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環状の世界・25

―戦争ってのは、残酷な程に物量が物を言う

―例え個人の力がどれだけ優れていようと、圧倒的な兵力と連携の前には無意味だ


 古の者たちに所縁あるとされる、南壁の森。その北側に位置する首都フィエルとの間には、広い平野が存在している。

 よく整備された石畳の街道を除けば、後はどこまでも芝草が生い茂り、時折なだらかな丘陵があるばかりの、なんということのない土地だ。 

 しかし今ここには、凄まじい数の軍勢が集いつつあった。あらいんを名乗る、聖域を穢した不届き者たち。それらを誅せんと、帝国中から参じた猛者たちだ。


 その総数、約24万。大陸各地の拠点を防衛するための、最低限の戦力を除いた、全常備軍である。


「壮観であるな」


 そんな並び立つつわものたちを神輿の上から睥睨し、感慨深げにつぶやく者がいた。

 まだ幼くすら思える顔立ちと、それに反して立派に鍛え上げられた肉体。そして頭上に輝くのは、太陽を模った冠。 

 彼こそ、この強壮なる軍勢の頂点に立つ男。大陸を支配するゲルム帝国の長にして、“最強”の実力者である、大帝その人である。

 

 帝位についてから初めて軍を差配するというのに、その表情には一切の緊張が見られない。それどころか、誇らしげにすら見える。それもその筈だ。歴代の大帝の座についた強者たちの中でも、この規模の軍勢を率いた経験をもつ者は存在しないのだから。

 ゲルムの建国と同時に比肩しうる勢力が大陸から失せてしまったという、どうしようもない理由があるにしても。否、だからこそ、この機会を得たられたことは無上の喜びであろう。


「まったくですな」


 脇に立つ大臣のエッボが応じた。


「兵たちも皆、奮起しております。このような大戦おおいくさに参じられることは、まことにゲルムの民として誇らしい限りでしょう。無論、この私めも」

「分かっておる。お前たちには、期待しておるぞ」

「勿体なきお言葉にございます。この死にぞこないの命、存分に使い潰し下さいませ」

「うむ。朕も、ゲルムの名に恥じぬように振舞うつもりだ」


 深々と頭を下げるエッボに対し、大帝は鷹揚に応じた。


 会談を求めてきた使者を相手に、手酷い仕打ちを下してしまったという負い目があるエッボは、文字通り命懸けでこの戦場についてきてくれたのだ。軍勢の最も内側にあり、50名の近衛に守られる本陣ではあるが、危険であることには変わりない。

 本来死罪となっていたところを救われた彼なりの、償いのつもりなのだろう。素晴らしい忠君だ。

 もっとも、ここ最近の説明不可能な感情の高ぶりが無ければ、如何に慈悲深い大帝と言えども、冷徹な処罰を与えることになっていたのだろうが。


「大帝様! 全軍、集結いたしました!」 


 各軍を率いる将軍が、勇ましく報告した。いよいよ進軍の態勢が整ったのだ。“画像電話機”や“空間跳躍ジャンプ装置”といった、偉大なる古の者たちの遺産のおかげで、時間は半日もかかっていない。実に便利な力だった。


『これらを上手く使えば、一気にあらいんらの居城まで攻め入ることもできる』


 直前までの軍議においてはそのような意見も出たが、大帝はあえてそれを許さず、こうして敵の城から一定の距離を置いた地に本陣を構えることとした。


 向こうにもこちらと同等以上の技術があることがはっきりしている以上、こうして悠長に時間を与えるのは愚策と言える。あらいんに防御策を講じることを許すばかりか、反撃の隙を与えることになりかねないからだ。


 しかし、それでも構わない。

 何故なら大帝が、そしてゲルムが本質的に望んでいることは、正面からのぶつかり合いだからだ。

 相手の準備が整っていない内に強襲をかけ、一方的に滅ぼしてしまっては、もはやそれは闘いではない。そんな行為は、この大陸を支配する大帝として許されない。 


―ふむ……?


