第2話 勇者の歴史
「は、恥ずかしかった……。オーガを演じるのは久しぶりだったのですが、あのような感じで大丈夫だったでしょうか?」
「バッチリですよ! 格好良かったです!」
不安そうにする桜華に、ルイシャはテンション高くそう伝える。
ここは王城の庭。会議の間から退出したオーガ改め桜華は四人の王と共にここにやって来ていた。
ルイシャは会議の間に入りこそしなかったが、すぐ後ろで一連の出来事を見ていた。桜華の勇者らしい立ち振る舞いもバッチリその目で見ていた。
「まさに勇者そのものって感じでした! さすが桜華さんです!」
「そ、そうですか。なら良かったのですが」
桜華は漆黒の鎧、変幻自在の鎧』を解除し、指輪の形にする。右手の人差し指にはまったそれを見た桜華は、隣に来たその人物に目を向ける。
「シャルロッテ。申し訳ありませんが、この鎧はもう少し貸していただけますか? 勇者オーガの名前の力を借りるには、この鎧が必要ですので」
「も、もちろんです! それは元々桜華様の物ですから、好きなだけ使って下さい!」
シャロは緊張した様子でそう返す。彼女もルイシャと共について来ており、先ほどの出来事を見ていた。
300年前のご先祖様と出会い、シャロはかつてないほど緊張していた。いまだにどう接していいか分からず、一定の距離を取っていた。
桜華は既に彼女が自分の血を引く者であるとは知っていた。彼女自身は子どもを残していないので、おそらく妹の子孫なのだろうとあたりをつける。
(よく見れば気の強そうな目があの子によく似ていますね……ふふ、懐かしい気持ちです)
桜華の妹は既にこの世から去っている。300年の時は彼女の多くの知り合いを奪ってしまった。
無限牢獄から出られなくなり、大切な人たちにもう会えないのだと知って絶望した時もあった。
しかしその血筋は300年後も途絶えることはなかった。
その血を受け継いだ存在が、今彼女の横に立っている。桜華はそのことがとても嬉しかった。
もじもじするシャロを見て、強い愛おしさを感じた桜華は彼女の方を向き、両腕を広げる。
「シャルロッテ。少し抱かせていただけませんか?」
「え!? いや、でも……」
「嫌でしょうか?」
「そ、そんなことありません! じゃあその、失礼します……」
シャロはそう言って恥ずかしそうにしながら桜華の胸に飛び込む。
桜華はシャロを両腕で優しく抱きしめると、目をつむる。
その腕の中がとても気持ちよくて、安心できて、シャロは桜華に体を預け幸せそうな表情を浮かべる。
桜華はそんな彼女を愛おしそうに抱きしめた後、語りかけるように話しかける。
「シャルロッテ。あなたの今までの活躍は聞きました。よく頑張りましたね」
「え……」
「あなたの苦労は分かるつもりです。勇者の重荷をあなた一人に背負わせてしまって、申し訳ありません」
勇者の使命を持つ女性。
二人は互いの苦労を真に理解し合える唯一の存在であった。
「大変なことがたくさんあったでしょう。自らの責任に押し潰されそうになり、眠れない夜もあったでしょう。これからは私になんでも相談して下さい、私があなたの支えになります。安心して下さい、私はあなたの絶対的な味方ですから」
赤子をあやすように、優しくシャロの頭をなでる桜華。
その手があまりにも温かくて、シャロは涙を流しながら「はい……」と答える。
「ふふ、恥ずかしいですね」
「はは……そうですね」
名残惜しそうにしながらも、離れる二人。
過ごした時間はとても短いが、二人の間には固い絆が結ばれていた。
二人が離れたのを確認したルイシャは、桜華に尋ねる。
「桜華さん、一つお聞きしてもいいですか?」
「はい、なんでしょうか」
「桜華さんはなぜ自分が男性だと偽っていたのですか? 変幻自在の鎧を使ってまで……やはり女性だと舐められるから、でしょうか?」
桜華は変幻自在の鎧の力で自分が大男だと偽っていた。名も変え、顔も出さずひたすらに平和の為に戦う日々。
なぜそのようなことをしていたのかルイシャは気になっていた。
「簡単な話です。女の勇者が生まれることは凶兆だと言われていたからです」
「え……!?」
ルイシャは驚く。
凶兆とは悪いことが起こる前触れのこと。つまり女の勇者が生まれることは『良くないこと』だと思われていたということになる。
「その反応。どうやら今はそう言われてはいないようですね。良かったです」
「あの、なんで女性の勇者が凶兆だと言われるようになったのですか?」
「初代勇者、ユウキ・ユーデリアは知ってますね? 遠い世界からやって来たと言われている彼は、悪しき魔王を倒し、世界に平和を齎しました。世界を救った彼はユーデリア姫と結婚し、辺境の村で幸せに暮らしました」
「はい。その伝説は聞いたことがあります」
オーガほどではないが、初代勇者の伝説も有名な話であり、ルイシャは聞いたことがあった。
「そして彼の孫娘、サシャ・ユーデリアもまた、勇者の力に目覚めました。二代目勇者となった彼女は祖父と同じように正義のために戦い続けました」
二代目勇者サシャ・ユーデリアは祖父に負けず劣らずの実力を持つ、優れた剣士であった。
しかしその伝承はほとんど残っておらず、名前を知らない者も多い。その理由は桜華がこれから話すことに関係していた。
「サシャ・ユーデリアは強い人でした。しかし彼女は……失敗してしまいました。悪逆王に敗北し、その命を散らしてしまったのです」
桜華は目を伏せ、悲しげに語る。
