決戦・6
―あとどれぐらいだ!?
―もう10メートルぐらいです!
―ったくよぉ、なんだって余計な体力を使わにゃならねんだ?
―ごちゃごちゃ言わない!
闇の巨人が、刀剣を横なぎに振るった。
地面すれすれのその一撃は、そこいらじゅうに生えた岩の突起―避雷針―を切り飛ばしながら、音速を越える速度で突き進む。
「どぉぉぉぉりゃぁぁぁっ!!」
裂帛の気合とともに、ふわりと一つの影が舞った。この戦場には全くそぐわない、白黒のひらひらとしたメイド服を着込んだ、可憐な女性。タムの身体に乗り移ったジーグだ。身の丈を越える大剣を握りつつ、恐るべき斬撃を真正面から受け止める。
どっぎゃあああああぁぁぁぁんっ!!
身も凍るような轟音とともに、サイズの大きく異なる2つの剣が激突した。ジーグが踏みしめる地面に無数の亀裂が走り、そこに華奢な足がめり込んでいく。
「い、今じゃぁ!」
「合点っ!」
「……承知っ!」
ジーグの合図とともに、セーミとトリーが突撃をしかけた。避雷針の間を縫うように走り回りながら、動きを止めた巨人の、その足元へと迫る。そして、それぞれの手にある杖や刺突剣を、真っ黒な脚のくるぶしあたりに叩きつけた。
ぼがんっ
ざしゅっ
足首を抉られ、または穿たれて、天を突く程の巨体がほんのわずかに揺らいだ。だが、所詮はほんのわずかだ。見る間に傷を再生させると、闇の巨人はまたもや上空の女神たちと、そして地上のジーグを狙う。
「ちっくしょうめ! なんつー出鱈目なヤツじゃ!?」
次から次へと襲い来る刀剣を弾き飛ばしながら、ジーグが叫んだ。彼の参戦により、劣勢に回りつつあったチィたちはどうにか持ち直すことができたが、状況は依然として芳しくない。何せこの化け物は、チィやジーグたち以外の団員たちを、ことごとく無視していたからだ。
「んもぅ! これじゃあ埒が明きませんわよ!」
「……うむむ……腹立つ……」
「私たちでは、相手にならないということなのですか!?」
スィスからの指令により、ジーグと共に攻撃に加わったタムたちだったが、彼女らがどれだけ懸命に“貪食”の脛だの足の指だのに武器を突き立てても、この化け物はいっさいの反応を示さない。まるで、虫けらになどまったく興味がない、と言わんばかりの傲慢な態度だ。
だがそれも、当然と言えよう。なにせこの世界を喰らう化け物に対抗できるのは、団員ナンバー1のチィや、それと同等の力を有する存在しかありえない。
それ故にこの“貪食”は、『同位体1号』と呼ばれるのだ。
『そのままでいい。続けろ』
「スィス様!? しかし……」
『貴様たちができる、精一杯をぶつけろ。できるだけ派手に、できるだけ多くの手数でだ』
「……んな……無茶な……」
スィスからの通信に、トリーが唸り声を上げた。常人を遥かに凌ぐ身体能力をもつトリーやセーミであるが、その攻撃手段は“貪食”に対してほとんど意味をなさない。ごく小さな傷を与えるばかりで、すぐに元通りになってしまうからだ。
無論、それはタムたちも同じだ。トリーたちの後ろから援護射撃をしたり、接近して切り付けてやったりもするのだが、弾力性のある外皮にすべてを弾き飛ばされてしまう。はっきり言って、一番役に立っていない。
『どんな手段でも構わん。ヤツの気を引け。かき乱せ。時間を稼ぐのだ』
「……つっても……急所もないし……」
「んもぅ! こうなったらいっそ、裸踊りでもするべきかしら!?」
『好きにしろ。貴様の自由判断だ』
「んがっ」
『もう間もなく、ピャーチたちが配置につく。それまでは、どうにか持ちこたえるのだ』
スィスからの通信が切られる。その折、頭上に影が差した。巨人が、大きく足を持ち上げたのだ。
「危険ですっ、退避を!」
「わひゃぁぁぁぁっ!?」
「……やべっ」
ほとんど転げるようにして、巨人から距離を取るように逃げ出すタムたち。そんな中ジーグは、逆に巨人に向かって走り出した。
「ジーグ様っ!?」
「振り向くなぁっ、走れぇっ!」
巨人の目玉が、絶叫するジーグを追いかける。そして、彼の向かおうとする先に向けて、大きな右足が踏み下ろされた。
次の瞬間、地震かと思う程の激しい揺れが起こり、そこいらじゅうの地面が隆起する。避雷針が次々に倒れ、逃げまどうタムの行く手を遮った。
「あわわわっ」
「……うおぉっ……」
「じ、ジーグ様、無事ですか!?」
タムたちが振り返り、巨人の方を見やる。
すると、ジーグを踏みにじった筈の右足が、突然破裂した。甲のあたりを切り裂くようにして、大剣の切っ先が顔を出す。
「んならぁっ!!」
汚泥に身を焼かれたジーグが、跳び上がった。そしてそのまま、お返しとばかりに巨人に向かって大剣を振る。
だが、巨人の方も即座に反応した。今度は戦斧を、真上から叩きつけるようにして振り下ろす。
ごがぁんっ!
