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名も無き世界・3

―まったく、最悪のファースト・コンタクトだったぜ

―チィとかいう女神様もそうだが、この世界の神様も大概だった


 

 果たして悪い出来事というのは、かくも連続性をもって起こり得るものなのだろうか。

 あるいは何かとてつもなく良い出来事が起こった際に、整合性を取ろうなどという考えのもと、混沌の宇宙が揺り戻しを行うのではないのか。


 ノーリを始めとする団員らの脳内で、こんな“いちゃもん”めいた、もしくは八つ当たりめいた思考が激しく渦を巻いていたのも、無理からぬことであろう。

 何せこの時のアラインの面々は、同位体1号という宇宙でも最も悍ましい存在から辛くも逃れ、緊急避難先として逃げ込んだこの世界で、また新たな脅威に晒されていたのだから。


「チィ! 何が起こっているんです!?」

「チィにも分からない! この世界に、こんな奴らは居なかった筈なのにっ!」


 ノーリの問いに、団員ナンバー1にして最高戦力であるチィが、焦りも露に叫ぶ。かつてとある世界を守護してきた強大な女神である彼女を、ここまで動揺せしめるとは。今まさに対峙せんとしている存在たちは、1号の名を冠する“貪食”と同じように、強壮な相手であるらしかった。

 起き抜けの女神さまにご利益を期待するのも酷なことだが、それにしてもこう立て続けに危機に遭遇するというのは、何か得体の知れない力が働いているのかのようだと、邪推したくなってしまう。


『来ます! まず正面に、反応が1つ!』


 ピャーチの報告とほぼ同時に、チィが動いた。瞬時に全身を震わせて光の球体へと姿を変えると、壁に向かって突進する。

 

 ぼがんっ!


 床が大きく抉れ、硬い石材と共に光球が外へと飛び出して行く。

 すぐ真横に立っていたナインは、その際の風圧をもろに浴びることとなり、反対側の壁へと叩きつけられることになった。

 

「ぶごほぉっ!?」


 大きな身体が一瞬石壁に張り付いた後、ゆっくりと床へと落ちていき、そのまま潰れた蛙の様に動かなくなる。幸いなことと言うべきか、すぐそばで気絶したままのタムにぶつかることは無かった。

 一瞬、彼の下に駆け寄り、介抱してやりたい衝動が芽生えたが、無理やりに押しつぶした。今のノーリは1人の娘でなく、団長として振る舞わねばならないのだ。

 それに守護対象である自分が軽率に行動することは、ナイン自身も望まないであろう。

 

「皆、ノーリを護れ!」

「応!」

「分かってますわ!」


 残された団員たちも、情けない姿を晒すボディガードに構う余裕も無く、弾かれたように動き出した。会議室の中心で膝をつくノーリを囲むように展開し、チィが空けた壁の穴を正面に見据えながら身構える。

 

 ばちばちっ!

 びきぃぃぃん!


 何かが破裂するような、あるいは固い物同士が激しくぶつかり合う様な音が、外から響いてきた。どうやら外で、チィと新たに出現した超存在とが接触したらしい。

 激しく明滅する光に思わず目を覆うノーリたちだったが、次の瞬間、壁の大穴から見える光景に今度は息を呑むこととなった。


 現れた存在は、見目麗しい少女だった。

 薄衣を身にまとい、輝く金色の長い髪を振り乱し、6枚の大きな白い翼を背負うその姿。


 天使。

 無限に広がる宇宙の何処かに存在するという、無垢なる魂たちが集う“天上”の守護者。

 可憐で儚げなその容姿とは裏腹に、秩序と法の執行者として恐るべき力を振るう番人。

 その美しさは聞きしに勝るものだが、それ以上に身体の奥底から湧き出てくる“畏怖”たるや、すさまじいにも程がある。

 整った顔立ちに浮かぶ怒りの色に加え、その細腕によって振るわれる長大な戦斧。小柄な娘の背丈の倍はありそうなその得物が、チィの光の拳と激しくぶつかり合っている。


 まさしく人知を超えた存在の出現に、ノーリの心身が震えていた。


「お前ら、何者だ!? 何をしに来た!?」

「それはこちらの台詞です! 貴女方は何者ですか!? 何を求めてこの世界へ!?」


 激しく鍔ぜり合うその最中、2人の超存在がお互いの正体を問いかけ合う。

 実力は完全に伯仲。つまりこの娘もまた、同位体だ。ならばチィ1人の手には余るだろう。


「ピャーチ、援護してやれ! 準備は整っているだろう!?」

『お任せあれ!』

 