「失敗してしまった彼女への民の反応は、冷たいものでした。失敗作、勇者の恥晒し、やはり女の勇者は駄目なんだ……心のない罵倒が、彼女に浴びせられることになりました。そういった声が大きくなり、いつしか『女の勇者は凶兆』とまでに言われるようになったのです」
そこまで語った桜華は、ルイシャの体が震えていることに気がつく。
俯く彼の顔を覗き見ると、その表情は怒りと悲しみが混ざった、複雑なものになっていた。
「そんなの……そんなのひどすぎます! サシャさんは逃げずに戦ったのに! なんで命を賭けて戦った人がそんな風に言われなくちゃいけないんですか!」
目尻に涙を浮かべ叫ぶルイシャ。
彼の真剣な言葉に桜華は驚き目を丸くした後、嬉しそうに微笑む。
「怒ってくれてありがとうございます。きっと彼女も救われることでしょう」
桜華はシャロにしたようにルイシャの頭をなでる。
ルイシャは恥ずかしそうにしながらも、それを避けたりはしなかった。
「こういった理由があり、女の勇者は忌避されていたのです。しかし三代目勇者である私は、女性として生まれてしまいました。もし民がこのことを知ったら、大いに落胆するでしょう。混乱し凶行に走る者も出るかもしれない。それを危惧した私は、自分の名を捨て、性別も偽り、男の勇者『オーガ』を演じることにしたのです」
「そんなことが……」
知られざる歴史を知り、ルイシャとその隣にいたシャロも悲しげな顔をする。
「そんなの……そんなの、悲しすぎますよ。なんで桜華さんがそんな悲しくてつらい思いをしなくちゃいけないんですか」
「私の代わりに悲しんでくれてありがとうございます。私はあなたたちが悲しんでくれただけで十分報われましたよ」
慈愛に満ちた表情を浮かべる桜華。
彼女の言葉に嘘偽りはなく、彼女は十分自分の頑張りが報われたと思っていた。
「……そういえばさっき『名を捨てた』って言いましたよね。もしかして『桜華』って名前も偽名なんですか?」
「よく分かりましたね。元の名前は故郷を出るとき捨てました。鎧を脱ぎ、女性として振る舞う時に桜華という偽りの名前を使っていたのです」
「やっぱり! 桜華って名前はシャロとかサシャさんと違う感じの名前なので、そうなんじゃないかなって思ったんですよね」
予想が当たりルイシャは嬉しそうにする。
桜華だからオーガと名乗っていたのではなく、どうやら逆だったようだ。
「じゃあ桜華さんの元の名前ってなんていうんですか? 気になります!」
「いや、それはよいではありませんか。聞いても面白くないですよ」
「私も気になります桜華さま! 教えてもらってもいいですか!?」
「シャルロッテまで!? なんでそんなに知りたがるんですか!!」
恥ずかしそうに言うことを拒否する桜華。
しかしルイシャとシャロにねだられ続け、ついに観念する。
「わ、分かりました! 言いますから離してください!」
桜華がそう言うとルイシャとシャロはつかんでいた桜華の服をパッと離す。
聞き分けがいいのか悪いのか分からない二人に、桜華は昔の名を口にする。
「私の元の名前はミ……」
「「ミ?」」
「ミ……ミーシャ、と言います。恥ずかしいですので、呼ばないでくださいね」
顔を赤らめながら言う桜華。
その様子はまるで恥じらう乙女のようで、ルイシャとシャロは胸がきゅん、となってしまう。
「ミーシャさんって言うんですね。とても可愛くてお似合いの名前だと思いますミーシャさん!」
「こ、こらルイシャ! 呼ぶなと言って……」
「私もとってもいい名前だと思いますミーシャさま!」
「シャルロッテもやめなさい!」
可愛らしい一面を見せる桜華に、ルイシャとシャロは夢中になってしまう。
「恥ずかしがることないですよ、ミーシャさん。とってもお似合いの名前だと思いますから!」
「や、やめろと言って……」
「なにをやめればいいんですか、ミーシャさん?」
「はうっ」
子どもの頃ぶりにその名前で呼ばれて、恥ずかしさがマックスになる桜華。
赤くなった顔が見えないように背を向ける桜華にルイシャはいじわるを続けたくなってしまうが、シャロがそれを止める。
「ちょっとやりすぎよルイ! ミーシャさ……桜華さまが小動物みたいに震えているじゃない。確かに可愛いけど、これ以上はだめ!」
「ごめんごめん。分かったよ」
叱られたルイシャは悪ノリをやめる。
「ごめんなさい桜華さん。もう言わないので許してください」
「……ほんとうですか?」
潤んだ目でそう聞く桜華を見て、ルイシャとシャロは嗜虐心がくすぐられてしまうが、それをグッと堪える。
「はい、本当です」
「信じてください桜華さま」
「……分かりました。信じます」
なんとか元に戻った桜華は、ルイシャたちの方を向く。
「こほんっ。とにかくそういった理由があって、私は自らの性別を隠しオーガとして生きてきたのです。しかしシャルロッテが性別を隠していないところを見るに、もう女の勇者が凶兆だとは言われなくなったようですね」
「はい。これも全部、桜華さまが活躍して下さったおかげだと思っています。そのおかげで勇者が悪く言われることもなくなり、こうして私は堂々と勇者の後継者を名乗ることができます。本当に……ありがとうございます」
そう言って頭を下げるシャロを見て、桜華は嬉しそうに微笑む。
自分の行いが悪習を一つ消すことができた。そのことは彼女の心を軽くしてくれた。
「……さて、話はこれくらいにしましょうか。神との決戦の時は近い、準備をする必要があります」
「準備、ですか?」
なにも聞かされていないルイシャとシャロは首を傾げる。
そんな彼らに桜華は告げる。
「修行です。これからあなたたちには『無限牢獄』の中で強くなっていただきます」





