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レフタルド王国から亡くなった母の祖国であるカルセイニア王国へは船で約二週間かかるらしい。
私たちは初めての船旅にワクワクしながら大きな客船に乗り込んだ。
結果は⋯⋯『はしゃぎ過ぎだ』とウィルと一緒にお父様に叱られた。と言うより呆れられた。
だって初めて見る海は太陽の光を反射してキラキラ輝いて美しいし、朝日が昇るのも、夕陽が沈むのも感動的で何より夜空が凄かった。
目に見える範囲いっぱいに星空が拡がっていて手を伸ばせば掴めそうな錯覚に何度も伸ばした手が空を切った。
私たち家族はカルセイニア王国への移住を随分前から準備してきた。
私は⋯⋯私とウィルは、母親の温もりを知らない。
いいえ、記憶にないだけでお父様が話してくれたお母様は、私の誕生を凄く喜んでくれて乳母に任せずに自らお乳を飲ませてくれていたらしい。
そして『ベルティアーナ』という名前もお母様が付けてくれたと⋯⋯
私は5歳までの記憶がない。
ただ単に私の記憶力が悪いだけかも知れないけれど⋯⋯
号泣しているお父様にウィルと一緒に抱きしめられていたのが一番古い記憶だ。
その時に優しく頭を撫でてくれたのは⋯⋯もうすぐ久しぶりに会える大切なもう一人の家族。
このお父様⋯⋯嬉しい?困った?ことに私たちにとても甘い。そして過保護。
そんなお父様だけれど、ウォール公爵家の広大な領地を一切視察をせず(私とウィルと離れたくないからが理由らしい)、補佐の方や部下の人たちへの指示だけで王国一の領地にまで栄えさせた手腕の持ち主だったりする。
今回カルセイニア王国の移住を憂いなく実行できたのも何年もかけて後継者を育てていたとか⋯⋯
何年先を見据えていたのか⋯⋯
それにこのお父様、執事長から聞いた話だとレフタルド王国の元宰相という地位にも就いていたそうだ。
その地位を自ら手放したとか⋯⋯
その理由が幼かった私とウィルと一緒に過ごす為だとか⋯⋯
私たちに甘いお父様だけれど、当時は『冷徹公爵』や『氷の宰相』と恐れられた人だったらしい⋯⋯
う~ん信じられない。
だって『氷』だとか『冷徹』って冷たいイメージだけれど、私たちを見る目はいつだって暖かくて優しいものだから。
「姉上~」
「ウィルも出てきたの?」
「うん、姉上を呼びに来たんだ。あと一時間程で港に着くようだよ」
「じゃあ下船する準備をしないとね」
「姉上、楽しみですね!」
「ええ、お祖父様とお祖母様、伯父様と伯母様、それに私たちに従兄までいるなんて早く会いたいわ。⋯⋯でも少しだけ不安なの。受け入れてくれるかしら?」
「きっと大丈夫だよ。姉上はこんなに可愛いからね」
顔は関係ないと思うのだけれど⋯⋯
それに私とウィルは幼い頃よく似ていると言われていた。それは髪色や瞳の色が同じだからだと思う。でも最近のウィルはちょっとした仕草や角度によってはお父様に似ているなと思いようになった。
ウィルも16歳だもの、身長も伸びて顔もシャープになってきたし、幼い頃から体も鍛えているからか骨格が男らしくなってきた。
昔みたいに女の子に間違われなくなったことが嬉しいと言っていた。
「邸と爵位まで戴けるなんて⋯⋯」
そうなのだ。私たち家族が移住するのに有り難いことに、お祖母様が持っていた爵位を受け継げることになったのだ。
今までは手紙でのやり取りだけだったけれど、その内容は他国にいる私たち家族をとても気遣ってくれる心優しいものだった。
そうよ。不安になる必要はないわね。
それに私は何処だろうと家族と一緒に居られるなら、それだけで幸せだもの。
「準備はできたかい?」
「「はい!」」
二週間の船旅も終わり船が港に到着した。
お祖父様とお祖母様が迎えに来ているはずだけれど、初対面だからか緊張のあまり顔が強ばる。
「ここからはディスター侯爵令嬢と令息だぞ。さあ気合いを入れるんだ」
言葉はこんなだけれど、お父様はウインクをしているからおチャラけているのね。
私と同じく緊張しているだろうウィルの顔を見ると、目が合った途端お互い笑ってしまった。
うん、大丈夫。私には頼りになる家族がついているもの。
ラシード殿下の婚約者候補でも公爵令嬢でもなく、ただのディスター侯爵家のベルティアーナとして、ここから新しい生活が始まるのね。




