第9話 再び勇気は灯る
「――――これが300年前にあったことの全てです」
全てを話し終えた桜華は、最後にそう言った。
神との邂逅と、敗北。そして無限牢獄を元の世界から隔絶させた理由と、テスタロッサやリオを封印しそのままにした理由。全てがルイシャたちに話された。
その驚きの理由に呆然とするルイシャたち。
彼らの言葉を待たず、桜華は口を開く。
「……すみません。このような情けない話をして。私は失敗し、あなたたちにその負債を背負わせてしまいました。魔王と竜王、鬼王にティターニアにも償い切れぬことをしてしまいました。私を恨んでいることでしょう。本当に……すみませんでした」
桜華は深く土下座をする。
しばらくそうして面を上げると、彼女は長刀を自らの前に置く。
「私の犯した罪を、私の命で償えるとは思っていません。しかし私は命くらいしか持ち合わせていません。どうか、私の命で許してもらえないでしょうか。気の済むまでいたぶってくれて構いません。死ぬなと言うのなら、死なないように耐えます。あなたたちの気が済むまで私を切り刻んでください」
桜華はまっすぐにそう言い放つ。
その言葉に迷いはない。本当に彼女は自らの身を捧げ、罪を償おうとしているようだった。
それを見たテスタロッサは呆れたように「……はあ」とため息をつく。
そして桜華に文句を言おうとすると、それより早く竜王のリオが桜華に近づく。
ペタペタと桜華の前まで歩いたリオは、不機嫌そうな顔で膝をついている桜華を見る。
「竜王、あなたは私を裁く権利があります。どうぞ気の済むまで私を……」
「うるさい少し黙れっ!!」
リオはそう叫ぶと、桜華の頬をパァン!! と平手打ちする。
突然ビンタされた桜華は驚き目を丸くし、じんじんと痛む頬を押さえる。
「い、いったいなにを……?」
「なーにが『気が済むまで切り刻んでくれて構いません』……じゃ!! そんな気色悪いことするか! 陰気臭いじゃお主は!」
「い、いんき……?」
リオに至近距離で怒鳴られ、涙目で困惑する桜華。
いったいなんの理由で怒られているのか、全く理解できなかった。
「いったいなにを言い出すかと思えば暗下らないことをぐちぐちと! ほんとにお主は勇者か!? わしらがお主にそんなことをしたいと思っていると、本当に思うとるのか!」
「で、でも、私に怒りを抱いているのじゃ……」
「そりゃ怒っとるに決まっとろうが! あんななんもないとこに何万年も閉じこめおってクソ勇者が!!!!」
「い、いふぁい!」
桜華は口の両端をリオにつかまれ、ぐいっと外側に引っ張られる。
涙目になる桜華の頬をそのままぐにぐにと動かした後、リオはバチッと手を離す。
ヒリヒリする口元をさする桜華。
彼女はまだ困惑したままで、リオの思っていることが分かっていなかった。
それを察したリオは、彼女に言い聞かせるように話し始める。
「よいか! 確かにお主のしたことはそう簡単に許されることではない! わしやテスタロッサがいなくなったことで、多くの者が迷惑を被ったのは言うまでもない。お主はその償いをするべきじゃ」
「……分かってます。だからこそ私は命を」
「そうじゃない! 誰がお主の命なんかいるか!」
リオがそう怒鳴ると、桜華はビシッと背筋を正す。
小さいリオが大人の桜華を叱りつける様子を見て、ルイシャは少し面白くなる。
「お主が死んだところで、失ったものはなにも戻っては来ぬ。わしらの溜飲だって少しも下がらん。よいか? 命ではなく、行動で償え。お主はこれからお主の行動で失ったもの以上のものを救うのじゃ。なにも救わず、死んで楽になろうなどわしが許さん」
そう語るリオの目は真剣そのものだった。
彼女の言葉に桜華は真剣に耳を傾ける。
