決戦・7
闇の巨人が、武器を握りしめたまま両拳を大地に打ち付けた。すると、吹き飛ばされた右膝から下の部分が、うぞうぞと再生を始める。
分身体を利用した捨て身の攻撃だったが、やはりその効果は一過性のもの。見る間にくるぶし、甲、5本の指が生えてきた。
あああああああ……
巨人の口から、名状しがたい呻き声のようなものが響いてくる。先の仕打ちに怒っているのか、苦痛に耐えているのか。いずれにせよ、タムは彼の化け物にとって、新たな攻撃対象になってしまったようだ。
大剣を構えながら、ジーグが叫ぶ。
「お嬢さんたちを起こせ! 早く!」
「は、はい!」
“貪食”からの怪しい視線に怯えていたタムは、弾かれたように駆け出した。未だに爆発のショックから立ち直れていないセーミやトリー、そして自身の分身体たちを、次々に叩き起こしていく。
「た、タム……貴女、なんて無茶をなさるんですの!?」
引っ張り起こされながらも、セーミが口をとがらせた。
「あんな捨て身なやり方、団長が許すとは思えませんわ」
「承知しております。でもあのときは、ああするしか……」
「とにかく! 私たち団は、貴女を道具扱いすることはありません! それは貴女自身もそうしなければならない、ということなのですよ」
「……はい、ありがとうございます」
「肝に銘じてくださいまし!」
そう言ってセーミが、薄い胸を張ってぺしぺしとタムの頭を叩いてくる。己の浅慮に情けない気分になるタムだったが、同時に団員からの厚情を再確認して、嬉しくもなった。
やはり、団についてきたのは間違いではなかった。ここでは誰もが、タムを同胞として扱ってくれる。そしてだからこそタムは、どんな手段を講じてでも、団のために尽くさねばならないのだ。
そんなことを考えていると、分身体の1人に起こされたトリーが、頭を振りながら声をかけてきた。
「……そこいらに……しといて」
「トリー様、ご無事でよかった」
「あんまり……良くない……頭、ガンガン」
「あう。も、申し訳ありません」
「いい……それより、見て……」
トリーが虚ろ気な目を上に向ける。つられてタム達がそちらを見ると、今しも闇の巨人が動き出そうとしているところだった。完全に元通りになった右足を踏みしめ、更地となった爆心地に直立する。
「お前らは下がっとれ!」
短く吠え、ジーグが飛び出す。数歩の助走の後、一気に巨人の頭の位置にまで跳躍。そして、大剣を振り下ろした。
巨人も、それに後れを取ることはない。刀剣でその一撃を難なくいなし、逆に無防備になったジーグに向けて、戦斧で追撃をかけようとする。
すると上空の女神たちも、即座に援護に入った。背中、脇の下、後頭部など、巨人の死角から一斉に襲い掛かる。だが巨人は、それを見越していたかのように武器を振るう先を変えた。身体を大きく捻り、背後を薙ぎ払うように両手を振り抜く。
女神たちは咄嗟に攻撃を中断し、距離を取った。真黒き旋風が何もない空間を引き裂き、その隙に着地したジーグが、再び巨人に向かって跳びかかる。
またもや神々の領域の闘いへと逆戻りしたかに見えたが、しかし何かがおかしい。
不思議なことに巨人の周囲には、爆発によって砕けた岩などの他に、汚泥が飛散したままになっていたのだ。あれらも“貪食”の身体の一部の筈だが、右足を再生する際に吸収していなかったようである。
いったいなぜ、そのようなことを?
