第1話 会議は踊る
――――エクサドル王国、王都エクサドリア。
その中心部にそびえ立つ王城の中にある『会議の間』では、複数の人物が声を荒げ意見をぶつけ合っていた。
「法王国からの返事はまだないのか!?」
「だから創世教はもっと規制すべきだと私は昔から……」
「なにが神だ! 出鱈目に決まっている!」
「ではあの魔法はなんだ? あのような魔法、聞いたことも見たこともないと宮廷魔導士は言っていたぞ」
「とにかく兵だ! 兵を王都に集めるのだ!」
会議の間に集まっているのはエクサドル王国の宰相や大臣など、国政を司どる者たちであった。
彼らの話題は一つ。
突如人類の殲滅を宣言した『神』を自称する者への対処、だった。
このような事態が起きるなど王国有史以来初。当然それに対処するマニュアルや前例は無く、会議は荒れに荒れた。
「……よいのですか陛下。このままでは決まるものも決まりそうにないですが」
「構わん。みな混乱しているのだろう。私と同じようにな」
国王フロイ・フォン・エクサドリアは椅子に深く座り直し、後ろに控える騎士団長エッケルにそう返した。
フロイは昨日、シオンという生徒が創世教の神であり、一週間後、まずは王都を陥落させその後に大陸に住む命を殲滅すると宣言したとルイシャから聞いていた。
しかしそのことを大臣たちに伝えるより早く、シオンは動いた。
彼は夜空に輝く『月』に自分の姿を投影した。そしてなんらかの魔法を使い大陸全土に声を届けて自らの計画を明かし、宣戦布告したのだ。
大陸に住む命を皆殺しにするなど、到底信じられるものではない。
しかし大陸全土にメッセージを送るという神業。そして創世教の神を名乗り、創世教がそれに異を唱えていないことから、このシオンという人物は本当に『神』なのではないかと噂が広がっていた。
大陸各地に散らばっていた信徒は創世教の総本山『法王国アルテミシア』に集い、神の啓示を待っているとの情報も入っている。
優秀な統治者であるフロイもこの状況で的確な判断を下すことは難しく、頭を悩ませていた。
この状況を打破するなにかはないか。
フロイはそう心の中で祈る。
「相手が本当に神なのであれば、抵抗するのは無意味なのではないか?」
「お主本気で言っているのか!? 相手は無差別に民を殺そうとしているのだぞ!?」
「分かっている! しかしこのまま黙って殺されるよりはマシではないかと言っているのだ!」
会議は荒れ、ついに創世教側についた方がいいのではないかという者まで現れる。
このままではまずい。フロイが流れを修正しようと声を上げようとすると、突然会議の間の扉が勢いよく開かれる。
「誰だ!? 会議中だぞ!! 部外者の立ち入りは禁じられて……」
突然の乱入者を止めようとする大臣。しかし入ってきた者の姿を見て動きが止まる。
なぜならその者のことを、大臣は見たことがあったからだ。いや、大臣だけでなくこの国に住む者なら、誰しも彼のことを一度は目にしたことがある。
「あなたは……っ」
「突然の訪問、申し訳ない。火急の用ゆえ失礼する」
そう言って入ってきたのは漆黒の全身鎧に身を包んだ、巨躯の人物。
誰が見間違うであろう、その人物は絵本やお伽話に登場する伝説の勇者『オーガ』であった。
「本物、なのか……!?」
国王フロイは椅子から立ち上がり、目の前のオーガを凝視する。
オーガが生きているかもしれないという報告は、以前ルイシャから聞いたことがあった。しかしこうして目の前に現れると動揺を隠すことはできない。
「エッケル、あの者は本当に……」
フロイは後ろに控える騎士のエッケルに視線を動かす。
するとエッケルはオーガを見て驚愕の表情を浮かべていた。その額には汗が浮かび、緊張を隠すことができていない。
「な、なんという圧……これほどの強さの戦士、私は見たことがありません……! これが本物の伝説の勇者……!!」
