最終話「ニカイー」
題名「お花畑」
最終章「移動手段切り替え編」
最終話「ニカイー」
足掛け30話続いた物語も、これで最後。
地球は死の惑星となり、保全機能によって2310名の人類だけが保全された。
新しい惑星に向かう旅の途中。
残された人類は今後どうすべきか?
その意見は2つに絞られ、今こそ決断の時。
決定の方法は投票ではない、戦いだ。
戦いに勝った方の意見を採用する。
その人類の今後を決める戦いが、ついに始まった。
何故、保全機能は人類だけを保全したのか?
人類の業とは?
全ての謎が明らかになる最終話。
ツイカウはチョリソーの世界に向かった。
チャケンダ側に寝返った、チョリソーとオウフとの決着をつけるためだ。
ツイカウは万全の体制ではない。
チャケンダの世界で円錐形の黒羊の攻撃を受け、彼の強力な武器である炎の鎧を失ってしまった。
彼に残された武器は、両手足にかろうじて残った、ボロボロのガントレットとブーツ。
それぞれひびが入っており、一撃はなったら砕け散ってしまうだろう。
つまり彼に許されたのはたった4回の攻撃のみ。
それでも男は、愛する女を取り戻すために、戦わなければならない。
チョリソーの世界に到着するなり、彼は面食らった。
「なんだ?ここはっ!?」
そこは、彼が知っているチョリソーの世界ではなかった。
彼女の世界は、もっと可愛らしいカーペットの大地。
毛糸の森でぬいぐるみが遊ぶ世界だったはずだ。
ところが彼が立っている大地は撃ちっぱなしのコンクリート。
眼前には、幅3m、高さ4m、奥行1mのコンクリートの板が4つ見えている。
コンクリートが視界を遮り、それより先はどうなっているのかわからない。
ツイカウはコンクリートをよじ登った。彼女の世界がどうなってしまったのかを確認するために。
「なんてこった。」
チョリソーの世界には、コンクリート板しかない。
見渡す限りざっと数えて100くらいある。
彼はしゃがんでコンクリートを触った。
「耐火コンクリートか。」
チョリソーは、ツイカウを倒すために、自分の世界を作り変えてしまったのだ。
「この程度の耐火構造、全力を出せば…」
ヒュン!ヒュン!
「…おっと!」
チョリソーの飴玉が飛んできた。
ツイカウはジャンプして、コンクリートの上を飛び歩きながらこれをかわす。
「コンクリートの壁に隠れて、チョリソーが戦う作戦か。」
裏を返せばオウフはまだ、ツイカウとの戦闘に迷いがあると云う事だ。
オウフが万全なら、防御はコンクリートの壁などに頼らずともオウフが居る。
オウフの問題があったから、戦いが始まってからしばらく、ツイカウを呼べないでいたのだ。
きっと、それが本当のところだ。
チョリソーを倒せば、オウフは説得できるかもしれない。
オウフを傷つけずに済むかもしれない。
「先ずは二人を探さないと…おおう!!」
チョリソーの飴玉はどこから飛んで来るか分からない。
コンクリートの端っこで、体をのけぞらせて回避した。
女の子が手で飴玉を投げているのだ。
きっと近くにいるはずだ。
チョリソーを探しながら、とにかく逃げ回る。
逃げ回っているうちに、チョリソーの攻撃パターンに気がついた。
彼女は、ツイカウの背後をとるように動いている。
「ならばっ!」
ツイカウは飴玉をよけた直後、後方宙返りで落下。
真後ろにあったコンクリート壁を、右足のブーツで蹴り込む。
ブーツから噴き出した超高温の炎は、分厚い耐火コンクリートに亀裂を入れて粉砕した。
「きゃあ!!」
女の子の悲鳴が聞こえたことから、チョリソーを仕留めたと確信して、がれきの山を崩していく。
コンクリート塊の下に彼女が居るはずだ。
白いシャツの一部が見えた。
コンクリート塊をどかすと、日本語の仮名文字が見えた。
「オウフ!!!!」
微妙に間違った仮名文字のダサいシャツを好んで着るのはオウフの方だ。
なんということだ。愛するオウフをコンクリートの下敷きにしてしまった。
ツイカウは迷わず右手のガントレットを使い、彼女の上に積みあがっている瓦礫を吹き飛ばした。
「ああ。オウフ。オウフ。」
ツイカウは彼女を抱き上げて、顔を丁寧に拭った。
彼の利き腕のガントレットと、利き足のブーツは粉々になってエーテルに返った。
彼に残された攻撃の手段は左手足の拳撃と蹴り。合計2回。
ふいにハッとして周囲を警戒するが、チョリソーからの攻撃が無い。
ツイカウはオウフをコンクリートの板の影に寝かせ、そこが戦場にならぬよう距離をとった。
まだ、チョリソーからの攻撃はない。
彼がコンクリートの板の上に登ると、途端に飴玉がヒュンヒュンと飛んでくる。
「徹底しているな。」
ツイカウは後2回しか攻撃できないというのに、彼女は絶対に姿を見せないつもりだ。
「生憎、長丁場を楽しむ程、手数を残していなくてね。」
彼はコンクリートの板の上を渡り歩く足を早めた。
「次で勝負だ!」
彼女が攻撃してくるタイミングが更に読めてきた。彼女がそこに居るという予想は、ピッチを早めるほど正確になる。つまり、彼が移動する速度を速めるほど、彼女の攻撃は単調になり、予想が容易になる。
「そこだ!」
斜め後ろに飛び、左足の蹴りでコンクリートの壁を叩き割る。
その後ろに居たチョリソーが左手に転がり出てくる。
よろめいている!
足がもつれている!
仕留められる!!
ここで最後の一撃、ツイカウの左拳がありったけの業火を引き連れてチョリソーを襲う。
その拳は利き腕だったら、確実に彼女をとらえていた。
悲しいかな左は、踏み込みがわずかに浅い。
体勢を立て直しながら、チョリソーは炎をかすめて、コンクリートの後ろに逃げていく。
追いきれない!!
攻撃は失敗。素手では彼女に勝てない。ツイカウは負けを確信した。
その時。
バババババン!
真横から飛んできた飴玉爆弾が5つ。
これが丁度いい弱さの破壊力で、ツイカウをチョリソーが逃げた方へ押した。
何が何だか分からないが、考えるのは後だ。
今だ!!!!
『ガントレットよ、あとコンマ3秒持ってくれ。』
男は心の中で叫んだ!祈った!信じた!
ツイカウは左足を踏み込みなおした。
ドンッッ!!!!
