名も無き世界・19
傷心のメアリを自宅へ送り届けたナインだったが、彼女を慰めてやる暇はなかった。
団長であるノーリから直々に、『即時帰還せよ』との指令が下ったからだ。
なんでも、ナインが森人の里へと赴いている間に、この世界の同位体たちとの間で新たに協定が結ばれたらしい。押っ取り刀で会議室に駆け込むと、すでに全員が円卓に着席をしていた。
空いている場所を探して見回してみると、にんまりと笑いながら手招きをする人物が1人。8番目の団員にしてメイドであるタム……ではなく、その身体を乗っ取っているジーグだった。
「おう、遅かったのぉ。ほれ、こっちに来いや」
「……ふん」
馴れ馴れしい呼び掛けに答えることはせず、ナインはその空席に腰を下ろした。もともとこの男のことは気に入らなかったが、つい先刻の出来事のせいで、酷く虫の居所が悪かったからだ。
ジーグの方も、ナインの態度にはもう慣れているらしい。気分を害した様子も無く、薄ら笑いを浮かべ続けていた。
「全員そろったようだな。では、緊急の会議をここに開催する」
ぐるりと一同を見渡しながら、スィスがそう宣言をした。いつも感情を表に出さない老人であったが、今日は心なしか声音が弾んでいる様に聞こえる。ならば議題は、団にとって有益な話なのだろうか。
「事前に伝えた通り、今朝方ジーグを介して同位体13号および14号から連絡があった。喫緊の課題ということで、僭越ながら我が代表として赴いたわけだな」
「そのことなんですが……。どうして私のところに話がきていないんです? 完全に寝耳に水だったんですけど」
早速ノーリが挙手し、話の腰を折った。
面倒くさいことだが、彼女の立場を考えれば、当然とも言える反応だ。緊張状態にある強大な勢力との接見に許可無く赴き、あまつさえ勝手に協定を結んできたとなれば、首長としての面目は丸つぶれだ。おまけに全部事後報告となれば、もはや存在する意味がない。
ちなみに13号だの14号だのというのは、ジーグと同じくこの世界の神々をやっておられる、アリシアとルインという超存在のことだ。団最強のチィと同程度の実力を有するという定義ではあるが、そんなものがこの宇宙にはと10体以上もいるということになる。
ナインとはちょうど対面ぐらいの位置に座っていたノーリが、立ち上がって言った。
「ジーグ、なんでまず私に話してくれなかったんです?」
「いやぁ、俺も先輩から命令を受けて、お前さんに取り次ごうとはしたんじゃよ。けんど、その爺さんに止められちまってなぁ」
ジーグがいかにも済まなそうに、後ろ頭に手を添えて言う。どうやらこの同位体15号、一応はノーリに声をかけようとしていたらしい。
「どういうことですか、スィス!? いくらお飾りとは言え、こんな扱いはさすがに……」
「後できちんと説明する。まずは黙って聞け」
「うぐ……」
にべもない言葉に、顔を真っ赤にしながら頬を膨らませるノーリ。しばらくスィスを睨みつけていたが、やがてのそのそと椅子に腰を下ろした。隣の席に座っていたチィが、よしよしと頭を撫でてやっていたが、その瞳から怒りの炎が消えることは無さそうだ。
スィスが軽く咳ばらいをして続ける。
「結論から言おう。奴が。“貪食”が、この世界への侵入を試みている。13号と14号、そしてその眷属たちでは、それを防ぐことはできない」
『なっ!?』
瞬間、会議室内に声にならないどよめきが走った。団員たちがお互いに顔を見合わせ、小さな唸り声を上げる。ノーリもまた、顔を青くしながらチィと身を寄せ合っていた。
常人を遥かに超越したような集団であっても、少なからず動揺しているようである。完全に落ち着いているのは、発言者であるスィスと、すでに“向こう”から情報を得ていたであろうジーグだけだ。
「最悪のケースねぇ。予測してはいたけどぉ」
『ええ。防衛機能がほとんど役に立たない現在では、苦戦は免れません』
「それだけじゃ……ない……この世界の住人も……大勢、巻き込まれる……」
“貪食”。
極限にまで肥大化した欲望の権化。
文字通りに世界をすら貪り喰らう、同位体1号。
あの真黒き汚泥が再び現れる可能性については、すでにスィスから“示唆されていた”ことではあったが、改めてそれの脅威が顕在化したとなると、もうそれだけで身体が震えそうになってしまう。他の団員たちも、不安気な表情だ。
だが逆に、得心がいった者もいたようだった。
「成程。それで、共同戦線をもちかけられたということじゃな?」
ドスが頷きながら言うと、珍しくセーミがすんなりと相槌を打つ。
「ああ! そういうことですか! あの薄汚いぶよぶよを、天使さんたちと協力してボコボコにしてやろうということですわね!」
「うむ、まあ、大まかにはその通りだ。作戦や指令系統などは、これから煮詰めていくことになるがな」
