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閑話・神話の時代のこぼれ話

―むかしむかし、遥か昔のお話です

―そんなに昔のことなのか?

―ざっと1000年くらい前です。体感でですが

―……お前、いったい幾つだよ


 少女は苛立ちながら歩いていた。

 床から左右の壁、そして天井までが、石材によって完全に密閉された狭い道。そんな押しつぶされそうな空間の中で、重圧に息を詰まらせながら、黙々と足を動かす。

 代わり映えのしない風景の中で時折眼に入るのは、床や壁に穿たれた無数の穴だの、ひっかき傷だの。それに、そこいらに無造作に転がって腐臭を放つ、動物の死骸だ。

 “守護女神サマ”が仰るには、この地下迷宮だんじょんを抜けた先に休める場所があるらしいのだが、しかしいっこうにたどり着く気配がない。

 最初の内こそ宿願を叶えることができて大喜びだったが、今ではもうそんな浮ついた気分は吹き飛んでしまった。きちんと“術を制御”できず、こんなかび臭い場所に飛び込んでしまったのは、自分の落ち度でしかないのだが。

 

『疲労困憊?』


 頭に響く、言葉を解さぬ鈴のような声。それと同時に、眼前を舞う小さな光の球。ひゅるり、ひゅるひゅると、まるで蜜の匂いに引き寄せられる蝶のように、少女にまとわりついてくる。


『休息する?』

「……結構です」


 少女は短く答え、歩き続ける。しかし光球は、少女の周りを飛び回りながら、しつこく追及してきた。


『歩く速度が低下している。それに、空腹状態。無理は禁物』

「要らない気遣いです。それに、腰を下ろすなら綺麗な場所がいいので」

『@●$¶Θは、同意できない。端的に言って、心配』


 ほんの一瞬、理解不能な単語を脳内に流し込まれ、少女は顔をしかめた。翻訳が上手くいっていない訳では無い。少女の中に、その単語を正確に表現するだけの知識がないのだ。

 なにせそれは、宇宙の何処にも存在しない。すでに滅んでしまった世界を守護していた、女神を表す固有名詞だったのだから。

 

「無駄口を叩いてる暇があったら、とっとと先導なさい。私は“貴女”に、友人になってくれと頼んだ覚えはありませんよ」


 少女は冷たく言い放った。落ち着きなく視界の端を飛び回る光球を、まるで耳元に飛来する羽虫にそうするように、嫌悪を込めて振り払う。

 すると、急に光球が動きを止めた。そしてちかちかと明滅を繰り返しながら、明度を弱めていく。どうやら、少女の不機嫌な思いを感じ取ったらしい。弱々しく飛びながら、また少女の前をひゅるりひゅるりと進み始める。


―言い過ぎたかな


 明かりが弱まり、一層暗くなった道に目を凝らしながら、少女は少しだけ後悔の念を抱いた。

 だがそれでも、いちいちなだめてやろうとまでは思わない。安い台詞で上っ面を取り繕ったところで、どうせこの超存在には少女の思考がすべて筒抜けなのだ。

 第一にこの少女には、他者との間に信頼関係を構築しようなどと言う気が毛頭なかった。


―友情だなんて下らない。そんなぬるぬるした気持ちの悪いもの、御免ですよ……


 無意識に奥歯を噛み締めながら、少女はとんがり帽子をかぶり直す。

 少女にとっての他者とは、敵である者と、敵でも味方でもない者の二種類しかありえない。それは少女の、生まれ故郷での十数年の人生経験における結論である。

 少女の無能ぶりを揶揄し、攻撃してくる者。

 遠巻きにその様子を見つめる者。

 血がつながっていながら、完全に無視する者。

 そして、“独善を振りまきながら少女の心をズタズタに引き裂く者”。

 少女が出会ってきたのは、そんなろくでもない連中ばかり。ならば、つい最近に出会ったこの“女神サマ”とやらが、そいつらに類するものであるとは容易に想像がつくというもの。


―私と“これ”との間にあるのは、利害関係だけ。それでいい……


 ほんの数日前、無能の烙印を押された少女が発動することができたただ一つの魔法である、“世界渡り”。

 初めての次元間転移によって訪れた先で出会った、この女神を自称する光の塊は、少女が手に入れた力に強い関心を示した。そして、交渉をもちかけてきたのだ。

 少女は、永遠の旅路に女神が同伴することを許す。

 その代償に女神は、少女の命と財産、その他すべての安全を担保する。

 それが、少女とこの女神との間に結ばれた契約。そして両者の間に、それ以上のなにものも必要ない。


 少女は女神が導くままに、迷宮を進んで行った。時折二つ、三つに分かれる道を、右へ左へ、あるいは正面に進みながら。

 それから小一時間も経った頃。少女と女神は、急に開けた空間に出た。どうやら峡谷らしく、高くそびえる岸壁の上から日の光が差し込んできている。そしてそれに照らし出されるように、巨大な建造物が。