と、タムが疑問符を浮かべた、そのときだった。大地を染みのように汚していた無数の泥が、にわかに震え始めたのだ。それらは巨人のもとへ戻ろうとするでもなく、ぶくぶくと泡立ちだしたかと思えば、表面にいくつもの波紋を浮かべだす。
『警戒しろ。新たな兆候だ』
スィスから、短い指令が下される。言われるまでも無く、タムたちはすでに身構えていた。トリーとセーミを先頭に、そしてタム達は、二列の方陣となって全周囲に気を配る。
やがて泥たちは、幾つかの塊同士で寄り集まり、抱える程の大きさにまで膨れ上がった。直後、すっくと“立ち上がる”。
「嘘っ!?」
「こんなことまで!?」
只の泥の塊だったものに、2本の腕と2本の足が形成される。まったく光を反射しない表面に、気色の悪い眼玉の集合体が2カ所。その姿は人の……というより、闇の巨人のそれとそっくり同じだ。だが、背丈はだいぶ小型化されている。ちょうどタムたちと同じくらいだ。
ペンダントの向こうのスィスが、嬉々として言った。
『くはははっ。そうだ、それでいい! どんどん学習しろっ』
「スィス様? それはどういう」
『実に良い、我の目論見通りだ。現状を維持しつつ、戦闘を続行しろ』
「貴方もっ! 何を無茶苦茶を言ってやがるんですのっ!」
セーミがぐるりと視線を巡らせながら、忌々し気に叫ぶ。
新たに生まれ出た、小型化の闇の巨人―恐らく、“貪食”からの思念波か何かで動いているであろうそれらは、闇人形とでも呼称されるべきであろうか―は、1体や2体ではない。数百を越える個体で、タムたちを完全に包囲していたのだ。
「数が多すぎます! ジーグ様も態勢を立て直したことですし、ここは一時撤退を」
『不許可だ。戦闘を続行しろ』
「しかし、この個体たちの能力は未知数です。その上、この圧倒的な数では」
『案ずるな。あの巨大なサイズを相手にするよりは、遥かにマシだ。小さくなった分、貴様らの武装も有効に使えるぞ』
「そんなっ……」
なおも言いつのろうとするタムだったが、その暇はなかった。闇人形たちが、一斉に動き出したのだ。蠢く数々の目玉でこちらを見据え、両腕を伸ばしながら、まっしぐらに駆け寄ってくる。
「くっ!」
タムとその分身体たちは、咄嗟に左手の突撃銃を構えた。親指で安全装置を解除し、腰だめに3点射。本来、鍛えた大人が両手でようやく扱える火器だが、科学・魔法技術によって改造を重ね、さらには“気”の運用を習得したタムならば、片手でも難なく反動を抑えることができる。
ズダダダッ!
びちびちびちっ!
狙い違わず、発射された弾丸は闇人形たちに吸い込まれていく。頭部を吹き飛ばされた個体は即座に活動を停止し、泥となって大地にぶちまけられた。だが、数秒後。また先程と同じように、人の形をとって立ち上がる。
「キリがありませんわよっ!」
「気色……悪いっ……」
銃撃の間を飛び交いながら、セーミとトリーがぼやく。杖の殴打で吹き飛ばし、あるいは細身の剣の鋭い一撃で黒い頭を切り飛ばす。確かにスィスの言った通りに、巨人を相手にしていたときに比べれば、同じ闘い方でもかなり効果があるようだ。
しかし闇人形たちは、津波のように切れ目なく押し寄せてくるばかりか、倒しても倒しても復活してしまう。
限界は、すぐに訪れた。
がちん
タムたちの内の1人の手元から、不吉な音が響いた。と同時に、迫りくる闇人形の1体に向けて放とうとしていた突撃銃が沈黙する。どうやら給弾不良を起こしたようだ。
タムは舌打ちをしながら、銃を手放した。そして、迫りくる人形に向かって、右手のショートソードを突き立てる。
ずどすっ!
肉の身を切り裂くのとは明らかに違うが、やはりなんとも言えない気持ちの悪い感触が、指先に走る。突進による勢いを踏ん張って吸収。そして空になった左手で、黒い身体を押しのけようとした、まさにその時だった。
人形が、破裂したのだ。
タムの指先が黒い身体に接触した瞬間に、そこから大量の泥の飛沫がぶちまけられる。至近距離で爆風を浴びた何人かのタムたちが、もんどりを打って地面に倒れた。
「あぐっ!」
「タム!?」
「だ、大丈夫ですっ」
駆け寄ろうとするセーミに対し、タムはせき込みながら答えた。幸いなことに、威力自体はそれ程高くなかったようだ。強固な防護服のお蔭で、泥から分泌される溶解液も浸透してきていない。だが、おかげで陣形が崩れてしまった。
「こいつら、自爆まで真似るんですの? にしても、私たちがぶん殴っても爆発しないのは、どういう?」
「……多分……“接触”が、条件……」
「接触ぅ?」
「……さっきの……タムと同じ……」
倒れたタムたちを援護し、闇人形を同時に5体ほど切り刻みながら、トリーが言った。
彼女が指摘した通り、今しがたの闇人形の自爆攻撃は、タムがやらかしたそれを真似たものだろう。トリーやセーミたちが近接武器を叩きつけているのにそれをしないのは、タムが闇の巨人に対してやったように、“接触”をしていないからだ。
なんとも意味不明なことだ。別にそんな条件を付けずとも、有効範囲内に入った段階で次々と自爆をしてしまえば、それだけでこちらは大ダメージを被るというのに。
―まさか、“貪食”の真似るという行為は、つまり……?
