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嘘つき魔術師、天国を見せてやるといわれる

「今回の任務、なんで竜騎士団じゃないんだ?」

「別の作戦で手一杯らしいぜ。中型飛竜の群れが出たとかでさ。しかも新しい巣を探してるって」

「うっわ、面倒なやつ……」

「俺らはこっちでよかったって話だよな」


 野営地を歩いていると、そんな会話が耳に入ってくる。

 山上の敵を相手にするなら、ふつうは飛竜を駆る竜騎士団の出番になるよなぁ……と、イシュダヴァも思う。しかし、今回は別件が発生してしまった。


 野生の飛竜は、乗用に飼育されたものとは別種といってもよい。小型から大型まで何種類かに分類され、体長はもちろん、その能力にもかなりの差があった。

 中型飛竜にもいくつか種類があるが、今回のは一頭の女王を守って移動する種であるらしい。頭数が多く、動きにも連携が見られて知恵もあり、機動力も高い。同じように機動力の高い竜騎士団が出るのが順当というものだ。


 ――しかし、こっちでよかったかどうか。


 あの山の上にいるのは、奴だ。飛竜より弱いはずはない。


「よう、イシュダヴァ」


 声をかけられて、イシュダヴァは意識を向ける。薄い魔力は護衛騎士のものだ――誰だっけ? 名前が出てこないが、意外でもなんでもない。護衛騎士の名を覚える努力をしていないからだ。個体識別しているのは、師団長のところの護衛騎士くらいである。それと、ルジェリ。


「なんだね?」


 名称不明の護衛騎士は近寄ってきて、声をひそめた。


「今回、おまえの昔の男がかかわってるって噂を聞いたんだが、どうなんだよ」


 昔の男。

 イシュダヴァから家族を、故郷を、視力を、そして安眠を奪った魔族を示すのかもしれないが……昔の男? しっくり来ない表現だ。奴を過去に置き去りにすることなど、不可能だ。


「どうなんだろうね。会ってみるまで、わからないなぁ」

「おまえ、男がいたんだなぁ……」


 おそらく比喩としての表現で広まった噂を、この護衛騎士は言葉通りの意味で受け取っているようだ。あまりの馬鹿らしさに、イシュダヴァは笑ってしまう。


「はは、男ならどこにでもいるじゃないか。この野営地にだって、山ほど。君も、そのひとりだ」

「山ほどいる中でよぉ」


 男がなんとなく距離を詰めてきて、ははぁ、とイシュダヴァは察するところがあった。

 背中から腰に手をまわされた感触があり、さらに近くなった声がささやく。


「俺なら、天国見せてやるぜ?」


 この護衛騎士、イシュダヴァに手を出したいのだ。クソだし、アホだ。彼女のことを、小柄な魔術師としか思っていないのだろう。とことんアホだ。そしてクソだ。思い知らせてやりたい。

 男が匂わせている意味ではなく、もっと直接的に天国に送り込んでやるのが、世のためではないか?

 しかし、戦闘前に自軍の戦力を削ぐのもアホである。イシュダヴァはアホにはなりたくなかったので、笑顔で答えた。


「へぇ、わたしは地獄に叩き落とす方が得意かな。ところで、君の担当魔術師は誰だね?」

「……なんだよ、興醒めだな」


 相手が少し怯んだ。まさかとは思うが、担当に苦情をいわれることを想定していなかったのか。アホアホである。ここまでアホだと、今後の戦闘で足手まといになる恐れがある……やはり息の根を止めてもいいのでは?

