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決戦・8


 暗い通路の中、ナインとノーリの2人は進退窮まっていた。

 “貪食”殺処分のために城の屋上へと向かっていたのだが、途中でエレベーターが停止してしまい、仕方なく天井をぶち破ってシャフトへと跳び出し、ずっと梯子を登り続けること数十メートル。

 どうにか終着点に到着したはいいものの……


「うんぎぎぎぎぎっ!」

「まだかよぉ、ノーリ。かなり遅れてるぞ」

「他人事だと思ってぇぇぇ。貴方がやればいいでしょうがぁぁぁぁ」

「適材適所ってやつだ。力仕事なら、お嬢さんの方が向いてるだろ」

「んもぉぉぉぉ!!」


 屋上へ続く扉は固く閉ざされており、まったく開く気配がなかった。先程から、団長様が直々にこじ開けようとしておられるのだが、結果は芳しくない。梯子という不安定な場所なので、全力が出し切れないのかもしれないが、会議室の立派な円卓を叩き割る程の力があってもピクリとも動かないとは困ったものだった。


―手動式の開閉装置が使えればなぁ……


 ノーリのすぐ下で彼女の足を押さえてやりながら、焦れるナインはそのように思っていた。

 この分厚い2枚扉は、エレベーターと同じく電源によって作動する。このように一時的にでも電力が断たれてしまえば、鍵の壊れた隔壁のようになってしまうのだ。一応、扉のすぐ脇の方に、緊急用の制御ハンドルが設えられており、それをひねればロックが解除される筈だったのだが……残念なこと、経年劣化によって作動しなかった(ノーリお嬢様がぶち壊したのかも知れないが)。


 ともかく、外の戦況は悪化する一方だ。切札に指定されたナインたちが参戦せねば、仲間たちに危険が及ぶ。だから早いところノーリに、“気”でもなんでも使って道を切り開いて欲しいところだった。


 ぎぎぃぃぃ~~……


 金属が軋む耳障りな音とともに、頭上から一筋の光が差し込んでくる。どうやら、ついに扉が口を開けたらしい。


「おっ! やったか!」

「も、もうちょいぃぃぃ」

「いいぞぉ、その調子だ」


 ノーリがここぞとばかりに力を込めると、重く分厚い鉄の板が、どんどん引き裂かれていく。シャフト内を飛び散る埃が煌びやかに照らし出され、思わず『光あれ!』などと叫びそうになってしまう。

 そのとき。


「うわぅっ!?」

「なっ」


 突然、扉の向こうから無数の腕が伸びてきた。それらはノーリの身体を引っ掴み、一気に引き込んでしまう。

 慌てて後を追おうとすると、今度は何者かが、にゅっと顔を覗かせてきた。尖った耳に、入れ墨まみれの肌。逆光の中でも、はっきりとその正体が分かった。


「お前は、コンフュシャスか!?」

「遅かったな、ナイン」


 まさに、光の向こうからこちらを覗き込んでくるのは、森人エルフの頭領その人だった。コンフュシャスは、驚くナインの腕を引っ掴み、先のノーリと同じように引っ張り上げる。


「何でここに……メアリはどうした?」

「その話は後だ。邪神デーモンを滅ぼすのであろう? 助力に参った」

「そりゃぁ、どうもな」


 何をいまさら、などと思いながら屋上へと這い上がると、そこには十数名の森人エルフの戦士たちの姿があった。どうやら、さっきのは彼らの腕だったらしい。若干緊張した面持ちでこちらを見つめてくる。


「それで、だ。聞くところによれば、お前たちには“あれ”を滅ぼす手段があるということだが?」

「ああ、まあな」


 『立ち入り禁止』のテープを踏みつけながら、屋上を見回す。戦闘による余波で、積み上げられていた瓦礫はほとんど崩れ、足の踏み場もない酷い様相だ。だが逆にそのおかげで、一帯の視界が開けていたので、目的の物をすぐに発見することができた。


