第六話「大衆」
題名「お花畑」
最終章「移動手段切り替え編」
第六話「大衆」
革命などと大見得を切った保全機能に対する反乱は、今のところチャケンダの思うように進んでいる。
チョリソーとオウフはケチェに寝返り、ツイカウはショックで廃人同然。
コンスース、ジェジー、そしてガーウィスの三人は囚われの身。
マァクは呪いの能力を失い、俺の秘密を守るために身を隠した。
俺とイェトも大衆に追われて逃亡中だ。
俺たちにとってのプラス要因はスパイタとシシスカンの存在。それだけだ。
物語は半分終了。
この劣勢から、俺たちの逆転なるか?
夜。
約束通りならば、マァク達三人がスパイタの世界にやってくる筈。
天才建築家はシシスカンと云う手土産を手に、女神さまの到来を今か今かと待っている。
約束の時間が迫り、エントリーポイントにぽっと人影が現れた。
人影は一つ。
頭の回転が速いスパイタなればこそ、反射的に身をかがめた。
待ちかねて居るマァクたちなら、人影は三つの筈だ。
そぉ~っと覗き見る。
現れた一つの人影はチャケンダの右腕、メガネのインテリ女、ニューオンであった。
スパイタは例によってソファーの後ろに隠れている。
第5話でも書いたが、この全面ガラス張りでスケスケの建物では、そんなところぐらいしか隠れる場所がない。
また別な世界に逃げようかとも考えたが、 思い起こせば今日は誰かに驚かされてばかり。
一々びくびくとへっぴり腰を見せるのは面白くないし、敵に背を向けてばかりというのも癪に触る。
どうせこの仮想空間にいる限り死にはしないのだ。
少々痛い目を見ても、敵のNo.2に一杯食わせてやれと男を奮い立たせた。
立ち上がり、隠れていたソファーから身をさらす。
ソファーの上に見えている腰から上は凛として居るが、ソファーに隠れている両の足はいまだガクガクと震えている。
恐怖を呑み込んで足の震えが収まったころ、玄関に降りてニューオンを出迎えに行く。
一歩一歩、ゆっくりと段を下がりながら、インテリ女のすまし顔にかます一発目のジャブを考える。
「やぁ、チャケンダの所のオナガか。」
「おなが?」
「カラス科の鳥だよ。」
「ああ。それが?」
「君は無駄に尻を振って歩くだろ?」
戦闘はからっきしの建築家は、おどけて尻を振って見せた。
”カチン!”インテリ女のこめかみから、そんな音が聞こえた。
<※ニューオンです>
ニューオンは紙人形を出現させ、スパイタの襟をつかんでつるし上げた。
「シシスカンはどこ?あなたに会いに来たことは判っています。」
スパイタは痛苦しいのを我慢し、涼しい顔を装う。
「ああ、来たとも。だがもう出て行ったよ。」
これは嘘だ。シシスカンはまだ彼の世界に居る。
ピンク色のビルの地下に潜んでいる。
「一足違いだったな。ざまぁみろ。そうら、そうら。お前なんかチャケンダの前で、尻を振っているだけの女だ。」
宙吊りの状態で尻をふり、No.2をからかう。
眼鏡女史はこみ上げる怒りに我を忘れかけたが、ため息を深くついてこらえきった。
彼女は本題を続ける。
「経路開通工事について、何か知っているか?」
「全て知っている。STEP3の工事を実施してやった。彼女はチャケンダを超える戦闘力を得たぞ。」
「なに!」
ニューオンの顔色が変わる。
「お前は彼女にそう言ったのか?シシスカンはお前の話を信じてニカイーと闘いに行ったのか!?」
スパイタは彼女がシシスカンの裏切りを知らないことに違和感を覚えたが、嘘つきついでにもっとからかってやることにした。
「さぁな。何も言わずに去っていったからな。」
「そうだな。ニカイーが相手と知って、お前が工事をするはずがない。彼女の性格からして、目的を伏せてお前を脅したか?」
彼女は親指の爪を噛んで、悔し気に何かを考えている。
スパイタはトトが脳内に表示する現在日時を見やる。
頃合いだ。思わず顔がにやける。
「忠告だ。今すぐにぼくを解放しろ。さもなくば、後悔することになるぞ。」
「私が何に後悔するというのだ?」
「そうだな…うん。きっと、四六時中眉間にしわを寄せていることをだ。」
「なに?」
「顔が老けるのが早まる。朝鏡に映る自分を見て、しわの数に愕然とする。」
ニューオンは度重なる表六玉の煽りを腹に据えかねて、紙人形に彼の頬をはたかせた。
「お前にはまだ話してもらうことがある。悲鳴のついでにいくらでもほざくがいい。」
「ニューオン!そこまでです!!」
突如耳に入ってきた、聞き覚えのある声。
聞いたものの心を惑わすほどの、美しき声色。
抗いがたい魔力を持つ声。
ニューオンの表情は引き攣り、スパイタの表情はしてやったりと高笑いにせき込む。
エントリーポイントからのマァクの声一つで、形勢は逆転した。
ナイアラがスリングショットを構え、イマルスが雑草を手に走ってくる。
「ちっ、マァクめ!あの美しい顔をひっかいてやりたいが、今は時間が惜しい。」
紙人形がスパイタをガラスの壁に投げつけた。
「ぐあああああっっ!!」
スパイタの身体はガラスの壁を突き破り、床に倒れたところにガラスの破片が降り注いだ。
「そのまま動くなっ!」
イマルスがスパイタの救護に走りながら雑草を投じた。
雑草はガラスの破片一つ一つに巻き付いて、スパイタを守る。
既に彼に刺さってしまった破片は、雑草の根が傷口に入り込み、押し出した。破片を押し出した後、雑草は潰れ、その汁が傷を癒す。
イマルスがスパイタを助けているその隙に、ニューオンは建物の中に隠れ、チャンネルを切り替えて逃げてしまった。
スパイタはマァクを3階のミーティングルームに案内する。早速二人の話し合いは始まった。
