レッツ・パーティー
『魔法』を始めよう
コーネリアスの遺体は焼かれずにコールマン葬儀社のもとに運ばれた。
「地下に入れといてくれ」とジョシュアに言われたので、棺に入ったままのコーネリアスを地下に運んでいく。
ドミニオン西区の職人街の外れ、北区スラム街との境界線上にある天井の崩れた古びたビルがコールマン葬儀社の本店、本拠地である。
だが、それは見せかけの姿。その地下には広大な(と言っても地下二階分、30畳程の)空間がある。その一画が頭部を失ったコーネリアスの行き先だった。
ケントはコーネリアスを細い寝台のような台に固定して直立させると、「シアン、ボタン押して」と声を掛けた。
「はーい。スイッチオン!急速冷凍スタートじゃ!」
その一画は冷気触媒を用いた死体冷蔵庫である。保管できる死体は40体までで、保管日数は金額により要相談。
この地下空間には他にもお清めをする部屋や、死化粧を施す部屋があり、倉庫には急な葬儀にも対応できるように貸衣装や飾り類も大量に仕舞われている。
何だかんだドミニオンは死人には事欠かないので実は繁盛している。
(喜んでいいことではないがのう)
とはいえ、何せコールマン葬儀社は社員の数が少ない。
ジョシュア、カルラ。正社員はこの二人。非正規雇用がケント、シアン。臨時バイトが情報屋のカリオスと走り屋のゲッコーである。最近は何故だかマックスもお手伝いに来てくれるので、適当に計算すれば7人と言うことになるのかもしれない。
結局いつも働いているのはジョシュアとケントだけなので、予定がぎっしりなのである。まあ、それ以前ではジョシュア一人で回していたそうなので随分と楽にはなっているそうだ。
コーネリアスを冷凍した後、ケントは社長室という名のリビングルームに向かい、ジョシュアと話をすることにした。
これからのこと、ダンジョンの話だ。
「暫く休みが欲しい」とケントは切り出した。
「ヒルコのことかよ。ケント、お前の仇なのか?」
「分かりません。が、その一味で間違いない」
「復讐か」
「ええ」
ケントとジョシュアの視線がバイザー越しにぶつかった。互いに透視することができるので視線は脳髄にまでぶつかる。
例えジョシュアが止めたとしても、無駄であることは二人とも分かっていた。シアンを出しにして彼女のことはどうするんだと聞いたとしてもケントは平然と一緒に死ぬ、とでも言うのだろう。だから、ジョシュアは何も言わないことにした。
「いいぞ。まあ、なんだ。うちもちょっと休業するからな。実はギルドの方からミッションが出てな。プライマリなもんで、断れねぇんだよ」
ミッションとはギルドが発給する高難度クエストであり、プライマリの冒険者はこれを拒否すれば即時にセカンダリに格下げされるので事実上の強制労働である。
「つうわけで、ダンジョンに行くんなら俺も付き合うぞ」
「……助かります」
「おう。で、目的地は分かってんのか?」
「それは、分かりません」
「分からねぇか」
「はあ」
「……おう」
「……」
「……で?」
沈黙したケントにジョシュアは先を促した。
「どうしましょう」
「いや、何も考えてないわけないよな?……てめぇ、考えてねぇな!」
はあ、とジョシュアは嘆息すると目的地について推測を交えて説明を始めた。
「いいか、ケント。俺が受けたミッションと、アスクラピアの事件は確実に関係がある。そして、俺がミッションを受けたのはギルド長のダンケル本人からだった。恐らくだが、奴はヒルコの目的を知っているんだろう。さらに、奴はミズガルズの総長も協力していると言っていた」
「つまり、今ならばダンケルとセシル。その二人が鍵か」
「まあ、そうなるんじゃねぇか」
情報を盗み出すか、聞き出すか、だな。
「恐らく、ギルドの最高機密だ。聞いても教えてくれんだろうぜ。とりあえず、カリオスとマックスに任せとけ」
それもそうだ。こっちは情報の聞き出し方なんて尋問と拷問しか分からないからな。
(危険人物にも程があるぞ、お主)
だから、俺を選んだんだろ?
