○ロボ研乱入
唯一神マイの手を取ろうとしていた俺は、突然の大声に振り返った。見れば部室入り口のドアが全開になっていて、灰色の作業着らしきものを身につけた長身の男が立っている。
見るからに怪しい。不審者、いやひょっとしたらこれもこの寸劇の仕込みなのかも。
「げ、ロボ研」
背後の舞台上から芝井の素の呟きが聞こえた。少なくとも仕込みではなかったらしい。ロボ研というと、多分リストにあったロボット研究部のことだろう。部室棟の中に見当たらないからひょっとしたら廃部なのかと思っていたのだけれども、そうではなかったらしい。丁度良いので後で場所を聞いて見学させてもらおう。
「あはは、何しに来たのかなっ? 急ぎじゃないなら、今、劇の途中だからちょっと後にしてもらえる?」
明るい口調にトゲを含ませながら芝井が退去を要求する。
作業着男は眉をつり上げて、
「約束が違うだろう、演劇部!」
そう言いながらのしのしと舞台下までやってくると、メガネをキラリと光らせて芝井と相対した。作業着男の身長は190cmは超えているだろう。舞台の上に立つ芝井を優に見下ろしている。これだけ背の高い人間に側に立たれると、男子の平均身長には届いているはずの俺でも圧迫感を覚える。
が、そんなタッパの差をものともしない芝井は作業着男を真正面から見上げ、
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ちゃんと後でロボ研に連れてくつもりだったって。約束破るつもりなんてないよっ」
心配しなさんなと、口では笑う芝井だが目が笑っていない。対する作業着の男はいかにも皮肉げな抑揚をつけて、
「工藤を入部させた後に、か?」
「入部を決めるのは私じゃないもん。ねっ、工藤くん。演劇部はどうかな? さっきの感じだともう決めてるように見えたけど、どう?」
芝井が俺に微笑みかけ、その隣で作業着男がすごむ。
「おい、演劇部!」
「なに? 私は工藤くんに質問してるだけだよっ? 入れなんて一言も言ってないよっ?」
そのまましばらくにらみ合った芝井と作業着男が不意に俺の方を向く。作業着男は真顔で無言、芝井は笑顔で、
「ね、工藤くんの今の素直な気持ちを教えてよ。演劇部、入りたい?」
天井を見上げた俺は考える。
やりとりから推測するに、二人の間にはあとで俺をロボット研究部に案内する、その前に入部を迫ったりしない、とかそんな感じの約束があったのだろう。が、目の前の芝井の笑顔からは「そんなもん知ったことかこのまま勢いで入部させてしまえばこっちのもんよ」という確固たる意志がひしひしと感じとれた。ちょっと儚さを漂わせる可憐な見た目をしているくせに、芝井はなかなか押しの強いやつらしい。あるいはそれだけ新入部員がそれだけ貴重ということなのかもしれない。
ともあれそこまで望まれるのならばこのまま入部するのもやぶさかではない。少しやってみた演劇は楽しかったし、芝井は話していて楽しそうな相手だし、なによりかわいいし。あと、かわいいし。
半ば入部を決めて天井から二人に視線を戻す。向かって右側の作業着男は両手を握り締めて固唾を飲み、そわそわと落ち着かない。左の芝井はあくまでも笑みを崩さない。心中はどうだか分からないけれども、余裕に見える。
それを見ているうちに、なぜだかさっき人差し指一つで黙らされた意趣返しをしたくなった。少しからかってやろうと眉をひそめる。
「入部なあ。さっきまでそのつもりだったけど、芝井ちょっと腹黒いみたいだしな……」
「え? え? ちょっと待って。さっき、私の手、握りかけてたのに」
「でもなんか約束してたんだろ? 入部の前にロボ研に案内する、みたいな」
俺の言葉に作業着男が勢い良く何度も頷く。その隣の芝井は俺から目をそらし、
「それは……、その、ごめん。ほら、どうしても部員が欲しくて、いい加減一人でずっとやってるのも寂しいというか、そりゃ一人芝居も味はあるんだけどできることが少ないし、その」
あわあわと両手をせわしなく動かす芝井の狼狽具合に罪悪感が膨らんでいく。
どうしよう、今すぐ謝って入部すべきか?
