第21話 報告と情報
ソロモンとトルシェン行政官は外に出た。馬車に乗っている都市間用長距離通信機を見せる為だ。それをその場で操作してみせる。
初めて見たトルシェン行政官は興味津々で、ソロモンが操作する所を見ていた。今ではすっかり操作に慣れたソロモンは王様が住まう城、ケルヌーク城に通信を入れる。
『これでダブリオンにも直接連絡が取れるようになったか』
相手はラボリエンス王だ。向こうの通信担当がすぐに取り次いでくれた。音声はかなりクリアで問題は無さそうだ。
「はい。こちらの行政府の建て替えの関係で、後ほど第二行政舎に移動しますが距離的には大丈夫そうです」
建て替えが完了するまで臨時の行政拠点である第二行政舎に設置予定である。
トルシェン行政官がダブリオンの現状をラボリエンス王に説明した。莫大な資金が投じられた大改革に、ラボリエンス王は何度も唸った。
『我が想定以上の資金が動いているようだな。大変良い事だとは思うが、大規模な改革は時に歪みや不都合を起こす。その事だけは忘れるなよ』
「肝に銘じます」
通信機越しでも分かる、一国の統治者から掛けられた言葉の重み。
ラボリエンス王との通信を終了した後、今度はソロモン城のベルテに連絡を入れた。ケルヌーク城には通信中継ユニットも併設している。正常に作動しているとここからでも連絡が取れる筈だ。
「おっ、繋がったぞ。もしもし、ソロモンだけど」
『ソロモン様!! ご連絡お待ちしておりました!』
城主代理のベルテが応答した。声だけの通信機越しでも分かる彼女の喜ぶ姿。
「ダブリオンから連絡しているんだけど、声はクリアに聞こえているし大丈夫そうだな」
『はい! 大丈夫でございます。とても良く聞こえています』
跳ねるようなベルテの声色にソロモンは安心した。
「こっちはトルシェン行政官と色々話し合ったんだけどさ。そっちはどう? 何か変わったことはあったかい?」
『トンネル工事なのですが、掘削作業を一時中断させています。どうやら掘削用の魔装具が高性能すぎて、内壁の補強が追い付かないらしいのです。それに岩塊の運び出し作業も重なって滞る事も多いようでして』
「あ~魔装具が高性能すぎたか」
『そのようです。内壁補強をしないまま掘り進めると崩落の危険性がある。という報告が王国側と帝国側双方から上がってきましたので、私の判断で掘削作業の一時中止を指示しました』
「ナイス判断だよベルテ。やっぱり任せて正解だね。ありがとう」
工期よりも作業の安全を優先してくれたのは、しっかりとソロモンと意思疎通が出来ているからだ。大事な部分を彼女はちゃんと理解している。
『トンネル工事は今の所大丈夫でしょう。カボチャ栽培は必要な作業は進んでいるようですので、現状は経過待ちです。貯水池の造成工事は大凡予定通り。ですが雨が降らなくて貯水量が全然増えていません。尤もこれに関しては天候次第なのでどうにもなりませんが』
「なるほどね。分かった。全体的にはうまいこと進んでいるっていうことで。引き続き頼むよベルテ。こっちはまだかかりそうだからさ。これから一番の問題に取り掛かるからね」
通信機の向こうのベルテは少し考えたのか間を置いた。
『トルモール地区のベーリルントですね。資源採掘を行っているけれどめぼしい物が出てこないという』
「そう、王国の北東にある辺境。資源採掘で上手くいかなくて、前領主が殆ど投げてたっていうシンシア行政官の所。これから行ってみようと思うんだ」
『分かりました。大丈夫だとは思いますが道中お気を付けて下さいませ』
ベルテの気遣いを貰ったところで通信を切る。ソロモンは大きく息を吐いた。
「よーし向こうの方は大丈夫そうだ。後はトルモール地区をどうするかだな。第二行政舎で通信機を降ろしたら向かいます」
「協力出来ることがあれば連絡を下さい。……トルモール地区を何とかしたいのは私も同じですから」
トルシェン行政官にも思うところはあるらしい。移動中にトルモール地区の事を教えてくれた。その中で特に気になったのは担当のシンシア行政官に対する評価だった。
「実はシンシア行政官は、他の行政官からの評価は決して低くはないんですよ。勿論私を含めてです」
