嘘つき魔術師、飲み会の邪魔をして反省する
「では、君を狙った罠だったというのだね、イシュダヴァ」
「そう考えるのが妥当だと思います」
師団長の魔力が、ぎゅっと集まった――なにかに備えるかのような動きだ。それでいて、全体の循環は途切れない。実に安定している。
師団長に対面すると、イシュダヴァはいつも思う。なんて美しいんだろう、と。
ほんとうの美しさとは、これだ。均整がとれ、揺るぎなく、かといって硬直もしない。
部屋には、師団長とイシュダヴァのふたりしかいない。それぞれの護衛騎士も、扉の外だ。この部屋には防諜用の魔術が常時全展開されており、話が余人に漏れる心配はない。
「囮を据えてわたしを呼び寄せ、そのまま拘束できればしよう……くらいの感覚だったのかと」
「君の実力を推し量っていた、と?」
「そうですね。魔力の具合を見ているんじゃないですか」
いささか投げやりに、イシュダヴァは答えた。
イシュダヴァには仇がいる。彼女のすべてを奪い去った魔族だ。そいつは、魔力の多い彼女を食べたがっている。
人間は年齢をかさねるごとに魔力が増え、それが最大に達するのは三十代なかば、といわれている。もちろん個人差はあるが、平均的には確かにそうで、以降はゆるやかな下り坂に入る。
イシュダヴァは、そろそろ全盛期に差し掛かったといえるだろう――魔族に徴をつけられた日から、身体はなかなか大きくならない。それでも、魔力の成長は衰えなかったのだから。
目の前にいる師団長も人並はずれた魔力の持ち主だが、若い頃に比べれば量はずいぶん下がった。とはいえ、イシュダヴァは彼が若かった頃を知っているからそう思うだけで、今でも国内屈指の魔力量を誇るし、技術は若い頃とは比較にならない。
総合的にいえば、若かりし日よりも今の彼の方が、敵としては手強いだろう。
「そうか……で、奴は合格を出したのかな」
「どうでしょうね」
師団長は静かに告げた。
「近いうちに、もっと明確な動きがあるかもしれない。わたしが見てもイシュダヴァ、君の魔力は横溢している。ここにイシュダヴァあり、と叫んでいるかに思えるほどだ」
「叫んではいませんが……」
「それくらい強い、ということだ。運が良ければ、上級魔族でさえ打ちのめすくらいにね」
イシュダヴァは姿勢を正した。そこまで評価してもらえたことは嬉しく思う。
「そうできることを、心から望んでおります」
そして、運には自信がある。
「だが、君はひとりではないんだよ、イシュダヴァ」
「ありがとうございます、師団の支えあってこそ今の自分があることは、心得ております」
孤児となったあの災厄の日から、イシュダヴァは軍の保護を受けてきた。魔術師団の魔術師たちに育てられ、こうして一人前になったのである。さすがにその恩を忘れてはいない。
師団長は、低い声でつづけた。
「ひとりで倒そうとしてはいけない。良くて相討ち、悪ければ負ける」
「わかっています」
突出するな、先走るな、せめて移動前に合図くらいしろ――今までかかわった者すべてから、そういわれた気がする。師団長にも、数限りなく窘められてきた。
「いいや、君はわかっていない。残念だが、我々が努力するしかないだろうね」
「努力、ですか?」
師団長の魔力がまた、少し凝集する。すぐに散って、動きだす。ああ、美しい。
「そうだよ。君に認めてもらうための努力だ」
上司が部下に認めてもらう? いや、主語が我々だったから、師団全体をさしているのか? でも、それが誰であっても、イシュダヴァに認めてもらう必要なんてあるか?