「確かにお主は失敗したのかもしれん。失ったものもでかいかもしれん。だが……まだ生きておる。まだ、やりなおせる。これから失われるかもしれん命を、救うことはできる」
そう言ってリオは振り返り、ルイシャを見る。
「のうルイ! これからこやつの言う神とやらに挑むのじゃろう?」
「う、うん!」
「勝てると思うか!?」
「えっと、シオンさんは強いし、大変な戦いになると思う。でも……勝つよ。勝たなきゃ全部失うんだから」
真剣な表情で答えるルイシャ。
それを見たリオは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ルイももう覚悟は決まってる。ふふ、いい雄じゃろう。わしが鍛えたんじゃ」
リオは得意げに胸を張る。
「あえてこう呼ぶ。勇者オーガ、わしらは神を自称する阿呆に喧嘩を売りに行く。お主はどうする? ここでいつまでもウジウジといじけるか? 本当に死にたい気持ちしか残ってないなら、ぽっくり殺してやろう。細胞一つ残らずな」
リオは口からボフッ、と小さな炎を出して見せる。
「じゃが……お主が本当に自らの過ちを償いたいと思っているのであれば、力を貸せ。なんせ今回の喧嘩の相手は神じゃからの。手は一つでも多い方がよい。さあ、どうする?」
リオは桜華に問いかける。
それを聞いた桜華は黙ったまま俯き、動かなくなる。
いったいなにを考えているのか。リオは首を傾げる。
「どうした。なにを悩んどる」
「……私は、本当にあなたたちと肩を並べて戦ってよいのでしょうか」
桜華は絞り出すように喋り出す。
「私も、できることなら戦いたい。正義のために命を賭して戦いたい。しかし、今の私にはその資格すらないと思うのです」
暗い表情でそう答える桜華。
リオは「まだそんなことをぐちぐちと……」と呆れ、なんと声をかけるか悩む。
すると今まで見守っていたテスタロッサがスタスタと近づいてくる。
「桜華さん。少しお尻を上げて?」
「え……?」
「いいから」
突然意味の分からないことを言われた桜華は、正座したまま正面に手を置くと、お尻を少し浮かす。
するとテスタロッサは右手を振り上げ、綺麗にスイングして桜華のお尻をパチンッ! と叩く。
「ひぃうっ!?!!???」
お尻を叩かれぴょん! とその場から跳び上がる桜華。
ひりひりと痛むお尻を両手で押さえ、困惑しながらテスタロッサを見る。
「どうしてお尻を……?」
「ふふ♪ 少しは頭は冷えた?」
「え?」
「あなたは少し真面目に考え過ぎ。戦う資格があるかどうか? そんなのどうだっていいじゃない」
「いや、どうでもよくは……」
「まあ確かにどうでもいいは言い過ぎたかもしれないわね。でももっと大事なことがあるでしょう?」
「大事な……こと?」
「ええ」
テスタロッサはそう言ってルイシャの方を見る。
「ルイくん。この先の戦いは非常につらく苦しいものになると思うわ。私たちが力を合わせても勝てる確証はない。でも……もし勇者が力を貸してくれるって聞いたら、心強いと思わない?」
それを聞いてルイシャは一瞬ぽかんとするが、すぐにその言葉の意味に気づく。
「うん、とても心強い。だって僕はちっちゃい頃からずっと勇者に憧れてきたから」
勇者オーガはルイシャだけでなく、少年全員の憧れの存在だ。
ルイシャがオーガのごっこ遊びをしたのは一度や二度ではない。
「だから……助けてほしい! 僕の憧れていた、あの強くて優しい勇者に!」
ルイシャの言葉に満足そうに頷くテスタロッサ。
彼女が再び桜華の方に目を向けると、彼女は立ったまま俯き肩を震わせていた。テスタロッサはそんな彼女に優しく問いかける。
「あなたの伝説は、300年経っても色褪せてない。あなたのことを尊敬する子どもがたくさんいるの。彼らは勇者の帰還を待ち望んでいる。それに応えてあげないの?」