「へぇ~。何か意外だなぁ。経験年数は少ないですよね」
「ええ、就任当時は大騒ぎでした。異例中の異例です。行政官は役人の家系から資質有りと判断された者が指名されるか、その地区で勤務経験が長い行政府の上級幹部クラスから昇級して就任する。これが慣習です。
因みに私が前者でエルドルト行政官が後者です」
確かに、二人の年齢を考えれば納得が出来そうな話だ。
ということはトルシェン行政官はエリートの家系出身で、エルドルト行政官は現場の叩き上げってことか。
「その異例が通ってしまったのがトルモール地区の現状なのです。前任の行政官が建前ですが体調不良を理由に退官した際、誰も後任を引き受けませんでした。拒否権が認められているからです。
他の地区の下級役人よりも報酬が少なく、発展する望みも無いとなれば地位に見合わないですからね。そこで立候補制にして中央の役人達から志願者を募ったところ、手を上げたのが当時下っ端役人だったシンシア行政官でした」
「そういえば役人になってから二年目だったとか」
確か試験の成績も最下位だったらしいな。
「まぁ新人は卒業していましたし、与えられた仕事はちゃんとこなしていましたからね。業務態度も良好でしたから、他に立候補者がいなければ採用という流れでした。反対意見を出そうものなら、お前がやれと言われそうな空気ですし。厄介な役を押しつけられたと他の役人達は思っていました」
誰がやっても変わらない。そんな空気が当時にはあったのかな?
「でもシンシア行政官には他の役人達には無い強みがあったんです」
「それはなんですか?」
「底辺から這い上がった人間の底力と呼べる、バイタリティですよ。それと見た目に反して体力が凄い」
意外だな。細身で体力がありそうには見えなかったが。
「役人の登用試験は難関です。受験者を広く受け入れている一方で、採用枠は決して多くはありません。役人の総数が大体決まっているので、場合によっては数人しか採用枠が無かったり、試験自体が行われない年もあります。
裕福な家なら優秀な家庭教師を雇えますし、高い学費を払って王立学校に通わせることも出来ますから、必然的に合格者はそういう富裕層出身者が多くなります」
そこは理解できるな。俺の元の世界でもありそうな事だ。
「彼女は貧困層の出身なんです。貧困層からは、受験が出来ても合格することは非常に難しい。だから役人になることは一番の立身出世。それを実力で勝ち取ったんです」
「へぇ、それは凄いことですね。自称才女は何も誇張ではなかったんじゃないですか?」
「それは……そうなんですが。シンシア行政官は、半端に褒めると逆に良くないというのが他の行政官の認識なんですよ。彼女は逆境に強く、押し付ければそれ以上のパワーで跳ね返ってくる性格のようでしてね。
それに良い意味で役人としての変なプライドが無いから、普通の役人ならやらない、出来ない事をやる。体力が凄いから行動力も高い」
思い出してみれば、シンシア行政官の言動は他の行政官とは違っていたなぁ。真面目なイメージが強いエルドルト行政官とは、正反対といってもいいかもしれない。
役人にしては初対面から馴れ馴れしいというか、距離が近いというのか。優秀な人とは感じなかったな。でも正直、他の行政官よりも最初から話しやすい雰囲気ではあった。
――それがシンシア行政官の良い所なのかもな。
「他の行政官に泣きついたのも、担当になった地区を発展させてそこに住む人々を豊かにしたいという思いからでした。自力で何とか出来ないなら他者の力を借りる。地位が低い相手にだって、必要と思えば頭を下げて回る。他の役人から陰口を叩かれても正面から非難されても、彼女は全く動じない。今までに居なかった性格の行政官です」
「中々バイタリティのある人なんですね」
――会食でドカ食いしていた様子を思い出してしまった。小柄な割に結構な量を食べてたぞ。
「他の人ならとっくに投げ出しているでしょうが、彼女は責任を投げ出さず駆け回っているんです。その姿勢を評価しているんですよ。ラボリエンス王もきっとそうだと思います」
「成る程。分かりました。俺も何とかやってみましょう!」
ソロモンも責任を投げ出すような性格では無い。




