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バロウル -超心霊的医術-  作者: 茜丸大悟
前の章 イデオロギー黙示録
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リンガ・リンガ その2

※下ネタ注意。

「なあモリス、何か思い悩んでいることでもあるのか?」


 仕事中、つまらないミスばかり繰り返す同僚のモリスの事が気になって、仕事上がりに夕飯を誘ったのがつい先ほどの事。

 ここはひとつ愚痴や相談くらい乗ってやるかと繰り出して来た場所は、以前一緒に楽しく呑んだビアホール。

 思い入れのある場所にビールと喧騒が加われば、きっと辛い悩みを打ち明けてくれるに違いないと思っての選択だった。

 最初はだんまりだったモリスだが、酒が入るにつれてだんまり噤んでいた貝の口も緩んできたのを感じる。

 もう一押し、もう一押しとビールを注いでやれば、もののニ十分で陥落した。


「実は、そのぉ――僕がモデルの子と付き合ってるってことは、知っていると思うんだけど……」


 え、初耳なんだけど。まじで? ……とは言わない。

 せっかく切り出してくれたのにここで口を挟んだら台無しだと思うので、何も言わずにただ黙って次を促す。

 しかしモリス、モデルとかぁ。やるじゃん!


「私生活の方が……その、言っていいものか悩み所なんだけど……ちょっとねぇ」

「モデル業の私生活と聞くと、なんだか妙な華々しさをイメージするが……ああ、皆迄言わんでいい、そういうのはイチ一般人の幻想にすぎないってことくらい分かってるつもりだ。……それで?」


 続きを促すが、ちょっと余計な事まで喋ってしまったのだろうか、モリスはだんまりに元通り。

 おいおい、私生活ってワードだけでお前の現状を理解してやることも同意してやることもできないし、何もアドバイスしてやれることはないぞと、追いビールを注ぎ込む。

 飲め飲め、辛いことは全部吐き出せと、二杯ほど飲ませたところで目が座る。


 おっと、入れすぎたかな?

 だがモリスは泣き伏すようにテーブルに向かって突っ伏して、話の続きを語りだす。

 よかった、酒の量はちょうどいい塩梅だったみたいだが、内容の方はといえばちょっとどころじゃなくワケアリみたいだった。


「彼女はバロウルをしていない天然の――つまり、無加工者(スーパーナチュラル)を謳ってる売れっ子モデルなんだけど、実は自分の体形やらなにやらを維持するために、影でバロウルを使っている……ううん、濫用しているバロウル中毒者なんだぁ」


 な……生々しい。

 これは困ったぞ、ちょっと悩みのベクトルが予想外で、何もアドバイスが出来そうにない。

 ただの恋愛事情ならともかくモデルの実態の暴露とか、そんなこと予想してなかったから、どう返せばいいのやら。

 固唾を飲み、思わず無言になってしまう俺。だがモリスの方は、続きを話せと促している行動と捉えたらしく、べらべらと末恐ろしい情報を漏らしてくれる。


「最初はただのマッサージくらいだったんだ。ポージングで疲れているからマッサージをお願いって、腰とか太ももの筋肉をほぐすのを手伝ってあげたんだ。そのくらいの行為ならプロでもやって当然だ、マッサージくらいでスーパーナチュラルかどうかなんて、問われはしないから安心だって言われて、僕も彼女にそうしてあげたんだ」


 おっとぉ、さっそく雲行きが怪しい。

 確かにマッサージをしている()()なら、肉体をいじっているわけじゃないという言い訳がたつかもしれない。

 ぎりぎりスーパーナチュラルの体を保つことも可能かもしれない。

 でもこれ絶対、続きがあるよね。


「次に、まつ毛を整えだしたんだ。年下の新人のまつ毛が綺麗で悔しいとか言って、一本一本の角度や長さ、()()なんかに気を使いだして……でも彼女は不器用だから、カーラーとか使うのが苦手らしくて……コスメとかも大変だからって、そのうちバロウルで整えるようになって……」


 そういえば、ここ半年ほど前からまつ育がどうのこうのとコラムを書いてるモデルが居たような。

 可憐さが増して、みょ~~~に印象に残るようになったのは、確か一年前くらいだったっけ?

 ははは、まさかなと疑いつつ、どうして気づいてしまったんだと後悔の念。

 ちょっと憧れてたのに。悲しい。

 まさかあの子がモリスの彼女だったとはなあ。いやまあ、まだ確定したわけじゃあないんだけど。


 しかし、モリスがここまで凹んでいるとなると、きっとまだまだ続きがあるんだろうなあ。

 嫌だなああんまり聞きたくないなあ。だけどここまで連れ出しておいて、はいはい止め止めここで終わり、これ以上の話は自分の胸の内に秘めておきなさい、なんて告げることは――俺にはできない。

 ぐいとビールを一気飲み、下っ腹に力を込めて覚悟を決める。

 よしこい、どんとこい! お前の悩みを俺にぶつけて見せろ!