「本当に……いいのでしょうか……。私が再び……剣を取っても……っ」
「当たり前じゃない。それが勇者の仕事でしょ?」
テスタロッサはそう言って桜華の肩に手を置く。
「罰を受けたいのなら受けなさい。でもそれは全てが終わってからでもできること。あなたの中に勇者の心がわずかでも残っているのなら……戦うべきよ」
テスタロッサの中に桜華を憎む気持ちがないかと言えば、嘘になる。
無限牢獄の中で過ごした時間は、苦しい時間の方が多い。何度勇者を殺したいと思ったか覚えていない。
しかし絶望の底にある勇者を助けてあげたいという気持ちがあるのも事実であった。
恨みを晴らすのは、彼女を救ってからでもいい。
「全部が終わったらあなたの贖罪に付き合ってあげるから。ね、リオ?」
「む? ああ、うむ。しょーがないな、よう分からんがわしも手伝ってやる!」
理解しないまま胸を張るリオを見て、テスタロッサはくすくす笑う。
外の時間で300年。中の時間で約10万年も無限牢獄で過ごしたのに楽しそうにする二人を見て桜華は驚く。
「ねえ桜華さん。確かに無限牢獄に閉じ込められたのはつらかったわ。何度も絶望した。でも……いいこともあった。そのおかげで私はルイくんとリオに会えたんだもの」
「うむ、確かにそうじゃな。おかげでわしは番になるべき相手と、生涯の友を作ることができた」
「あら、私のことをそんな風に言ってくれるの? うれし♪」
「うっさいちゃかすな!」
楽しそうにじゃれ合うテスタロッサとリオ。
二人がこうなるまでには多くの障害があっただろう。しかしそれでも二人はそれを乗り越え友になれた。自分のしたことは、全て悪い方向に行ったのではないのだと、桜華は気づくことができた。
桜華が涙を流していると、彼女のもとにルイシャが近づく。
彼は桜華をまっすぐ見つめ、話しかける。
「桜華さん。僕も無限牢獄の中に入って大変な目に遭いました。変な空間から出られなくなるし、たくさん修行することになるし、勇者の封印を解くなんて大役を任せられるし……大変でした」
そこまで喋ったルイシャは最後に「でも」と付け足す。
「もし無限牢獄に落ちなかった未来を選べたとしても、僕は今の未来を選びます」
「え……?」
ルイシャの予想だにしてなかった言葉に、桜華は驚く。
「大変だったのは本当です。何度も痛い目にも遭いました。でも僕は……楽しかった。まるで物語の主人公になれたみたいなたくさんの冒険の数々、楽しくないわけがありません。それに大切な人もたくさんできました。テス姉にリオ、シャロにアイリス。ヴォルフにクラスのみんな、他にもたくさんの仲間や友人ができました。みんなのいない人生なんて考えられません」
無限牢獄に入ってルイシャは普通の人生を失った。
しかしその代わり、普通の人生を送っていたら得られなかったものを、たくさん手に入れた。
「だから……ありがとうございます。あなたのおかげで僕は大切なものを得ることができました」
ルイシャはそう言って頭を下げる。
まさか自分のやったことで感謝されると思っていなかった桜華は驚き……そして、安堵した。
自分のしたことは間違いだったことは確かだ。しかしそれで救われ、感謝してくれる人がいる。
その事実は彼女を絶望の底から救い上げるほどの衝撃であった。
その場にへたり込み、涙を流す桜華。
ルイシャはそんな彼女に、手を差し出す。
「桜華さん。力を貸して下さい。僕たちにはまだ、あなたの力が必要なんです」
桜華は伸ばされた手を眩しそうに眺めた後、その手を両手で強く握る。手をつかみ、立ち上がった彼女の目にもう迷いはなかった。
「ああ……任せてくれ。もう私は間違わない。最後まで君たちの力になろう」
こうして最後の仲間が加わったルイシャたちは、最後の戦いに臨むのだった。