 物騒な衝動を正当化しようと屁理屈をこねているところへ、よく知る気配がやって来た。


「イシュダヴァ様」


 やたらと輪郭がしっかりした虚無――ルジェリである。


「なんだい?」

「少し、ご確認をお願いしたいことが」


 そういって、ルジェリは彼女の手をとった。ちょっと添えた程度の手でくるりと向きを変えさせて、自身は定位置に。そうすることで、彼はイシュダヴァが話していた護衛騎士とのあいだに割り込んだ。もちろん、腰にまわされた手の感触も消えている。

 流れるような動作に、イシュダヴァも名称不明の護衛騎士も、なすすべがなかった。


「あちらへ」


 ――やるなぁ。


 アホアホ名称不明と揉めることなく、さらりと引き離された。大いに助かる。

 少し歩いてから、イシュダヴァは尋ねた。


「今、わたしが話していた護衛騎士。あれは誰の担当?」

「カリンガ様です。ご迷惑でなければカリンガ様に報告しますが、いかがなさいますか」

「迷惑? わたしが被害をこうむることになるのかね?」

「あー……尾籠びろうな話で恐縮ですが」

「かまわん、教えてくれ」

「カリンガ様とあいつはデキてまして。つまり、男女の関係です。痴話喧嘩に巻き込まれる可能性が」


 ふむ、とイシュダヴァは思った。カリンガは魔術師団に配属されて一年未満の、若い魔術師だ。魔力の強さは中の下といったところだろう。まだ伸びる可能性はある。


「さっきの護衛騎士って、美しいの?」


 ぶふっ、とルジェリが吹き出した。どうやら「美しい」とは思われていないようだ。


「それは個人の好みによるかと」

「いやね、師団長がすごい美形で、全女性の憧れの的だった、みたいな話はよく聞くからさ。若い子が惚れるんなら、あいつも美しいのかと思ったんだ」

「全女性の憧れの的ではないのは、確実です」

「そうか。でも、カリンガにとっては良い男なんだろうなぁ」


 殺しちゃ駄目だな、と思う。そうだ、簡単に殺してはいけない。当然だ。

 ちょっと反省しているところへ、ルジェリが告げた。


「カリンガ様は、そのように思わされているのでしょう」

「うん? どういうこと?」

「……申しわけありません、今のは失言でした」

「いやいや、面白そうだから教えてくれたまえよ。すごく気になる」

「憶測ですので」


 ルジェリはなおも話を終わらせようとしたが、それで済ませるイシュダヴァではない。俄然、興味が湧いてきた。


「憶測いいじゃないか。妄想でもなんでも、どんと来いだ」

「……でしたらお話ししますが、忘れてください」

「まかせておきたまえ。わたしは忘れるのが得意だ」


 自信満々に保証したところ、存じております、と返された。

 それでも、ルジェリが憶測を語りはじめるまでには、少し間があった。考えをまとめていたのかもしれない。


「それでは申し上げますが……カリンガ様はまだお若く、経験も浅くていらっしゃいます。戦闘にも恐怖を覚えておいでのようですから、経験豊富な護衛騎士が頼れる存在に見えてしまうのでしょう。護衛騎士の方は、俺にまかせておけば大丈夫という風に持って行って、保護者を気取っている――自分には、そう見えます」

「なるほど」


 イシュダヴァにはわからない世界だ。

 魔族との戦闘は、護衛騎士にまかせておけるものではない。戦うのは魔術師だ。護衛騎士は、あくまで魔術師の盾になるための存在である。


「経験豊富ってことは、長く魔術師団にいるのかなぁ」

「いえ、カリンガ様と同時の着任です。第三騎士団より転属されたと聞いております」

「詳しいねぇ」


 第三騎士団は、王都のなんでも屋みたいなものだ。取り締まり、警邏、犯罪捜査など、職務は多岐にわたる。王都に魔族が侵入することは滅多にないので、魔族との戦闘経験は皆無だろう。

 魔術師団は魔族と戦うことが多いので、護衛騎士にも魔族と戦える熟練兵をりたい――が、魔族との戦いに慣れた兵は前線で重宝されるし、優秀なら稼ぎもいいから、魔術師団への転属など望まない。それで、護衛騎士には第三から希望者が来ることが多い。おおかた、楽な仕事だと思って転属の求めに応じるのだろうが――魔術師団は、つねに護衛騎士不足なのだ――現場はそう甘くはない。