タムがふらつきながら、立ち上がる。
ばしゅんっ
そのとき、闇人形の1つがはじけた。続けて2つ、3つ、4つ。タムたちを取り囲んでいた真黒き影が、次々に破裂していく。
「また自爆ですの!?」
「……違う!」
見れば、地面に無数の矢と、槍が突き刺さっているではないか。闇人形たちを撃ち抜いたのはこれだ。
タムたちは、一斉に背後を振り返った。団の城の方から、大量の何かが放たれているのが見える。一瞬、ナインらの援護が始まったのかとも思ったが、即座に考え直す。計画では、彼らが使用する切札は、こんな原始的なものではなかった筈だ。だとすれば、これは誰が?
「森人どもじゃぁ!」
一同の疑問に答えるように、矢と槍の雨とともに大きな影が降り立った。破れた胴着の袖口から飛び出すのは、極限まで鍛え上げられた腕。大地を踏みしめる両脚は、闇の巨人に劣らぬ程の地響きを引き起こす。
「ど……」
「ドスぅ!?」
「済まねぇ! 待たせちまったなぁ!」
団員ナンバー2。巨漢のドスが、紅く染まった顔をにんまりと歪める。
“貪食”の来訪と計画発動の連絡が為されたのは随分と前のことだったが、かなり遅れてのご到着だ。それに加えて、少々様子がおかしい。
早速スィスが、ペンダント越しに怒鳴りつけてくる。
『貴様! 何をしていた!?』
「いやぁ、ちょいと朝酒をやっててなぁ! 」
『ぐっ……こ、この状況で、なんと能天気な……!』
「がはははっ! そう怒るなぃ、援軍も連れて来てやったからのぉ?」
「援軍っ!? ……って、何なんですの?」
「森人どもじゃぁ! 今、城の屋上に陣取っておるよ!」
「……えぇ……今になって、共闘……?」
「応よぉ! ……ヒック。それなりの腕っこきを集めて来たとかでなぁ、追い返すのも可哀相なんで、ノーリたちを任せることにしたぁ」
そう言ってから、ドスは大きなゲップを放った。
これ程の大遅刻をするほどに朝酒とやらを愉しんで来たのだ。“貪食”の放つ臭気に隠れているが、恐らくかなりの酒気を帯びていることだろう。そういえば、足元もふらふらと覚束なく、今にも倒れてしまいそうだ。正しく泥酔状態である。
「ドス様!? 本当に闘えるんですか!?」
「あたぼうよぉ! 喧嘩できねぇくらいに飲むかってんでぇ! ……うぃっぷ」
「……駄目だこりゃ……」
そんなことをしているうちに、闇人形たちが元通りに復活をし始めた。またタム達を取り囲むようにして並び立つと、一斉に深く腰を落とす。そして左手を大きく突き出し、反対に握った右手を引き絞った。
「あ、あの構えは!?」
「ほぉ、またやろうってかぃ」
ドスのまとう“気”配が、瞬時に研ぎ澄まされた。そして、まるで人形たちに応じるように、腰を深く落とす。左手を突き出し、代わりに右手を引き絞り。
その構えが完成した瞬間、まるで待ちわびていたかのように、闇人形たちが同時に跳びかかってきた。タムたちはそれを迎撃しようと、各々に武器を突き出すが……
「遅ぉいっ!!」
誰よりも早く、ドスが動いた。
四方八方に残像をまき散らし、眼にもとまらぬ速度で闇人形たちを打ち据えていく。
「脆いっ! 鈍いっ! 粗いっ! まるでなっとらぁん!!」
タムたちが手を出す暇などありはしない。同時に、“接触”した人形たちが自爆をする隙もない。
わずか5秒後。ドスが動きを止めると、もうそこには人形の姿はなく、大気中に霧散するわずかな煙が見えるばかりだった。
構えを解き、たたらを踏みながら、ドスが呟く。
「なっとらん。実になっとらんぞぉ、“1号”よ」
「ドス様?」
「この構えはなぁ、“護り”のためのそれじゃ。決して、先手を取るためのもんじゃねぇってのに……」
「ど、ドス? おーい、ドスぅ?」
「……大丈夫……?」
声をかけても上の空のドスに、トリー達は顔を見合わせて肩をすくめる。
だが、タムにはよく理解できた。ノーリの勧めで、彼に師事してから真っ先に叩き込まれた、基本の構え。突き出した左手は相手の攻撃を受け流し、秘めた右手は勢いを返すためのもの。
『いいかタムよ。武術とは、己と己の信念。そして、大切な者を護るためにこそあるんじゃ。決して相手のそれらを奪うために使ってはならん』
それはドスが、タムに何度も語っていた理念だった。そしてそれを理解したからこそ、タムは彼の門下に入ることを許されたのである。
「1号よ。やはりお前には、儂らのような意志は無いのか? ただ上っ面を真似るしかできねぇのか?」
巨人を眺めるドスの赤ら顔に、さっと哀しみの色が差す。それは、1つ前の世界で見えた好敵手との、あの血沸き肉躍る闘いを懐かしんでいるのだろうか。
それとも、この武人の信念を理解できないこの化け物の下等さを、憐れんでいるのか。
あああああああああああ!!!