コンクリートの壁を突き破った拳が、壁の向こう側に居たチョリソーの背骨をへし折った。
彼女はコンクリート壁を背に様子をうかがっていたのだ。
ツイカウは踏み込んだ勢いで、コンクリートにめり込み、気絶している。
スレッジハンマーを構えたエリヒュちゃんが下半身の自由を失ったチョリソーに歩み寄る。
「お姉さま。二人の負けね。」
スレッジハンマーをチョリソーの額に向かって突き付けた。
ツイカウを押したのはエリヒュの飴玉だったのだ。
チョリソーのため息は、完全に観念した証。
「ええ、負けたわ。それよりまっすぐに寝かしてくれる?背中が痛くてたまらないの。」
エリヒュはチョリソーに抱きついて、地面にコンクリートの破片がないところまで運んでいく。
「ねぇ、エリヒュちゃんはどこに隠れていたの?」
「どこにも隠れていないわ。さっき来たばかりよ。ジェジーが”ツイカウは69%の確率でチョリソーの世界に居る”って予測したの。」
マイクロ10は8bitレジスタにロードされるバイトデータに、勇気を感じていた。
30体合計600tの黒羊に立ち向かう自分の中に、無謀ではなく勇気が溢れている。
彼は、自分を作ったガーウィスに感謝をしていた。
ッタイクが鋼の戦士の横に並ぶ。
「助っ人戦士同士です。共に戦いませんか?で、ござる!じゃなくって…そのぉ…」
「ッタイクさん。」
「クロカゲです。でっ!で、ござるっ!」
「クロカゲさん。あなたを動かしているものは無謀ですか?勇気ですか?」
虚無の虚空に舞い上がった円錐型の黒羊がうなりをあげて落下してくる。
ッタイクは答える。
「どちらでも無く、確かなる勝利です。で、ござる。この身は勝利しか知らぬでござる。」
二人は円錐の側面を飛び渡りながら駆け上がり、上を向いている円錐の底面。しかしながら中央部にはロケットエンジンがあるので、ッタイクは底面の端部に立った。マイクロ10はロケットの炎にあぶられても平然としている。
ズゴン!!
円錐の先端が虚無の地平に激突する。
ッタイクはその衝撃から逃れるために空に跳んだ。マイクロ10は衝撃に耐える自信があったため、微動だにせず。
「このような単調な攻撃。二度も見れば飽きるでござる。いかようにもかわせるでござる。」
円錐はくるりと向きを変え上昇を始める。
二人は飛び降りはせず、向きを変える動きに合わせて底面から先端に移動した。
円錐は上昇をやめると、先端に取りついた二人めがけて、他の円錐が飛んできた。
円錐の上を駆け回って避ける。
ゴイン!!
ッタイクが乗っている円錐に、他の円錐が激突。彼女は空中に放り出された。
それを別な円錐が飛来して狙う。
彼女は身をよじった。
巨乳の谷間を円錐の鋭い先端が通過していく。
「クロカゲさん。」
マイクロ10が手を伸ばす。
ッタイクはウェットティッシュをつなぎ合わせてロープを作り、先端にプラボトルを括り付けて投げた。
それを受け取ったマイクロ10の胸に、飛来した円錐の先端が激突。
ガーウィスが愛情をこめて作り上げた彼のボディーはやわではない。
とは言え相手は重さ20t。踏ん張れば押しつぶされる。
先端にしがみついて、ぶつかってきた円錐に乗り換えることで、衝撃をいなした。
乗り換えた円錐は猛スピードで水平に進んでいく。
「きゃああ!」
円錐がものすごい速さで飛ぶので、ロープはぴんと張って後ろにまっすぐ。
その先にいるッタイクがロケットの炎に焼かれかかっている。
マイクロ10はぐいっとロープを引いて、彼女を横からふわりと上方に送った。
スタンと円錐の上に降り立ったッタイク。今度は彼女がロープを一本背負い。
160kgあるマイクロ10をぶん投げた。
上を通過する円錐を攻撃するためだ。
「怪力破壊銃を発射します。銃口の前に立たないで下さい。」
ドドドン!!
派手なマズルスパークを伴って発射された銃弾は、分厚い円錐の装甲の表面を滑っていってしまう。
マイクロ10が落下してきた。
ッタイクは気合を入れてもう一回一本背負い。
ッタイクが立っている円錐を追い抜かんとしている、別な円錐の後ろにマイクロ10は出た。
ロケットの炎でロープが焼き切れる。
鋼鉄の戦士は、ロケットの炎に焼かれながら、銃を構える。
「怪力破壊銃を発射します。銃口の前に立たないで下さい。」
ッタイクの横から円錐が襲ってきた。
彼女は円錐の先端にロープを括り付けて、空中にジャンプして逃げた。
マイクロ10の方を見ると、彼が攻撃している円錐のロケットエンジンから濛々(もうもう)と煙が上がっているのが見えた。
ウェットティッシュで別なロープを作り、落下していくマイクロ10に投げる。
ロープを掴むマイクロ10。
「ふんぬああああっっ!!」
その巨乳は実は筋肉なのか?
ロープにぶら下がって自分の体重も支えているのに、片手だけで160kgの人造人間を振り回す。
マイクロ10は上昇中の円錐の先端を掴んで着地。ッタイクを引き寄せた。
同じ円錐の先端に二人並んで立つ。
彼が攻撃した円錐を見ると、もう落下していた。
姿勢制御用のロケットを吹かしているが、多少20tの図体が揺れるだけでどうにも動けないようだ。
決して破壊できたわけではないが、動けなくはできそうだ。ようはメインロケットを破壊すればいい。
ッタイクがウェットティッシュで作ったロープで、マイクロ10を円錐の後方に投げ、彼がロケットエンジンを破壊する。
この作戦が通用しそうだ。
二人は顔を見合わせて頷き、次の円錐に狙いを定めた。
「きゃあぁっ!」
突然、チャケンダの世界が揺れ、驚くッタイク。
何事であろうかと、二人は再び顔を見合わせた。
仲間が戦う様子をモニターし続けるマァク。
その横で、相変わらずデリンジャーと睨めっこを続けるジェジー。
マァクがナイアラの異変に感づく。
「ジェジー。私の能力はまだ使えないのですか?」
気まずそうな、ジェジーの苦笑い。
「ナイアラとシシスカンを助けられるのは、私の呪いだけなのです。」
美しきシスターは希う様に、理論屋の肩に手を置いた。
理論屋は一層真剣な表情で、彼女のデリンジャーに向き合う。
腕や足を化け物に変化させて戦うシシスカンは、彼女が掲げた物理層最強の看板に反して防戦一方だった。
ナイアラが従える恐竜が強いのは無論だが、完全に野生化したナイアラの攻撃が常軌を逸している。
防御にわずかでも隙あらば、体を食いちぎられる。
攻撃を繰り出せば、突き出した手足をとらまえて、へし折りに来る。
攻撃も防御も本能のままというか型が無く、その場の状況に応じて臨機応変に、一番シシスカンが嫌がる攻撃をしてくる。
大女の体は、幾度となく椿咲く虚無の地平線に叩き付けられ、血反吐をはいた。
これで何度目のダウンだろうか?
