第7話 オーガの過去(上)
――――300年前、王都郊外。
森に囲まれた、人通りのない屋敷。
森の中を歩く怪しげな人を見つけ、後を追った勇者オーガはこの屋敷にやって来ていた。
普段ならば森を歩く人ひとりくらい、見逃したかもしれない。しかし今日この日に限っては嫌な予感がした。
その勘に従い、彼女はここやって来てしまっていた。
「いったいここでなにを……?」
オーガは音を立てないように壁を登ると、二階の窓から中を覗き見る。
屋敷の中には創世教の信徒らしき人間が十名ほどおり、ある人物に向かって祈りを捧げていた。
「……あれは誰? 見たことない人だけど……」
オーガは目を凝らし、祈りを捧げられている人物を確認する。
その人物は若い青年だった。
歳は10代後半くらいであろうか。椅子に座りリラックスした様子で信徒たちに話しかけている。
「ご……ろう。それ……に……てね。しんぱ……ひ……ちか……のだから」
「なんだ? なにを喋っている?」
オーガは話の内容を聞き取ろうと体を乗り出す。
せめて唇の動きだけでも見れれば……と思っていると、唐突に青年の顔が“ぐりん”とこちらを向く。
「――――っっ!!!!」
青年と目が合い、弾かれたように後ろに跳ぶオーガ。
彼女は当然、警戒を怠っていなかった。気配も魔力も消し、見つからないように注意を払っていた。
しかし、彼女は見つかってしまった。謎の力により青年はオーガのことを察知してしまった。
(なんだこの悪寒は……あいつは何者だ……っ!!)
全身に鳥肌が立ち、体温が急速に下がる感覚。
今まで何人もの極悪人と対峙してきたオーガであったが、こんな感覚に陥ったのは初めての経験だった。
初めて相手の底が知れないと、初めて戦いたくないとまで思ってしまった。
オーガは屋敷に背を向けると、全速力で駆け出す。
弾丸のような速度で森の中を駆けるオーガ。逃げることに微塵の躊躇もなかった、ただ今はこの場を切り抜けられればなんでもいいと彼女は思っていた。
しかしその願いすら、無情にも砕かれることになる。
「勝手に上がってきて逃げるなんて、つれないじゃないか」
突然右耳のすぐ側から声がして、オーガはそちらを見る。
そこにはなんと先ほどの青年が上下逆さまに立っていた。
青年はリラックスした表情を浮かべており、まるで散歩でもしているかのようであった。
彼は上下逆さまのまま、右手の人差し指と親指を立てて銃のようにするとその銃口をオーガに向ける。
「バン」
次の瞬間、オーガの体が物凄い勢いで弾け、木を何本も薙ぎ倒しながら吹き飛ぶ。
まるで大砲の砲撃を至近距離で食らった衝撃。強靭な体を持つオーガも一瞬気を失いそうになってしまう。
「ぐ、う……っ」
「凄いね、あれを食らったすぐ立ち上がるなんて。さすが伝説の勇者サマだ」
青年はゆっくりと、なんとか立ち上がったオーガのもとにやって来る。
上下逆さまではなくなってはいるが、その体は依然宙に浮いている。魔法を使っている気配はない、どういう原理かオーガは気になったが、それを考える余裕はない。
一旦そのことは忘れ、彼女は今この場をどうやって切り抜けるかだけに思考のリソースを割く。
「貴様は……何者だ……」
「僕? 僕は『神様』だよ。この世界を創り出した創世神、それが僕。今日は創世教の幹部連中と話し合いをする日だったんだけど、まさかそこに君が来るなんてね。見たところ君が来たのはたまたまみたいだね、運がいいのか悪いのか」
神を名乗った青年は楽しそうに笑う。
このアクシデントを心の底から楽しんでいるようだった。
「貴様が神だと……? 簡単に信じられる話ではないな」
「別に信じてもらわなくてもいいよ。どっちにしろ君にはここで死んでもらうつもりだからさ」
青年が指をパチっと鳴らすと、彼の周りに無数の光の剣が出現する。
その数はゆうに百を超えている。光の剣はその一つ一つが莫大な力を有しており、人ひとりくらい簡単に蒸発させることが可能であった。
「勇者の存在は見逃すつもりだったんだ。君がいることで鬱陶しい連中が静かになるからね。……でも僕のことを知ったからには放っておくことはできない。悪いけど死んでもらうよ」
光の剣が、オーガに降り注ぐ。
圧倒的な破壊の嵐。しかし彼女は怯むことなく大剣を手に取ると、それらを正面から叩き落としていく。
(なんて激しく、そして恐ろしい力……こいつを野放しにはできない……!)