「お前ダンジョンに入ったことそんなに多くないだろ?」
「そうですね」
「ミズガルズの準備の入れようは相当深くまで行くつもりみたいだぜ」
「というと?」
「人知の果て、深層だ」
30階層以降、アーバニティ・エンズの向こう側だ。そこから先はダンジョン自体が日々構造を変える邪神の領域となっているらしい。
「本気で深層に行くなら俺とお前だけじゃ、心許ねぇな。カルラ、カリオスとゲッコー。それでも火力がまだ足りねぇな」
「火力?社長のドラゴンブレスでいいんじゃないか?」
岩盤を貫いて炎を撒き散らすジョシュアのドラゴンブレスは凄まじい火力だ。受けたことがある私が言うのだから間違いない。
「馬鹿言え。全身異形化はそう長くは持たねぇんだよ」
「ほう」
「っつうわけで、魔法使いが一人は要る。俺は残りの仕事を片付けておくから、ギルドで話でも聞いてきやがれ」
「了解した」
ダンジョンの14、15、16階を占めるアンダーシティまでは何度か行ったことがあるが、その下までは行ったことがない。そして、およそ20階までの魔物ならば全眼を備え容易に再生するこの肉体なら一人でも問題とならなかった。
そんなわけで、私はパーティーを組んだことがなかった。
パーティーメンバーを探すにはどうすればいいのか霊脳にも情報がないので、仕方なく冒険者ギルドの門扉を潜り市役所染みたギルドの受け付けに赴いたのだった。
「リフィユさん……」
受付嬢はいつも通りの美人エルフ、リフィユだった。
どうにもこの半端じゃない美形であるエルフと話すのは緊張が走る。
「あ、ケントさんじゃないですか!珍しいですね、ギルドに用事ですか?」
「少しご相談が……」
「ご相談ですね。どのような用件ですか?」
「その、パーティーメンバーを探しておりまして……」
「パーティーメンバー?ケントさんが?わあ、めっずらしい!ちょっとこちらにどうぞ!」
リフィユは受付の後ろに並ぶ机で事務をしていた一人に受付を任せて、ケントの手を取り、小部屋に連れていった。
「もう!ケントさん、心配してたんですよ!また何ヵ月も報告に来ないんですから遂に死んだのかと」
「すみません」
どうやら彼女の中では私は相当な問題児と思われているらしいのだ。
確かに、ろくに経験がない癖に難度の高いクエストにばかり挑みたがる上に、クエスト達成の報告もほったらかしにし、報酬を取り忘れることもあったりしたが一回り年下に見える女性にそう思われるのは堪えるものがある。
もっとも、彼女はエルフであり大半の冒険者よりもずっと年上だったりする。
「それで、どうしたんですか?急にパーティーメンバーだなんて。確かジョシュアさんの所で働いていると聞きましたが、ジョシュアさんはプライマリですし頼めないことなんですか?」
席に着くなりリフィユはそう問い詰めた。
「いえ、少し深層に用事ができまして。社長も深層に行くなら魔法使いがいると」
「魔法使いですか?確かに深層に行くなら不可欠ですが……ケントさんが深層に?」
「はい」
リフィユは嘆息した。
「もう、いつも言ってますけど、深層なんて無茶です!ケントさん、まだ一年目でランクもターシャリなんですよ!」
「はい」
「と言ってもどうせ聞かないんですよね。はあ、ケントさん。パーティーの基本構成って知ってますか?」
全く知らない、と告げるとリフィユはやれやれと首を振りながら説明を始めた。
「パーティーというのは要は役割分担のことです。ここでいう役割とは防御役、攻撃役、回復役、補助役などですね。意味は分かりますね。この中で重要なのはタンクとアタッカーです」
リフィユは部屋の隅に置かれていた小さなホワイトボードを掴んで三つの丸を縦に並べて書いた。
「ゼラス中のどこでも観測されていない空間なら魔物が生まれる可能性があるわけですが、ダンジョンの中では無尽蔵に魔物が現れます。なので、前に進もうとすれば場合によっては何体もの魔物を一掃する必要があるわけですね。その為には広範囲の敵を攻撃する力、殲滅力が必要です。それをできる人がアタッカーの役割を担います」
リフィユは真ん中の丸を指差した。
「通常、魔法使いやガトリング砲、爆弾などの高威力魔導具を使いますね。ですが、魔法使いもガトリング砲も撃ち続けることはできないので、その間は誰かが守らないといけません。それがタンクの役割です」
今度は一番上の丸を指して言った。
「タンクはできれば二人がいいですね。通路は前後二方向ありますので、一人で守りきるのは難しいですから。それで、三人。これがパーティーの最小単位となります。ただし、これは日帰り用のパーティー構成です。深層まで行くのにどれくらい掛かるかご存知ですか?」
アンダーシティまでならば、最初は妙な穴を通って10時間程で到着したものだが、後に行くことになった時は三日も掛かった。
ダンジョンは深度を増す毎に加速度的に広くなることを考慮すれば――――
「一週間と三日?」
「三週間です」
随分と掛かるようだ。