彼女はすぐに立ち上がろうとしたが、膝に力が入らず意に反して突っ伏してしまう。身体がいうことを聞かないのだ。
これを見逃してもらえるわけがない。
ギガノトサウルスが、アロサウルスが、モノロフォサウルスが、荒くれた時代の荒くれ者が襲い掛かる。
四肢は恐竜に食いちぎられ、首にはナイアラがかじり付いて居る。
「正気で戦うのはここまでか。」
ため息を伴って、シシスカンの目が紫色に変色する。
化け物の手足が生え、ナイアラを首から引きはがして放り投げた。
大女の首から下全身を黒鉄色の装甲が覆っていく。
手には鋼鉄の鉤爪。
足のふくらはぎには鋼鉄の刃。
肘には鋼鉄のニードル。
首から下は全身凶器。
そして唯一あらわになっている頭部。その表情は狂気。
「ぐらあああああっっ!!!!」
跳躍したシシスカンは、一蹴りでモノロフォサウルスの首を切り落とした。
狂った兵器だ。
黒銀の、狂って暴走した最終兵器がそこにある。
これを見たナイアラは恐竜を卵に戻し、自らの頭上に放り投げて割った。
大量の黄身と卵白を被る。
鰐の皮膚のようなものが、彼女の首から下を覆った。
尾てい骨が成長し、先端にとげの生えた屈強な尾が生えた。
「ぐぎゃああああっっ!!」
ナイアラが襲い来るシシスカンを待ち構えて右拳でぶん殴る。
シシスカンはその野生の怒りをもろに顔面に受けたが、とっさに膝の力を抜きながら体重を後ろに移動したためダメージはない。
右拳を突き出して前のめりになっているナイアラに、シシスカンが膝蹴りを繰り出す。
ナイアラはシシスカンの顔面に置いたままであった右手を使い、シシスカンの胸を平手の指先で突き押して、膝蹴りをかわすわずかな距離を作った。
シシスカンは膝蹴りにいった筈の右足を完全に振り上げて、かかと落としにつなげる。
ナイアラはかかとから逃げるようにしゃがみ、時計回りに回って背を向け、恐竜の尾でシシスカンの左足を払いに行く。
シシスカンはかかと落としをあきらめて左足でジャンプ。
尾は空振りしたが、再び正面を向いたナイアラは着地したばかりのシシスカンにもろ手突き。
シシスカンは腹部に気を集中して打撃を耐えきり、下がったナイアラの頭を掴んで、再び膝蹴りに持っていく。
ナイアラは足より長い恐竜の尾を地面に突っ張り、頭をシシスカンの胸に押し付ける。
二人は体勢を崩した。
お互いに左手を相手の後頭部にからめ、頭を取りに行く。
右手でけん制をし合いながら立ち位置を定める。
ここで両者合意のヘッドバッド。
理性を吹き飛ばし、物理層最強となった二人。
その打撃技がとうとう決まった。相打ちという形で。
その衝撃は、半径1km以内にある椿の花を粉末状に砕いてしまった。
さらに2km先にいるマァクとジェジーが、その衝撃を、世界が揺れるのを感じた。
「二人が何をしでかしているのか、ぼくには見当もおつかないよ。」
ジェジーは遠すぎて見えはしないが、二人がいるはずの方向を見やり、茫然とした。
「ジェジー。私の銃の修理に集中してください。」
マァクにたしなめられて、われらが戦略家は忙しく手を動かし始めた。
「早くしないと。論理層が…手遅れになってしまう。」
ナイアラとシシスカンの二人は吹き飛ばされた姿勢で空間に固定され、全身に亀裂が入り、体を動かせずにいる。
物理層に居る人間は、こんなダメージの受け方はしない。
ふつうは頭蓋骨が骨折するとか、そういう地球の物理現象を再現した結果になる。
二人は普通ではない。規格外なのだ。
物理層のふるまいを決定する論理層が、二人の攻撃の結果を正しく計算できないでいるのだ。それ故、エーテルが正しく機能しない。これは、二人の破壊力が核爆発を超えていることを示している。
物理層の人間は不老不死なので、無論この亀裂も治ってゆく。
その治癒の速度も両社互角であった。
二人同時に体の自由が戻る。
「グアアアアアアッッ!!!!」
「ゴギャアアアアアッ!!!!」
理性の介在せぬ原始の戦闘。
お互いの闘争本能に吸引されて、二人は距離を詰めていく。
マァクの不安が肥大する。
論理層での戦闘を経験し、その仕組みをよく知る彼女だからこそ、不安に思える。
シシスカンとナイアラの戦闘がエスカレートした場合。
その破壊力を処理しきれない論理層がフリーズしてしまうかもしれない。
ここで彼女は不思議に思う。
”何故、チャケンダはこの危険を放置しているのか?”
二人の戦闘の危険性は、コンスースとチャケンダも気づけるはず。
コンスースはマァクに任せ信頼しているので、何もしないのは頷ける。
むしろ、この問題は自分にまかせて、コの字はマオカルとの戦闘に集中してほしいと、マァクは考えている。
チャケンダが何もしてこないのは大いに疑問だ。
物理層を支える論理層の危機だというのに。
チャケンダはシシスカンに嘘をついては居なかった。くそハッカーの手で大女は論理層に干渉し得る法外な破壊力を得た。
シシスカンは左のジャブでナイアラのガードを上にあげ、右のボディーブローと見せかけて、右アッパーでナイアラの顎を狙う。
ナイアラは左肘を突き出してシシスカンの右腕の横に重ね、彼女のパワーを利用して逆にアッパーカットで彼女の顎を狩りにいく。
シシスカンはアッパーを中止し、右手でナイアラの左手首を掴み、引き寄せながら左手で彼女の両目を狙う。
ナイアラはシシスカンの左手の爪を右手で受け、彼女のつま先を右かかとで踏んづけた状態で右の裏拳二発をボディーに叩き込んだ。
シシスカンは大きく体制を崩し、思わず右手を放してしまう。
ナイアラはつま先を踏んづけたまま外側にずらし、左手でシシスカンの右肩を押した。
後ろ向きに倒れていくシシスカン。
ナイアラはこれを追って、シシスカンの頭部に膝をあてがった。
無論、このまま地面に叩き付けるつもりだ。
シシスカンはナイアラの膝を両手で持って横にずらす。
ナイアラは恐竜の尾を横にずらされた右足代わりに踏ん張り、上から拳を構える。
シシスカンは仰向けに寝そべった状態から、左腕を地に突っ張って肩を浮かせ、右手を突き上げる。
右手の爪は太く長くなり。右手周りに幾つもの刃が生えていく。ナイアラを八つ裂きにするつもりだ。
同時にナイアラも右手を突き出していた。
彼女の指は恐竜の牙に変形していく。
お互いの腹を突き破る。
最強の破壊力の激突。
衝撃波が世界を襲う。
またもや相打ち。
今度の地震は他の世界でも観測された。
二人はいくつかの破片に割れて、飛び散りかけた状態で、空間に固定された。
ビリビリと世界を震わせながら、破片がゆっくりと元の通りに集まってゆく。
攻撃力も桁外れなら、回復力も桁外れ。
野人化したナイアラはお花畑の化け物であるシシスカンの攻撃を受けても、俺と同じ理由で浸食されない。
彼女は物理的な強さを示しているが、その強さを生み出しているのは彼女の精神的な能力だ。
理性と引き換えに、ナイアラは俺と同等の精神的な強靭さを得た。
彼女は俺の様に保全機能の英知に由来する真実の衝撃に耐え、化け物の姿に逃げずに済んでいるのだ。
…まぁ、そのような存在が、既に化け物であるとも言える訳だが。
「あ、そうか。」
ジェジーが間抜けな声をあげた。
「マァク様。あのう…」
なにやらいいにくそうに声をかける。
「実はデリンジャーが機能しない原因が分かったのですが…」
「何か問題がありそうな言い回しですね。」
「いえ、自分がふがいないだけです。」
ジェジーはカックンとうなだれた。
「問題は極めて単純です。マァク様の能力が認証待ちになっているだけなのです。」
デリンジャーをマァクに手渡した。