イマルスはエントリーポイント周辺で警戒をする。また、誰かがスパイタを奪いに現れるかもしれない。彼にはマァク陣営に参加していただく。ケチェにも、ましてやチャケンダには渡せない。イマルスはそう鼻息を荒くしていた。
ナイアラは割れたガラスの後片付けをしている。
マァクが話す。
「ニカイー陣営は切羽詰まった状態にあります。明日を照らす灯台は倒れかかっています。これを立て直さなければ、チャケンダには勝てません。」
「その手伝いでしたら、喜んでやらせて頂きます。ただ、本題に入る前に、会って見極めて頂きたい者が居るのです。」
スパイタはシシスカンを部屋に招き入れた。
「この席に座ってくれ。」スパイタが席をすすめる。
「いや。ここでいい。」
彼女は入り口の横の壁に、腕を組んでどっかりともたれかかった。
野性的なその大女は、マァクを警戒しているのだ。
スパイタは彼女をマァクに紹介する。
「ご紹介します。彼女の名はシシスカン。チャケンダを倒す切り札になり得る存在です。」
シシスカンは不満気に腕を組んでいる。
「いつになったらSTEP3の工事をやってくれるのだ。」
「工事?」と、マァクは首をかしげる。
「チャケンダは彼女に4STEPある経路開通工事を行って戦力を引き上げ、ニカイーを倒すつもりだったのです。彼女は工事に必要なリソース一式を持って、私の元に逃亡してきました。彼女は私怨でチャケンダを倒すと言っています。しかし、先程ニューオンとやりあったとき、ニューオンはシシスカンがニカイーを狙っているような発言をしていました。私は彼女を信じて手を貸してよいものか迷っています。」
短気な大女は壁をドカンと殴り「ニカイーに興味はない!欲しいのはチャケンダの首だけだ!」と疑いに対する不満を隠さない。
それでもスパイタがシシスカンを見る瞳は厳しい。
「君はチャケンダに直接化け物にされたわけではない。しかしニカイーに君は叩きのめされ、ROM化された。チャケンダよりニカイーを怨んでいると考えるのが順当だ。潔白を示したいならマァク様の目を見ろ。マァク様は騙せぬぞ。」
スパイタはマァクが呪いの能力を失ったことを知らずに、呪いの能力をあてにして、そう言った。
呪いの美女は彼に真実を伝えるべきか考えた。
彼は仲間に引き入れておきたい。
彼は誰でもない、自分を頼っている。
なぜなら自分には卑怯極まりない呪いの能力があるからだ。
彼女は自陣の希望なりえる建築家に、真実を隠しておくことにした。建築家が大女にそうしたようにだ。
マァクが「彼女がチャケンダを凌駕するのは、物理層の戦闘力だけなのですね?」とスパイタに問いただす。
ITの知識を持つものが物理層と聞くと、システムのハードウェア側を思い浮かべるが、この仮想世界ではエーテルで満たされた、質量を持つ空間を示す。
この不思議な仮想世界を駆動している仕組みは、人類には理解できない何かであって、俺も当然理解していない。
「ええ、そうです。経路開通工事のドキュメントは全て解析しました。」
「ならば手を貸しても、貸さなくても構いません。」
「ちょっと待て!まるで、私が受ける経路開通工事に意味が無いような物言いではないか!?」
シシスカンはどすどすとテーブルまでやってきて、マァクに向かって握り拳を構える。
その間に割って入るナイアラ。彼女はガラスの片づけを終えて、イマルスの指示で3階に来ていた。
感情に燃えた瞳と虚ろに深い瞳が交錯する。
嗚呼。この時二人は、お互いの瞳の中に宿命を見たのかもしれない。
「考えてもごらんなさい。物理層ではみな等しく不老不死なのですよ。チャケンダがニカイーを倒すつもりならば、論理層で決着をつけるはずです。」
「つまり、物理層でいくら強くても意味がないと?」大女の顔色が変わる。
「戦いは有利になりますが、少なくともあの二人の怪物の戦いでは決定力にはなりません。」
シシスカンは拳をわなわなと震わせる。
物理層の強さだけではチャケンダを倒せない?
「おのれチャケンダ!どうりでたやすく情報をくれたわけだ!!」
スパイタがぷっと思わず噴き出した。
「何がおかしい!!」
「いや、君みたいな女性を疑ったぼく自身がおかしくてね。」
シシスカンは「ひょっとして、遠まわしに馬鹿にしてる?」と、拳を握りしめた。
スパイタは喧嘩っ早そうな彼女が恐ろしくて、「そんなことはない」と、即時に弁明した。
「チャケンダにとって、あなたは物理層の最強であればよいのです。」
マァクは二人のやり取りに笑みをこぼしながら、そう割って入った。
「お花畑の化け物の中でも、特別な存在が二人います。チャケンダとコンスースです。彼らは自力でROM化から脱しました。保全機能はコンスースの情報をもとに、チャケンダを沈黙させるための専用の袖搦を作りました。チャケンダはその袖搦を恐れています。」
「私は新型の袖搦を抑え込む捨て駒と云う訳か。」そのあたりは想定していたので、シシスカンは落ち着きを取り戻して席に座った。
座った…これは、マァクを信頼し始めたあかしだ。
「おそらくは。」とマァクは優しく微笑む。
「シシスカン。STEP3の工事はぼくがやってやる。一緒にチャケンダを倒そう。」
シシスカンは首を横に振った。
「つるんで拳を振り回す趣味はない。私一人で奴を倒す。」
「袖搦も論理層の力も無しでかい?賢い選択とは言えないね。」
「足りないものはその場で考えるさ。兎に角、早くSTEP3をやってくれ。」
そう言い捨てて、彼女はピンク色のビルの地下に戻ってしまった。
スパイタは首をすくめて背の高い背中を見送った。
