◆可能性の取捨選択をしてみる、のこと
Hello World.
カップ入りの杏仁豆腐がグラウンドを埋め尽くしています。
いくら心華が杏仁豆腐を好きだからと言って、この量を調達してグラウンドに敷き詰めるなんて奇行に走るとは思えません。当然却下して杏仁豆腐を消すと、さっきまで喜んで走り回っていた心華がしょんぼりと落ち込んでしまいました。
何だか申し訳がないので一つだけ杏仁豆腐を残すことにします。ただし、グラウンドに並べたりはしません。きちんとコンビニの袋に入れて心華の右手に持たせました。早速封を開けた心華はいつもの良い顔で杏仁豆腐を口に入れます。
突然視界一杯に灰色が広がりました。何か巨大なものが視界を埋めているようです。私は後ろに下がって、その巨大なものを見上げます。雲をかき分けた隙間から顔を覗かせるのは健作でした。私の視界に広がった灰色は健作の作業着ズボンの裾だったようです。いくら部室と違って外には天井がないからといって、健作がここまで大きく成長するわけがありません。却下します。
常識的な身長に戻った健作はせっかく巨大ロボットを手作りできると思ったのにと憤りますが知ったことではありません。無視していると、健作は今度は5人に分裂し、手分けしてロボットの作成にとりかかりました。もう一度却下します。
代わりに映像で見た俳優を4人連れてきて健作の手伝いをさせます。グラウンドに工作機械が立ち並ぶ光景もおかしいので却下して品部製作所に移ってもらいました。
急に辺りが薄暗くなりました。また健作が巨大化したのかと思って見上げると、空をカラスが埋め尽くしていました。それだけならば許可しようかとも思ったのですが、よく見るとカラス以外にも何かが飛んでいます。理一郎です。
どうやら、カラスの群れにくくりつけた紐にぶら下がって空を飛んでいるようです。満面の笑みで私に向かって右手を振っていますが、お願いだから両手で紐をしっかりと握って欲しいです。……あるいは理一郎ならこんなこともやってのけるかもしれないとも思ったのですが、ギリギリで却下ということにしました。地面に降り立った理一郎は面白かったと満足気に言うと、また何かを探して走り去ってしまいました。
突然誰かに抱え上げられました。逃れようと足掻いていると、私の正面に白衣を来たぼさぼさ頭のおじいさんが現れます。その右手に握られているのは電動ドライバです。これは……ありうるのでしょうか。
判断に迷っている隙におじいさんはあっという間に私を分解してしまいました。バラバラの私が地面に転がっています。それを見たおじいさんは3段階の高笑いをしながら立ち去りました。バラバラの私に気付いた理一郎が走り寄ってきます。必死に私を組み立てようとしますがうまくいきません。その目には涙が浮かんでいます。却下です。
私をバラバラにするだけで立ち去ったおじいさんの意図が分かりません。大抵の人間は何がしかの意図に基づいて行動するものです。理一郎が泣くのもあまり見たくありません。
バラバラではなかったことになった私を見て安心した理一郎はスコップを片手に地面を掘り出します。何をしているのかと聞いてみるとちょっとブラジルに行ってくるとのことです。流石に理一郎でも無理でしょう。却下しました。
さて。
ドアを開けたまま動けなくなった私が何をやっているのかといえば、こんなことをやっています。もちろん全ては私のイメージの中の出来事です。
相当に荒唐無稽な光景ではありますが、これでもずいぶんと回復した方なのです。ドアを開けた直後はこうしてモノローグを紡ぐこともできない状態でした。イメージの中のグラウンドで、私は全ての物の場所を覚えようとうろうろしていたのです。
校庭を囲う木々の位置、枝の分岐の仕方、葉っぱの茂り方、葉っぱの大きさ、葉脈の配置、、虫食われの形、ああ、風が吹いて動いたからもう一度最初から。
グラウンドに描かれた白線の模様、走りまわる生徒、転がるサッカーボール、ところどころに転がる小石、小石を気にするなら砂も、土埃も。
無理な話です。それは理屈で分かっていました。部室の中でだって全てを覚えるといいながら、省略して見ないようにしていた所はいくらでもあったのです。例えば部屋の隅に溜まったホコリの位置なんて私は気にもとめていませんでした。それでいいという判断ができていました。
それなのに、ドアの外の情報量にあてられたのか私はどうしても全て覚えようとするのを止められず、あの一瞬に見えた外の光景を反芻していたのです。
あのままでは情報の中に埋没して、私自身の意識も消えてしまっていたかもしれません。そこから何とか抜け出せたのは、どこからから聞こえてきた声のお陰でした。
「わっからっないー! なーんでかなー、どしてかなー!」
聞き間違えようもない心華の声です。
「当たり前ってゆーけどさー。分かーんないー、こともあるっていうけどさー。しょーがないってゆーけどさー」
大きく息を吸う気配がして、
「ぜっっっったい! 分かってやんだからなぁあああーーーー!」
前にも聞いた事がある心華の歌でした。何か分からないことが見つかって、考えて考えて考えても分からなかったときに心華が叫ぶ歌でした。今度は何が分からないのでしょうか。今度は何を知りたいと思ったのでしょうか。
その疑問が呼び水になりました。再開した私のモノローグは問います。
私が本当に掴みたいのは何でしょうか。校庭の木の葉っぱの茂り具合? グラウンドの砂粒の数?
まさか。
我に返った私はカメラを上げます。そこには、地面を見つめて砂粒を数えていては気付けなかった、奇妙奇天烈な世界が広がっていました。それは外の広さに触れた私が想像した、期待した世界でした。
◆
ありえそうな可能性もありました。到底なさそうな可能性もありました。それを一つ一つ検証して可否を判断して今に至ります。始めこそバグったのではないかと疑いたくなるくらいに騒がしい、無茶苦茶な私の世界でしたが、所詮は部室の中でしか生活をしたことのない私の想像力です。
一つずつ順番に対処しているうちに、いつしか世界は落ち着きを取り戻していました。もうぽつぽつと浮かび上がるくらいにしか、イベントは起きません。
心華が空中にディスプレイとキーボードを投影して何やらプログラミングを始めました。そういう未来がもしかしたら来るのかもしれません。心華なら自力で実現させる可能性だってあります。でも今はまだ却下します。
健作がバッテリを積んだ台車を持ってきて私に繋ごうとします。そういえば一週間で作ってみせると言っていました。健作がいうからにはこれは実現する話でしょう。承認します。
理一郎がやってきて、そろそろ外に行かないかと誘います。気付くと私はドアを閉めきった部室の中にいました。ぐるりと一周部屋を見渡します。見慣れた通りの、私の記憶通りの部室です。私はやっと警戒を解いて、一部モーターの励磁を切ることができました。やっぱりこの部屋でないと私は落ち着かないようです。
でも。
あれだけ無茶苦茶な世界を見た後だとこの部室はちょっと物足りなく感じます。何か起きないかなと期待して私は待ちますが、もう何も起きる気配がありません。
どうやらこれが今の私にできる最後の想像のようです。これが今の私の限界のようです。
それなら。
私はドアの前に進んでドアノブを掴みます。理一郎がアームに手を添えてくれます。健作が延長ケーブルを手繰ってくれます。心華が笑ってくれます。
この想像を、私は承認しました。
さあ、外へ行きましょう。