「能力を盗まれたときにオーナー情報が更新されたようです。そして認証エージェントがこれに異議を申し立てて警告を返している。銃のプラグインメニューを探すと警告が出ていて保留になっている機能があるはずです。その機能をマァク様のアカウントで許可すれば、能力は回復します。」
言われた通りにすると、確かに呪いの能力が完全に復活した。
「随分と簡単なことだったのね。」
「その…申し訳ありません。」
「謝る必要はないわ。まだ、間に合いますから。」
姿言動あらゆる振る舞いにおいて、完璧な美しさを表し続けてきたマァクが、この負けられない決戦に至って初めて、はしたなくも修道服の裾をたくし上げて、走り出した。
切り離し実験の戦いの窮地の時ですら、決して走らず、おしとやかに歩いていた彼女が、重大な局面でいよいよ椿の花びらを蹴散らしながら、必死で虚無の地平線を駆けた。
その姿に、逆に気高さを感じるジェジー。
実のところ、マァクが疾駆する姿がかっこ悪いわけがないし、万能の彼女が遅いわけもない。
2km程走ると、遠間にナイアラとシシスカンを見つけた。
まだ、空間に固定されている。
彼女の目がとらえた画像を拡大すると、二人の体の亀裂は治りかかっている。
二人が動き出したら、如何に呪いの力が強力でも、二人に交わされてしまう可能性がある。
二人は物理層最強なのだ。
「私の呪いよ。お前は私が完璧であることを望む。そうでしょう!!?」
マァクは前方にまっすぐジャンプしながら、引き金を2回引いた。
地に手をつき、側転で着地する。
彼女もなかなかの運動神経の持ち主だ。
なびく硝煙で美しい顔の右手側を飾り、弾道を目で追う。
しかし、残念なことに、呪いの弾丸がたどり着く前に二人の身体は治ってしまった。
体の自由が戻る前から、二人はマァクの弾丸に気付いていた。
その弾丸に触れてはいけないと感づいていた。
自分はその弾丸より早く動けることも理解していた。
弾丸より早く動き、マァクが手にしている小さな銃を破壊すれば、二人の出鱈目に最強な攻撃は論理層側にある呪いの機能を、銃を通して破壊できると直感していた。
シシスカンは銃弾を回避しながら、マァクを強襲せんとしていた。
「ぐるああぁぁっっ!!」
ナイアラがシシスカンの下に潜り込んで彼女を担ぎ上げ、長い尾でシシスカンの両足をふん縛った。
未だ心は狂気に支配されているが、ナイアラの目には涙がにじんでいる。
約束通り、自分を助けに来てくれたマァク。
主であり、彼女にとっては母にも近い存在。
マァクが築き上げた彼女との信頼が、ナイアラに涙させた。
シシスカンの肘のニードルが、ナイアラの眉間を貫いた。
その瞬間、ナイアラの表情が正気のそれに戻る。
「まぁくさま、」
ナイアラの笑顔。
迫りくる銃弾。
暴れるシシスカン。
二人は、呪いの銃弾を受けた。
マァクが命じる。
「武装を解除し、私が命じるまで眠り続けなさい。」
恐竜のバーサーカーは、幼女好きの口下手女に戻った。
鋼鉄の最終兵器は、気が強いガテン系の大女に戻った。
虚無の地平線に長く伸びて、寝息を立てる。
「疲れたでしょう。今はゆっくりとおやすみなさい。」
案内役のフクロウを追う、コンスースとイマルス。
イマルスが唐突に提案する。
「コンスース。この戦いに勝ったら付き合おうではないか。」
「付き合うって、どこかに行く予定なんてあったかな?」
「鈍い奴だな、恋人同士になろうと言っているのだ。」
「やぁ、それはめでたいね。君は誰と恋仲になるんだい。」
イマルスはコンスースの顔をびしっと指さした。
「そこいらの男は、私がマァク様の腹心と言うだけでへいこらする。だがお前は違う。正論を私に突き付けてきた。そこが気に入った。」
「うーん。」
特別なことをした覚えはない。コの字は自分に嘘をつかないでいただけだ。
「私では不満か?」
「そんなことはないよ。実は”イェトがまた一人になるまで待つ”なんて自分を茶化して、独り身を満喫していたからねぇ。」
「ふん。女を振るときは、もう少し相手の気持ちを察したらどうだ。」
イマルスはぷいっと横を向いて今にも泣きそう。
「振るなんて言っていないよ。ぼくでいいなら恋人になってくれ。」
コの字は慌てて言葉を正した。
色よい返事を得たイマルスは、紅潮する頬を隠そうともせずに笑顔を向ける。
「よし!約束したぞ!」
「敵は近い、勝とうね。」
「言うのも癪だが、マァク様陣営では私がダントツに弱い。お花畑の化け物を一人で退治するなんて無茶な話だ。」
「イマルス…」
「それがどうだ。今は何でもできる気がする。恋はいいな。」
最高の笑顔につられて、コンスースは彼女の頭を撫でた。
敵が見えた。
ボディーダブルを制御するコンテナ。
その中に5人に分裂したマオカルがいるはず。
コンテナを守るように立つケチェ。彼の精神はチャケンダに乗っ取られている。
彼もシシスカンと同じく、黒羊の技術を用いた改造を施されており、首から下は黒鉄色の装甲で覆われている。
鎧の下の肉体は化け物化している筈だ。
コンスースがケチェに向かってレールガンを向けるが、イマルスが手で砲身を下げる。
「あれの相手は私の仕事だ。」
イマルスは雑草ではなく、カラフルな針金を取り出した。
針金は次々に折りたたまれてゆき、彼女の太ももから下を覆う、ローラーとジェットエンジンが実装された、ブーツ状のユニットになった。
ジェットエンジンで跳躍して接近した後、ローラーでケチェの後ろに回り込む。
彼女が地に手をつくと、雑草が椿の花を割りながら走り、ケチェの足に絡みついて動きを封じた。
イマルスは建築工事で使う鉄筋棒D10を4本出現させ、ケチェに放った。
D10はケチェの鎧に簡単にはじかれた。
彼は足に絡みついた雑草を引きちぎり、太ももの刃でナイアラを狙う。
「危ない!」
コンスースがレールガンを構える。
「手を出すな!」
イマルスは意地を張り、密度が高く大理石のように固い雑草の壁で鋼鉄の刃を止めた。
突如、コンスースのレールガンがうなりをあげ、ジュラルミンキューブが発射された。
彼の特殊スーツには新たにセンサーが搭載され、500m以内のボディーダブルを誤差3mmの精度で検知する。
ジュラルミンキューブは、400m先からイマルスを狙っていたボディーダブルの対物ライフルを破壊した。
コンスースはアタッシュケースを担いだ。
それは見る見るうちに巨大な多段式ガスガンに変形した。
狙うはマオカルのコンテナ。
「流石にさ、釣られて来るよね。」
戦慣れした技術屋が微笑む。
右から2体、ボディーダブルが迫ってくる。
「で、ぼくは近接格闘にしたくないから、こうするわけだ。」
多段式ガスガンをドスンと地面に落とし、レールガンを構えて、3砲身フル回転でジュラルミンキューブをばら撒く。
左からも2体接近してくる。
コンスースは両腕を広げて、レールガンを撃ちまくった。
4体は少しずつ移動し、コンスースがイマルスに背を向けるように誘導した。
その上で、5体目のボディーダブルが、イマルスの影に隠れて、彼女を盾にして接近してくる。
コンスースのセンサーもこれを感知している。
「だよね。流石戦争屋、やる事がえぐいね。」
彼は自分の背をとられるというよりは、ナイアラが攻撃されることを案じて、ジャンプしながら、自分の足元、地面に向かってレールガンを発射。
その反動で20m程の高さに位置し、肘のロケットを噴射しコマの様に回転しつつ5体のボディーダブルに向かってジュラルミン弾の雨を降らせた。
着地した後、多段式ガスガンを拾いあげて、今度は肘と背のロケットエンジンを使って跳躍し、イマルスを飛び越えて、マオカルのコンテナ側に移動した。
この位置の方がイマルスを盾にされ難い。
ごいん!!
