第4話 無限牢獄修行・一年目
「どうした! この程度か!」
「ぐっ……なんて硬さだ! ヴォルフ、挟み撃ちでやんぞ!」
バーンは共に戦う友人にそう言って一気に駆け出す。
そして拳に魔力を込め、目の前の人物に渾身の魔法を打ち込む。
「上位爆発ァ!!」
バーンの手の先から大きな爆発が起き、目の前の人物が爆炎に包まれる。
どうだ、と笑みを浮かべるバーンであったがその表情はすぐに驚きに変わる。
「ぬるいな。この程度じゃ暖房にもならない」
爆発で起きた煙が晴れると、そこにはケロッとした顔の鬼王サクヤがいた。
ゼロ距離で爆発を食らったにもかかわらずダメージは全くなく、肌にほんのり煤がついた程度であった。
「ウソ……だろ……!?」
自慢の攻撃が全く効いてないことに驚愕するバーン。
すると今度はヴォルフがサクヤに襲いかかる。
「ならこれなら……どうだァ!」
ヴォルフは昨夜の背後から迫ると、その首めがけて鋭利な爪を振り下ろす。
肉食獣のごとき鋭さを持つヴォルフの爪。しかしその爪はサクヤの強靭な皮膚を裂くことはできずその表面でガチッ、と止まってしまう。
「お、チクッとしたぞ。筋がいい。だが……それじゃまだまだ足りんな」
サクヤはそう言って振り返ると、ヴォルフの腹に拳を打ち込む。
ゴッ、という鈍い音と共に弾け飛ぶヴォルフ。何度も地面を転がった後ようやく止まり、ゆっくりと起き上がる。
「いってぇ……これが鬼王の力、半端ねえぜ……」
彼らがいるのは異空結界『無限牢獄』の中。
ルイシャと彼のクラスメイトたちはこの空間で四人の王と桜華と共に修行を開始していた。
この中にいられるのは外の時間では六日間しかないが、無限牢獄の中では六年間まで引き伸ばされる。
最後の戦いに備え、彼らは死力を尽くし修行に臨んでいた。
肉弾戦の修行は竜王リオと鬼王サクヤ。
魔法の修行は魔王テスタロッサ。
特殊な能力の修行は妖精王ティターニア。
そして剣技の修行は元勇者の桜華。
それぞれが最強の師となり、ルイシャたちを鍛えていた。
「最初の一年は魔力のコントロールに費やすわ。魔法の特訓はそれから。基礎から徹底的に叩き込むわね」
テスタロッサは魔法の技術を教えながら、自身も他の王と手合わせし自らを仕上げていく。シオンとの対決ではテスタロッサたち王も前線に立つ。
敵の正確な戦力が分からない以上、油断はできない。彼らは六年間で可能な限りの準備をする。
「ほう……変化魔法の才か、珍しい。これほど適性を持った者は妖精族にもそうはいない。まさか人間にこのような者がいるとはな」
「光栄ですミス・ティターニア! あなたのような美しい方に褒めていただけるなんて!」
「カザハとか言ったな。お主も面白い。肉体を巣にして虫を住ませるなど、聞いたことがない。今度じっくり調べたいものだ」
「あ、あはは。お手柔らかに〜」
Zクラスには特異な能力を持つ者が多い。
今まではそれらを手探りで自分流に鍛えていた彼らだが、ティターニアはそういった特異なことにも造詣が深かった。
彼らの持ち味を深く理解し、更に強みを活かせるよう助言をしていった。
一方肉弾戦が得意な者たちはひたすらに実戦を繰り返し、何度もボコボコにされていた。
「ヴォルフ……お前何回気を失った?」
「三十回を超えてから数えんのやめた。バーン、お前は?」
「殴られすぎて記憶飛んだ」
「分かる。俺も次気を失ったら全部忘れると思うぜ」
ようやく休憩時間になり、地面に転がって休むヴォルフとバーン。
何度も殴られ、投げられ、ボロボロになったが、着実に強くはなっていた。
「ま、俺たちもスパルタだけど、大将のあれには負けるな……」
「ああ、違えねえ」
二人はそう言って少し遠くで激しく動く人物を見る。
まるで台風でも起きているかのように激しい衝突音。そこではルイシャが桜華と剣を交えて戦っていた。
「脇が甘い。それで神に勝てると思っているのですか!」
「すみません……もう一度お願いします!」
まるで本当の殺し合いのように本気で斬り結ぶルイシャと桜華。
その戦いは三日間続き、ルイシャの剣が桜華の髪の先端をわずかに斬ることに成功したことでようやく終わる。
「ひとまずいいでしょう。他の方の修行が済んだら、またやりましょう」
「は、はい……ありがとうございました」
満身創痍の状態でお礼を言い、桜華と別れるルイシャ。
すると彼女と入れ違いで今度はリオがやって来る。
「おっ、終わったか。それじゃあ次はわしとじゃな! 本気で行くから覚悟するんじゃぞー!」
「ひぃ、少し休憩は……」
「そんなのない!」
休憩も挟まず今度はリオとの修行に身を投じるルイシャ。