オーガは持てる力を全て使い、神と斬り結んだ。
純粋な破壊力であれば神が上回っている。しかし彼女は経験と技術を駆使し圧倒的な力を相手に上手く立ち回っていた。
「はははっ! 凄いね。これほどとは思ってなかったよ。君みたいな楽しい人が僕の仲間になってくれると嬉しいんだけどね」
「断る。貴様はここで、私が倒す――――っ!!」
オーガは光の剣の間を縫うように移動すると、跳躍し宙に浮く神に斬りかかる。
「桜花勇心流、桜花一閃!」
鋭い剣閃が走り、神の胴体を袈裟斬りにする。
手に伝わる確かな手応え。しかしオーガの渾身の一撃は神の衣服を切っただけで、その体に傷をつけることはできなかった。
神は切られた箇所を手で押さえるが、ダメージはあまり無さそうだ。
「くっ! なんという硬さ……!」
敵の想像以上の硬さに驚くオーガ。
しかしオーガと相対している神もまた、心の中で驚いていた。
(この僕が痛みを感じるなんて何百、いや何千年ぶりだ……? こいつは危険だ。ここで殺しておかなければならない)
神の顔から、笑みが消える。
纏うオーラも禍々しいものとなり、周囲の空気がピリピリと震え始める。
「……どうやら本気になってくれたみたいだな」
「本気? 笑わせないでよ。これはほんの戯れに過ぎない。君ひとり消すくらい、僕には造作もないことなんだから!」
輝きを増した光の剣が、オーガに襲いかかる。
オーガはその巨体に見合わぬ速さで駆け抜け、次々と飛来する剣を回避する。
その動きにはまだ余裕が見えたが、このまま勝負が長引けば自分が不利であることを彼女は理解していた。
(私は動き続ければ疲弊するが、神はあれだけの力を使っても疲れた様子がない。このままでは負けるのは確実。一気に勝負を決める……!)
オーガは手にした大剣を両手で握ると、神めがけて突進する。
神は急いで光の剣を大量に降らせるが、彼女の速さに追いつくことはできず、全て地面に突き刺さる。
最高速に達したオーガは地面を蹴ると、宙に浮く神めがけて大剣を突き出す。
「桜花勇心流……桜花一輪挿し!」
オーガの剛腕から凄まじい速度で放たれる『突き』。
巨大な竜ですら一撃で貫通させてしまうほどの威力を誇るその技。当たればいくら神であろうともただでは済まない。そう思われたが、
「ふふっ、こんな技で倒せると思った?」
なんと神は片手で突き出された剣をつかんでいた。
そしてそのまま力を込めると、オーガの剣をパリン! と砕いてしまう。
バラバラの破片となり、落下していくオーガの大剣。この剣は今まで幾度の戦いを共にしたものであり、勇者オーガにとって相棒とも言える存在であった。
――――この剣さえ砕けば、オーガの心を折ることができる。
神はそう考えていたが、その考えは甘かった。
油断したことで生じた神の『隙』を、彼女は見逃さなかった。
(ここで決める……!)
オーガは腕だけを無限牢獄の中に入れ、その中に収納していた二振りの剣を取り出す。
右手でつかんだのは初代勇者が愛用した桃色の剣『フラウ=ケラソス』。
左手でつかんだのは二代目勇者が操った長刀『正宗』。
オーガは二本の剣を自分の正面で交差させ、神に迫る。
「これで終わりだ!」
「な……来るなァ!」
神は身を守る物を創造しようとするが、それより早くオーガは動く。
交差させた両腕を体の外側に振り、神の首に渾身の一撃を放つ。
「桜花勇心流、桜花十字斬り!!」
時空がねじ曲がるほどの威力を持つ斬撃が神に命中し、その体は吹き飛び、地面に叩きつけられる。今の一撃でかなりの体力を消耗したオーガもまた、その後を追うように落下し、着地する。
「はあ、はあ……」
肩で息をするオーガ。
先代と先々代の勇者の剣を実戦で使うことになったのは、初めての経験であった。
相手はそれほどの脅威であり、手を抜くことなどできなかった。
「大丈夫だと思うが、一応生死の確認をするか……」
オーガは注意を払いながら神が落下した地点に近づく。
すると落下したすぐそばに、丸いものが転がっていることに気がつく。
それに近づき観察すると、その丸いものは神を名乗った青年の『頭部』であることに気がつく。どうやら先の一撃は神の首を両断したようだ。
「……厳しい戦いだった。勝てたのは幸運だった」
オーガはそう呟き、張っていた気を少し緩める。
するとその瞬間、オーガの漆黒の鎧に光の剣が突き刺さる。
「な――――っ!?」
突然のことにその場に膝をつくオーガ。
すると頭部がなくなった神の体がやって来て、転がっていた頭部をひょいと拾う。そして自分の首に頭部を置くと、切断面が接着され元に戻ってしまう。
目を開き、余裕のある笑みを浮かべる神。それを見たオーガは驚愕し言葉を失う。
「ば、かな……」
「ふふ、驚いたよ。まさか首をはねられるなんてね。僕が神じゃなかったら死んでいたよ」