と、俺の方まで狼狽し始めたその時、不意にばしんと肩を叩かれた。
「そのフェア精神、素晴らしい。ぜひうちに来てくれ、歓迎する」
作業着男に正面から両肩を掴まれた。眼の前の胸ポケットにオレンジの刺繍で『品部製作所』とあるのを見つけた俺は当てずっぽうで話しかけてみる。
「品部……さん?」
「僕も2年だから呼び捨てにしてくれて構わない。ああ、そうだ自己紹介をしていなかったな。2年5組の品部健作だ。ロボット研究部の部員をやっている」
よろしく、と俺の右手を強く握った品部は大きくその手を上下に振る。どうにも一つ一つの所作が大げさだ。が、こいつはこいつでなかなかに面白い性格をしていそうではある。もうちょっと見ていたい気になって俺は愛想よく話を続ける。
「こちらこそよろしく、品部。あ、そういやロボ研ってどこにあるんだ? 部室棟は全部回ったつもりなんだけど見つけられなくてさ」
「ああ、うちは外にあるのでな。少し分かりにくい。だから演劇部に案内を依頼していたのだが」
言葉を区切った品部の目線に釣られて、俺も芝井に目をやる。いつの間にか舞台から降りていた芝井はしょんぼりと肩を落としていた。
「だって……。ロボ研は二人いるからいーじゃん。うちは私一人だもん」
「だからといって抜け駆けは卑怯だ。今日のところは見学だけで済ませる約束だろう」
仁王立ちの品部に糾弾された芝井は消え入りそうな声で、
「……ごめんなさい」
流石にかわいそうになってきてしまった俺は、
「ごめん、芝井」
「へ? 何が?」
顔を上げた芝井がきょとんとした表情を見せる。
「いや、さっき腹黒いから嫌だって言ったの冗談。からかってみたくなってさ。だから、ごめんなさい。ほんとの事言うと嬉しかったよ。よそを出し抜いてでも本気で入部して欲しいって思ってるのが分かったし」
「ほんと?」
芝井が少しだけ笑顔を見せる。
「ほんとほんと。今のところ演劇部に一番入りたいと思ってるし」
「ほんと!?」
跳び上がらんばかりの芝井は俺に抱きついてきそうな勢いだったけれども、残念ながらそれを制して割って入ってきたのは品部のひょろ長い図体だった。
「待て待て、工藤。全部活の部長同士の話し合いで抜け駆けはなしと決めてあったのだ。工藤には全ての部活を見学してもらって、その後で入る部を決めてもらうのが良いと。だからここで入部を決めさせるのは演劇部の協定違反だ。こんな卑怯者の所に行きたいというのか?」
品部は真剣に主張する。どうやら俺のゲリラ部活見学はしっかりと周知されていた上に、あずかり知らぬところで裏協定まで結ばれていたらしい。でも。
「そんなこと言ってもなあ。よそもみんな抜け駆けしてたぞ」
ほら、と俺はカバンの中から紙束を出す。
クリップで止めた四十枚の紙の正体は何を隠そう入部届だ。なんで四十枚もあるのかと言えば、もちろん各部活へ見学に行く度に一枚ずつ渡されたからで、全て部活名と俺の名前が記入されている。俺の筆跡ではない。各部活で記入済のものを押し付けられたのだ。だいたいこんな感じで。
大丈夫大丈夫、工藤くんに手間はとらせないよ。ほら、これ。このまま先生に出せばいいようになってるからさ。帰りに気が向いたらささっとだしちゃってね。親のハンコ? あはは、工藤なんてたくさんいるからね。
俺から紙束を受け取った品部は信じられないものを見たという顔をし、すぐさまいやいやと首を振って、
「グレーではある。が、これくらいは見学の対応の範囲内と言えなくもない。演劇部のように今すぐの入部を迫ったわけではないのだからな」
「でもなあ、ほら」
俺はカバンから取り出したものを一つ一つ机の上に並べていく。
園芸部のトマト引換券、民族音楽部の手作り笛、手芸部の手編みの手袋、オカ研の何だかよく分からない石、家に帰れば他の部活からもらったお土産がまだまだある。
「今すぐ入部を決めればさらにおまけも出すってみんな言ってたな。これに比べると物で釣ってない分、芝井の勧誘は真っ当な方じゃないか?」
「ばかな……」
品部が膝から崩れ落ちた。よほど部長連中の裏切りがショックだったらしい。そのオーバーリアクションは、いや悪いとは思うのだけれども、やっぱり面白い。
「おーほっほっほっ。ルールなんて他者を出し抜くためにあるのよ! 馬鹿正直に挑もうとしたあなたの方が甘かったようですわね!」
完全に復活した芝井はテンションが上がってよく分からない口調になっている。こっちはこっちでやっぱり面白い。
「くっ、だがまだだ。まだ終っていない」
低い声で言った品部がゆっくりと立ち上がり俺を見下ろす。
「工藤、演劇部に入りたいと言ったな? 理由はなんだ?」
「面白かったから」
俺の即答に対して、品部は顎に手を当ててゆっくりと確認するように続けた。
「それは笑える意味の面白さか? それとも興味深いという意味の面白さか?」
予想外の質問に今度は俺の方がゆっくりと考えながら答える。
「そうだなあ。芝井は笑えるけど……、あ、いやいい意味でだからほんとほんと。落ち込まないでくれ頼むから」
悲しそうな顔でシャツの裾を掴まれてはフォローせざるを得ない。ただ、さっきも思ったけれど落ち込んでしおらしくしている芝井は妙にかわいい。この感覚は……。
何だかおかしな方向の趣味に目覚めそうな気がした俺は無理やり話を戻す。
「あと芝井の演技を見てたら俺もやってみたくなったってのが一番かな。全く想像したことのない世界だから面白そうだ」
「つまり未知への好奇心が理由ということだな、なるほど」
にやりと笑った品部は大きく腕を広げると、
「ならば我々ロボット研究部にもまだ勝算がある。さあ付いて来い、工藤! まだ世界の誰も知らない世界をお前に見せてやる!」
勢い良く歩き出した品部はそのままのしのしと部室を出て行ってしまった。
取り残された俺は芝井から「はいっ、これ!」と差し出された入部届けを受け取る。もちろん「演劇部」と記入済で、誰かから借りたのだろう工藤のハンコも捺印済だ。他の入部届けの一番上に重ねてクリップで止め、大事にカバンにしまう。
「じゃ、また来ると思う」
「うん。待ってる!」
すっかりテンションを取り戻した芝井はサムズアップと満面の笑顔を向けてくれた。もうちょっとその顔を見ていたかったのだけれども、
「おーい! 工藤! 早く付いて来たまえ!」
外から品部にやかましく呼ばれ、俺はちょっと後ろ髪を引かれながら演劇部を後にしたのだった。