彼は彼女の協調性の無さが気になった。彼女は確実に味方にしておきたい。彼はSTEP3の工事を行うとき、彼女にヒエレの件を話すことにした。ヒエレがチャケンダに利用されて、ひどい目にあったと知れば、彼女の心がチャケンダに寄り添うことはあるまい。今の彼女の立場と重なるところが多いからね。
彼の注意が自分に戻るのを待って、マァクは口を開いた。
「さて、本題に入りましょう。スパイタ。あなたには、コンスース達3人に会いに行って欲しいのです。」
「幽閉されている3人ですか?ぼくは戦えませんよ。」
「戦う必要はありません。3人と会ってくれさえすればいいのです。」
「助けなくてもよろしいのですか?」
「コンスースが居れば、彼らはいつでも逃げ出せるはずです。今問題なのは、彼らと連絡が取れないことです。ツワルジニを頼ってください。きっと力になってくれるはずです。」
「え?あのツワルジニが力を貸してくれますかね?」
「ええ。必ず。」
「そこまでおっしゃるのでしたら…マァク様はどうされるのですか?」
「私はニカイーと合流します。」
チャケンダに賛同した大衆は俺を、排除すべき世界の脅威として探していた。
でもって、なかなか見つからないものだから、苛立ってヒステリーを起こし始めていた。
いけ好かないハッカーに踊らされた三下どもめ。
そんなトホホな輩がアジトにしている世界。
そこにはコの字達が拉致されている電波暗室がある。
電波暗室のドアが、吹き飛ぶんじゃないかってほどの勢いで開く。
暗室の中ではコンスース達三人が寝転んでうとうととしている。
5人の目を釣り上げた男達が、頭のてっぺんから湯気を立てながら入ってきた。
俺を見つけられない苛立ちが怒りに転じて、三人が八つ当たりされねば良いが。
事情を知らぬ三人は、のんきに寝ころんだままだ。
「ジェジーはどいつだ!?」
三人がそろって手を挙げた。
俺的には大うけだが、これは彼らの怒りの炎に火薬を投入するような行為でしかない。
「ふざけやがって!そんなに痛い目を見たいのか!!」
いよいよ頭に血が上った一人が、ナイフを取り出した。
コンスースが面倒そうに立ち上がり、単分子繊維製特殊スーツを装着、ナイフを握り潰し、再びスーツを脱いだ。
そして「ぼくがジェジーだ。」などと笑顔でうそぶく。愛してるぜコの字。まじかっけー。
怒りに踊る阿呆の6人目が部屋に入って来た。
「何をしている!?」
「いや、この野郎が、」
そいつはコの字を指さしたのだが、6人目は迷わずジェジーの手を引いた。
「眼鏡をかけたクソナードと教えたろう!?」
「だから、眼鏡かけていない方のテックギークが厄介なんです!」
指さす方を見れば、人のよさそうな笑顔。その笑顔には何の棘も無い。
6人目は舌打ちをする。
「あんなニヤケ面が何だというのだ?行くぞ!こいつが先だ!」
ジェジーを電波暗室の外に連れていく。
コンスースは無論止めようとしたが、ジェジーが「大丈夫。こいつらの相手なんて簡単なことだ。」と手を振ったので、そのまま見送った。
コの字は軽々しく特殊スーツを着たが、ジェジーはまだ隠しておきたかった。少なくとも自身が痛い目を見る程度の犠牲ならば許容範囲内だ。
ジェジーは窓のない部屋に連れていかれ、長い木ねじで、手足を椅子に固定された。
何を言っているのかって?
10cm以上ある木ねじが学者の細い腕を貫通し、木製の椅子の背もたれにミリミリと彼の血を伴って刺さってゆく。
「うがああっ!!!!!!」
ジェジーの悲鳴など聞こえぬかのように、バッテリードライバーはうなりをあげてねじを回し続けた。
リーダーらしき男が、ジェジーの顔を覗き込んで凄む。
ジェジーも先のチャケンダとの戦闘で度胸が座ったもので、きっと目をそらさず睨み返す。
リーダーらしき男は、つまらぬ脅しは効かぬようだと顔を引いた。
「知っているぞ。お前はブラックリストシステムの管理者だ。」
「へぇ、そうだったのかい?ぼくは初めて知ったよ。」
ばきん!
ジェジーは鉄パイプで側頭部を殴打された。
ぺっかりと撫でつけた髪は乱れ、こめかみから鮮血が流れる。
「ニカイーをブラックリストに登録しろ。そして、奴の居場所を特定しろ。」
「なんだ。そんな簡単なことか。いいとも、ちょっと待っていてくれ。」
ジェジーは数秒間目をつむり、ゆっくりと目を開いた。
リーダーらしき男が期待に急いて顔を覗き込む。
「どうだ!?ニカイーの居場所は判ったか。」
ジェジーは彼を小ばかにして鼻を鳴らす。
「さぁ。見当もつかないね。トイレかな?」
再び鉄パイプで殴りつけられる。
「ぐあああっ!!」
経験に学ぶ賢き学者は、俺の店でイェトに拷問をされた時のことを思い出した。
”我慢は特にならない”
彼は即時に手を打った。
「っ……おっと、これ以上ぼくを拷問しても無駄だよ。今、ぼくはブラックリストシステムをパワーオフしたんだ。電源の再投入は接点以外にはできない。」
「それは本当か!?」
「本当だよ。はったりは柄じゃないんでね。すぐに顔に出てしまうんだ。」
「やりやがったな!!」
「ぼくだって痛い目にはあいたくない。言ったろう?簡単なことだって。君たちに暴力をあきらめさせることは実に簡単なことなんだ。」
学者様はうまいことをしてやったと鼻高々で、自分の周囲が殺気立っていることに気付けていない。
「そのおりこうさんを痛めつけて!電波暗室に閉じ込めておけ!!」
「え!?ええっ!?ちょっ!ちょっと待て!!暴力は無駄だぞ!!」
「そんなことはない!俺たちの気が晴れる!!」
「うわああああっっっっ!!!!」
そして、顔を腫れ上がらせたジェジーが電波暗室に戻ってきた。