スィスの言葉に、団員たちが落ち着きを取り戻していく。前の世界で苦戦を強いられ、逃げるしかなかった相手ではあるが、同位体が3体も協力してくれるというのならば勝機はある。とは言え、一度は刃を交えた間柄なので、協調はそれほど容易くなさそうだが。
するとノーリが、恨めし気な眼つきで自分を指さして言った。
「あの……そんな大事な話をするなら、やっぱり途中からでも私を呼んでくれればよかったのでは?」
「馬鹿を言え。この団の最重要人物を、みすみず連中の下に行かせられるものか」
「いや、でも、私たちが危険な存在ではないということは、もう分かって貰えたわけですし」
「連中の方は、そうではなかったぞ。事実、始めは“貪食”の来襲を、我らの所業によるものだと疑っていたからな」
スィスが肩をすくめ、呆れたように言う。それは果たして、あの同位体の天使たちに向けられているのか、それとも人の好すぎる団長どのに向けられているのか。
少なくとも、この桃色髪の少女には絶対に判断がつかないのだろうな、とナインは思った。
「それにノーリよ。恐らく貴様ならば、連中のこの提案に、二つ返事で応じたのではないか?」
「うーん、それは、まあ。“貪食”を倒せる上に、これを機にあの方々とも仲良くなれるのならば、一石二鳥ですからねぇ」
顎に手を当てて考える素振りを見せながら、ノーリが言う。そのなんとも生っちょろい考え方に、思わずナインは椅子からずり落ちそうになってしまった。見れば、ほとんどの団員たちもが顔をしかめたり、嘆息したりしている。
中でも一番うんざりとしていたのは、スィスであった。
「……まったく、これだから貴様は。連れて行かなくて正解だ」
「な、なんですか、いったい。何か問題があるとでも?」
「いいか、ノーリよ。奴らは最初、我らを敵と断じて一方的に攻撃を仕掛けてきたのだぞ。どうにか誤解はとけたが、城は多大な損害を受け、未だに立ち直ることができていない。それに対する支援もおざなりだ」
「でも、それは向こうにも事情があってのことですし……」
「それだけではないぞ。現にこうして、ジーグを我らに張り付かせている。だというのに、その原因を作った連中のために“施し”をしてやるだと? 少しは団員のモチベーションというものを考えろ」
「う……む……」
強い口調で圧倒され、完全に口籠ってしまうノーリ。憤りは完全に消え去り、しぼんだ風船のように椅子の上でくにゃりと折れてしまう。
見かねたのか、チィが批難の声を上げた。
「ドス! 言い過ぎだぞ!」
「事実だ。なんなら確かめてみるか? 果たしてこの場の何人が、連中との関係改善のためだけに働く気になるかね?」
「むぅ……」
当たり前のことだが、頷く団員は居なかった。
全体、あの初接触は、とにかく運も間も悪かったとしか言いようがない。
団としては、“貪食”との激戦で疲弊し、這う這うの体で逃げ出した先で襲撃をかけられる形となってしまった。
だが世界を守護するという重大な使命を抱いていたアリシアらにとっては、団は危険な来訪者と見えただろう。事実、団には世界を乱すに十分な実力をもった者どもがひしめいているのだ。
そしてそんな2つの勢力がぶつかれば、それはトラブルを招くに決まっている。
「……いきなり、降伏しろって……腹立つ……」
『設備を壊された僕としては、無償労働というのは承服しかねますね』
「ノーリを人質に取られたからなぁ。チィとしては、そうそう甘い顔はできない」
ノーリを気遣う様な視線を送る団員たちだが、それでも腹に据えかねる思いは隠せないようだった。
ナインとしても、ジーグが麗しのメイド様の身体から出ていく気配がないというのが、許せないでいるし。ああ、まったくうらやまけしからん。
結局のところ、ナインたち団と、ジーグを含めた同位体たちとは、未だに冷戦のような緊張状態にある訳だ。そんな状況で、『共通の敵が現れたから、仲良く協力して退治しましょう』などと言われても、はいそーですかと受け入れることなどできはしない。
むしろ、一番酷い目にあわされたのに、簡単に相手を信用することが出来ているノーリの感覚の方が、大きくズレているのだろう。
会議室内が重苦しい沈黙に支配される。傍若無人なジーグですら、居心地が悪そうに身体を縮こまらせる有様だ。こんな男でも、緊張状態を作り出してしまった原因が自分にあることに、少なからず責任を感じているのかもしれない。
そんなとき、突然甘い声が響いた。
「そう言うからにはぁ、何か見返りを約束させてきたのよねぇ?」
魔人のフィーアだ。場を和ませようとしているのか、その口調はいつにもまして艶っぽい。
「貴方が単身で、“敵地”に飛び込んで行ったんだものぉ。さぞかしふんだくったんでしょうねぇ?」
「む、そうだな」
協定についての報告をするはずが、すっかりとノーリの団長としての資質を批判するような空気になってしまった。
その流れを変えようとばかりに、スィスがわざとらしく咳ばらいをした。
そして、厳かに言う。
「……願いを1つ叶えることを、承諾させた」