すると巨人が。
“貪食”が、まるでドスに呼応するかのように、吠え声を上げた。
メアリは、森の中を震えながら進んでいた。
大地を震わすような音も、吐き気を催すこの臭いも、どんどん酷くなる一方だ。それもその筈、彼女が向かっているのは、森人の里ではない。
メアリを惑わすこれらの現象の発生源。すなわち、邪神の下である。
「わ、わ、我が偉大なる主神、アリシアよ。わ、我に、ち、力を与えたまえ……」
杖代わりの大弓で草木を掻き分けながら、一歩、また一歩と踏み出していく。
―もう嫌だ。逃げ出したい。こんな恐ろしい思いをしてまで、頑張りたくない。お師様、助けて……
頭の中は、そんな後ろ向きな思いでいっぱいだ。それなのに、どういう訳か足は止まらない。
否、理由なら充分すぎる程にあった。真っ黒な恐怖で塗りつぶされた心の奥底で、ほんのりと光を放つ1つの思い。メアリ自身でさえ気づかない程の、ほんとうにささやかで、でも間違いなくそこにある願い。
『コンフュシャスを。兄を、死なせたくはない』
血を分けた兄によって森人たちから排斥され続けているメアリではあるが、その兄がいつでも自分のことを気にかけていてくれたことは、師匠からよく聞いていた。だからメアリは、よく分かっていた。彼のつっけんどんな態度も、愛情の裏返しでしかないということを。
―だから、だから兄さん。どうか、どうか無事でいて!
こんな情けない、弱々しい自分だけれど。それでも、遠くから自分を護っていてくれた人をむざむざ死なせるなど、できはしない。そんなか細い思いが、メアリを踏みとどまらせていたのだ。
だがしかし、さすがに限界が近い。視覚に頼れないメアリでは、この騒音と異臭のせいで完全に進むべき道を“見失って”いる。このままでは、立ち往生だ。
必死に主神に祈っているが、どうにも救いはなさそうである。もはやメアリのごとき小娘には、どうにもできないのだろうか。
そのときだった。
『中々、根性があるじゃない』
「だ、だ、だ……誰です!?」
突然響いてきた声に、メアリは慌てて首を振り、周囲の気配を探った。だが、彼女の感覚に引っかかる一切は存在しない。小動物どころか、ほんの小さな羽虫でさえ。自分の意志で動くことのできる一切は、この騒ぎを恐れて逃げ出してしまった。
だというのに、確かに誰かの声が聴こえる。
『誰でもいいわよ。アンタを助けてあげる』
「たす、助けるって?」
『気に入らないけどね。ま、下手に首突っ込んで怪我でもされたら、気分悪いから』
「はぃ? そ、それってどういう……」
『いいから。アンタは黙って、自分のやるべきことをやりなさいな』
訝るメアリに対し、声の主はそのように一方的に告げる。
次の瞬間、メアリは突然奇妙な感覚を覚えた。足元から大地の感触が消え、身体の重みが無くなる。加えて、内臓をくすぐられるような……これは、浮遊感だ。
「え、え? ま、まさか私、と、飛んで?」
『こっちの方が手っ取り早いでしょ。目的地まで、連れてってあげるわ』
1秒と経たず、メアリは天高くへと吹き飛ばされた。




