軽く叩く。


その仕草が、

あまりにも自然で——


埻平は、

思わず隣に座っていた。


「で、何?」


距離が近い。


呼吸が、

妙に意識される。


——こんな距離で。


壊す対象を、

見たことはなかった。


「……あなたは」


口が動く。


止められない。


「何か、問題を起こしたことはありますか」


自分でも、

馬鹿な質問だと思った。


相手は一瞬、

ぽかんとした顔をした後——


小さく笑った。


「いきなりだな」


怒るでもなく、

戸惑うでもなく。


ただ、

少し考えるように空を見た。


「うーん……どうだろ」


軽い口調。


「大きいのはないと思うけど、

 小さいのなら山ほどあるんじゃない?」


「例えば?」


「遅刻とか、サボりとか、

 あと……人に嫌なこと言ったりとか」


笑いながら言う。


「でもさ」


少しだけ、

声のトーンが落ちる。


「それって、誰でもあるでしょ?」


埻平は、

言葉を失う。


——誰でもある。


その通りだ。


完璧な人間なんて、

いない。


「なんでそんなこと聞くの?」


視線が向けられる。


まっすぐな目。


疑いは、

まだない。


「……確認です」


気づけば、

そう答えていた。


「確認?」


「はい」


それ以上は、

言えなかった。


相手は、

少しだけ首を傾げる。


「変わってるな、君」


だが、

それ以上追及はしなかった。


「ま、いいや」


立ち上がる。


「俺、そろそろ帰るけど」


埻平の心臓が、

一瞬、強く跳ねる。


——ここで終わる。


何もせずに。


「最後に一つだけ」


相手が振り返る。


「君、悩んでる顔してるよ」


その言葉が——


突き刺さる。


「……え?」


「なんかさ、

 答えを探してる感じ」


軽く笑う。


「まあ、頑張れ」


それだけ言って、

人混みの中に消えていった。


——消えた。


あまりにも、

あっけなく。


埻平は、

ベンチに座ったまま動けなかった。


心の中で、

何かが大きく揺れている。


——何もしていない。


——普通の人間。


——誰でもある。


頭の中で、

言葉が反響する。


ポケットの中で、

スマートフォンが震えた。


《どうだった》


短い問い。


埻平は、

画面を見つめる。


指が、動かない。


——何を持ち帰るかは、お前次第。


男の言葉が、

蘇る。


埻平は、

ゆっくりと目を閉じた。


——俺は、何を見た?


そして——


何を、報告する?


画面の入力欄に、

指を置く。


だが——


まだ、打てない。


それが、

答えを出せていない証拠だった。

埻平しゅんぺい

本作の主人公。

これまで“指示”に従うことで役目を果たしてきたが、今回初めて「疑問」を抱く。

感情を抑えることに慣れている一方で、内面では確実に揺らぎが生まれ始めている。


男(指示役)

埻平に任務を与える存在。

常に冷静で合理的な判断を下し、個人の感情を排除することを当然としている。

「迷い」を最も危険視しており、埻平の変化にも気づき始めている節がある。


対象の男

今回の“確認対象”。

これまでの対象とは異なり、「何もしていない可能性」が示されている人物。

ごく普通の生活を送る一般人であり、その自然さが埻平の疑問を強める要因となる。


友人

埻平の日常を象徴する存在。

何も知らず、これまで通りに接することで、埻平との“温度差”を際立たせる。

疑いを持たない無邪気さが、逆に緊張感を生む。


“上”の存在(組織)

直接姿を見せることはないが、すべての判断の根幹を握る存在。

「必要性」「将来性」といった曖昧な基準で対象を選別し、実行を命じる。

人間個人ではなく、“システム”として機能している。

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