前番は少女と図書館へ行く
ユナと出会ってから一週間が経った。
僕はまだ成仏していなかった。
なぜ成仏しないのだろうと疑問に思いつつ、ユナとまだ一緒に居られることが嬉しいと感じていた。
彼女の頭を撫でながら夜を明かし、朝起きた彼女に一番最初に挨拶をする、これが僕の日課になっていた。
「…ん………、うぅー…。」
ユナはまだ寝ぼけている様だ。
のそりと起き上がり、僕の顔にユナの顔が近付いてきた。
…と思ったら、ユナの唇が僕の首に触れる。
ーー!?
………ええええっ!!!
ユナにしてみれば感触は無いし、寝ぼけているから見えているかも分からない。
けど!!僕には見えてるからね!?!?
恋愛経験ゼロの僕にこれはヤバイッ…なにこれ?!
なにこの状況??えええ?!
脳内の語彙力を無くして焦っている僕とは正反対に、漸く目が覚めた彼女はいつも通り微笑み挨拶をしてきた。
「おはよう、ファレンさん。」
「お…、おはよう……。」
いつも通り…では無かった今日が始まった。
朝食と着替えを終えたユナは、外出の準備をしていた。
僕は彼女の支度を見ながら問う。
「ユナ、今日は何処に行くの?」
「今日は学園も休みだし、図書館に行こうと思うの!王都にある大きな図書館に。」
この国では十歳から十六歳まで学園に通い、十六歳の誕生日を迎えた日から成人となる。
王都の図書館…もしかして其処は…!
「もしかして、一階がガラス張りのテラスになっている図書館かい?」
「えっ…?ファレンさん知ってるの?」
「あぁ…、そこは僕が勤めていた職場だったから…。まだ残っているんだね。」
「ファレンさんが働いてた場所なの!?すごい…!図書館は殆ど無いから採用されるには倍率高そうなのに…!」
「…本が…好きだったんだ…。それでどうしても働きたくて。」
「ファレンさんはどんな本が好きなの?」
「………………れ……い……小説……。」
「え?聞こえなかった、もう一回言って!」
「…………恋愛…小説…が………好きだ…。」
「…ぷっ…ふふ、ファレンさん恋愛小説好きなの!?…可愛い。」
ユナに笑われてしまった。
恋愛経験ゼロなのに恋愛小説が好きとは、我ながら恥ずかしい。
だけど、好きなものに嘘はつけなかった。
「じゃあ、早速行きましょう!」
元気良く歩き出す彼女の横を歩き、馬車に乗って王都にある図書館へ向かった。
馬車からガタンッと大きな音が鳴り、停車したことに気付く。
馬車から降りると目の前には立派な図書館が建っていた。
記憶にある図書館よりは外観が少し劣化していたが、経過した年月を考えると綺麗に保たれていた。
「恋愛小説はね、二階にあるの!ファレンさんのお勧めの本、教えて?」
「うん、もちろん!まだこの図書館に置いてあるといいんだけど…。」
「あ…確かにそうだよね…。もし無かったら、わたしのお勧めをファレンさんに教えるね!」
「ありがとう。ユナの好きな本も知りたいな。」
他愛も無い話をしてから図書館の門をくぐり、入り口を通り抜けて階段を上がり二階に着いた。
僕は当時お気に入りだった本を探す。
案の定、本の品揃えは昔と大分変わっていた。
隈なく探して漸く一冊の本を見つけた。…あった!
「…ユナ…これ。僕の好きだった本だよ…。」
ユナ以外には僕の声は聞こえないと分かっていても、つい小声で彼女を呼びかける。
数歩離れた場所にいたユナは目線で返事をし、静かに僕の方へ歩いて来て一冊を視界に入れる。
「美女と怪獣…?」
「うん、そうだよ。美しいお姫様と怪獣が恋に落ちる話だよ。」
僕があらすじを話すと、彼女は静かにその本を手に取り「借りて帰る」と僕にしか聞こえない小さな声で言った。
僕も目を細めて微笑みを返した。
それから僕達は、一階のテラスへと移動し、ユナの借りた数冊の本をテーブルに置き、二人がけの椅子に腰掛けていた。
周囲から見れば、ユナが二人掛けの椅子の右側に一人で座っていることになる。
その時、一人の少年の声がした。
「あれ?ユナだよね!…ユナもここに来てたんだね!」
「…あ!グレンも本を読みに来たの?」
「うん、そうだよ。来週の講義でマナー講習があったから、その前におさらいをしておきたくて借りに来た。」
「そっか!…グレンはいつも勉強熱心だね!」
「まあ…、良い大人に…なりたいしな!」
「…ふふふっ、グレンらしいね!」
二人の会話を僕は静かに聞いていた。
お互い「嬢」も「様」も付けない呼び捨てで名前を呼び合っている事から親しい関係なのだろう。
講義の話から、この少年はユナの学園に通う一人なのだろう。
そんな事を冷静に考えつつも、この場に僕の存在が無い様に扱われている事に虚しさを感じていた。
少年はユナと軽く話しをして、そのまま去っていった。
「わたしたちも、そろそろ帰ろっか。」と、また僕にしか聞こえない小さな声で言い、ユナは立ち上がる。
帰りの馬車の中で『美女と怪獣』について話しながら家に向かっていた。
ユナが少年と話す姿を見た時、存在を認識されない『虚しさ』とは別に胸がチリッと痛むのを感じていた。
だけど僕はまだこの感情を知らなかった。