「ナイーン! こっちです、こっち!」

「おう! 今行く!」


 屋上の中央あたり、一つだけ崩れていない瓦礫の山のあたりで、ノーリがこちらを手招きした。そのすぐ隣には、ピャーチも居る。

 ナインは、鉄くずを掻き分けながらそちらに向かった。コンフュシャスたち森人エルフも、訝りながらその後に続く。

 スっ転びそうになりながらも、どうにかたどり着くと、身をかがめて何やら作業をしていたピャーチが、やにわに腰をあげてこちらを見て言った。

 

『お待ちしておりました! 今ほどこちらも準備が終了したところです!』

「そいつぁ結構。で、俺如きに何をしろってんだい?」

『当然、“これ”を使って頂くのです。何せ時間が足りず、未完成ですので』


 ピャーチが、カツンと瓦礫の山を叩く。否、瓦礫に見えるそれこそが、この『貪食殺処分計画』における切札の1枚だった。

 以前にノーリとここを訪れたときとは違い、今は掛けられていたシートが引っぺがされ、その全容が明らかになっている。太く大きく長い筒と、それを支える四角い台座。床下から伸びる無数の極太ケーブルと接続されたその様は、無機的なのにどことなくグロテスクな印象を受ける。


「超高出力 熱線レーザー兵器。使えるのか?」

『はい! “使用は可能”です!』


 実に引っかかる物言いだった。本来ならば、完成までもうしばらくかかるとの話だったのだ。“貪食”の来襲が早まってしまったので仕方がないにしても、一抹の不安を覚えてしまう。

 すると、後ろから眺めていたコンフュシャスが、感心したように言った。


「これは、光を利用した絡繰りなのか。かなり大出力のようだが、電力はいかにして賄うのだ? それに冷却は?」

「おっ。なんだよ、分かるのか?」

「当然だ。無能人がこさえられる程度のものならば、我らにも容易く理解できる」

「そうかよ。俺はてっきり……」

「ふん、未開地の野蛮人とでも思っていたのか」

「ああ。お前らが俺たちを、『無能』と呼ぶようにな」

「……」

「もう! 何をつべこべと言っとるんですか、貴方たちは!?」


 険悪な空気が辺りを包みかけたところに、横からノーリが喝を入れる。

 

「今は、あの“貪食”をどうにかするのが先決でしょうが! 喧嘩したいんなら、後で良いだけおやりなさい!」

「むぅ……」

「へぇへぇ」


 不承不承に頷くと、ナインら一同は改めて塀の向こう側、すなわち戦闘区域キル・ゾーンに眼をやった。朝まではきちんとした山があった筈のそこは、今や巨大な窪地となっている。その中心部分に立っているのが、全身が真っ黒な巨人。同位体1号、“貪食”だった。だが、以前見たのとは少々そのフォルムが異なっている。

 本来2本であった筈の腕が6本に増え、それぞれに大きな剣だの斧だのを携えている。頭の方は3つだ。後頭部を張り合わせ、まるで死角をカバーするかのように、全周囲に例の無数の目玉をぎょろぎょろと巡らせている。

 武器の概念まで理解するようになったとの報告はつい先ほど聞いたが、まさかこの短時間に、また更なる成長を遂げるとは。もはや、一刻の猶予もない。時間をかければかけるだけ、あの化け物は力を増していくだろう。