服はボロボロで、手首と足首にねじが貫通した穴もある。
「大丈夫か!?」
コンスースとガーウィスが駆け寄ってきた。
「全く、理屈が通じない連中はこれだから手に負えない。」
ジェジーはヒューヒューと苦し気に呼吸をしながらそうかすれ声で呻く。
コンスースがジェジーを背負って、ソファーに寝かせる。
少しずつだが、傷は治り、腫れは引いてゆく。
彼も怖がりのトポルコフと同様に傷の治りが遅い。
5分ほどしてやっと苦なく話せるようになった。
「ふぅ。二人共聞いてくれ。奴らが無意味な折檻に興じてくれたおかげで、マァク様と連絡が取れたよ。」
なんと、彼は電波暗室の外に居る理を利用し、殴る蹴るをされながら、頭の中は冷静にすべきことをやっていたのだ。
「おお、流石はジェジー、抜け目がない。お手柄じゃ。」
「ぼくたちの状況は伝えておいたよ。元楽園派のスパイタがぼくたちとの連絡手段を確立するために、忍びで会いに来るらしい。」
「スパイタならば、技術的に込み入ったことも話せる。奴は建築家だが、ちょっとしたハッカーでもある。」
「PLCアダプタがあれば、ちょっと遅いけど、一応オンラインに復帰できるんだが。」
「頼んでおいたよ。」
ジェジーは右手を銃の形に握る。
「事態は好転してきたようじゃのう。」
「ああ。マァクと連絡が取れれば、ぼくたちが動くべき機会を間違うことはない。」
「あと、シシスカンという協力者がいるらしい。」
「シシスカン?聞かない名だね。」
コの字が首を傾げると「彼女についてはぼくから話すよ。」と云う声が聞こえた。
3人は顔を見合わせる。
コンスースが言ったわけではない。
ジェジーでもない。
そしてガーウィスでもない。
記憶のアーカイブを音声検索すると、これはスパイタの声だ。
スパイタの声がする。
床下からだ。
「ここを開けるから、どいていてくれ。」
コンコン!床板を下からたたく音がする。
「床の上には何もない。入って来てくれ。」
床板がガコンと持ち上がり、スパイタとッタイクが部屋に入ってきた。
「なんじゃーあぁ?この部屋にはそんな抜け穴があったのか??」
白髪の発明家は、床の穴に頭を突っ込んだ。
ッタイクは素早く電波暗室のドアに向かい、聞き耳を立てて部屋の外を警戒する。
スパイタは服についた泥を払っている。
「いや、このトンネルはツワルジニが掘ってくれたんだ。」
「なんと!あの嫌味ったらしい自己中心的な男が、手を貸してくれたのか?毒キノコでも食べたのかのう?」
「彼は変わったよ。直接話をして分かった。実に頼りになる、いい指導者だ。逆にケチェは好ましくない方向に変わってしまったが…」
「いや、実に気が利いている。これでここからの脱出が楽になった。この電波暗室はビートウドゾーンで、チャンネルの切り替えができないからね。」
「先ずはシシスカンの説明から始めよう。彼女はチャケンダに恨みがあるお花畑の化け物で、我々の戦力として期待できる。」
スパイタは4STEPある経路開通工事の資料を3人に渡した。
「ぼくがSTEP3の工事を行い、彼女は去った。STEP4は必要ないと判断した。マァク様はニカイーと会いに行った。そして今後の動きなのだが…」
スパイタが淡々と説明をする。
ッタイクはドアの前に立ち、警戒を怠らない。
話は一通り終わり、スパイタが帰る間際、ガーウィスが「頼みがあるのじゃが」と切り出した。
彼の心に引っかかっているもの、それはチャケンダに破壊されたマイクロ10。
切り離し実験の戦いの時、ガーウィスはチャケンダの化け物の足に蹴り飛ばされ、ダメージを受けた。
しかし彼は、それにもかかわらず、浸食をされずに化け物化を免れた。
何故か?
マイクロ10の左手がチャケンダの足首を握りしめていたからだ。
チャケンダの化け物の足に蹴られた時、ガーウィスにヒットして彼にダメージを与えたのはチャケンダの線虫ではなくマイクロ10の左手、だから彼は浸食されずに済んだのだ。
マイクロ10の左手がガーウィスを守る盾になった。
マイクロ10は「父さん」と呼んだガーウィスを見事守って見せた。
「もし、時間があったらでいい。わしの工房に居る、壊れた人造人間の修理をして欲しい。」
スパイタは「アーキテクトのぼくに出来るかな?畑違いな気がするよ。」と、難色を示す。
「部品はそろっている。プラモデルより簡単な8bitシステムじゃ。設計図書とわしの工房のセキュリティー証明書を渡す。気が向いたら挑戦してみてくれ。」
「そうかい?なら預かるが…期待はしないでくれ。」
ッタイクがやって来た。
「撤収です。見回りがそこまで来ています。」
スパイタとッタイクは慌てて地下トンネルに飛び込む。
残った三人で床タイルを元に戻し、その上にソファーを移動して隠した。
間もなく見回りの男がやってきて、ドアの小窓から中の様子をうかがう。
三人はそれぞれ寝たふりをしている。
ソファーの下で寝ているガーウィスが、薄目を開けて見回りの男がまだ居るかを確認しようとしたところ、目の前に土がぱらっと落ちていてぎょっとした。
スパイタが服から叩き落としたやつだ。
これに気付かれたら、確実に怪しまれる。
「うーん。」
ガーウィスは寝返りをうつふりをして、土の上に腹這いになって、それを隠した。
見回りの男は、無言で去っていった。
俺、イェト、プライマリの三人は、お花畑の世界を選んでチャンネルを切り替え、大衆から逃げ回っていた。
プライマリが俺を標準出力にして、脳に直接語り掛けてくる。
また下品極まりない猥談かと身構える。
『うーむ、どうしたものか。』
様子が違う?