――ないだろ。
「嫌だなぁ。わたしは誰のことも否定はしていませんよ」
「だが、頼みにすることもないだろう。君は――」
なにかをいいかけて、師団長はやめた。気配が少し、ゆるくなる。
「――いや、口にしても詮ないことだな。君の事情は理解した。大規模作戦が必要になると考えて、準備を進めよう」
「大規模作戦ですか?」
「ひとりで行くなという話を、何回もしろというのか?」
声が変わった。あっこれは機嫌が悪くなった、とイシュダヴァは即座に判断した。
「いえいえ、一回で十分ですよ!」
「君には不十分だと知っているがな。もう行け」
部屋を出ると、廊下で雑談をしていた護衛騎士たちが、さっと姿勢を正した。
師団長の護衛騎士は二名、作戦行動中以外は当番制で一名ずつがついている。今日の担当は、古株の方だ。それこそ、イシュダヴァが子どもの頃から知っている古兵である。
ちらりと聞こえた会話の雰囲気から、年長者が相手でもルジェリは臆するところがないようだと知れた。肝が太いというか、度胸があるというか。
「会談は終わりですか?」
師団長の護衛騎士が問うので、イシュダヴァはかるく答えた。
「追い出されてしまったよ。わたしが、同じことを何回いっても聞かないといってね」
「あー……」
失礼な返しだが、相手が相手なのでイシュダヴァは許した。ルジェリは無言で、定位置に立つ。イシュダヴァの斜め後ろだ。
「適当にいっておいてくれよ。イシュダヴァも反省してるようでしたよ、みたいにさ」
「本気で適当ですね。師団長は、そういうのがお嫌いですよ?」
「そうだねぇ。知ってはいるんだけど、ほら、わたしってこういう感じだからさ」
じゃあねと歩きだして少し距離を置いてから、ついて来るルジェリに問うた。
「今夜はなにか予定あるかい?」
「はい、上官。同僚と飲みの予定が入っておりますが、なにかご用があるようでしたら断りを入れます」
「いやいや、そこまでする必要はない。忘れてくれ」
ちょっと飲みに行こうと思っただけだ。よく考えると、飲みにルジェリを誘うのは、あまり賢い選択ではない気がする。なにかというと、早寝早起きを推奨されるし。
そういうわけで、イシュダヴァはひとりで馴染みの店に向かったのだが。その途上、ルジェリのいう「飲み」に遭遇した。
安くて強い酒を出す店は間口が広く、店の外まで卓や椅子を並べてあった。べろんべろんになった騎士が何人か、外の椅子に掛け、酒盃を掲げては乾杯している。貸切なのか、店の中も外も魔術師団の護衛騎士でいっぱいのようだ。
イシュダヴァは、なんとなく足を止めてかれらを眺めた。例外なく低魔力なので、ふだんなら眺めて楽しいような対象ではないのだが。それでも、このときは観察したい気分だったのだ。
ルジェリと思しき人型は、店内を動き回っている。誰かひとりと話し込むようではなかった。
――まさか、誰彼かまわず早寝早起きを推奨してたりはしないだろうな?
やりかねないと思うと、ふっ、と笑いが漏れた。
戸外で高歌放吟する同僚を心配して店から出てきたらしき護衛騎士が、あれっ、と声をあげた。
「イシュダヴァ様?」
イシュダヴァはかるく手を挙げてそれに応え、思いついて懐から貨幣をいくらか取り出した。
「通りかかっただけだよ。よかったら、飲み代の足しにしたまえ」
少し魔力を乗せて投げると、硬貨は護衛騎士の手におさまった。制御がうまくいったことに満足して、イシュダヴァはそのまま、当初の目的地へと歩きはじめた。
「イシュダヴァ様!」
しかし、さほど進まぬうちにまた、足を止めることになってしまった。声の主は、ルジェリだ。走って来たというのに、まったく息が乱れていない。さすがだなぁ、と感心してしまう。
「君、飲み会はどうしたんだ」
「先任に、イシュダヴァ様がお越しだったと聞きましたので」
「わたしはただの通りすがりだ。君は飲み会に戻っていいよ?」
「いいえ、お供します。イシュダヴァ様を、おひとりで出歩かせるわけには参りません」
「いや、だからさ。気にせず、仲間と飲んできたまえよ」
「街を歩くにも護衛騎士をともなう決まりだと、おっしゃったのはイシュダヴァ様です」
「あれっ? そんなこといったっけ」
「はい、上官」
たしかに決まりはあるが、イシュダヴァはあまり守っていない。護衛騎士がいない期間もあるし、いるときだって、気楽にひとりで外出することも多かった。
しかしまぁ……こうなったらルジェリは譲らないだろう。悪いことをしたな、とイシュダヴァは思った。ちょっと足を止めたせいで、若者の息抜きをぶち壊してしまった。
「しかたがないなぁ。じゃあ、ついておいで。もっと美味い酒を飲ませてやるよ」
「はい、上官」
その晩は、あまり気取らないが料理も酒も文句なしの店に連れて行き、肉を食わせてやった。ルジェリは遠慮なく食べまくった。案の定、早寝を推奨されたが、イシュダヴァはそれにも従った。これでも反省しているのだ。
それからほどなくして。ほんとうに、大規模な作戦が計画されることになった。
――今度こそ奴だ。
山上に魔族が砦を築き、麓の村々を襲っているという。連携した動きから上級魔族による統率があると考えられ、時期はもちろん、出現位置を考えても――イシュダヴァが仇と思い定めている相手であることは、間違いない。
イシュダヴァは、ルジェリに金を与えた。
「今回は、出撃したらしばらく戻れないからな。予備も含め、装備をととのえるのに使ってくれ」
「はい、上官」
この護衛騎士は、よくやっている。先般、イシュダヴァがみずから罠にかかりに行った――と、あとになって理解した。その経験を今後に活かせるかは、別問題だが――あのときを別にして、一回もイシュダヴァを見失っていない。
士官候補生のまま魔術師団に置いておくのは、もったいない人材かもしれない。