 酔いも回って少し熱血気味になった俺だが、モリスはといえば相変わらず低空飛行のまま続きの爆弾を装填する。


「それで、ムダ毛の処理なんかもバロウル任せになっていったんだぁ。スキンケアのローションなんかは流石に今までの化粧水で済ませていたみたいだけど、だんだんずぼらになっていってぇ……」

「慣れってのは癖になるからなあ。習慣になってしまったんだろう。手間暇かけずにできるとなれば、その分時間を別の事に有効活用できるようになるからなあ……それで?」

「彼女はさあ、スランプや人間関係なんかで強いストレスを持つとさあ――過食気味に走るんだよね」


 あっ、なんか嫌な予感がする。

 これは聞いちゃいけない話なんじゃ――いやいや俺は兄貴分! ここはドーンと構えて悩みを受け止めてやらなくちゃあいけないところだよ、うん。

 揺るぎかけた覚悟をもう一度締め直し、構えッ!


「彼女、同僚の子と今喧嘩状態になったらしくて……相手の子が悪いってしきりに言うんだけど、どうもかなりストレスになってるみたいで、食べる量も増えるし便秘にもなったらしくて」

「あっ待って待って待った続きはやっぱりやめ――」

「――昨日、お風呂で自分の便を掻き出して(バロって)たんだぁ……」


 ああああああああああ、なあああああああああ。

 爆弾投下ッ! 着弾確認、俺撃沈ッ!

 酒飲んでるときにうんこの話なんてしてんじゃねえぞボケなすがあああああああ!


 声に出すことだけは我慢出来たけど両目から涙があふれて止まらない。

 嫌だよね、憧れていたモデルの子がうんこ両手で掴んでお腹から出しちゃう子だったんだもん。

 でももっと大変なのはモリスだよ。だって彼女なんだもん。彼女がうんこ両手でひりだしちゃう子なんだもん。

 そらぁ……辛いわ。仕事も手が付かなくなるってもんだ。いやむしろ今日普通に出勤してきただけでも偉いわ、こいつ。


 同情と哀れみと尊敬で涙が止まらない。

 俺は両眼を手で押さえて顔を伏せることしかできない。

 多分モリスも同じ格好だ。


「モリスお前……それ、他の同僚には話すなよ……」

「うん……判ってる、口にするべきじゃ無かったよね……」


 俺たちは黙ってお互いのグラスにビールを注ぎ合い、ぐいと飲む。


「正直言って、依存症を治す手段なんてプロに任せろ、としか言いようがない。つまり依存改善プログラムを組んでくれる、治療センターが解決の鍵だ。だが、それをすると……」

「スーパーナチュラルのブランドが瓦解する。わかっているよ、彼女の経歴に傷がついてしまうことくらい、理解してる」

「それに受講を勧めてしまうと、ますます彼女のストレス値が加算されるだろうな。そして暴飲暴食がより激しくなり、便秘のほうも糞詰まる」


 悪循環。余計な手を加えれば加えるほど、事態はより悪い方に転がり続けていく。

 きっとモリスは何度も彼女と話し合ったはずだ。彼女の事を想うが故に、辛い忠告を何度も進言したはずだ。


「もうすこし、バロウルは控えたほうがいいんじゃあないかなあ」

「ここの所毎日使っているよね? 一度の採血量は少なくても、こう何度も続けてたら身体によくないよ」

「友達のことだけど……君の方から、仲直りを提案してみたらどうだろう?」


 そんな言葉をきっと繰り返したはずだ。

 だがそれで改善されなかったということは――もう完全に、悪循環の構造に入っている。

 むしろ忠告するモリスの事ですら、彼女にとってはストレスの塊になっているかもしれない。

 だとしたら最悪だ。何をやっても何を言っても無駄かもしれない。

 そして、その結果が――うんこか。くっそぉ……!


「その……件の喧嘩した同僚と連絡を取って、向こうから折れてもらうとかは……」

「ただの彼氏に発言力なんてないよぉ。それにかれこれ一か月以上口をきいていないみたいなんだ。完全にこじれてるよ、もう」

「……事務所に相談は?」

「それをやったら間違いなく、彼女は解雇されちゃう」


 俺たちは天を仰いだ。駄目だ、打つ手なし。

 この視界いっぱいに広がる星一つ見つけられない曇天の夜空と同じくらいに、真っ暗な帳がモリスの未来を覆っていた。

 だから、せめて。

 たった一つだけ、俺が指し示してやれる流れ星のような慰めの言葉を、モリスのために差し出してやるのだ。


「帰りに、ドラッグストアに寄ろう。いい消臭剤知ってるよ、俺」

「………………ありがとう」

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