 そこで大帝は、矛盾に気づいた。

 

 正面からのぶつかり合い。それは確かに、素晴らしいものだ。正々堂々たる力と力の衝突は、より強い者を決定付ける手段として、最も優れているのだから。


 だがそれならば、何故自分は、暗殺者たちを使うことを許可したのだろうか? 結果論ではあるが、初めからこうして軍を招集し、攻め入れば良かったではないか。一度は迂遠で卑劣な手段に頼っておきながら、今更これではおかしいではないか。


 それどころか、自分はいったいいつからこんなに好戦的になったのだろうか? 本来自分は、争いを好まぬ弱い人間だった筈だ。それなのに大帝の座を求めたばかりか、こうして未知の存在を相手に戦端を開こうとしている。


 冷静に考えてみれば、自分の行動は何処かがおかしい。支離滅裂ではないだろうか。

 大帝は、そう感じずにはいられなかった。


―まるで、そうだ。朕の中から、何か得体の知れないものが強く命じてくるような……

 

 恐ろしい想像に、背筋が寒くなるような恐怖が、全身を駆け巡る。


 その折のことだった。


『伝令! 何者かが、“ジャンプ”してきます!』


 黙考しかけていた大帝の耳元で、小型通信装置ががなり立てた。観測兵からの報告だ。


―遂に、来たか。


 途端に嫌な感情が綺麗さっぱり消え去り、大帝は何事もなかったかのように正面を見据えた。

 無益な思考は、暇なときにいくらでもすればよい。今はまず、闘いを。ゲルムが渇望せし闘いを!


 兵たちの間に、緊張が走る。

 恐れからくるものではない。喜びによるものだ。

 大陸が平定されて以来、ずっと行われてこなかった“戦争”。帝位を巡る個人間の闘争とは真逆に位置すれど、同じく究極の闘いの形態であるそれは、兵たちがずっと待ち望んで来たものだからだ。


 来る日も来る日も己の肉体を苛め抜き、闘いの術を学び、帝国のために命を懸けることを心に刻んできた。

 それが今日、ようやく報われる。

 その事実を喜ばない者が、この場にいよう筈がない。

 

 そしてそれにはもちろん、大帝自身も含まれていた。


「備えよ」

「ははっ!」


 大帝が将軍に向かって短く言うと、応じた将軍は即座に手元の通信装置に向かって怒鳴り始める。

 それからやや間を置いてから、平野の向こう側、森の入り口付近の空間が歪み、一瞬大きな光を放った。


 “ジャンプアウト”。空間を跳躍する技術により、異なる場所から何者かが現れ出る兆候だ。


「くるぞぉ! 砲兵、構えぇーい!」


 将軍の命令を受け、“浮遊大筒”の砲塔がグイッと持ち上がった。空間の歪みに狙いを定め、いつでも先制攻撃をかけられるように準備を整える。


 光の中から1人の男が現れたのは、まさにその時だった。


 そう。平野に降り立ったのは、1人きり。


 たった1人の男だった。


 しばしの沈黙をおいてから、将軍が怒鳴りだした。

 

「おい、どうなってる!? 他にはいないのか!?」

『はっ! ……いいえ、将軍。“ジャンプ反応”は、1つきりであります!』


 観測兵の困惑気味の返答が、通信装置越しに聞こえてきた。

 様子を見ていた兵たちも、どよめき出す。


 予想外の展開だ。こちらがこれだけの兵を揃えて来たのだから、向こう側も、同等とは言わないまでも、それなりの軍勢を送り込んでくることと思っていたのだが。

 

「遠眼鏡を」

「はっ!」


 大帝の求めに、近衛が素早く応じた。腰に結わえてあった、手のひらに収まるような大きさの平たい板を取り出すと、恭しく差し出してくる。

 大帝はそれを受け取ると、“ジャンプアウト”してきた人物に向かってそれをかざした。すると板の表面が、白い縁を残してにわかに光り出す。これも遺物の1つである、遠方の様子を大きく見やすくしてくれる装置だ。