「誰が、何をだ?」
俺はまだ、彼女がお下劣な話を振ってきていると怪しんでいる。
『保全機能から、速やかに全越境ユーザーをROM化するように催促があったのだ。』
「越境ユーザー?」
『今の所、お花畑の化け物のことだ。』
「何かにつけて新しい言葉を定義したがる。保全機能の悪い癖だ。いくら尻を叩かれたって、今はチャケンダの時代だぞ?簡単ではない。それに俺、思うんだよ。これ程大衆が仮想世界での生活を望んでいるならさ、無理に新しい惑星に行く必要があるのかってさ。」
これは、イェトさんが否定してくれた。
「私もお花畑の化け物になったからわかる。人類が保全機能の英知を手に入れられたとして、それに振り回されることはあっても、使いこなせはしないって。チャケンダは自分に嘘をついているわ。自分だけはその全てを理解できるって。」
俺はイェトの意見を肯定も否定もできない。
漠然とした直感では、人類は保全機能の計画通り、新しい惑星に行くべきだと思う。つまり、イェトに賛成だ。
だが、あれだけ多くの人間がそれを嫌がっているなら、無理強いするのも人でなしの類である気がする。つまり、チャケンダの方針に乗っかるのも悪くはないってことだ。
俺の気持ちは大きく揺らいでいた。
それまでの様な、無条件で、絶対的で、爆発的な、チャケンダへの殺意が沸いてこないのだ。
お花畑の化け物の世界を逃げ回るうちに、あることに気がついた。
「ねぇ、なんで化け物が居ないのよ。」
そうなのだ。見当たらないのだ。お花畑の虚無の空間に居るはずのものが。
30年前に俺とイェトさんで倒し、ROM化した、お花畑の化け物が。
本来ならば、悪趣味なブロンズ像の様に、そこにいるはずなのだ。
ROM化した後、プライマリがroot権限で本人の世界にチャンネルを切り替え、俺がひぃこら言って世界の中心っくらいのところまで引きずっていった。
だから、間違いなくいるはずなのだ。
この謎はすぐに解けた。セカンダリからプライマリに緊急連絡があったからだ。
その連絡によると、チャケンダが次々にROM化された化け物を開放し、人間の姿に戻しているらしい。
大衆の信頼を得て、大手を振って表の道を歩けるチャケンダは、次から次へと化け物を開放し、安全な場所にかくまっているようだ。このままでは今日中に全ての化け物が解放される見込みだという。
「おいおい。全化け物って、たしか30以上いたよな?これのROM化を一からやり直しとなると、9日後の移動手段の切り替えには間違いなく間に合わないぞ。」
『判っている。今、上と掛け合う。』
プライマリは、保全機能に移動手段切り替えのリスケを願い出るが、これは非常にも却下された。
『スケジュールの変更はあり得ない』と。
頑固な上司を持つ中間管理職。
その苦労人っぷり。
保全機能がプライマリにあんまり苦労をさせるから、彼女は変態エロ童女になってしまったのではなかろうか?
「俺たちが大衆から逃げ回っている隙をついて、抜け目のない奴だ。これが目的で大衆を煽ったのではないかとすら勘ぐってしまうぜ。」
「チャケンダは状況の変化に合わせて、柔軟に最適な行動をとる奴よ。だから、誰も彼の行動を予測できない。でも、次の一手に限っては、わたし、判っちゃった。」
「あ。俺もわかっちゃった。」
「「俺/わたしたちの処に、黒羊を送り込む。」」
俺とイェトがはもったその時、エントリーポイントに、何か重いものがずしんと落ちた。
「俺たちの足止めに黒羊。このパターン、もう飽きたんだが。こっちは大衆から逃げ回っていて、チャケンダの邪魔をしになんか行けねぇっつーのに。」
「さっさと袖搦を構えなさい。速攻で倒さないと、その大衆に追いつかれるわ。」
「いや、まてよ。多分暫く大衆は来ねぇな。きっと逃げ回る俺たちとどこかの世界で鉢合わせをしたくなくて、黒羊をよこしたんだ。」
そう、何故俺たちが世界を渡り歩いて逃げ回らなければいけないのか?
それは、大衆が俺たちがいる世界にやってくるからだ。
一般市民が忌み嫌う、お花畑の世界を選んでいるのにだ。
俺たちの居場所を大衆に教えた、その情報源はチャケンダに違いない。
マァクと俺達が会った後、突然俺たちの居場所が彼らの知るところとなった。
俺とイェトがただ隠れて居るだけならば、チャケンダはハチの巣をつつくようなまねはしない。
彼はマァクの指揮官としての才能を恐れ、大衆を使って俺たちを追い回していたのだ。
マァクと俺が連携を取りにくいように。
俺たちは大衆がエントリーポイントに現れるたびに、プライマリに相乗りして別な世界にチャンネルを切り替えた。
プライマリはroot権限でチャンネルを切り替える手続きが早いからな、俺たちは確実に逃げ切れる。それもチャケンダの計算のうちだった。
計算通りの追いかけっこが、今はチャケンダにとって都合が悪くなった。
奴もROM化された仲間を助け出すためにお花畑の世界を選んで飛び回っている。
すると、逃げ回る俺たちとばったり出くわす可能性が出てくる。
そうでなくても、これだけ大っぴらにおいたをすれば、セカンダリが検知する。
チャケンダにとって、今はまだ俺と闘う時ではない。
俺との戦闘を避けるために、大衆ではなく黒羊を送ってよこしたのだ。
俺たちを暫くの間一か所にくぎ付けにするために。
なぜなら俺たちは、大衆からは逃げるが、黒羊ならば立ち向かって破壊する。
「うーん。アンタはどうやらチャケンダに関しては頭が回るのね。愛してんの?」
「逆だ。俺は、どうやったらチャケンダが嫌がるか常に考えていたからな。それでピンと来たのさ。」
「なーら、あのデカブツの相手をしたら負けの方のパターンなのね。」
「ああ、あんなの無視だ。接点、チャケンダを追うぞ。じゃんじゃんチャンネルを切り替えてくれ。あの青い髪のクソ野郎とご対面と行こうじゃないか。」