「で……具体的には、何をするんだ?」

『はい! お願いしたいのは、“照準”です!』


 ピャーチが待ちわびたとばかりに説明に入った。


『突貫作業でどうにか形だけは出来上がったのですが、自動照準機能は未完成です。そこで、軍務経験のあるナイン様に、代役を務めて頂こうかと』

「俺は歩兵だったんだぜ? こんなモン、使えねぇよ」

「この土壇場で、ガチャガチャ文句を言うもんじゃぁないですよ。“射撃”はお得意でしょう?」

「得意って程じゃぁないんだよなぁ。それに、“砲撃”の方はまったくもって門外漢だ」

『威力は保証しますよ。何せ出力を高め過ぎたので、3回以上使用すると、砲身が溶解してしまいますから!』

「欠陥品じゃねぇーかよ! ふざけんなっつの! つか、電源はどうなってるんだ? エレベーターは動かなかったぞ」

『心配ご無用です。緊急時につき、回路をバイパスして、縮退炉と無理やり直結させましたから。予備電力の方も頂いております』

「いつまで経っても動かなかったのは、お前のせいかよ……」


 てっきり戦闘の余波で城が破壊されていたのかと思っていたが、城中のエネルギーをピャーチが掠め取っていたようだ。


 ぶつくさ言いながら、ナインは砲身の真後ろに立つ。

 榴弾砲程度ならば使ったことがあるが、これとはまったく別物だ。強いて近いものを上げれば、戦車か自走砲などが該当するのだろうが、あいにくとどちらも未経験である。心底、扱える自信がない。

 

「猶予は3発か。キツイな」

『ご安心ください! たしかに砲台にカテゴライズしてはいますが、打ち出されるのは砲弾ではなく熱線レーザーです! つまりは、ナイン様がお持ちの武器を巨大化させただけの代物なんですよ!』

「成程、つまりは熱線砲レーザー・キャノンってことか。それなら」

「できそうですか?」

「ああ。ま、やってみるさ」


 火薬式にしろ電磁式にしろ、実体弾を使用する兵器というのは、著しく環境の影響を受けてしまう。大気、風、温度、湿度、それともっとも分かりやすいのが重力だ。

 分厚い空気の壁によってブレーキをかけられ、おまけにそれ自体の重さによってどんどん下に落ちていく実体弾とは異なり、熱線レーザーは基本的には直進してくれる。キャノンとはいっても、感覚的には愛用の熱線拳銃レーザー・ガンと同じだ。

 リアサイトの様な物も無いので、完全に当てずっぽうでの照準だが、使い慣れた装備と理屈が同じだとすれば、少しは気休めになる。


『ノーリ様と森人エルフの皆様は、ナインの指示に従って砲身の向きを調節してください』

「合点です! さぁ、貴方がたも!」

「む、分かった」


 むっつりと黙りこくっていた森人エルフら一同も、ノーリに急かされて砲身に取り付いた。極太の筒の下に手を突っ込み、唸りながら持ち上げて行く。

 ナインは、砲の後ろにしがみつくようにして構えると、ペンダントの通信機能をオンにした。相手はスィスだ。


「爺さん、準備できたぜ」

『待ちわびたぞ』

 

 短い答えの後、一瞬のタイムラグがあった。そしてまた、ペンダントからスィス老人の声が響いてくる。


『これより、計画の第3段階へと移行する。可能な限り“貪食”の動きを抑えよ。城と“貪食”との直線位置には入るな』


 この戦闘区域キル・ゾーンに全人員に向けた指令だ。いよいよ計画も大詰め。ここでナインがしくじれば、全てはご破算。ナインとアラインは、この世界共々に喰いつくされることになる。まったく、この土壇場になってから急にこんな大役を任されるとは。


「それで、狙いは?」

『頭だ。奴の動きを観察する限り、そこがもっとも可能性が高い』

「もしもその読みが外れてたら?」

『そのときは、そのときだ。気にせずにやれ』


 それきり、スィスからの通信は切れてしまう。

 

―胴体ならまだしも、頭か。しかも3つ……


 ただ命中させるだけでも面倒なのに、まったく難題を押し付けてくれる。もしも上手くいったのならば、例の『願いを叶えて貰う』権利は、是が非でも要求しなければならないだろう。

 ナインは軽く息をつくと、意識を集中した。

 宙を舞う3つの白い光に向かっていくつもの武器を振るい、激しく地団太を繰り返す巨人。空を飛ぶチィたちや、足元のタムたちに完全に気を取られている巨人の、その大きな身体と熱線砲レーザー・キャノンの砲身を、視界の中で重ねていく。


「もっと上だ。持ち上げてくれ」

「はいはーい!」

「ぬぅぅん!」

 

 ノーリが軽快に、森人エルフたちが唸りながら返答する。ごとごとと重苦しい音を出しながら、巨大な筒が水平から傾いた。

 さっきまで見えていた巨人の頭から下の部分が、砲身の表面で隠れていく。……このあたりだろうか?