 大帝は板の表面に軽く触れると、電子的に映し出された画像を拡大した。


 男だ。

 伸ばし放題の髪に、無精髭。ほとんど襤褸切れと言って差し支えない衣服をまとう、見すぼらしい姿。帝国でもっとも貧しい地域に住む者でさえ、かような格好はしないだろう。

 しかし鍛え上げられた肉体と、こちらを不敵に見据えるその眼光は、何か尋常でないものを感じさせる。


「これはいったい、どうしたことでしょうかな……?」


 隣に立つ大臣が、困惑した声を上げる。

 それに対し、大帝は答えた。


「敵だ」

「はっ?」

「敵だ。1人で朕らと、ゲルムと闘おうというのであろうよ」


 大帝には、奇妙な確信があった。


 あの巨漢は、間違いなくあらいんに連なる者だろう。この状況から考えるに、それは間違いないだろう。

 

 驚くべきは、その太々しい態度だ。これ程の軍勢を前に萎縮するどころか、まるで品定めをするかのようにこちらをねめつけている。とんでもない愚者でもなければ、実力者としての自信の表れだ。

 

 そう。この男は、独力でこの軍勢と渡り合えるという自負をもっている。だからこうしてノコノコと、1人で戦場に出てきたのだ。


―そしてそれはつまり、“朕と同等の力を有している”ということに他ならぬな 


 ふと大帝は、自分が口の端を釣り上げているのに気が付いた。

  

 予想外にも程がある、小規模な相手。しかし彼はきっと、自分を満足させてくれる……

 

 そんなことを考えていると、突然巨漢が動きを見せた。

 腰に手を当て、ふんぞり返る様にして、鼻から大きく息を吸い込んでいる。見る見るうちに上半身が膨れ上がっていき、やがて破裂するのではないかと思われる程になった頃、巨漢がやにわに口を開いた。







「 聞  ぃ  ぃ  い  け  ぇ  ぇ  い  ぃ  ! ! ! 」








 平野一帯に、耳をつんざくような爆音が響いた。それと同時に、すさまじい暴風が軍勢の間を駆け巡っていく。

 それが巨漢の発した声だと気づくのに、数秒の時間が必要だった。

 

 兵たちの一部から悲鳴じみた叫びが上がり、少なくない者が耳を塞ぐ。中には自分の肩を抱きすくめる者もいた。

 とんでもない圧力だ。心の弱い者ではとても耐え切れず、卒倒するか逃げ出すかしてしまう程だ。


 だが兵たちは1人として屈することなく、気丈にも正面を睨みつけた。ようやく訪れた好機を逃すまいと、そして何より、ゲルムの名を背負う男達が、無様を晒す訳にはいかないと、己を鼓舞しているのだろう。


 巨漢はその様子を眺め、何故か満足そうにうなずいてから、再び語りだした。


「我らが団長は、貴様らの無礼極まる行いに大層心を痛めておぉるっ! しかぁし! 寛大な団長は、貴様らにその意志あらば、慈悲をもって会談の場を設けるとも言っておるっ!!」


 先ほどよりも、さらに強い圧力が吹き荒れる。もはや暴風どころか、大地が揺さぶられているかの如き錯覚を覚える程だった。

 限界に達したのか、横に立っていたエッボが白目を向いてひっくり返るのが見えた。


 だが大帝はそれに構わず、ただ巨漢を見つめていた。口の端がどんどんつり上がり、笑みが深まっていく。


「非を認め、応ずるも良ぉし! 飽くまで闘いを望み、儂に蹴散らされるも良ぉし! 好きな方を選ぶが良いっ!!」


 言い終えると、巨漢は軽く息をついてから沈黙する。

 恐ろしいばかりの圧力が雲散霧消し、後には穏やかな空気だけが残った。


 なんという言い草であろうか。

 この局面で会談を申し込む体を装っているが、これは実質的な挑発だ。

 臆すどころかこんな大見得まで切るとは、敵ながら実に天晴。

 間違いなくこの男は、愚者などではなく……


「武人よな」


 大帝は、恍惚とした表情で呟いた。


―オッサンの行動は、単なる自殺行為

―あの時の俺には、そうとしか思えなかった

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