俺とイェトさんは、プライマリと手をつなぎ、その世界を去った。
化け物の解放は止めねばならない。奴を肯定し始めた感情とは別の話だ。
『この追いかけっこはもう終わりだ。』
セカンダリのナビゲートで6ヶ所ほどチャンネルを切り替えた後、プライマリが俺の脳に直接伝えてきた。
「奴め、感づきやがったか?」
『ああ。12人目の越境ユーザーをROM化から解放して以降、チャケンダに動きはない。』
「さっきから”越境ユーザー”って言うがな、化け物のことだろう?今まで通り化け物でいいではないか。」
『移動手段切り替えのドキュメントにそう書かれているのだ。』
「保全機能は物事を難解にする天才だ。」
仲間の開放を中断したチャケンダが今何をしているのか?そもそも何のために仲間を開放したのか?それはすぐに分かった。
ケチェとチャケンダの連名でライブ映像が配信されたからだ。
二人はケチェの世界に居る。
ライブ映像のタイトルは”隣人の足音”だ。
革命を先導する楽園派の代表と、革命の旗印たる始まりの化け物。
今最も注目されている二人だ。味方も敵もみなこの動画を見る。
身を隠したマァクもどこかでこの動画を見ているに違いない。
俺たちも勿論見ていた。
「接点。どうするよ?チャケンダの居場所はこの動画で判明したぞ。殴りこむか?」
イェトが俺の腕をはたく。
「馬鹿言わないで。わたしたちがエントリーポイントに現れた瞬間、大衆が私たちを取り囲むわ。パンピーごとき烏合の衆を吹き飛ばすのは簡単なことだけれど、それは保全機能の圧政を印象付けるわ。そんなのチャケンダの思うつぼじゃない。」
「ずいぶんと保全機能に理解があるな。俺なんかずっと保全機能のパシリをやらされているのに、いまだに一個も理解できないぞ。」
「わたしはお花畑の化け物になって人類を超越した知識を得た上に、チャケンダたちと違って、その偉大な知識に未練がない。だから、みんなには保全機能を信頼してもらいたいの。そして、新しい惑星での、新しい生活に期待をしている。」
「そうか。」
俺は彼女が意味するところを正しく理解できていなかったが、場の雰囲気に乗って肯定しておいた。
ケチェの世界。
大衆が見守る中、広い壇上にケチェが立っている。
壇上奥にはチョリソーとオウフ、そしてニューオンの姿も見える。
その壇上に、12人の人間の姿に戻った化け物を連れたチャケンダが上がってくる。
都合14人の化け物を出迎えるケチェの言葉はこうだ。
「──
われらに先んじて、人類の未来を見た者たちよ。
ニカイーによって理不尽に抑圧された者たちよ。
保全機能に存在を否定された者たちよ。
共に革命を成す同志たちよ。
そして、革命後。この仮想世界の永遠を約束する管理者たちよ。
私は歓迎する。
──」
大衆は14名の化け物を、拍手喝さいを持って迎えた。
ケチェが右手を差し出す。
「先だっては、革命ののろしとして手を握った。こたびは君たちに対する理解のあかしとして、一般市民の代表として、われらが夢の始まりとして手を握ろう。」
「君の言葉は本当に美しい。この握手は、まさに夢の始まりだ。」
チャケンダが、情感たっぷりに間をおいて差し出されたケチェの手を握る。
「希望の鐘の音が聞こえるようだ。」チャケンダが芝居がかってうっすらと涙を浮かべる。
「犬の散歩中に隣人の足音を聞いたなら、振り返って挨拶をする。恐れる者はいない。チャケンダたちの足音に恐れをなしたものがこの中に居たか?二度と化け物と呼ぶことなかれ。彼らは隣人だ。」ケチェが畳みかける。
大衆はこれに感動をしてわき上がり、涙する者さえいる。
とんだ茶番だ。
チャケンダは自らが英雄視されているこのタイミングを使って、お花畑の化け物という存在を、一般大衆に受け入れさせようとしているのだ。
今後彼が、より一層動きやすくなるようにだ。
ケチェは、そのチャケンダの策略に利用されているに過ぎない。
二人を取り巻く人垣は増え続ける。
ライブ映像を見た者が、自らも間近でこの感動を共有しようとケチェの世界にやって来るのだ。
それは、こう言いかえることができる。「二人は素性の知れぬ者の接近を許した。」
この隙を見逃さなかった者が居る。
ケチェたちを取り囲んできた大衆の中から、一人の大女が前に跳び出てきた。
このライブ映像は、多くのものが見ていた。
無論、シシスカンもだ。
大衆に顔が割れていない彼女は、ケチェの世界に行き、背中を丸めて大衆の中に潜んでいた。
彼女はスパイタの手によって、STEP3の経路開通工事をうけた。
彼の解析が正しければ、物理層での戦闘力は、チャケンダを凌駕している筈だ。
そのシシスカンが、突如壇上に飛び上がり大衆に向かって叫ぶ。
「騙されるな!お花畑の化け物は危険極まりない一般市民の脅威だ!それを今、教えてやる!!」
”STEP2の工事が終わったら、化け物の姿と人間の姿を自由に変化することができる。”
彼女は化け物の姿に変化した。
31のラフレシアに寄生され、脚が凍り付きひび割れた、巨大なヘラジカの姿に。
その醜悪な姿、むせかえる異臭、そして何よりも、五感ではなく人の深層心理に直接訴える嫌悪感。魂が、人という種が拒絶するその存在。
それは、保全機能が有する人が受け入れがたい真実。
大衆は一瞬にして思い出した。化け物に対する恐怖を。チャケンダの恐怖を。
「動じるな!!」
悲鳴を上げようとした大衆を先んじて制するケチェ。
そして視線でチャケンダに後をゆだねる。
大衆を制御する仕事なら請け負うが、化け物の相手は彼にはできない。
チャケンダは「恐れる必要はありません。」などと口では言いつつ、連れてきた12名に”ぼくの世界へチャンネルを切り替えて逃げるように”とメッセージを投げた。
シシスカンは人間の姿に戻り、右腕だけを化け物変化させた。
