第6話 勇者オーガ
「そん、な。本当に……」
シャロは驚き言葉を失う。
彼女は幼少期から勇者オーガに憧れ、鍛錬を続けてきた。ずっと憧れてきた存在が目の前にいる喜びはある。
しかし同時にオーガは愛する人を苦しめた人物でもある。なんの理由か王を何人も幽閉し、事故とはいえルイシャも閉じ込めた。
さらに性別が女だったという困惑も合わさり、彼女の頭はぐちゃぐちゃになった。自分がどういう感情か分からなくなる。
他の者たちも大なり小なり混乱し、どうしたらいいのかと状況を見守る。
そんな中、アイリスだけは殺気を露わにし、桜華に襲いかかろうとする。
「貴様……よくもおめおめと……ッ!!」
牙を剥き、怒りのままに桜華に迫るアイリス。
オーガがテスタロッサを無限牢獄に幽閉したせいで、魔王国は傾き多くの犠牲が出た。幼き頃からその歴史を聞かされて育ったアイリスは、その犯人に強い怒りを抱いていた。
「貴様だけは……許さない!」
怒りのままに桜華を攻撃しようとするアイリス。爪先に魔力を込め、その体を引き裂かんと腕を振るおうとする。
そんな彼女を止めたのは、意外な人物だった。
「やめなさい。アイリス」
なんとアイリスを止めたのは、魔王のテスタロッサであった。
彼女はアイリスの右腕をパシッとつかみ、止めていた。アイリスは思い切り腕を振るっていたにもかかわらず、その腕はピクリとも動かなくなっていた。
吸血鬼の剛力をいともたやすく止めるその力に、アイリスは絶句する。
魔法を使用せずにこの力。いったいどれほどの強さなのか底が知れなかった。
「テスタロッサ様。なぜ……っ」
「怒る気持ちは分かるわ。でも今は抑えなさい」
「……分かりました」
テスタロッサに諭され、アイリスは腕を下ろす。
途方もない期間幽閉されていたテスタロッサの方が、恨みは大きいはず。彼女が「抑えろ」と言うのなら従う他なかった。
アイリスが殺意を鎮めるのを確認したテスタロッサは、再び桜華に視線を戻す。
すると桜華はその場に膝をつき、頭を下げていた。
綺麗に土下座の姿勢をしながら、桜華は口を開く。
「あなたたちが怒るのはもっともです。このような事態を招いたのは、全て勇者である私の責任です。私を殺すことでその怒りが少しでも鎮まるのであれば……喜んでこの命を差し出します」
桜華はそう言って面を上げる。
その顔に恐れや迷いは一切無く、覚悟だけがあった。
彼女はずっと前から命によって償う覚悟を決めていた。
しかしその覚悟は、テスタロッサの神経を逆なでした。
「ふふ、私が『はいそうですか』と言うと思った? 馬鹿にしないでちょうだい。感情に任せて相手の命を奪う者に王は務まらないわ。まあ確かに封印された最初の百年くらいはどう復讐するかばかり考えていたけど」
にこやかに笑いながら語るテスタロッサ。
果たしてどこまでが冗談なのか。ルイシャも量りかねていた。
「全部話して。いったい300年前になにがあったのか、なぜ私たちは封印され、そして出してもらえなかったのか。あなたの処遇を決めるのはそれを聞いてからでも遅くないわ」
「……分かりました。全てお話します。あの時なにがあったのかを」
桜華は正座を維持しながら、ゆっくりと自らの過去を語り始める。
ルイシャたちは一言も聞き逃さないよう、彼女の言葉に耳を傾ける。
「今からおよそ300年前。私は仲間のエキドナが未来視により世界の危機を視たと知らされました。『数百年後、恐ろしい存在がこの地の人間を滅ぼす』のだと。それを聞いた私は、世界を救うため奔走しました。まずはその要素となる、魔王と竜王……あなた方に会いに行きました」
桜華はテスタロッサとリオを交互に見る。
「――――最初は力を貸してほしいとお願いしようと思ってました。しかしあの時の私は焦っていました。失敗できない、失敗すれば世界が滅びてしまう。その焦りにより判断を誤りました。私は対話から逃げ、あなた方を『幽閉』し、手元に置くことを優先してしまいました」
「……そうだったのね」
テスタロッサは聞きながらその時のことを思い返す。
思えばオーガが現れた時、オーガはなにかを言いたげであった。テスタロッサは警戒しながらもその言葉を待ったが、その時に魔族の兵がやって来てしまったせいでオーガは焦り衝動的に無限牢獄を発動してしまった。
そしてテスタロッサを幽閉したオーガは、逃げるようにしてその場を去ってしまった。
だからといってやったことが許される訳ではないが……それでも相手にも事情があったのだとテスタロッサは思った。
「それで? 私やリオを封印することになった流れは分かったけど、その後はどうなったの? 私はその後に話し合いの場を設けてもらった覚えはないのだけれど」
「今となっては信じてもらえるとは思っていませんが……私は本当にお話しするつもりでした。ですが、あなた方を無限牢獄から解放しようと思っていた矢先、不測の事態が起きたのです」
「不測の事態?」
ルイシャは首を傾げる。
勇者オーガは最強の戦士。そんな彼女を脅かすことのできる存在なんているんだろうか。
ルイシャがそう思っていると、桜華は彼らが予想だにしていなかったことを話し出す。
「私は偶然、創世教のアジトを見つけたのです。私はアジトに隠れて潜入し、悪事を働いていないか調査をしました。しかし、その時見つかってしまったのです」
桜華の体が細かく震え、その顔は青ざめていく。
300年経った今でも、彼女はその時の恐怖を忘れられずにいた。
「あれは自らを『神』と名乗りました。あれと出会ったことで、全ての歯車は狂ってしまったのです」





