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名も無き世界・20


 スィスの一言により、会議は完全に進行不能状態に陥ってしまった。

 なにせ、神が直々にウィッシュいを叶えてくれるというのだ。もちろん1回限りではあるし、あまりに度を越した内容では突っぱねられてしまうのであろうが、それでも選択肢は無限に等しい。

 早速団員たちは、『手合わせしてもらいたい』だの、『美味しい料理が食べたい』だの、『未踏査の迷宮ダンジョンを紹介して欲しい』だのと、好き勝手に欲望をぶちまけだしたのだ。不死という常人には手の届かない力を手にしていながら、なんとも俗物的である。

 全体、このアラインの行動指針というのは、永劫に亘る旅の中で自身の欲求を満たす、ということなのだから、当然と言えば当然であろうが。


 かく言うナイン自身も……


―まあ、こうも競争率が高いとなると、望みは薄いがな


 『“貪食”再襲撃』という喫緊の議題をそっちのけにして、皮算用を始める団員たち。どいつもこいつも、すでに勝った気でいるらしい。真面目な顔をしているのは、議長であるスィスと、団長のノーリくらいなものだった。このままでは、生煮えのままだらだらと時間だけが流れていくことだろう。


 辟易したナインは、休憩がてら会議室から中座することにした。しかし廊下に出た途端に、ジーグに声をかけられてしまう。


「おう、ナインよ。ちぃと聞きたいことがあるんじゃが!」


 などと廊下の向こう側にまで届きそうな大声を上げながら、丈の長いスカートを翻して走り寄ってくるジーグ。中身は男でも、身体は女性であるタムのものなのだから、もう少し気遣ってやればよいものを。

 ナインは返事をすることもなく、歩き続けた。半日で色々と衝撃的なことを見聞きしたので、頭を冷やしたいところなのだ。こんな喧しい奴にまとわりつかれていては、それもままならない。


「屋上にでも行くんか? 俺も付き合うぞ」

「別に付き合ってもらいたかねぇんだがな……」


 全身から不機嫌なオーラを噴出させるが、この男が相手ではまったく効果は見込めない。ナインに追い付くと同時に、馴れ馴れしく肩に手を回してくる。


「“貪食”とかいう邪神な。どんな奴なのか、教えてくれんか」

「俺だって詳しくは知らねぇよ」


 むしろ邪神はお前の方だろ、などと思いながらナインは答える。


「とにかく馬鹿デケェ泥の塊だよ、世界を丸ごと飲み込んじまう位にな。おまけに、人間に化けるんだ。それも1人や2人とかじゃなくて、文明そのものにな」

「聞くだに恐ろしい奴じゃなぁ。よくもそんなのと闘って、生き残れたもんじゃよ」

「まぁな。俺自身、危うく喰われかけたし……」


 “貪食”に捕らわれて消化されかかったときのことは、鮮明に思い出せる。同時に、死を願ってしまったことも。あの苦痛と恐怖にまた直面しなければならないとは、今から気が滅入るばかりだ。

 しかしナインの不安など微塵も察した様子も無く、ジーグはさも愉快そうに腹を抱えて笑い出した。


「お前さんを喰おうとしたってのか? それじゃあ“悪食”に改名した方がええなぁ!」

「うるせっ! 奴が本格的にこの世界に降り立ったら、そんな冗談も言ってられねぇんだぞ!」

「応! それ、そのことよ」

 

 一転、ジーグの顔つきが引き締まった。うざったくも温かみがあった瞳が、まるで数多の闘いを経た戦士のような、冷たく鋭い輝きを放ちだす。

 

「その“貪食”は、どうやってこの世界に来るんじゃね?」

「それは……俺にも分からないんだが……」

 

 ジーグの変化に戸惑いつつ、ナインは頭をひねった。


 この世界における初接触ファースト・コンタクトと、それに付随する諸々のごたごたが落ち着いたころに、団員たちから“貪食”の正体についてを教わったことがある。

 それによれば、件の同位体1号と呼ばれる化け物は、もとはピャーチと同じ世界で生まれた単細胞生物だったとのことだ。それが何の影響か急激に肥大化し、人間も何もかもを喰いつくす程の成長を遂げてしまった。

 その無限とも言える“食欲”の強さもさることながら、それを満たすために講じる手段の数々も恐ろしいものばかりだ。

 擬態・再生・増殖に加えて、“喰らう”という能力。それはもう、直接的な栄養の摂取だけではない。


「専門的なことはさっぱりだったがな。この宇宙には無数の世界があって、それらは隣り合ってはいても、分厚い次元の壁で覆われているから、干渉はできないんだ。だが“貪食”のやつは、その壁さえ喰っちまうんだと」

「成程のぉ。それゆえに、虫食ワームホールっちゅう訳か。それは、あのお嬢ちゃんの超魔法メタ・マジックと同じなのけ?」

「いいや。“貪食”のはあくまでも疑似的なものなんだそうだ。ノーリみたいに、いくつもある世界から望みのものを探し出したり、“遠い世界”には渡れないんだと」


 すらすらと解説してはいるが、これは聞いた話をそのまま垂れ流しているに過ぎない。

 ピャーチからは、時空物理学だの量子力学だのの側面により。ノーリとフィーアからは、魔法学だの呪文概論だのの側面により。そしてスィスからは、それらの全てを統合した見地により。鼻血どころか耳からも血が出そうなくらいに丁寧に講義をしていただいたのだが、それらの1割とて理解はできていないのだ。