「三週間もダンジョンに入るとなると、相応に荷物というか食料や武器も増えますよね。荷物の運搬はサポーターの役割で、これも守らないといけないのでタンクがもう一人、ということで五人。更に下層からはルートが複雑になりますので地図作成や、応急処置といった様々な技能も必要になってきます。そのような事情も考慮すれば当ギルドが推奨する深層用のパーティーメンバーは7人。いかがですか?」
ケントは指折り数えてみた。タンクに私とジョシュアとカルラ。荷物はゲッコーと私で分担し、地図はカリオスが得意としている。マックスも加えれば回復も任せられるだろう。
つまり、結局のところ足りないのはアタッカーということだ。
「弊社が総出で行ってもやはりアタッカーが足りないみたいです……」
「ということは、他の6人は揃っているのですね。でしたら、当ギルドの方でフリーの魔法使いを探してみますがどうですか?」
「お願いします」
と言うと、リフィユは上を向いて少し考え込んだ。
「……そう言えば、丁度今いらっしゃってる方がいますけど、お会いしてみます?」
「はあ。会ってみます」
誰がいいとかよく分からないので、とりあえず会ってみるにこしたことはない。善は急げだ。
リフィユはこのまま小部屋で待っているように言い残して、出ていった。
魔法使いってどんなだろう。
(我もよくは知らぬが、混沌触媒を顕現させられる脳味噌をしておるのだから相当イカれておるじゃろうな)
ちゃんと会話できるかな。
扉が開いた。
「こちらへどうぞ。ケントさんがお待ちになっています」
「………………ん?」
誰も入ってこない。
ふと見るとリフィユが曖昧に微妙な苦笑を浮かべていた。
もう少し待っていると、ゆっくりと黒いフードを被った頭が覗き込んできた。
「どうも」と、声を掛けるとヒュッと扉の向こうに隠れてしまった。
「えっ」
驚いてリフィユを見つめる。リフィユはうんうんと頷き、指を唇の前に持っていき静かにするようにジェスチャーした。
また待っていると、またもや黒いフードがヌッと現れてくる。今度は声を掛けずにジーっと待った。
アメジストのような紫の髪をした女性だった。一瞬だけ目が合う。吸い込まれそうな銀河のような色合いの目だ。
とりあえず、何も言わずに少しだけ微笑んでみた。
女性は少しだけ引っ込んだが、何とか我慢したらしくそろりそろりと小部屋の中に足を踏み込んだ。ガッツリとリフィユの手を掴んでいる。
(やべぇ奴が来たようじゃな。どう見てもやべぇ奴じゃぞ、これ)
リフィユは女性が室内に入ると、部屋の鍵を閉めた。そのガチャと言う音で女性はまた挙動不審にビクついた。
「ほら、エッダさん。お座り下さい」
「………………はぃ」
エッダと呼ばれた女性は聞き取りづらい非常に小さな声でそう言うと、ちょこんと椅子に座った。手元には長い杖を持っており、それを膝の間に挟んでギュッと抱いていた。
「はい。こちらの方がご紹介させていただくエッダ・ウルザブルンさんです。エッダさん、こちらはケント・ハネヤマさんです。大丈夫ですよ、怖い人じゃないですよ」
「………………リフィよりは怖くないね」
「エッダさん、リフィだって怒る時ありますからね」
リフィユは肉の薄いエッダの頬をつついた。
「うあうあ」
エッダは奇声を発している。
これどうすればいいんだ、と思ったがケントは一先ずマニュアルに従うことにした。
「ご紹介に与りました、コールマン葬儀社のケントと申します。本日は弊社の採用に申し込みいただきありがとうございます。つきましては、自己紹介、志望動機、自己PRを……」
「できるように見えますか」
リフィユが白い目で見ていた。
確かにできるとは思えない。というより、そんなことは重要じゃなかった。やり方を変えよう。
「……エッダさん。私共は魔法使いを探しております。目的はダンジョンの深層に向かうことで――――」
「……――――変」
何かを呟いた。
「あなた、変。……です」
エッダがこちらの顔を見ている。視線を合わせている風ではなく、観察している様子だった。
何を言っているのか聞こうとすると、エッダはギュッとリフィユに抱き付いて怖がっている様だった。僅かながらショックである。
「どうしたんですか、エッダさん」
リフィユが尋ねると小さな声で「読めないの」と言った。
「読めない、とはいつも言っている未来のことですか?」
「……はぃ」
話がさっぱり分からないが、とりあえず怖がられてるみたい。
もうシアンが行ってくれないか。
(我を便利に使いよるわ)
椅子の裏からシアンが顔を出し、「やあやあ」と挨拶をした。
「あれ、どこにいたの?」
「椅子の裏に隠れておった。してエッダとやらよ」
「……」
「エッダとやら?」
「……」
返事がない。まるで屍のようだ。
「……この子、気絶してるわ」
リフィユが冷や汗をかきながら言った。
新章開幕です。
ダンジョン深層を目指して、まずはパーティー集めから。