ごがぁんっ!
ごがぁんっ!
やはりジーグのみを執拗に狙った連撃。ジーグはそのいずれをも大剣で弾き飛ばすが、3つ目でとうとう、剣ごと抑え込まれてしまった。
人間と、100メートルを越える巨人との、常軌を逸した鍔迫り合いだ。タムごときの身体を使っていながら、あの巨人の攻撃を受け止めきるとは、やはり神の力というのは凄まじい。
だがそれでも、圧倒的な質量差はいかんともし難いようだった。そのまま押し込まれるようにして、徐々に膝を折っていく。
「ジーグ!?」
「も……問題ねぇっ」
苦悶の表情を浮かべながら、どうにか耐えるジーグだったが、長く許容できないのは明らかだった。
危機を察知した女神たちが一斉に躍りかかるが、巨人は上空から片時も気を逸らしていない。反対側の手に握った刀剣を振り抜き、女神たちを一撃のもとに弾き飛ばす。その剣筋は、先程よりもさらに鋭いように思えた。
「うぬっ、このままでわっ……」
砂埃に塗れたセーミが、杖を握りしめながら悔し気に呻く。
結局のところ、タムたちの単純な攻撃では、巨人にさしたる傷を負わせることはできない。状況を好転させるどころか、気を引くことすらできないということだ。
スィスやフィーアが加わってくれれば良いのだが、スィスの方は結界の維持に精神力の大半を注がねばならないし、フィーアも『最後の詰め』のために待機中だ。
どうやら、“身を切る覚悟”が必要のようである。
『無茶をやります』
全員が同時にそう呟きながら、タムたちが立ち上がった。
セーミとトリーが怪訝そうな顔つきになる中、分身体の内の1人が、突撃銃とショートソードを放り捨てる。
「……いったい、何を……?」
トリーの、その質問には答えず、タムたちは1カ所に集まり出した。各々が戦闘服の上に括り付けていた大型のウェストバッグを剥ぎ取り、無手になったタムにそれを手渡していく。中身は、設置型の爆薬でいっぱいだ。
「タム! 貴女、まさか!?」
「セーミ様、トリー様! 伏せてください!」
言うが早いか、タムが走り出した。向かう先は勿論、“貪食”の足元。それも、ジーグの斬撃を受けたばかりで、まだ再生しきっていない右足の方だ。
『止めっ……』
トリーやセーミたちが慌てて引き留めようとするが、その2人にすぐさま残りの分身体たちが掴みかかり、地面へと押し倒した。巨人まではそこそこ距離があるが、あの量の爆薬をまとめて使うとなると、安心はできない。
途中、“貪食”に抑え込まれているジーグとすれ違う。
「バッカ、お前……」
「申し訳ありませんっ」
仰天するジーグを尻目に、城の柱よりもなお大きな“貪食”の右足へと接触。そしてバッグの1つから、ペンくらいの大きさの筒を取り出す。爆薬を起爆するためのスイッチだ。
―大丈夫。事は一瞬で済むから、苦痛はほとんど感じない
覚悟を決め、ぎゅっと眼を瞑り、スイッチを押し込む。
するとその瞬間、そのタムの意識は、真っ白に塗りつぶされた。
団に加わるずっと昔のこと。
タムはある世界にて、生命の神秘を探求する結社の、その戦闘員として生きていた。不死性を実現するための歪んだ実験、その副産物である『増殖』の異能を植え付けられ、出来損ないの工作員として酷使される日々を送っていたのだ。