コンスースはケチェに頭を殴られた。
「コンスース!すまん!」
イマルスはコの字のことを心配して、ケチェを止められなかったことを謝罪したのだが、当の本人は油断が過ぎたとケラケラ笑っている。
まったく効いてないようだ。
肘のロケットエンジンを吹かして多段式ガスガンを振り回し、ケチェを遠くへ殴り飛ばす。
イマルスは「うぉい!なにをするんだ!」と抗議しながら、ケチェの落下地点にローラー全速力で走ってゆく。
コの字は、イマルスをマオカルの盾にされたくなくて、遠くに逃がしたのだ。
彼女のプライドを傷つけない方法で。
それが裏目に出る。
戦争屋はコンテナの護衛に2体残して、3体のボディーダブルをイマルスの方へ向かわせた。
弱い彼女を早急に始末して、コンスースと6対1の戦いにするつもりだ。
彼女が危ない!
コの字はボディーダブル3体の後を追う。
だが、イマルスが送ってきたメッセージに足が止まる。
『絶好の好機だ。手薄になったマオカルのコンテナを叩け。』
彼女は囮になるつもりなのだ。
弱い自分の使い道なんて、囮ぐらいしかないと、彼女は考えているのだろうか?
「いや、違う。」
心優しき技術者は、未来の恋人を安く見た自分を戒めた。
彼女の身を案じて迷いはしたが…
『無茶だけはしないでくれ。』
メッセージを一つ投げて、彼女を信じることに決めた。
多段式ガスガンを担ぎ、ロケットを吹かして、コンテナめがけて一直線。
イマルスは嬉しかった。
コンスースが自分を信じてくれたことが嬉しかった。
普通なら”馬鹿を言うな”と弱い彼女を一人にはしない。
だが、彼は信じてくれたのだ。
「流石はマイスイートハート。力が湧いてくるぞ。」
3対のボディーダブルはレーザーナイフを手にしている。
人体を焼き切り、切り口は止血されるため、目標を生け捕りにできる可能性が高い。
「私の雑草が近接戦闘向けの能力と知っての近接勝負か。」
マオカルはケチェと組み、4対1で彼女をとり囲んで圧倒するのが最善の策であると考えた。
ボディーダブルに持たせた火器は、どれもコンスースを止めるために破壊力がある。
流れ弾が味方にダメージを与える可能性がある。
コンスースが相手なら味方の被害もやむないが、彼女程度の三下は味方の損傷なしで仕留めたい。
そこで選択されたのが標準兵装のレーザーナイフだ。
ケチェも鋼鉄の爪を伸ばして、彼女を引き裂くべく襲い掛かる。
イマルスは脚部ユニットのローラーで大地を走り、雑草の壁を作りながら攻撃を避ける。
ボディーダブルはそれを先読みしたかのような動きで、彼女を追い詰める。
「ッタイクならば、近接戦闘で互角に渡り合ったかもな。」
以前の彼女の意地っ張りな口からは、その様な他人を羨むセリフは出てこなかった。
コンスースと云う良き想い人を得て、余計な力が抜けたからこそ、自然と他人を羨むことができるのだ。
すごいなー、いいなー、とね。
イマルスはD51異形鉄筋を出現させた。
D51は直径50.8mm、周長16.0cmの極太鉄筋だ。
長さ4m、重量63.6kg。普通の女の子には重い。
彼女は鉄筋棒に抱きつき、脚部ユニットのジェットエンジンを点火した。
鉄筋棒の下端部は、右脚部ユニットの足の甲に引っ掛けて固定してある。
ドスン!!
正面に迫っていたケチェの胸に鉄筋棒を突き立てる。
「ぬああっ!!」
右足を振り抜いて、鉄筋棒をケチェの胸に突き通す。
そして、極太鉄筋の上をローラーで走り、ケチェの向こう側にジャンプして包囲網を抜けた。
ケチェは唸り声をあげて、胸から鉄筋棒をずるずると引き抜く。
傷はみるみるふさがっていく。
「まだ!まだ!もっとかく乱してやるぞ!!」
しかし──
バリン!バリン!
「しまったー!!」
油断して、距離を開けすぎた。自分の得意は近接戦闘。もっと肩をすり合わせるような距離を保ち続けるべきだった。
この距離、そしてこの位置関係ならば、確かにボディーダブルは銃を撃ってくる。射線上にケチェも他のボディーダブルもいない。
イマルスは脚部ユニットを破壊されてしまった。対コンスース用重火器の直撃を免れたのは不幸中の幸いだが、脚部ユニットを失ったのは、やはり痛手だ。
彼女の身体能力を考えると、素足で戦闘用ドローンと渡り合うには機動力が足りない。
急いで針金を出現させて新しいユニットを作る。
だがそれもすぐに精密射撃で破壊されてしまった。
直撃だけは避けねばと身をよじって逃げたため、イマルスは体勢を崩し、足は完全に止まってしまった。
マオカルは彼女とは距離を開けて戦った方が有利であることに気付いた。
銃口は、彼女の頭部を狙っている。
虚空を舞っていた椿の花びらが、彼女の額に張り付いた。
そう、マオカルが狙っているのはそこだ。彼女の眉間、一点を狙っている。
体勢を崩した彼女に、次弾を避けるすべはない。
コンスースは新しいアタッシュケースを取り出した。
それはもう一台の多段式ガスガン。
彼は2台の多段式ガスガンを両肩に設置した。
そして、肘と背のロケットを全開でコンテナに突進する。
多段式ガスガンとレールガンを乱射しながら。
コンテナからミサイル迎撃用の爆弾投擲機がせり出した。
多段式ガスガンの破壊力は無視できない。
マオカルはこの対策も講じてきたというわけだ。
直撃コースにある砲弾に向かって爆弾を投擲する。
爆弾は砲弾の近傍で爆発して、軌道をそらしたり威力を抑え込んだりする。
2体のボディーダブルはワイヤカッターのお化けみたいなごっつい鋏を手にし、コンスースを挟み撃ち。
鋏は4.4フィートキットカッターを改良した、4.4.1キットカッターと言う。
切っ先は極めて短くなるが、その代わりにコの字の新しい特殊スーツを切り裂ける。
コンスースがレールガンで、コンテナの投擲機を狙った瞬間。
つまり、ボディーダブルから照準が外れた時。
2体のボディーダブルが一気に距離を詰めてきた。
最初はキットカッターを閉じた状態で片手に握り、半身の構えを左右にスイッチしながらのけん制。
キットカッターはエクスリマの短棒オリシの様な役割だ。
前に出ようが、横に飛ぼうが、後ろに下がろうが、確実に回り込んできて挟み撃ち。
コの字の腕や足をはたいて、引き金を引かせてくれない。
「くっ!!」
コンスースはこのけん制で完全に足を止められた。
ここでボディーダブルがキットカッターを開く。
バチン!バチン!