「これは……城?」


 まさしくそれは、城であった。三階か、四階建てくらいだろうか。屋上にはいくつかの尖塔が見える。石造りで頑丈そうで、とても立派だ。

 だが、人の気配がない。見れば玄関口のあたりは、敷き詰められたタイルの隙間から雑草がにょきにょきと伸びている。所々に窓硝子も割れているし、放置されてから随分と時間が経っているらしい。


『これで、休息できる?』

「……致し方ありませんね」


 再び問いかけてくる女神に対し、少女はしかめっ面で答える。どうやらこの廃墟が、女神の言う休める場所であるらしい。

 先に訪れた、“一切が滅ぼされた虚無の世界”だとか、“超巨大生物に飲み込まれかけた世界”だとかよりは遥かにマシと言えるが、外からの様子を見るに、この城の中も惨憺たる有様だろう。

 椅子だの寝具だのの家具類が残っていたとしても、埃塗れだったり虫食いだらけだったりするに違いない。そんなところで横になるのは気持ち悪いし、それに一張羅である魔法学院の制服を汚すことになってしまう。


―でもまあ。確かに“これ”の言う通りに、疲れてますからね……


 少女はここ数日間、殆ど休むことなく“世界渡り”の超魔法を発動し続けている。すでに体内の魔力は枯渇寸前だし、その上歩き通しで足は棒っきれのようだ。この際、腰を落ち着けることが出来るだけでも良しとするべきだろう。


 少女はそう考え、城の玄関扉に向かって歩き出した。


『待って!』


 突然、女神が声を送ってきた。そして全身を赤く輝かせながら、少女の前に躍り出る。


「何です?」

『何かいる! 何か、危険なものが!』


 そう言って警戒心を表すかのように、全身を激しく明滅させる光球。

 少女は身構えながら、光越しに正面を見つめた。するとどうしたことだろうか。先ほどまでは確かに誰もいなかったというのに、今は扉の前に人の姿がある。全身をすっぽりと覆う外套からのぞく、幼い顔立ち。そして、少女よりも低い背丈。

 子ども。男の子だ。

 いったいいつの間に現れたのか。あるいは、いつからそこにいたのか。

 否。それ以前に、どうしてこんな廃墟に、こんな子どもがいるのだろうか。


「~~~~~?」


 子どもが、こちらに向かって語り掛けてくる。当然ながら、何を言っているかは理解できない。

 恐らく少女の正体や目的を問いただしているのだろうが、あいにくと少女はこの世界に来たばかりだ。この世界の言語など知り様も無い。

 さてどうしたものかと、窮する少女。するとまた、ひゅるりと光球が舞う。


『翻訳、必要?』

「ええ、是非に!」


 助かったとばかりに笑顔で答えてやると、まるでその感情に中てられたように、守護女神サマが激しく宙を跳ね回った。そして子どもの方へと近づいていく。

 子どもの方は面喰ったように眼を見開いていたが、意志の疎通が可能であると即座に理解したらしい。やがてぼそぼそと、何かを話し始める。


『何者で、何をしに来たのか、と』


 実に簡潔な言葉が、頭の中に響いてくる。少女は頷き、ゆっくりと答えた。


「私たちは、旅人です。この城は宿に丁度良いかと思い、お邪魔させてもらおうかと」

 

 すると突然、子どもが表情を変えた。自分だけの秘密の場所に埒外の訪問者が現れて戸惑うような、そんな無垢さを完全に捨て去り、薄ら笑いを浮かべだしたのだ。

 その笑い方には見覚えがあった。人の弱みを見つけ、どれくらい足元を見れるかを皮算用するような、そんな卑しさが滲み出る下劣なそれだ。少女が嫌悪し、侮蔑する類のものである。


『これは俺の城だから、ただでは入れてやれない、と』

「……当然ですね。では、お金をお支払いしましょう」

 

 舌打ちを堪え、少女は精一杯の努力で笑顔を維持した。そして、上着の内ポケットに手を伸ばしす。そこには、硬貨がぎっしりと詰まった財布が忍ばせてあった。

 一応これでも、裕福な家庭の生まれだ。ほとんど廃嫡同然の扱いを受けていたとはいえ、小遣いは貰っている。こんな糞餓鬼は、銅貨の一枚でもくれてやれば跳び上がって喜ぶだろう。少女の持つそれは、当然この異世界で使用できるものではないが、どうせ分かりはすまい。


 しかしそんな少女の思惑をよそに、子どもは下卑た笑いのまま首を振る。


『金なんて要らない。捨てる程ある、と』

「えぇ!? でもほら、こんなにぴっかぴかの銅貨ですよ? ほら、凄いでしょ!?」


 少女が慌てて革袋を引っ張り出し、口を開けて見せる。じゃらじゃらと溢れ出しそうになる、眩い輝き。しかし子どもの方は、小馬鹿にしたように鼻で笑った。


『そもそも、この城にはたんまり金銀財宝がある、と。そんな程度では、とても代価にならない、と』

「そ、そんな……」

 