エッケルの反応を見たフロイは、ひとまず目の前の人物が伝説の勇者であると仮定して動くことにする。
フロイが再びオーガに視線を向けると、オーガもまたフロイのことを見て口を開く。
「現国王、フロイ陛下ですね。初めまして、私は三代目勇者オーガ・ユーデリアです。長いお暇をいただき、申し訳ございません」
勇者は慣れた所作でその場に膝をつく。
その威厳ある佇まいは勇者そのもの。まるで物語の中から出てきたようであった。
「あ、ああ……私の方こそ会えて嬉しいぞ、勇者オーガ。そなたに聞きたいことはたくさんあるが、なぜ今まで消えていたそなたが今になって急に現れたのだ?」
「神を名乗る虐殺者、シオンのせいでございます陛下。私はこの300年前に奴と交戦し、そしてその結果この世界から消えていたのです。しかし今、とある者のおかげでこうしてこの世界に帰ることができたのです」
「なるほど……そういうことだったのか」
「はい。私は今度こそシオンを討ち、この世界に平和を齎せて見せます。私は一度奴に不覚を取りましたが、今度はそうはいきません。なぜなら今の私には……力強い仲間がいるのですから」
オーガがそう言うと、四人の人物が会議の間に入ってくる。
その全員が美しい女性であり、ただ者ではない雰囲気を纏っていた。
「魔王テスタロッサ、竜王リオ、鬼王サクヤ、そして妖精王ティターニア。彼女たち最強の王も私と同じくシオンを討つ意志があります。確かに敵は強大です、普通に戦っても勝ち目は薄いでしょう。しかし私と彼女たちが力を合わせれば、勝てない者などいません」
ざわ、と会議の間がどよめく。
さっきまでの暗い雰囲気は消え失せ、大臣たちの顔に明るさが戻る。
更に追い討ちをかけるようにテスタロッサたちが言葉を続ける。
「既に魔族に救援要請を出しています。私が声をかければ魔族の兵がすぐに集まると思います」
「竜族も同様じゃ。わしらがいる限り敵に空を奪われることはない」
「あー……鬼族も来る、多分。あちこちほっつき歩いている奴らだが、多分捕まるはずだ」
「エルフと妖精も力を貸してくれるはずです。気ままな子たちではありますが、王の命は絶対ですから。きっとよき働きをしてくれるでしょう」
彼女たちの発言に嘘偽りはなく、既にそれぞれの種族に連絡が飛んでいた。
猶予は一週間ほどしかないが、ギリギリ間に合う予定であった。
「凄い……魔族と竜族が力を貸してくれるなんて信じられない! 考えうる限り最強の戦力だ!」
「勝てる、勝てるぞこの戦い!」
「魔王テスタロッサ……まさか彼女まで生きているなんて……美しい……」
大臣たちは歓喜の声を上げる。
少し前までの暗いムードは完全に消え失せている。
「陛下。我々は必ず敵の首魁たるシオンを討ちます。ですのでどうか陛下の力もお貸し願いたい」
「当然だ。私はなにをすればいい」
フロイは身を乗り出し尋ねる。
他の大臣たちも誰も口を挟まず、二人のやり取りを見守る。
今ここが歴史の動く場所だと誰もが認識していた。その邪魔をできる者などいない。
「大陸の各国にご連絡を。各国も創世教の宣言に混乱しているはず。恐怖に駆られ、創世教に従ってしまう国も出てきてしまうかもしれません。しかし我々が仲間であることを知れば、そのようなことは起きないはず。共に力を合わせ、この大陸に住む全員の敵であるシオンを討つのです」
「……分かった。急ぎ行動しよう。創世教の総本山である法王国は拒否するだろうが、他の国は賛同してくれるはず。いや、させてみせる」
「ありがとうございます、陛下。それでは私も独自に動かせていただきます。なにかご用がありましたらご子息のユーリ殿下に伝えていただければ繋がります」
オーガはそう言ってもう一度頭を下げると、踵を返し会議の間から去っていく。
その後を追い、四人の王たちも去っていく。
いまだ興奮冷めやらぬ大臣たちは、彼女たちが消えるまでその背中を目で追うのだった。