「いだだっ!!やられたぁ~っ!」
膝の裏側の筋を切られた。両足共だ。
足に力が入らない。しかも、のたうち回りたいほど痛い。
「足が治るまで、待ってはいられないな。」
ロケットを吹かし、2体のボディーダブルを置き去りにしてコンテナの破壊に向かう。
コンスースは右手に新しいアタッシュケースを握りしめている。
低空飛行で突進するコンスース。
早く勝負を決めなければ。
イマルスが心配だ。
核兵器ヌガー7ポンドCNRを取り出した2対のボディーダブルが、その引き金を引く。
コンスースに、それを避けようとする意志は見られない。
2発ともコの字の背に直撃。
肩の多段式ガスガンは両方とも破壊され、スーツもボロボロ。
地面に落下して、延々と滑っていき、マオカルのコンテナにこつんと当たった。
舞い上がる椿の花びら。
「切り札は最後まで隠しておくものさ。」
コの字は右手を持ち上げた。
握られていたのはボロボロになった火器。先ほどのアタッシュケースが変形した”高活性ミュー粒子放出装置”だ。
「これ。前の戦いで見せたはずだよ。もう、忘れたのかい?コンテナまでの射線をがら空きにするなんてさ。」
コンテナの分厚い装甲を貫通して、内部の回路にダメージを与える魔法の兵器。
マオカルのコンテナは全ての機能を失い、全てのボディーダブルはがしゃんとその場に崩れ落ちた。
マオカル自身も、体を5つに分割した負荷に精神が耐え切れず、失神をしていた。
魔法の兵器のことを忘れていたわけではない。戦争屋は5体分裂の無茶をして、精神が限界だったのだ。意識を失う前に決着をつけねばと焦って、ボディーダブルを前に出してしまったのだ。
勝負を焦っていたのはイマルスを案ずるコの字ではない。むしろマオカルであった。
「やれやれ。スーツの替えも持ってくればよかったな。ぼくの戦いはここまでか。まぁいいさ。頼れる仲間に後を任せるのも味がいい。」
やはりマオカルはコの字には勝てなかった。
コの字は空中で被弾する前に引き金を引いていたのだ。
だがそれはボディーダブルも同じ。
イマルスを狙っていた一体は、機能を失う前に1インチ弾を放っていた。
それが彼女の眉間に迫った、そのとき。
ギィン!!
袖搦が空から降ってきて、虚無の地平線に刺さった。
1インチ弾はその柄に当たって、弾かれてしまったのだ。
袖搦に遅れてセカンダリが降り立ち、袖搦を引っこ抜いてイマルスに差し出した。
「接点…。私に、袖搦を使えと言うのか?」
セカンダリは何も言わない。何の応答もない。
イマルスは袖搦を手にし、額に張り付いた椿の花びらをはがして捨て、雄々しく立ち上がり、ケチェに向かって天罰の捕り物道具を構えた。
セカンダリも別な袖搦を手にして並び立つ。
イマルスは自分とセカンダリの足元に雑草の壁を作り出した。
彼女の能力のありったけを注ぎ込んで、高く、高く、壁を積み上げていく。
壁の内部は鉄筋で補強されている。
だから、20m、50mとうず高く積み上げることができる。
壁は最終的に高さ300mに達した。
もう壁というか、遠目には細長いテープの様に見える。
「くっはっ!私の能力ではこの高さが限界か?」
ケチェが壁の上の二人を狙い、四つん這いになって壁を駆け上がってくる。
イマルスは袖搦を大鎌の形に変化させた。セカンダリもそれをまねる。
ケチェが壁を這いあがる速度はどんどんと増していく。
ケチェが壁の中ほどまで来たその瞬間。
「今っ!!!!」
イマルスがセカンダリの肩を押し、二人とも壁に沿って落下。
ケチェの両側に分かれる。
ケチェは二人を迎え撃つために両手を壁から放したが、それによってバランスを崩してしまった。
「首を狙って!!!!」
勝負は一瞬を更に分割したようなわずかな半瞬で決まる。
イマルスとセカンダリは無我夢中で大鎌を振る。
ケチェは体勢を崩しながらも、鋼鉄の爪を伸ばして二人を迎え撃つ。
ここでチャケンダの世界が揺れる。ナイアラとシシスカンの激突の影響だ。
視界がぶれる。狙いが定まらない。ケチェとの距離は無い。たとえ闇雲の一撃でも鎌を振るしかない。
「南無三!!」
もう、止まれはしない!やり直しもできない!
ザン!!!!!!!!!!
これはどちらの手ごたえか?
イマルスは二人が落ちる位置に雑草のベッドを出現させた。
イマルスとセカンダリが無事に着地するとすぐに、雑草のベッドは消えてエーテルに返った。
300mの壁もエーテルに返る。
かすり傷一つなく立つセカンダリは、手をかざして、イマルスの手から袖搦を回収した。
「ぐはっ!」
血を吐き、仰向けになるイマルス。
彼女の腹はざっくりと裂けている。
壁から、ケチェが落ちてきた。
ドスン!!
イマルスとセカンダリの間に立っている。
途切れそうな意識に抗い、立ち上がろうとするイマルス。
戦いはまだ終わっていない。終わらせてたまるか!
起き上がろうとするのだが、何しろ腹回りの筋肉を切断されていて体を起こせない。
腹ばいになり手足を突っ張るが、痛みに負けてそのままうずくまってしまう。
「無念。こ、ここまでか…。」
自分はやはり役立たずなのだろうか?絶望に沈み、視界が闇に霞んでゆく。
ごとん。
何かが落ちてきた。
目の前に、ケチェの首が転がっている。
彼の胴体は背中側に倒れてしまった。
最弱の少女は、震える手でケチェの髪の毛を掴み、首をセカンダリに掲げる。
それが彼女の勝ち名乗り。
勝利だ。
セカンダリはケチェのROM化を行った。
ケチェの浸食を受け、化け物化していくイマルス。
「そ、そんな…ぐあああっ!!」
「チャケンダはどうやっていたっけなぁ?こうかな??」
コンスースがやってきて、イマルスの首に指を突き立てた。
イマルスの化け物化が収まる。
「言っておくけれど。君は人間の姿を保っているというだけで、立派なお花畑の化け物だからね。」
「ならばお前と一緒ということだろう?いいではないか。」
イマルスのはじけるような笑顔。
ジェジーの作戦によればチャケンダの相手は俺だ。
今まで負けなしの実績もあるが、チャケンダが論理層に向かうのを抑止することが最大の目的だ。
俺が相手の場合、奴は先ず物理層で俺の戦力を削り落とそうとする。
俺は論理層の化け物だ。いきなり論理層で勝負を始めては奴に勝ち目はない。
勝負は物理層で決める。
論理層に干渉したくはないと、マァクが何度もジェジーに念を押してこの作戦になった。
俺とイェトさんは仲良く手をつないで、少なくとも俺はハイキングにでも行くような様子で、チャケンダの元へ向かった。
人類の未来を決めるための決戦に臨む表情には、とても見えない。
ともすれば鼻歌など歌いだしそうな俺を、イェトさんがジト目で威嚇する。
恐い、恐い…おっとチャケンダのところに到着だ。
「よっ。くそハッカー。」
始まりの化け物はため息をつき「ジェジーにしてやられたって感じだね。」と、苦笑する。
「オラ、さっさと始めるぞ。」
俺は袖搦を構えた。
「焦らないでくれよ。今、ニューオンが来る。」
ふと、ニューオンから空のファイルがチャケンダに送られてきた。
「チャケンダ様。そのファイルはお捨てにならなぬよう、ご注意ください。」
メガネのインテリ女がスタスタと歩いてくる。
10体の、ぬらぬらと筋肉をテカらせた、全長9mの筋肉男型黒羊を引き連れて。
イェトさんが目眩を覚えている。
「なにそのきんもいのっ。しかも集団でって、景色テロかっ!!」
ニューオンはうっとりとほほを染めて、黒羊のムキムキ過ぎる足に擦り寄り「私の理想。」と、全身からハートマークを飛ばし散らかした。
「趣味悪っ!」
イェトさんの一言にカチンと来たニューオンは、俺を指さして「下手物食い。」と言い返す。
え?なに?俺、ゲテモノなの?