 少女は、財布を握りしめたままたじろいだ。てっきり近所に住む悪童が、捨てられた古城を遊び場にしていると認識していたのだが。

 しかしそうなると奇妙である。いったいなぜ、そんな価値のあるものがこの城には大量に残されているのか。そしてこの子どもは、どうやってそれを見つけ出したのか。ひょっとすると少女の故郷とは違い、この世界において金銀財宝とは、大した価値のないものなのか。


 少女の脳内にいくつもの疑念がよぎっていく中、再び子どもが語り掛けてくる。


『どうやって“ここ”に来たか教えろ、と』

「どういうことです?」

『お前はこの世界の人間ではないだろう。どうやって来たか、その方法を教えろ、と』


 瞬間、少女の心臓が跳ねあがった。女神が翻訳を誤ったのかと思い、ちらりと目配せをするが、光球は相変わらずひゅるひゅると飛び回るばかりだ。


「な……なぜ、そう思うんです?」

『お前が使っている言語も硬貨も、この世界のいずれの時代にも使用されていないものだからだ、と』


 少女は眼を見開いた。己の愚かしさを呪うよりも、この子どもの尋常ならざる洞察力に驚愕してしまったのだ。

 確かに少女は、異世界からやってきた存在である。この世界にとっては、少女のもつすべてが異物であり、勘の良い者ならばその異常性に気が付くことができるのかもしれない。

 しかし少女が露にしたのは、あくまでも子どもが指摘した通りに、言語と硬貨だけである。いかにも怪しげな光の球や、ひょっとしたら少女の装いも一助になったのかもしれないが、それにしてもこの数分間の内に、たったそれだけの判断材料から少女の正体を掴むなど尋常ではない。

 そうだ、この子どもの方こそ、異常だ。


 少女の背筋に怖気が走る。対峙するちっぽけな存在に脅威を感じ取り、じりじりと後ずさる。

 すると眼の前の“何か”が、ぱっと表情を改めた。今しがたの卑しさを感じさせるものではない、純真な子どもだけができる美しい笑顔を、少女に向けたのだ。

 

『教えれば、この城と中にあるもの全てをくれてやる、と。飲まなければ力づくで聞き出す、と』

「随分と上から目線な! 何様のつもりですか!?」

『@●$¶Θに怒鳴られても困る。そう言っているのは、この小人はーふ・りんく


 少女が思わず声を荒げると、自分が怒られているものと勘違いしてしまったらしい。光の球がブルブルと震えながら、小さく縮こまってしまった。

 そしてそれを見た子ども―小人はーふ・りんくとやら―が、ケタケタと愉快そうに笑い出す。そこに侮蔑や邪念を見て取ることはできない。果たして演技なのか、見た目通りの子どもの素直さの発露なのか。まだ若い少女には、そのどちらなのかは分かりかねた。

 

「教えたとして、理解できるとは思えませんよ」


 少女はこめかみを抑えながら、可能な限り落ち着いて、小人はーふ・りんくに向かって語り掛ける。

 考えようによっては、好機とも言えた。少女が手に入れた“世界渡り”の超魔法は、結局のところ異なる世界間を移動するための手段だ。その可能性は無限だが、簡易魔法のように空気中から水分を抽出してのどを潤したり、火を熾して暖を取ったり、岩壁を削って寝床を用意したりすることはできない。大なれども小を兼ねることはできず、従って目下のところ少女が必要とするものを創出することは不可能なのだ。

 ならばその知識を売って拠点や資金を調達するというのも、取り得る選択肢としては悪くない。ただし、まったく問題が無いわけでもないのだが。


「よしんば理解できたとして、果たして貴方にその知識を利用できるのですか? 」


 そう言って少女は、小人はーふ・りんくを睨みつけた。

 この種の油断ならない人間は、後になってから『やはり無理だったから、全部返せ』などと、平気で難癖をつけてくるものだ。だが少女が心血を注いで解き明かしたこの“世界渡り”を、ただでくれてやることになるなど、まっぴら御免である。


 すると小人はーふ・りんくが、またも表情を変えた。やはり笑顔ではあったが、そこにはもう邪気も無邪気も存在していない。

 己の実力と経験によって裏打ちされた、自信に満ち満ちた誇らしげな笑みであった。


『“大英雄”である俺様に不可能はない、と』


―懐かしいなぁ。あの頃のノーリは、すっごくツンツンしてた!

―その頃のノーリなら、儂も良く知っとるぞ。すんげぇ眼つきしとったわ

―ちょっと! 話がずれてますよ!

―はー。人間ってぇのは変わるもんだな。しかし、具体的に何年前の話なんだ?


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