そんな彼を横目に見ながら桜華が歩いていると、彼女の行く手にある人物が現れる。
「あなたは……アイリスさん、でしたね」
桜華の前に現れたのは、吸血鬼のアイリスであった。
彼女を見た桜華は表情をわずかに強張らせる。
アイリスは元勇者である桜華を憎んでいる。それは彼女が魔王テスタロッサを封印し、魔族に大きな混乱を起こしたことに起因する。
そのせいで初めて出会った時は殺意を露わにし、桜華に襲いかかった。
もしテスタロッサが止めていなければ、桜華の命を奪うまで暴れていただろう。
アイリスは桜華をまっすぐに見つめ、黙ったままであった。言いたいことが浮かんでは消えていく……そんな風に見えた。
そんな彼女を見て、桜華は先に沈黙を破る。
「アイリスさん、あなたが私を憎む気持ちはもっともです。私の犯した罪はあまりにも重い。許されることではありません。しかし……どうか今だけは、待っていただけないでしょうか。
「正直なところ……あなたのことを許す気持ちには、まだなれません」
アイリスの言葉を聞き、桜華は悲しそうに目を伏せる。
桜華が失敗したせいで魔族は魔王を失い、大きな被害を受けた。
自分のしたことが許されるものとは思っていないが、それでもこうやって面と向かって心に来るものがあった。
罵詈雑言を浴びせられる覚悟をする桜華だったが、アイリスの口から出たのは意外な言葉であった。
「今はまだ許すことはできません。しかし……許すことができるよう、努力しようと今は思っています」
「え……?」
驚き目を丸くする桜華。
まさかそんなことを言われるとは微塵も思っていなかった。
「あなたがテスタロッサ様を封印し続けたのは、故意ではありませんでした。それは確かに失敗だったのかもしれませんが、あなたは正義のために行動していました」
「しかし……それでも私は失敗してしまいました。故意であろうとなかろうと、それに変わりはありません」
「確かに結果は変わらないかもしれません。しかし故意でないのなら、これから失敗を取り返すことはできます。事実あなたは立ち上がり、再びあの神に挑もうとしてらっしゃいます」
アイリスはシオンの姿を思い出す。
それだけで鳥肌が立ち、背中が寒くなる。それほどまでにシオンは恐ろしい存在であった。
桜華はそのような存在に一度負け、完膚なきまでほどに叩きのめされた。
しかしそれでも桜華は再び立ちあがり、戦おうとしている。アイリスはそれを素直に賞賛する。
「私もかつて大きな失敗をしかけました。ルイシャ様をテスタロッサ様を封印した悪人だと決めつけ、襲ってしまったのです」
アイリスはかつて魔王の魔力をもつルイシャを敵と思い込み、牙を剥いたことがある。
その時はルイシャが撃退し、誤解を解くことができた。だが、
「一歩間違えば、ルイシャ様を手にかけてしまっていたかもしれません。その時から私とルイシャ様には力の差がありましたが、もしルイシャ様が体調を崩していたら、もしルイシャ様が大きな怪我を負っていたら……結果は変わっていたかもしれません」
想像してアイリスは震える。
自分の愛する人をその手で殺してしまい、更にテスタロッサの救出は不可能になる。あまりにも最悪の未来だ。
「誰もが大きな失敗をしてしまう可能性があります。私が失敗しなかったのは私の運んが良かったからに過ぎません。あなたは運悪く失敗してしまっただけで、私怨で動いてしまう私よりもずっと立派な人です。だから、私は……あなたを、許します」
「アイリスさん……」
アイリスの中から怒りや憎しみが消えたわけではない。割り切れない感情で心の中はいっぱいのままだ。
しかしそれでも彼女は前に進むため、許すと決めた。
魔族の中には桜華を許せない者は多いだろうが、それでも自分だけは彼女を許そうと心に決めたのだ。
かつて暴走した自分を許してくれた、愛する人のように。
「ありがとう……ございます。救われます……っ」
涙を流しながら、桜華は言う。
自分のしでかした事の責任が消える訳では無いが、それでも自分の失敗を許してくれる人が一人でもいることは、彼女の大きな救いとなった。
しばらく肩を震わせる桜華。
彼女が落ち着き面を上げたのを確認したアイリスは、口を開く。
「桜華さん。私にもあなたの稽古をつけていただけないでしょうか。私が王の方々と肩を並べられるようになるとは思っていませんが……それでも、大切な人の力になりたいんです」
「はい、よろこんで。私でよければいつでも付き合いますよ」
こうして無限牢獄の中の者たちは、いくつもの衝突や和解を繰り返し成長を続けていくのだった。





