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二人のつがい  作者: 夜風ほたる


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前番の記憶


この国は人間と獣人が共に寄り添い生きる国、種族を超えた愛が溢れる国。


その国に一人の獣人が生を受けた。

彼は今、亡霊となりこの地を彷徨っている。


疾うに彼の肉体は朽ち果て姿形も無い。

幾度も季節が移ろい、生身の瞳が映した街並みも面影を残して変わっていた。

彼を覚えている人はもう生きていない。

其れ程までに長い歳月を経てもなお彼の魂は時が止まったかのようにこの地に留まり続けていた。


彼の願いは唯一つ

"彼女"に『愛している』と伝えたかったから。








僕の名前はファレン・ユーリッド、狐の獣人、今年で二十三歳だ。

両親とは数年前に他界し、王都の外れにある小さな借家で一人暮らしている。

まだ、"つがい"には出会えていない。


僕は王都にある大きな図書館で働いている。

三階建ての茶色いレンガ調の外壁に覆われた建物だ。

三階の中心に外付けされた大きな金色の時計と、一階の全面ガラス張りのテラスが目を引く図書館だ。

商店街に続く大通りに面し賑やかな場所に位置している。



「さてと、行くか……。」と、誰にも聞こえない小さな声で、息を吐きながら呟き図書館を後にした。

今日の午後は休暇申請を出して休みを取得している。

これから行く場所は母が眠る墓地だ。

そう、今日は母の命日でこれから墓参りに行くところだった。


馬車で片道一時間程の距離を、道中で花屋に寄りながら向かった。

ガタッゴト…と聞こえる小さな音と馬車の揺れを感じながら、横目で景色を見やる。

過日までは花ひとつ咲いていなかった道中に、黄色い花が疎に咲いていた。

僅かに開けた窓の隙間から流れ込む風も心地良く感じられる季節になっていた。

「もう春か…。」と、また独り言を呟く。

一年が過ぎるのは早いなと、そんなことを考えていた。 隣に置いた花束から仄かに甘い香りを感じながら、緩やかな時間を過ごした。



ーーガタンッ…


大きな音が聞こえ馬車の乗車口が開けられる。

目的地に着いたようだ。

 

荷物と花束を手に馬車から降りて正面を向くと、手入れが行き届いた花々に囲まれた墓地が広がっていた。

迷うことなく足を進め、一つの墓石の前で足を止める。

僕の父と母が眠る場所だ。

灰色の塊に乗った葉と花弁を優しく手で摘み取り、手に持っていた花束を身を屈めて置く。

石に彫られた『ユーリッド』の文字を静かに見つめると、チクッ…と針に刺されたような痛みが胸を刺激する。


あぁ…まだ『寂しい』という感情が奥深くにあるのだと実感する。

僕は胸の痛みをそのままに、両手を合わせる。

二人が一緒にいてくれたらいいなと願いながら目を瞑る。


誰かに寄り添われているような優しい風に吹かれて、暫く懐かしい記憶に包まれていた。



母の墓参りを終えて墓地から馬車の停車場所まで歩く途中、不思議な香りに気付く。

甘いような、優しいような香りだ。

一瞬花の香りかと脳裏に過ぎるも、こんな独特な香りは一度も嗅いだことがなかった。

その香りの正体が気になり、香る方向へ足を進める。

近付くにつれて、香りが僕の本能に訴えかけてくる。

何かもわからないものに対して『愛しい』と身体中が叫んでいる。



香る場所に辿り着くと、一つの墓石が立っていた。周りには誰もいない。



ドクッ!ドクッ!…と鼓動が激しくなる。

…ガタ、ガタ、ガタッ…と身体が小刻みに震え出す。


その墓石を『愛しい』と身体中が叫んでいる…!


ガタガタと震える手を落ち着かせながら、墓石の前で膝をつく。

砂埃が被った灰色の塊を、まるで壊れ物に触れるかのように優しく手でなぞる。


ーー愛しい、愛しいっ!、愛しい!!!


全身を流れる血流が血管を破る程に激しく脈打つ。

身体中がこの灰色の塊を『愛しい』と叫び出す。


なぞった手に、冷たくて硬い感触が手に伝わり気付く。



ーーあぁ…気付きたくなかった。



これは悪い夢だったらいいのにと、真実を理解し視界が絶望の色に染まる。


身体中が『愛しい』と叫び出した正体は、この灰色の塊ではない。


この灰色の塊の下にいる。


……僕の"つがい"は墓石(ここ)に埋まっている…っ!


出会う前に僕の"つがい"は死んでしまった。


僕を置いて……逝ってしまった…。


その事実に、涙が頬を伝う。

血管を破るほどに激しく流れていた血流が、止まったかのように静まり返る。



…プツリ


何かが切れる音がした。


「…あああああああああああ!!!!」


その事実に僕は壊れてしまった。


身体中の震えが止まらない。

動くことができない。

瞳から溢れる涙を止められない。

叫ぶ声を抑えられない。

瞳がもう世界を映さない。


「…あああああああああああ!!!!…生きている姿で

…会いたかったっ………!瞳に僕を映して欲しかった…!名前を…、呼んで欲しかった…!………触れたかった…!抱きしめたかった…。…………、あいしている…。愛しているっ…!愛している!!………っ…!」


その下に眠る"つがい"を掘り起こして触れたい衝動を、一滴だけ残る理性で耐えながら泣き喚く。


ーー僕の(こころ)はそこで時が止まった。



あの日から僕の生前の記憶は途絶えた。

微かに残る記憶は、真っ暗な景色と骨と皮だけで繋ぎ止められたような枯れ果てた僕の手だった。




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