  

「今だ、撃て!」

『了解! 発射!』


 ピャーチの宣言と共に、砲からぶわっと熱気がぶちまけられた。だが他には音も、派手な閃光もない。熱線レーザーとは、そういうものだ。

 

 ナインの視線の先で、巨人の腕の一本がはじけ飛んだ。突然の出来事に、“貪食”は動揺したようにたじろぐ。

 駄目だ。照準が甘かった。


「あちちちっ! ど、どうなりました!?」

「外れた。すぐに2射目を撃つぞ」

「そんな! これ、すっごく熱いんですよ!?」

「ガチャガチャ文句言うなよ。ほれ、今度は左だ」


 ノーリたちが苦悶の呻きを上げながら、また砲身を微調整する。きょろきょろと、何かを探すようなしぐさを見せる巨人の頭に、再度照準。


「今!」

『了解、了解! 発射!!』


 再び、熱気がぶちまけられた。今度は頭部に命中。だが、3つあるだけの1つ、それも半分ばかりだ。


「今度は左過ぎたな」

「あぢぢぢぢっ!! ナイン、しっかりしてくださいよ!」

「分かってるよ、癖は掴んださ」


 とうとう巨人も、新たな脅威の存在に気が付いたようだ。3つの頭が、同時にじろりとこちらを向く。もう、時間がない。


「右だ、右に頼む。ほんの少しな」

「ぐおぉぉぉっ」


 砲身がわずかに動く。先程よりも、ぐっと精度は上がった筈だ。だが、まだ足りない気がする。発射に踏み切ることができない。 


「まだか、ナイン!?」

「待ってくれ、もう少し」

「我々とて、いつまでも耐えられんぞ!」


 コンフュシャスが、焦ったように叫ぶ。ナインとて急ぎたいところだが、あと少し、あとほんの少しだけズレがあるようなのだ。ナインは、瞬きもせずに前方を見つめながら言った。


「もう“ちょい”、右だ」

「ちょい、ってどれぐらいです!? もうちょい具体的に言ってください!」

「ちょいはちょいだよ。いいから、右に、もうちょいだ」


 巨人がこちらに向かって歩き出したのを確認しながら、ナインはそう応じた。すると、さすがに我慢の限界に達しつつあるようで、ノーリだけでなく森人エルフ連中からも文句が飛んでくる。だが、無視だ。

 砲身からの凄まじい排熱で、手を添えているだけのナインですら火傷を負っている。それを両腕で支えているともなれば、ノーリたちの苦痛は筆舌に尽くしがたいものだろう。それに対しての謝辞や慰労など、後で良いだけやってやればよい。

 今はとにかく、なすべきことを精一杯になすのみだ。


『まずい、注意しろ!』


 突然、スィスからの通信が入った。と同時に、巨人が腕の一本を振りかぶり、手の中の戦斧を放り投げた。

 目標は、勿論ナインたちの居る城の屋上だ。ぎゅんぎゅんと不吉な音を立てて、闇の刃がこちらに迫る。

 直撃コースだ。女神様たちが遅れてそれに追随するが、恐らく間に合わない。


「ナイン!」


 ノーリが喚く。


「まだですか!?」

「……ああ。ちょうど今、終わったとこだ」

「えぇ!?」

 

 このお嬢さんが、声を上げる瞬間。ほんの“ちょい”と、身体を動かしたのだ。

 その拍子に、本当に皮一枚程度だけ。熱線砲レーザー・キャノンの砲身が、右に傾いだ。


 ここだ。完璧。どんぴしゃり。


 間髪入れず、ナインは叫んだ。


「今だ!」

『了ぉ~解! 発射ぁ!!』



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