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~ラシード・レフタルド第一王子視点~
「ラシード様ぁ~」
甘えた声で私の名を呼ぶのは数ヶ月前、この学園に入学してきたオリビア・テルー男爵令嬢だ。
テルー男爵が平民のメイドに手を出して生まれた庶子だ。
いつもように私の腕に腕を絡めてくる。
テルー嬢にとっては自慢なのだろう巨大な二つの脂肪を押しつけ上目遣いで私を見つめてニコリと笑顔を向けてくるが⋯⋯
所詮この女も他の女と同じだ。天真爛漫を装って私の妃の地位を狙っているだけだ。
馬鹿な女だ。
私に気に入られていると本気で思っているのだろうが、こちらは女避けに利用しているだけだ。
私には婚約者候補が何人もいる。
私が望んだわけではない。
親に言われたからか、本人の意思なのか分からないが私の婚約者にと立候補し、勝手に増えただけだ。
実際王家から婚約者にと打診をしたのはウォール公爵家のベルティアーナだけだったが、あっさりとウォール公爵から断られたらしい。
それでも諦められなかったのか王家はベルティアーナを婚約者候補とした。
見極めるために彼女たちを順番に私の隣に置き、程々に交流をしているつもりだったが⋯⋯高位貴族の令嬢ともなれば気品もあり、マナーも身につけているのは当然で、その辺はどの令嬢も遜色はない。だが、結局はどの令嬢も同じだった。
私が隣に置いた途端、私の身体にベタベタと触り、媚び、さり気なく深い関係を誘ってくる。
そして他の候補者には勝ち誇った顔を見せつける⋯⋯その顔は本当に醜い。
どの候補者も同じだ。
唯一、私に媚を売らなかったのはベルティアーナだけ。濃い色合いの髪色の多いこの国で、薄い金色とも銀色とも見える髪色で、紫色の瞳を持つ見た目だけなら美しい令嬢。
ベルティアーナは姿勢、歩き方、指先の動きから仕草まで淑女のお手本のような令嬢だ。
次々と婚約者候補たちを隣に置いても顔色ひとつ変えず、常日頃から貼り付けた微笑みを浮かべ私を見ることすらしない女だ。
そんな女だから挨拶をした程度の会話しか記憶にない。
今回テルー嬢を隣に置いて初めて苦言を呈してきた。やっとベルティアーナの目に私が映った。ベルティアーナも他の令嬢と同じだ。きっと次は私の隣に自分が並べると思っているに違いない。
だが、彼女の瞳には私に対する羨望も恋慕も見えなかった。
何故か落胆する気持ちと、ベルティアーナは他の女とは違うかもしれない。と、期待する私がいた。
だが、私の発した言葉は⋯⋯
『お前が口を出すことではない、声も聞きたくない』
その高いプライドを砕いてやろう。と、お前もその他の女と同じだろう?というベルティアーナの反応を試すような言葉たった。
だがその微笑みは崩れない⋯⋯まだ足りないか。
ならばと、次は『その冷たい微笑みを貼り付けた仮面のような顔も見たくない』と⋯⋯
だが、彼女の反応は私の予想だにしないものだった。
『分かりましたわ。殿下の仰せのままに。では⋯⋯失礼致します』
!!
彼女は⋯⋯ベルティアーナは私のその言葉を待っていたかのように見事なカーテシーをして⋯⋯一度見たら忘れられない花が咲き誇るような笑顔を私に向け颯爽と去っていった。
⋯⋯あんな顔も出来るのか。
あれから数ヶ月ベルティアーナの姿を見かけていない。
三年の私と、二年のベルティアーナでは校舎も違う。ベルティアーナが私を避ければほとんどの生徒が利用する食堂ですら会うことはないだろう。
最近はテルー嬢から『一人でいるとウォール様が⋯⋯あたしに⋯意地悪をしてくるの』と⋯⋯毎日のようにテルー嬢がベルティアーナに何をされたか泣きながら訴えてくる。
私に苦言を呈すことをやめたと思えば今度はテルー嬢を隠れて虐めるとはやはり最低の女だ。
『今日は鞄から教科書を抜き取り目の前で破かれました』
『今日は頬を叩かれました』
『今日は階段から突き飛ばされました』
流石に階段から突き飛ばすのは命すら奪いかねない⋯⋯いくらなんでもやりすぎだ。
こんな女がどうなろうが私には関係ないが、知らぬふりも出来ないか。
仕方がない。
あと三ヶ月で卒業する。その前にベルティアーナを軽く締めるつもりで食堂で名を呼んだ。
「ベルティアーナ!今すぐ私の前に姿を見せろ」
食堂は静まり返り、生徒たちの目が私とテルー嬢に向けられたが、なかなか姿を現さないベルティアーナにイラつきもう一度名を呼んだところで一人の女生徒が立ち上がった。
「ウォール様は退学されました」
はあ?そんなことは私の耳に入ってきていない。
それに、テルー嬢は昨日も嫌がらせをされたと言っていた。
「⋯⋯それは本当なのか?」
「はい」
「いつだ?いつ退学した?」
私に締められるのを察して昨日今日で退学したのか?
「『殿下が声も聞きたくない。顔を見せるな』と仰られた次の日に退学されました」
それは⋯⋯何ヶ月も前ではないか。
「⋯⋯それは間違いないのか?」
「はい。わたくしはウォール様と同じクラスでしたので間違えるはずもございませんわ」
その令嬢の後ろには冷めた目で何人かの生徒が私を睨んでいる。
「⋯⋯テルー嬢どういうことだ?お前は毎日ベルティアーナに虐められていると、頬を叩かれたと、昨日は階段から突き飛ばされたと私に訴えてきたな?」
嘘がバレたテルー嬢は真っ青になって体を震わせ「も、申し⋯⋯申し訳ございません」と頭を下げたが、今はそんなものは必要ない。
私は真実が知りたいのだ。
「私を⋯⋯騙したのだな?」
「ラ、ラシード⋯⋯様」
「公爵令嬢を嵌めようとしたのか?」
いつもの甘えた声で私の腕に縋ろうとした手を振り払った。
「王族に虚偽を申したのだな?」
⋯⋯
「二度と私に近付くな」
か細い声で私の名を呼び、私に縋ろうと再度手を伸ばしてきたが振り払った。
「私の名を呼ぶことは許さない」
ショックからか泣きながら崩れ落ちたのが視界に入ったが、もうどうでもいい。
そんな事よりもベルティアーナが本当に学園を去ったのなら何故私に知らせがなかったのだ?
ベルティアーナは私の筆頭婚約者候補だ。
私は午後からの授業のことなど頭から抜け、待たせていた馬車に乗り込み王宮に向かった。
そのまま父上の執務室のドアを叩いた。