多くを殺し、また多く殺され。権力者に人形としてあてがわれて、身も心も穢され続けるだけの毎日。ひたすらに精神を摩耗させていくだけだったあるとき、転機が訪れた。
『異界より、不死の能力者たちが来訪した』
結社の最終目標、その素晴らしい力をもつ集団に、タムの創造主たちは血眼になった。
どんな手段を講じてでも、どれだけの犠牲を払ってでも捕えよと命じられたタムは、その本物の不死者たちに対し、幾度となく捨て身の攻撃を仕掛けた。個々に強大な戦闘力を有する者どもばかりで、とてもタムの実力では太刀打ちできない相手ばかりだったが、もとより命令を拒むことなどできなかったし、いくら死んでも代えが効く身だったからだ。
無謀な襲撃が、100回を越えたあたりだったろうか。捕獲対象である桃色の髪の少女が、叩き伏せたタムの1人に対し、ふとこう言った。
『もう少し、自分の好きなように生きたらどうです?』
よく分からなかった。
創造主たちや結社に従う以外に、やるべきことなどあろう筈がないのに。
『でも貴女、とっても辛そうな顔をしていますよ』
何度もその身を狙った慮外者だというのに、その不死者たちは、タムを快く受け入れてくれた。そのときにようやくタムは、生きる目標を得たのだ。
ああ、心優しき不死者の頭領。
そして数多の世界を渡り歩いてきた、永遠の旅人の仲間たち。
彼女らと伴にあることこそ、私の……
―あの闇から救い出していただいたこの身、この命。惜しむ理由など、ありましょうか……
共有された死の感覚は、予想通り一瞬で消え去った。だが、タムの身体は思うように動かなかった。
大量の爆薬を抱いての“自爆”は、凄まじい破壊をもたらしたようだ。どうにか頭だけを上げると、飛び散った岩の破片の中に、トリーやセーミが見えた。息はしているようだが、まだ地面に横たわって眼を回している。彼女らのために肉の壁となった分身体たちも、衝撃波で転がっていったらしい。まだ意識が共有できないということは、あれらも気絶しているのだろう。
「バッキャロー!」
罵声とともに、タムの身体が引っ張り起こされた。正面で怒りの表情を作るのは、自分と瓜二つの顔。否、ジーグか。
「無茶苦茶やりやがって! なんつー考えなしじゃ!」
「ひ、必要だと、私なりに判断したからです……」
「二度とあんな真似すんなよ! 次は許さんからなっ!」
そう言ってから、ジーグはぱっと離れた。そしてタムに背中を向け、大剣を構えなおす。その横顔は、まだまだ言い足りないとばかりの憤怒に満ちていたが、意外とあっけない。
「ジーグ様?」
「確かに、効果はあったようじゃ。じゃが、ますます不味いことになったやも知れんぞ」
そこでようやくタムが、自分が恐るべき化け物との闘いの場にいることを思い出した。慌ててジーグと同じ方向を見やり、息を呑む。
信じ難いことに、その化け物が。“貪食”が地に膝をついていたのだ。
タムによる自爆攻撃の効果は絶大で、闇の巨人の右ひざから下は完全に吹き飛び、泥の塊となって周囲に散らばっている。
そして。
巨人の、その数えきれない程の目玉が。
じっと、タムを見つめていた。
「ひっ」
「タムよぉ。どうやらお前さん、怒らせちまったようじゃぞぉ」
―ぐぉぉぉぉっ、開かないぃぃぃぃ
―いつもの馬鹿力見せろよ、こんな時こそさぁ!
―誰が馬鹿ですかっ!?