 スィスの命令に対し、ピャーチが即座に応えた。会議室の立体投影装置が再起動し、戦況をワイヤーフレームと文字で表示していく。

 

 対空迎撃用の機銃。

 ミサイル。

 防御障壁シールドに、結界。


 先の“貪食”との戦闘で使用されていた以上の数の防衛機構が、外壁や屋上の床、尖塔などの偽装を取り払い、一斉に動き出したようだ。

 フィーアやスィスらの技術的支援を受けたそれらは、物質的な肉体を持つ敵は勿論のこと、実体をもたない存在に対しても有効に機能する。チィに匹敵するそれが相手となれば、必殺とはいかないだろうが、それでも当たれば多少の効果を期待できるだろう。 

 よしんばダメージを与えられずとも、隙を作るだけでもチィの助けに……











「させんよ」








 戦闘音に混じり、凛とした声が一同の耳に届いた。

 次の瞬間、今しも上空の天使に向けて火を吹こうとしていた兵器群が、『状況:破壊』という簡潔な表示と共に停止する。


「な、何が起こったんです!?」

『不明です! 攻撃を受けたとしか……』


 ピャーチがAIらしからぬ報告する中、今度は兵器の状態がリアルタイムの映像として映し出された。確かにデータ表示通りに破壊されている。だが奇妙なことにそれらは皆、縦や横に、まるで測りとったかのように綺麗に真っ二つに割れていた。


「どういうことなの……?」


 ノーリの知る限り、この城の兵器はピャーチが自ら設計・製造した特注品だ。材質も、様々な世界で入手した資源を利用した特殊合金である。


―それを、ああも容易く……しかも、まるで“切る”ようにして?


 訝るノーリだったが、その原因はすぐに明らかになった。


『も、もう1体! すでに結界の内側に入り込まれています!』


 ピャーチの叫びと共に、投影装置の映像が切り替わった。


 屋上の様子だ。煙を吹きながら沈黙する機械の残骸の中で、静かに佇む何者かの姿が見える。


 娘。否、女性だ。

 軽装鎧に身を包み、腰にただ一振りの細身の剣を携えた、女武者。ほんの数秒の内に破壊を振りまいたのは、彼女の仕業なのだろうか。


『貴様ら、見えておろう?』


 ノーリたちが息を呑んで見つめる中、女性が映像越しにこちらを見た。鋭い眼光の中に、力強い意志の光が瞬いている。

 彼女もまた、同位体だ。ノーリはそう確信した。


『早々に降伏せよ。さもなくば……』

 

 その言葉が終わるよりも前に。女性の背後の床がぱっくりと開き、中から2枚の金属板を重ねたような装置が現れた。電磁力の効果で砲弾を飛ばす、超電磁砲レールガンだ。直撃すれば、如何な同位体と言えどもただでは済まないが……

 

『ふん』


 一瞬、女性の艶やかな黒髪が風になびき、2本の角が露になる。その拍子に。


 ごとり


 超電磁砲レールガンの砲身が、火花を散らしながら中ほどで折れた。否、切り落とされた。


『……この通り、容赦はせん』


 いったいいつの間に抜き放っていたのか。女性が刀剣を鞘に納めながら、一方的に宣告した。





「不味いな…」


 外の喧騒とは裏腹に、静まり返った会議室内で、ドスが呻くように言った。


「あの女も、かなりできるぞ」

「……ひょっとして、ドスよりもですの?」

「たわけ! あのブヨブヨの相手をして消耗しとらんかったら、充分に闘えるわい! ……しかし、口惜しいが……」


 セーミからのツッコミに強気に応じつつも、すぐに尻すぼみになってしまうドス。

 だが、彼を責められる団員などこの場には居ない。“貪食”との戦闘を経て誰もが疲れ切っており、チィ以外には抵抗することなど不可能だ。

 ノーリの方も、ただでさえ“世界渡り”の使用が立て続けになっているこの状況で、もう一度緊急避難を行うこともできないだろう。


 スィスが苦々し気に呟いた。


「チィが迂闊に動かなければな……」

「仕方あるまい。ついさっきまで闘っておった上に、あの羽の生えた娘の強靭な“気”に中てられたんじゃろう」

「それだけではありません。この世界には、本当ならば同位体は“1人”しかいなかったんです。それがこんな……」

 