「確かに興味深いのぉ。しかしナインよ、やはり今一つ分からんのじゃが」

「俺だって分からねぇよ。初めに言っただろうが」

「いやな、“貪食”が世界を渡る仕組みについては、まあ置いておくとしてじゃ」

「じゃあ何だよ?」


 ジーグが鼻を鳴らしながら、首の後ろをバリバリとひっかく。

 この男らしくない、何処か神経質な仕草だ。異様に真剣な表情も相まって、突き放すことができなくなってしまう。

 ナインが口角を下げ、それでも黙って待っていると、やがてジーグは言った。


「何故“貪食”は、いくつもある世界からここを選んだんじゃね?」








 会議室の空気は、完全に冷え切っていた。降って湧いた“ご褒美”に緩みきっていた団員たちが、皆硬直したかのようにノーリの方を見つめている。


「ノーリよ、そりゃどういうことじゃね?」


 チィを挟んで円卓の向こう側に座るドスが、聞き返してくる。だが、永年の付き合いからなんとなく分かる。彼はすでに、ノーリの懸念に薄々勘付いている。だからこそ、そんな青ざめた顔をしているのだ。

 よく見れば、他の団員たちもそうだった。どうやら、彼らは皆薄々勘付いていたのだろう。


「言った通りです。同位体13号の。アリシアさんの指摘は、正しいのではないですか?」

アラインが、この世界に“貪食”を呼び込んだちゅうことがか? 馬鹿馬鹿しい、完全に言いがかりじゃ」

「そんなこと……好き好んで……やるわけ、ない……」


 トリーたちの言葉に、他の団員たちが頷く。確かにその通りだ。このアラインの誰であれ、それこそスィスであっても、そんな邪悪なことは考えないだろう。


 だが、本人に自覚がなかったらどうだろうか。


 無意識的に、あの化け物を呼び込む結果になっていたとしたならば。


 つまり。


「私では? 正確に言えば、私の“世界渡り”の力が、“貪食”を引き寄せているのではないですか?」


 途端に、ほとんどの団員たちが苦し気な表情になった。やはりだ。

 ノーリにも、思い当たる節はあった。前回の戦闘の際、“貪食”は明らかに他の団員を無視し、ノーリを狙う様な素振りを見せた。それはつまり、あの化け物の真の狙いが、ノーリに他ならないということの証左ではないか。

 そうなれば、同位体1号がこの世界に触手を伸ばしたのは、ノーリに原因があるということになる。あの化け物の尋常ならざる嗅覚によって、ノーリの居所が捉えられ、結果としてこの世界が危機にさらされることになった。

 あのアリシアという天使の言葉は、けだしその通りだった訳だ。


「ノーリ! 滅多なことを言わないでくださいまし!」


 セーミが円卓を叩きながら、そう怒鳴った。するとそれを皮切りに、他の団員たちも口々に、ノーリを擁護するようなことを言い出す。


「そうよぉ。第一それは、証明できないことじゃなぁい」

『そもそも、あの下等生物にそんな知能があるのかは疑わしいところです』

「フィーア、ピャーチ。でも、似たようなことは今までに何度もあったでしょう?」


 全体、あの1号との接触は1度や2度ではない。この無限に広がる宇宙において、偶然にそれが起こったなどと考えるべきではないだろう。それに、同じ同位体である“3号”や“4号”の場合もそうだった。奴らは揃って“世界渡り”の力を欲し、ノーリを手に入れようと襲撃をかけてきた。


「ノーリ、そんなの違うよ。……ノーリは、悪くないよ」

「チィ。貴女が私の守護女神になってくれたのも、もとはと言えば“世界渡り”の力に惹かれたからではないですか?」

「それは……」

「ならば貴女と同じように、奴らが“世界渡り”を欲したとしても、不思議はありません」

「チィはそうだけど……でもそんなの、確かめようがないじゃないか……」


 確かにこれは、証明不可能な考えだ。あくまでも仮説の域を出ない。

 だが、もしもそれが真実だったらどうだろうか?


 世界を渡る術とは、すなわち無限の可能性と等しい。力もつ存在が更なる高みに到達するためにそれを欲するのは、自然なことではないか。現にこの場の団員たちは、それを望んだからこそこうしてノーリの下に集っているのではないか。


―もしもそうなら、そうなら……


 恐ろしい憶測に、身体が震え出す。隣に座るチィが優しく撫でてくれるが、ちっとも治まる気配がない。


 もしもその仮説が正しいのならば、ノーリという少女は、想像を絶する破壊の力をもった存在を引き寄せながら、好き勝手に世界を渡り歩いていたことになる。

 それでは最早、ノーリ自身が災厄ということに……


「例えそれが正しかったとして、何が問題なのだ?」


 そんな鬱屈した考えを遮るように、突然スィスが言った。そのあまりにもあっけらかんとした態度に、

ノーリは愕然としてしまう。


「だって……無関係なこの世界を巻き込む形になってしまったのですよ? 不味いではないですか」

「いいや、違うな。少なくとも現状においては、むしろその逆だ」

「どういうことです?」

「今ならば、あの薄汚い化け物を確実に滅ぼせるかもしれない。実に好都合ではないか」

「スィス……貴方は、まさか……!?」

「左様。幸いなことに、この世界には同位体が4体も存在する。これを利用しない手はない」


 ノーリどころか、その場の全員が絶句した。

 そう言えば彼は、かねてより“貪食”との再びの接触を予見していた。それは彼が、この仮説を正しいものと感じていたからではないのだろうか。そしてアリシアたちとの接見を何度も行っていたのは、“貪食”との闘いに備えてのことだったのではないのか。

 つまり、なんとも恐ろしいことにこの老人は、初めからこの世界の守護者たちを、アラインのための戦力とするつもりだったのだ。

 

「ドスの言う通り、我は奴を見損なっていた。故に、今度は油断しない。ありとあらゆる手段を講じ、完全に1号の息の根を止めてやる」

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