言われるがまま、ぼへっと突っ立っている俺を見たイェトさんは地団駄を踏んで、挙句に俺をぶん殴る。
そしてチャケンダを指さして「クレイジーサイコフ*ッカー!」と、とうとう伏字にせざるを得ない悪態を口にしてしまった。
これを聞いたニューオンはつーんとすまし顔。
「何よ!言い返しなさいよ!」
「なぜです?だって”それ”は本当にクレイジーサイコですのに。」
この一言はチャケンダのガラスのハートを痛打。その場にがっくりと膝をついてしまった。
「おいチャケンダ。大丈夫か?戦えるか?」
敵の俺が心配するのもおかしいが、身内からの暴言は哀れでならなかった。
イェトさんとニューオンは一触即発の状態。
俺が「そら行け」とイェトさんの肩を押すと「うがーっ!」っと突っ込んでいった。
高さ9mの鋼鉄の巨人10体と互角に殴り合っている。素手で。
「女どもは平常運転だなーっ。おい、チャケンダ。おーい。」
そうこうしているうちに、チャケンダの世界が大きく揺れ、それに驚いていると、ほどなくしてマァクから戦況報告があった。
俺にとってはいい知らせだ。
そして、心に傷を受けたチャケンダには、追い打ちをかける悪い知らせだ。
「えーと。あのなぁチャケンダ。言い難いのだが、お前の手下たち。全員負けちまったって。」
要約すると、俺たちの勝ちってことだ。
チャケンダは地面に突っ伏して、鬱の奈落に落ちこんでしまった。
奴一人で気張っても、もうどうにも覆せない。
「待てチャケンダ。ようし、そうだ、こうしよう。ほかの戦いが10点で、俺たちの戦いが100点だ。これならまだ逆転できるぞ。チャケンダ!ファイトぉ!」
青髪のハッカーは何やらぶつぶつと言いながら立ち上がった。
「…しい。」
「なんだって?」
「諸々ひっくるめて、お前は忌々しい。」
チャケンダは突然の怒りモードで右腕を化け物に変化させ、俺を強襲。
今日の奴は情緒不安定だな。
あの日かな?男にも月一のあれがあるのかは知らぬが。
取り敢えず袖搦で受ける。
ガギン!!
「え?硬い!重い!!?」
見ればいつもと線虫の色が違う。
野太く脈打ち、黒光りしている。ナニを俺に突っ込もうとしている?
「なんだこれ?鉄か!?」
「ああ。君に勝つために、ぼく自身も改造したんだ。」
線虫の先端がナイフのように鋭くとがっていく。
その数、右腕だけで127。
127本の刃が俺めがけて襲いかかる。
「んならあっ!!」
俺は袖搦を熊手の形に変えて、襲い来る線虫を薙ぎ払った…
…つもりだった。
能力をケチったつもりはないが、熊手が小さかったようだ。ぱっと見十本ちょっと逃してしまった。
ザン!!!!
左足を膝の下から持っていかれた。
続けて左腕の127本の刃が襲い来る。
熊手を大きくして、今度は漏れなく薙ぎ払った。
一応、片足でも踏ん張れるな。
ぴょこぴょこと片足とびで、奴に近づいていく。
チャケンダは両腕を振り上げ、254本の刃を振り下ろしてきた。
俺は熊手をさらに大きくして振り回す。
ガゴン!!!!
えらい衝撃に俺は目を丸くした。
肉体のリミッターを外せても、これを片足でしのぎきるのは辛い。新しい左足を早く生やさないと。
「黒鉛の左脚っ!」
イェトさんが札を投げると、俺の左脚に陸上選手用みたいなカーボン製の義足が装着された。
「え?こんなことも出来るの?」
「新しい札は無駄に高機能だから。つか!わたしに技名を叫ばせるな!恥ずかしいでしょう!」
254本の刃を押し返し、ちょっと走ってみると別格に具合がよろしく「おい!右足もくれ!」とイェトさんにねだって、俺は自分の右足を切り落とした。
「だから技名を…もーっ!黒鉛の右脚っ!」
これで両足共カーボン製。
軽いし、ばねが効いていて、めっちゃ速く走れる。この足ならイェトと並んで走れそうだ。
袖搦を元の形状に戻す。
いつもの様に、俺らしく、ノーガードで突っ込む。
体中切り刻まれるが、義足がもたらすスピードのおかげで行動不能になる前に懐に飛び込める。
この機動力、めっちゃイェトさんだわ。義足スゲーな。
俺は嬉々としてチャケンダに袖搦を振り下ろした。
「くっ!」
チャケンダは距離を開けようとするが、俺の足の方が速いし、10mくらいなら楽々と袖搦を伸ばすことができる。
ニューオンのキモイ筋肉黒羊が割って入ってきたが、イェトさんが飛び蹴りでどかしてくれた。手足合わせて四本しかないのに、イェトさんは何故十体の黒羊を足止めできるのだ?謎だ。
俺はカーボン製の足を得て弾丸のように突進し、袖搦を突き出した。
化け物化した両腕をクロスさせて、袖搦を受けるチャケンダ。
筋肉黒羊が左右から俺を殴りに来るが、イェトさんが速攻で殴り返してしまう。
なんで鋼鉄の巨人を、素手で殴り返せるのですか?謎だ。
脳裏を去来する疑問は多々あるが、取り敢えずそっちは「イェトさんだから」と気にするのを止め、攻撃に集中。力任せに袖搦を突き通す。
袖搦と鋼鉄の線虫がミシミシと競り合う。
俺は、袖搦の先端の面積を半分にした。
受け止めきれない線虫に俺の身体はズタズタにされるが、奴が袖搦を押す力は半分にできる。
つまり…それまで力が拮抗していたなら、今は一気に押し切れる。
「悪ぃが今回も勝たせてもらうぜ。」
チャケンダの両腕がバリンと砕け散った。俺の身体もいいように切り刻まれたが、奴の胸に大穴を開けてやることができた。
「へっへ。ここから回復力勝負だな。え?革命のシンボル。」
袖搦、しかも奴専用の一本で与えた傷だ、そう簡単には治らぬよ。
しかも、俺の回復力は常人の三倍。
回復力の勝負に持ち込めれば勝てると云う、俺の作戦。
果たして、俺の方が全然早く回復したわけである。
あとはくそハッカーを袖搦で串刺しにするだけ。
「くっ!ここまでしても、勝てないのか。」
「俺、この世界の化け物だしな。またの挑戦をお待ちしております。」
袖搦の先端がチャケンダの心臓を捉えんとした、その時。
くそハッカーの背後に突如ニューオンのデジタル人形が出現。俺の袖搦を取り上げてしまった。
先にチャケンダに送ったファイルに、ニューオンはNULLフィルで偽装したデジタル婚姻届けを忍ばせていたのだ。
デジタル人形がチャケンダ用の袖搦をニューオンの方に投げた。
イェトさんが速攻で袖搦を取り返しに行く。
ニューオンは言う。
「これはチャケンダ様専用の袖搦。これがしばらく使えない状態ならば、チャケンダ様を逃がす時間を作れる。そうよね?」
イェトさんの手が迫っている。
「ウフフ、」
彼女は勝ち誇って自分の胸に袖搦を突き刺した。
「なっ!」
イェトさんが驚き、一瞬思考が止まったその瞬間。
筋肉男型黒羊が空手チョップで袖搦の柄をへし折った。
「ぬあーっ!そう来たかっ!!」
イェトさんもお花畑の化け物。袖搦の切っ先に触れるとダメージを受ける。