幾重にも重なり、凍てついたヘラジカの角。
それでチャケンダを殴り飛ばした。
ぼろぞうきんの様に吹き飛ばされる、始まりの化け物。
チャケンダの身体の殴られた箇所は凍り付き、壁に激突した衝撃でバリンと割れた。
「ぐあっ!!」
無様に悲鳴を上げる。
ニューオンがチャケンダのために駆け付けんと、懐から婚姻届けを取り出したのを見て、彼は”12人全員の安全が最優先だ”とテキストメッセージでくぎを刺した。
彼の忠実なる右腕は戻し難きをこらえて、婚姻届けを懐に押し込んだ。
シシスカンは右腕を元の人間の腕に戻してチャケンダを指さす。
「この詐欺師め!!」
大女の恨みを買った青髪の男はよろよろと立ち上がり「何のことだい?」と、素知らぬ顔。
「とぼけるな!お前は、私にお前すら凌駕する戦闘力を与えると言った!しかし、それはこの物理層に限った話ではないか!論理層はどうなっているのだ!?私は無力なままではないのか!?」
そのハッカーは青髪を揺らしてため息をついた。
「どうやら君は、誤解をしているようだね。ぼくの言うことより、スパイタの言うことを信じると言うのかい?」
「当たり前ではないか!!お前の方がはるかに胡散臭かろうが!!」
ライブ動画を見ていた俺とイェトさんが、同時に”うんうん”と頷いた。
「うーん、困ったなぁ。」
始まりの化け物は、その威厳全くなしで、頭をポリポリポリと掻いている。
「シシスカン。いいから、ぼくの処に戻っておいで。論理層で戦う能力も与えるから。」
「詐欺師め!まだ嘘を並べるのか!?私は聞いたぞ、ヒエレのことを!」
ガテン系の大女は腕を振りかざして大衆の注意を引く。
「誰も彼も聞くがいい!このチャケンダという男は!ニカイーを足止めするためだけの目的で!われらの同胞であるヒエレという男を狂戦士にしたのだ!きっと私のことも、そうするつもりだったに違いない!!」
俺は馬鹿の直感が働いて”そろそろやばいな”と感じた。
見たところシシスカンは俺に似た単細胞で、頭に血が上っている。
そろそろブチ切れて、戦闘になってもおかしくはない。
俺はマァクと回線をつなぎ、そのあたりの懸念を打ち明けた。
『そうですね。では避難誘導のためにイマルスとナイアラを向かわせましょう。二人ならば化け物の攻撃から大衆を守ることもできます。』
「そっちだって大変なのに、手間かけるな。」
『かまいません。それよりもあなたが大衆の前に出ることだけは止しにしてくださいね。私でも収集できないほどの騒動になってしまいますよ。』
「判ってる。」
イマルスとナイアラはケチェの世界に急行し、人垣の後ろから避難を始めさせた。
俺はだめもとでチョリソーとオウフにも避難誘導を手伝ってくれないかと、メッセージを投げて頼んでみた。
二人は俺が見ているライブ動画に映っている。
ケチェが腕を横に伸ばして二人が飛び出さないように制している。
あの状態じゃ動けないかな?
いや、ケチェの腕を押しのけて動いてくれた。
二人も目の前で起きている状況の危険性は認識してくれている。
俺の願いを聞き、壇上の左手から素早く降りて、左端から避難誘導を始めた。
「二人とも、やっぱいいやつじゃんよう。」俺は涙が出そうになって、イェトさんに頭を抱かれた。
チャケンダはヒエレの件を話題に出されて眉をしかめている。
「ヒエレか。彼は同胞とはいいがたいね。裏切り者というならば納得しよう。君も、ぼくを裏切るのかい?」
その話をされては、せっかくの段取りが台無しだ。シシスカンはチャケンダを怒らせてしまったようだ。
より正確な真実を見ている、深い瞳。
嘘やごまかしが通用しない目。これが始まりの化け物のすごみだ。
その冷たい視線に、一瞬背筋が凍り付き、威勢のいい大女は返す言葉を一回飲み込んでしまった。
しかし、すぐに全身に気合を入れなおし、大声を張り上げて言い返す。
「お前の目線だけでものを語るな!お前が他の仲間全員を裏切っているという見方もできるのだぞ!」
何たる気の強さよ。
チャケンダのため息。
「もう一度だけ言うよ。戻ってくるんだ。君はニカイーという化け物を打ち倒す切り札なんだ。」
「私の答えはこうだ!!!!」
チャケンダは完全に油断をしていた。
彼女はチャケンダに怒りをぶつけていた。
そして彼女は物理層に限ってだがチャケンダより強くなったと信じている。
さっきだっていきなりチャケンダを殴りつけた。
だから、ブチ切れて攻撃してくる場合、その矛先は自分に向いていると、チャケンダは決めつけていた。
その決めつけが油断なのだ。
まさか、ケチェを狙ってくるだなんて思わなかった。
ニューオンだって、話の流れから、シシスカンの狙いはチャケンダだと決めてかかっていた。
俺やイェトさんだってそう思っていたさ。
ケチェにとっても、全くの想定外。
シシスカンは、左腕を化け物に変化させた。
長く伸びたヘラジカの角の先端は、ケチェの心臓を貫いている。
俺は”しまった”と後悔した。チョリソーとオウフのどちらか一人を壇上に残していれば、シシスカンの攻撃を防いでくれたかもしれない。
「うがああああああっっ!!!!」
ケチェの叫び声…これは…もう遅い。
ケチェはお花畑の化け物に侵食されてしまった。
それもただの化け物ではない。STEP3までの経路開通工事を受けた高位の化け物の一撃だ。
チャケンダの浸食に匹敵する精神的苦痛。
それが皮肉屋の精神を襲う。
「うわぁ。あれ、マジ苦しいのよねぇ。」
チャケンダに侵食された経験を持つイェトさんの哀れみに満ちた目。
ケチェはその苦しみに正気を失いながら、化け物に変化してゆく。
大衆が見守る中、その全員に恐怖を刻み込んで。
やばい!とてつもなくやばい!!
俺の馬鹿の直感は、最悪な方向に突き抜けてあたってしまったようだ。
狂った化け物の誕生だ!!
