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この学園のほとんどの生徒たちが利用する食堂で、見つめ合う二人は仲睦まじそうで⋯⋯微笑ましいとは思う。
ただ、この二人が皆から祝福されるのには身分の差故に二人の気持ちがどうであろうと周りから反対されるのは必然だろう。
男の方はこの国レフタルド王国の第一王子。ラシード・レフタルド。明るい青い髪に金色の瞳の凛々しく端正な顔のもっとも次期国王の椅子に近い男。
かたや女の方は最近男爵家に引き取られた、男爵と平民のメイドとの間に生まれた庶子。オリビア・テルー男爵令嬢。艶やかな黒髪に水色の瞳。小柄で華奢なわりにお胸は存在感をドドーンと主張するほどたわわだ。初めてテルー嬢を見た時は胸から視線が逸らせなかったわね。
引き取られるまで平民として育った彼女に貴族としての常識やマナー、そして学力を求めるのは気の毒ではあるが⋯⋯その男の隣に居たいのであれば少しでも努力する姿を見せてくれればここまで白い目で見られることはなかったと思う。
『無闇矢鱈と男性に触れてはいけませんよ』
『せっかく貴族の常識やマナーを学べる恵まれた環境に入学されたのですから身につけるよう努力されてはいかがですか?』
私は二人の邪魔をするつもりは一切無い。
今までにもこの男はたくさんの令嬢を隣に置いていたから。
まあ、見慣れた光景ではある。
ただ、今までのご令嬢方はこの男の婚約者候補たちでもあったし、婚約者候補との交流だと思えばわたくしが口出しする必要もなかった。この中から早く婚約者を選んでくれれば⋯⋯と願っていたぐらいだ。
まあ、私が選ばれることは天と地がひっくり返ってもないことは私自身も男の言動から理解しているし期待もしていない。
それどころかハッキリ言って嫌いだ。
今回の相手に限り現在筆頭婚約者候補と位置づけられている私が仕方なく苦言を呈すが⋯⋯
なるべく穏やかな口調と表情で申し上げたつもりだったが、彼女はブルブルと震え男の腕に豊満な胸を押し付けた。でもその勝ち誇った顔を私に向けているのは隠せていない。
その顔、周りの生徒たちにも見られているわよ。
『とんだ女狐ね』
『あんな子だったのか』
『今まで気づきませんでしたの?』
『見た目で騙されたんだよ』
ほらね。
「お前が口を出すことではない、声も聞きたくない」
冷たい眼差しを私に向け、怒鳴るでもなく低いがとてもよく通る声で言われても、そうですよね~としか思わない。
「その冷たい微笑みを貼り付けた仮面のような顔も見たくない」
仮面⋯⋯そうですか。
知っていましたよ。高位下位関係なく公平な貴方が最初から私のことだけは嫌っていたことを⋯⋯
それでも歩み寄ろうと形だけは努力はしたけれど無駄だった。
ええ、無駄だと分かっていましたとも。
私たち高位貴族、しかも王族の婚約者候補に上がっている令嬢は貼り付けた笑を身につけさせられるのですよ。
何事にも動じないように、侮られないように、弱みを握られないために。
でも、これが最後。
「分かりましたわ。殿下の仰せのままに。では⋯⋯失礼致します」
完璧な淑女の礼のあと彼の言葉に我慢できず嬉しさを隠しきれない笑顔が出てしまった。慌ててすぐに背を向けた。
歓喜から感情を隠せなかった私もまだまだですね。
でも最後くらい表情を崩してもいいですよね。
だって最後ですもの。
何か言われる前にさっさと退散しましょう。
「⋯⋯ま、待てっ!」
何やら引き止めるような声が聞こえたが気の所為でしょう。
声も聞きたくなければ、顔も見たくないと言われましたものね。
貴方のお望み通りに致しますわ。
視線をチラリと向けた先にはクラスメイトたちが笑顔で頷いてくれていた。中には涙目の令嬢もいる。
彼ら高位貴族の子息子女は貼り付けた微笑みの意味をちゃんと理解している。
短い間でしたけれど、彼らはこの後の私の行動を既に予測していたのね。
これが最後になるかもしれない⋯⋯
『ありがとうございました』と、言葉は発せずとも精一杯の感謝の気持ちをカーテシーで伝えた。
「姉上!」
ずっと隣でこの会話を大人しく聞いていた弟のウィルダーが嬉しそうに着いてきた。
「やりましたね!」
「ええ」
「早退の手続きを姉上の分もしてきます。馬車止めで合流しましょう」
「あら、ウィルまで早退する必要はないのよ」
「いいえ!僕もお供します。先程の殿下の言葉を一語一句違えず父上にお伝えしなければなりませんから」
「もう仕方がないわね~」
「やった!」
そのままウィルは足どり軽く職員室に向かって走り出した。
やれやれ。廊下は走ってはダメなのに⋯⋯
ウィルは私が殿下の婚約者候補にあがってからずっと反対していたものね。
この子にも随分と心配をかけたわ。
長年待ち続けたこの日ですもの無駄にする時間はないわ。
さあこれから忙しくなるわ。
帰宅してからウィルが洗いざらい学園での出来事をお父様に伝えた。
「そうか⋯⋯こちらは何時でもいける準備はしてきた。お前たちもいいか?」
ええ、確認されるまでもないわ。
私とウィルは同時に『はい』と頷いた。
だって何年も前からこの日を待っていたもの⋯⋯
私はウォール公爵家の長女ベルティアーナ・ウォール16歳。
私の一つ下のウィルダーは我がウォール公爵家の癒しであり、何もなければ後継者⋯⋯の予定⋯⋯だった。