袖搦の先端だけ裸で地面に転がっているならば、袖搦の柄でひっぱたいて俺の処に戻せばいい。
袖搦の先端はニューオンの胸に深々と刺さっている。これを抜き取らなければならない。
プライマリの能力で袖搦の先端を引き戻してもらおうかと思ったが、居ない。
「チャケンダ様!お逃げください!」
「ここまでするなんてな。奴のためによう。」俺はニューオンの義に恐れ入った。
「私はクレイジーサイコフ*ッカーですから。」
「ニューオン。ぼくのプランに、君を失うというシナリオは無いよ。」
「私のプランにも、あなたを失うというシナリオはありません。」
「…」
俺はニューオンの方へと歩いてゆく。
到着して、くそハッカーがいるはずの場所を見ると、奴はもう、この彼自身の世界を後にしていた。
俺は袖搦の先端を握りしめた。
その手に力を込める。
「ニューオン。解っているとは思うが、お前はROM化だ。」
プライマリがひたひたと彼女の背後に歩いてゆき、彼女の袖搦をニューオンの首筋に突き立てた。
ニューオンはROM化された。
俺はプライマリにため息を漏らす。
「また、チャケンダが助けに来るだけなんじゃないか?」
『今度はより強力に暗号化してある。奴でも助けるのに80億年かかるだろう。』
「そう言えば今までどこかに行っていただろう?姿が見えなかった。」
『シシスカンのROM化だ。あちらの決着のほうが早そうだったのでな。』
「チャケンダはまた挑戦してくるかな?奴の言い分も間違ってはいないからな。」
『間違っていないだと?チャケンダが保全機能の英知の10%も理解していないとしてもか?』
俺はプライマリがよこしたこのメッセージに息を飲んだ。
「馬鹿な!奴は残された人類の中で、最も保全機能に近い存在の筈だ。」
『それが今の人類の限界だ。私に言わせれば、マァクの方が、より我々に近しい。』
「まじか!?」
『彼女は人類の受け入れ難い業を理解し、決して逃れ得ない事を知っている。それは、我々の認識と合同だ。彼女こそが、人類の可能性なのだ。』
翌日。俺のパン屋。
「えーと。コの字、イマルス。おめでとーさん。」
なんで俺が音頭をとるのかさっぱりだが、二人の幸せを祝うパーティーが唐突に始まった。言いだしっぺは、ほかの誰であるものかイェトさん。俺を指名したのもイェトさん。
「ほら!あっちも祝って!」
イェトさんが俺の頭をげしげしと小突く。
「あー、チョリソーとオウフもお帰り。」
二人は、俺が「実態層に保全されていた本体も、みんな仮想世界と同じ姿だったぞ。」と伝えると、きゃあきゃあとはしゃぎ出し「本体に戻るのが楽しみ。早く新しい惑星に行きたい。」等と言い出した。
無論二人は俺たちを裏切った身であり、今更俺のパン屋に戻るなんて図々しいことは出来ないと考えていた。
これを説得したのがツイカウ。オウフを諦めきれない彼が、彼女が「うん」というまで引かぬしぶとさで復縁を勝ち得たのだ。
二人は俺の店に戻るにあたって、そのけじめとして楽園派を離脱し、マァクの回帰派に入った。
さて、そろそろ乾杯をしてやらねば皆が騒げない。
俺はグラスを手にした。
そして、上に掲げようとしたのだが、プライマリが俺の袖を引っ張るのだ。
例によって俺の脳を標準出力にしてテキストデータを送ってくる。
『お花畑の化け物が見つかった。出動だ。』
チャケンダは逃げた後真っ先に、マオカルの世界に避難させていた化け物たちのところに行き、それぞれに黒羊のボールを持たせて逃がしたのだ。
全員人間の姿をしているので発見が難しいのだが、全員ROM化せねばならない。
そうせねば移動手段の切り替えができないのだ。
プライマリとセカンダリは早く全員ROM化してしまえと、保全機能に尻を叩かれている。色摩の変態チビだが、同時に可哀想な中間管理職だ。
「出るぞ。」
俺はイェトに札の束を渡す。
「こんな時に?」
「早くしないと逃げられる。みんなすまねーな。後は勝手に騒いでくれ。」
俺とイェトはプライマリと手をつなぎ、チャンネルを切り替えて、俺のパン屋を後にした。
チャケンダとの戦いの後、俺はマァクに尋ねた。
「本当に人間の業は決められた運命なのか?」
彼女はその質問に、残念そうに答える。
「──
ええ。
おそらくそれが、保全機能が人間だけを助けた理由よ。
地球上でその業に殉じることができたのは人間だけだったの。
人間は、星を食らって進化する生き物なのよ。
今の人間が保全機能を理解することは絶対にできないわ。
でも、いくつもの星を生贄にして進化した、気が遠くなるほど遠い未来の私たちの子孫ならば、保全機能の英知を理解できる。
私たちはこれから新しい惑星に行き、きっとそこも死の星に変えてしまう。
──」
「そしてまた、保全機能に次の惑星をあてがわれる?」
「そう。きれいごとなんて何一つないわ。それが事実で、決められた運命なのよ。ニカイー、理解して。生きるということは善悪ではないの。ただ生きている。それだけなのよ。」
ある日、俺たちは砂漠の真ん中でチャケンダを見つける。
奴は、疲れ切っていた。
虚無の地平線に、お花畑が広がっている。
小説「お花畑」を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
この小説はマァクが最後に言った言葉がすべてです。
「人類の自然破壊が正当化されるとすれば、どの様な理由によるのだろうか?」と考え、思いついたアイディアです。
そのアイディアを言い放ちたいがために、延々と一年半も物語をつづってまいりました。
チャケンダは人間の限界を表し、ニカイーは天罰を表しております。
マァクはチャケンダの逆位置で可能性を表しており、彼とは並び立たないように設定しました。
その他主要登場人物は、七つの大罪や七元徳などから着想を得てキャラ付けをしております。
例えばコンスースとイマルスは一対で信仰、コジェヌは怠惰、マイクロ10は勇気を表しています。
ただし、そのままキャラを動かすとキャラが立ちすぎて、”こんなやつはいない”と嘘っぽくなるので、控えめに解釈をしております。
それでもプライマリは主天使と…「色欲」の意味を担っているので比較的にきわどいキャラになりました。
各キャラクターがそれぞれ意味を担っているので、副題は基本キャラの名前で行こうと決めました。
花言葉は物語の中で大きな意味を持ち、重要なヒントになっています。
2310という数字は2×3×5×7×11です。
保全機能が運用しそうな、いろいろな数で割り切れる合理的な数字として考えました。
自覚している反省点は「有限幻界」など保全機能関係の造語で、山ほど作ったのですが、時間をおいて後で読み返すと読む行為の障害にしかならないことが分かり、途中から必要がない限り用いない方針に切り替えました。
そんな感じです。
全30話、滞りなく完了です。
どうもでした!!