俺は、イマルス、ナイアラ、チョリソー、そしてオウフの4人にメッセージを送った。
『大衆をマッハで非難させてくれ!後は俺が行って何とかする!!』
今すぐにでも飛んでいきたいが、俺に反感を持つものが一人でも残っていると厄介だ。
4人が手際よく人払いをしてくれるのを待つしかない。
「ここは危険だ!早急に他の世界に非難を!」
イマルスが声を張り上げる。
ナイアラは人垣をかき分けて、今まさに事件が起こっているステージの前に立ち、大衆を守るようにスリングショットをケチェに向かって構えた。
チョリソーとオウフは、頼りにしていたケチェが化け物になってしまい、ショックを受けている。
事故で主人を失った忠犬の様だ。
「あの二人もダメか。」
イマルスに追加のお願いをするしかない。メッセージを投げる。
『イマルスすまねぇ。チョリソーとオウフも助けてやってくれ。左手に見えるはずだ。』
ここで、ライブ動画は強制終了。カメラマンも逃げ出したようだ。
「ちっ!」
俺は舌打ちをした。状況が分からない。イマルスからの連絡を待つしかない。
ケチェの世界。
ケチェが化け物になってゆく。
煮えたぎった油に血肉を焼かれ続け、12本の剣に刺し貫かれた、巨大なオランウータン。
ケチェの世界は虚無の空間となり、あせびの花が咲き乱れる。
花びらを踏み散らかして、イマルスがチョリソー達に駆け寄る。
「何を呆けている!逃げるぞ!」
イマルスがチョリソーの腕をつかんだ。
「え?で、でも…」
歌姫たちは化け物になって狂うケチェを見て、頭の中は真っ白。
ぱちん!
イマルスがチョリソーの頬をはたく。
「もういい!私に捕まっていろ!ナイアラ!撤収だ!」
「ういーす。」いつもの気の抜ける声。
イマルスの元に戻ろうとして、シシスカンの視線に気づく。
再び交錯する二人の視線。殺気の塊。視線をそらすことかなわず、ナイアラはその場でチャンネルを切り替え始めた。
イマルスはチョリソーとオウフを連れてチャンネルを切り替える手続きを始めた。
『あとは任せたぞ。』
イマルスから俺に、メッセージが飛んでくる。
「よし!流石イマルス!!」
落ち着かない心持で、じれにじれて待っていたメッセージ。
俺は袖搦を握りしめて立ち上がった。
そして、脇の下にぶら下がっているプライマリに「ケチェの世界にマッハだ!」と、チャンネルを切り替える手続きを始めさせた。
そのころ、ケチェの世界では。
「やれやれ、やってくれたなシシスカン。」
チャケンダは前髪をかき上げ、そのまま頭から首筋まで撫で下ろした。
シシスカンは青髪の詐欺師を鼻で笑いにらみつける。
「お花畑の化け物は、決して好戦的ではない。だが、忌み嫌われる存在で、一般人とは手をつなぐことなんて出来無い。私は、お前の嘘を正した。」
チャケンダの口元が、苛立ちをこらえきれずにひくつく。
「嘘には、優しい嘘というものがある。我々は一般市民と手をつなぐべきだった。その嘘は万人を幸せにしたはずだ。」
大女は人差し指を自分の首にあてがい、断頭のジェスチャーをして彼を煽る。
「折角大通りを歩ける革命のシンボルになったのに、また、仮想世界の陰に潜む化け物に逆戻りだな。」
チャケンダは自らの額を指で押して、苛立ちを抑えている。
「おかげさまでね。さて、そろそろ一番厄介な奴が来る。ニューオン!」
ニューオンがチャケンダに寄り添う。
「シシスカン。ぼくは先に失礼するよ。あー、後。ぼくは諦めていない。」
「なんだって?」
「君にはニカイーの相手をしてもらう。」
チャケンダはニューオンを連れて、ケチェの世界を去った。
狂って襲い掛かってきたケチェを、巨大なオランウータンをシシスカンは右半身を化け物化し、殴り飛ばした。
「あのドキュメントにはスパイタが見逃した秘密がある。それが分かっただけでも大収穫だ。論理層の戦闘力も手に入れ、貴様という存在を断じてやるぞ、チャケンダ!!」
チャケンダを恨む大女も、高笑いをしながらケチェの世界を去った。
巨大なオランウータンが一頭。狂気の持っていき場所を無くし、あせびのお花畑の中心で、虚無の虚空に吠える。
そこに、俺とイェトが登場。
プライマリは戦いを俺たち二人に任せて、じっと出番を待つ。
「ケチェ。すぐに楽にしてやる。」
俺は袖搦を振りかぶって突進。
「ギェエエエエエエェェッッ!!!!」
オランウータンは、痛みに悲鳴をあげながら、体に刺さっている剣を二本引き抜いた。
イェトさんは慎重に周囲を見回している。
「よし!あたりに人影なし!技名、叫び放題!」
パンツの後ろにはさんだ札を新しい方に取り替えた。
そして、びゅんと大地を蹴るや、あっという間に俺に追いつき、俺の顔面をジャンプ台にして、キリンほどの背丈があるオランウータンに跳びかかった。
「こおらイェト!鼻がつぶれたぞ!」
まぁ、じきに治るんだけれども。鼻を折るとかツレに対する態度としてどうなんよ?愛情に欠けてはいませんか?
イェトさんは札を二枚取り出して叫ぶ。
「骨刻包丁!!」
札は日本刀、それもかなりごつい刀身の一振りとなり、イェトさんの気合を載せて、オランウータンに切りかかる。
「イヤアアァァァッッ!!!!」
それにしても、袖搦といい骨刻包丁といい、保全機能が用意してくれた得物は何故に禍々しい形をしているのだ?
どう見ても、悪の組織の幹部が持って居そうな形をしている。
俺たち、立ち位置的には正義の味方、この仮想世界の守護者でいいんだよな?
オランウータンの動きは速い。
イェトさんの刀を左手の剣で受け止め、右の剣で彼女の胴体を狙う。
俺は、ブッと鼻腔にたまった鼻血を吹き飛ばした。
「おーし、やっと鼻呼吸ができるわい。」
イェトに折られた鼻の骨も治っている。
ガキン!!
俺はオランウータンの右手の剣を袖搦で弾き飛ばした。
俺の背丈の3倍はありそうな剣が、びゅんびゅんと音を立てて世界の端まで飛んでいく。
「どうよ、骨折や筋肉断裂ガン無視で体のリミッター外せる俺のパワー。」
「ギャアアアアッッッ!!!!」
オランウータンは痛みに悲鳴を上げながら、右手で三本目の剣を体から引き抜いた。