 半ば茫然としながら、ノーリが立体映像を見つめる。

 上空には守護女神に匹敵する天使がおり、地上には城の武装を丸裸にせんとする女武者が降り立っている。さらにピャーチの報告通りなら、後1体がどこかに潜んでいる筈だ。

 力ある存在たちが一気に3体も現れたら、チィもアラインを護るために警戒せざるを得ない。なし崩し的に戦闘に陥ったのも、悪い流れではあるが、仕方のないことと言える。

 

 だがしかし、進退窮まってきているのは確かだ。


「ど、どうするんですの?」


 セーミが杖を抱きしめながら、おろおろと一同を見回す。


「このまま闘うんですの? それとも降参を……」

「どっちもできない」


 激しく動揺するセーミに対し、トリーがきっぱりと言い放った。


「満足な戦力が無い以上、継戦の愚は回避するべき。でも、あの同位体たちに屈することもまた同様」

「そうねぇ。あいつらの正体が分からないのに、はい分かりましたーって従うのも危険よぉ」


 フィーアの言葉に、団員たちが力強く頷いた。


 この世界は、ノーリとチィがあらかじめ逃げ込める先として用意しておいた安全な区域だったのだ。2人はこの世界を知り尽くしており、団の脅威となり得る一切が存在していないことも、確認済みなのである。

 だというのに、現状はこれだ。

 何か、この世界を揺るがすような出来事が起こり、状況が著しく変化している可能性がある。ならば団としては、新たな世界を訪れたときと同じように行動するべきだ。

 情報を収集し、分析し、行動指針を決定し、その上でようやく、団として動く。その用心深さこそが、このアラインを混沌の宇宙の中で存続させてきたのだ。


 よもや逃げ込んだ先で囚われの身になり、永遠の旅路を塞がれてしまうなど、いずれの団員にとっても望むところではない。


「危険ですが、この城ごと何処か“別の場所”へと転移しましょう」


 ノーリが、両手を握りしめながら言った。すると団員たちは、今度は不承不承といった感じで頷く。

 団員たちがそれぞれに持つペンダントの、“瞬間移動テレポート”機能。それは、この城自体にも備わっている。やはりノーリの超魔法メタマジックとは違い、別の世界にまで移動することはできないが、少なくとも現状を脱する程度のことはできそうだ。


「……根本的な解決に……ならないけど……」

「仕方あるまい。手籠めになるよりはマシだ」

「転移した直後に、偽装魔法を何重にもかけなきゃねぇ。奴ら、すぐに私たちを見つけて飛んできたんだからぁ」

「それについては、フィーアとスィスにお任せしますよ。では……」

 

 仲間たちの同意を得たノーリが、未だに外で闘い続けているチィに対し、連絡を取ろうとする。

 

 その時だった。

 

「う……」


 団員たちの背後の方から、呻くような声が上がった。つい先ほど打ちのめされた、ナインのもの……ではない。そのすぐ横で倒れていた、タムのものだった。“貪食”に分身体を喰われた際の苦痛によって気絶していたが、ようやく目覚めたらしい。


「タム! 気が付きましたか!」


 ノーリが胸元からペンダントを引っ張り出しながら、叫んだ。 


「これから私たちは、“瞬間移動テレポート”を使用して逃亡します。貴女も準備を……」


 団長の言葉に対し、タムは返答をしなかった。ふらつきながら立ち上がり、ゆっくりとノーリの方を見据え。



 そして、“にやり”と笑いながら口を開いた。






「だからよぉ、させねぇっつってんだろ」







「えっ」


 突如、メイドが動いた。会議室の中心、つまりは団員たちの輪の中に一直線に飛び込むと、ノーリへと掴みかかる。


「何をっ」

「血迷ったか、タム!?」


 団員たちが驚愕する中、タムは素早くノーリの背後に回り込み、その細い首に腕を回した。そしてぐるりと視線を巡らせながら、言い放つ。


「お前さん方、動くなよ。大人しくすりゃぁ、悪いようにはせん」


 普段の、団員らへの献身的な振舞からは信じられない凶行。それに加えて、彼女らしからぬ乱暴な口調。何が起こっているのかは、明らかである。


『さ、3体目の同位体の反応を確認……会議室内です……』


 ピャーチのアナウンスが、会議室内に虚しく響いた。 

 

―少なくとも、これだけははっきりと断言できる

―神を自称する連中に、碌なヤツはいねぇ!

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