顔にぶつかってたけどね
冷製リゾットを食べ終え、うだるような暑さから一時的に開放されたような感覚に満足していると、少し離れたテーブルで食器がぶつかる音が響いた。
「ふざけんじゃねえぞ!」
「ああ、やんのかコラ!?」
「え、何々!?」
驚き、音が聞こえた方へ振り向くと、二人の男が立ち上がり睨み合っていた。今すぐにでも乱闘騒ぎが起きそうなピリピリとした空気が、それまで朗らかだった店の雰囲気を一変させてしまう。
「……まずいな、二人とも帯剣しているぞ」
「え、ここで抜いたりしないよね?」
「だと良いがな」
幸いなことに二人とも腰の剣には手を伸ばしていない。だけど、状況次第ではどうなるかは……。できればけが人が出る前に止めたいけど、そのせいで興奮して抜剣してしまう可能性だって考えられた。
言い合っている内容を聞く限りでは、狩りの方針に関してお互いに納得いかない物があるみたい。
「てめえみてえに突っ込んでたらいくら命があっても足りねえんだよ!」
「そんなこと言ってるから全然成果が上がんねえんだろうが! このヘタレ野郎!」
「なんだと! もういっぺん言ってみろ!」
「何度だって言ってやらあ! このヘタレが!」
「て、てめえ!」
隙をみて動きを止められないかな……。でも、魔法を使おうとしても魔力で感知されたら余計に危なくなるかも……。それなら――。
左右に視線を動かして店内の地脈を確認する。二人を弱体化させれば、サクヤと協力して止められるかもしれない。――使えそうな地脈があった。少し離れてるけど、この距離なら弱い魔力でもなんとかつなげると思う。
気取られないように静かに魔力を練り始める。
そうやっている間にも売り言葉に買い言葉で二人はどんどんヒートアップしていく。そしてとうとう二人の手が帯びている剣へと伸びていき――。
「いい加減にしなさい!」
「ぷげっ」
「がっ」
店の奥から二つの物体が勢いよく飛んでいき、二人の顔面に吸い込まれるように激突した。突然の衝撃に驚いた二人の男性はたたらを踏みながら転倒する。
唐突な飛来物の正体は両方共、こぶし大の氷の塊だった。
……それはそれで危ないよね?
「ここは飲食店だよ! 静かに食べられないんだったら出ていきなさい!」
氷の塊を投擲したのは一人の女性だった。覇気のある声で二人を一喝したあと、つかつかと二人に歩み寄る。私よりも十歳ほど年上だろうか?
「ズ、ズィマールさん……」
「二人共、冒険者だね?」
「は、はい」
「まったく……、冒険者やってれば上手くいかないときだってあるわ。あなた達はその度に仲間に斬りかかるつもり?」
「それは……」
二人共、自分たちが取り返しのつかない事をしてしまうところだった事に思い至ったのか、一気に声のトーンがおとなしくなった。
「少しは冷静になったみたいだね。それで? 食べていく? それとも帰る?」
「た、食べていきます!」
「俺も食べていきます!」
「そう……。それじゃあ、座りなさい。お客様なら歓迎するよ」
ズィマールさんと呼ばれた女性は二人の手を引いて立たせた後、店内を見渡す。そして私と目が合うとわずかに口を動かしてから柔らかく微笑む。
「迷惑かけちゃったね。皆、デザートをサービスするから食べていって!」
「おお、やった!」
「いただきます!」
まるで先程の騒ぎが無かったかのように店内が一気に賑やかになったのを確認し、女性は満足げに奥へと戻っていった。
……ありがとうね。そう動いたように見えた。あの微量の魔力を感じた?
「ちょっと驚いたが、何事もなくてよかったな」
「う、うん。氷の塊が顔にぶつかってたけどね」
「あれくらいどうってことはないさ」
「いやいや、危ないでしょ」
活躍しない主人公
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