 イシュダヴァは何人もの護衛騎士を「使えない」とバッサリやってきたわけだが、事実、かれらは使えなかった。突出しがちのイシュダヴァの供をつとめるには、力不足だったのだ。それなのに熟練兵だからと研究もせず、向上心もないのだから、無理につづければ末路は知れている。死ぬしかない。


 容赦のないことをいえば、そもそも、人間相手の癖がついている熟練兵が魔族と戦うのは危険なのだ。魔族の攻撃など、思いがけない動きがほとんど。反射で動いて死にました、という事態が生じかねない。

 ただ、まぁ……若い魔術師の心の支えに熟練兵を配置するのは、理解できなくもない。新人は、心の準備ができていないものだから。経験豊富そうな年上のオッサンがいたら、多少は落ち着くだろう。


「カリンガ様は出撃回数も少なくていらっしゃいます。少なくとも俺が着任して以降、作戦行動でご一緒したことがありません。それであの護衛騎士も、イシュダヴァ様のお強さを理解できていないのではないかと」

「ははあ、わたしがカリンガと同じような小娘に見えてるんだ?」

「おそらく」


 少し考えて、イシュダヴァは告げた。


「だいたいわかったよ。カリンガには話さなくていい。彼女の心の支えを奪っちゃ悪いだろ」

はい、上官(ヤー・ダハル)


 クソでアホでも、戦闘に不向きな魔術師の心を支えられるなら、それでいい。すべての魔術師がイシュダヴァのような戦闘狂ではないことくらい、さすがに理解している。あんなクソアホにすがるということは、カリンガはかなり無理をして軍役ぐんえきに就いているのだ。

 きっと、彼女の無事を祈っている家族もいるだろう。いつか帰っておいでといわれている故郷もあるだろう。それでも魔術師としての実力を認められたから、魔族と戦うべく軍に入ったのだ。立派な子だ。


「ただね、あいつが近寄ってきたら追い払ってくれるか。また今日のようなことがあったら、無詠唱で股間に一発当てかねない。カリンガを泣かせてしまうだろ、そんなことになったら」


 護衛騎士本人も悶絶するだろうが、それはどうでもいい。クソアホなので。


「……はい、上官」

「一応いっておくけど、わたしはあいつを識別できない。話しかけられたら、ふつうに応じてしまう」


 そして、クソアホに一発ブチ込みかねない。そこは説明せずとも、ルジェリは理解したようだ。


「承知いたしました。イシュダヴァ様に近づけないよう、力を尽くします」

「助かるよ。護衛騎士って、役に立つねぇ」


 笑いながらそう告げて、ふと気づく。

 そうではない。ちゃんと訂正しておかねば。


「……いや、違うな。ルジェリ、君が役に立つんだ」


 今までの護衛騎士はクソだったしなぁ……と、イシュダヴァは思い返してみた。俺にまかせておけという感じの熟練兵たち……カリンガだったら、うまくやっていけたのかもしれない。


「身に余るお言葉です」

「余ってないよ。君にぴったりだ。今夜は、うまい酒を飲ませてやる。期待していたまえ」


 持参した秘蔵の酒をふるまってやろう。たぶん、本番は近いし。


「はい、上官。ですが、まず会議がございます」


 いわれて、イシュダヴァは思いだした。会議に出るのが面倒だから、そのへんを歩き回っていたのだった――そこでクソアホに遭遇し、自分が逃避中だったことも忘れていた。

 そして今。ルジェリが彼女をみちびいているのは、師団長の天幕の方角だ。


「……君、ほんとに有能だねぇ」

「お褒めに預かり、光栄です」


 光栄ともなんとも思っていなさそうな口調だが、いかにもルジェリらしい返答ではあった。

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