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悪鬼異行 異界復讐譚  作者: ジベタリアン
ダンジョン都市ドミニオン
44/56

解放と濁流の如き破滅

血と肉を練り上げて鋼鉄と化し、骨と腱でもって振りかざした


ヒルコの号令と共に無数の砲火が散った。

西区の隅々に隠れた八百ヤオ盗賊団の面々が20台の多脚ゴーレムに備え付けられた20丁のガトリング砲を回転させた。四つの銃身が高速で回転し、秒間20発あまりの弾丸を秒速700mで浴びせるように撃ち出す。


目標はジェイル。そして、その頂点にいる男、総長グランドマスターコーネリアスの首だった。


「さあ、撃て!それ、撃て!」


高速で発射される銃弾は高価なフルメタルジャケット弾であり、これは貫通性が高い。ジェイルの分厚い石壁は凄まじい勢いで削られていく。


「来るぞぉ、そろそろだ!」


ヒルコが叫んだ直後にジェイルの頂上付近が内側から弾け飛んだ。


「はは、来たぜてめぇら!撃ち続けろ!」


黒い威容を誇るジェイルの上から燃え盛る恒星のような殺気が放たれる。

飛びすさぶ砲火は煙の中に入るが、ただの一つも殺気の源たるコーネリアスに触れず、掠りさえもしない。国家元首に匹敵する圧倒的な魔力量によるドミニオン屈指の運命操作は、ほぼ完全に偶然が差し挟まる余地を塗り潰す。


「あはは、こいつは埒が明かねぇな!」


ヒルコは副団長の肩を叩いた。


「つうわけで、行ってくる」


軽く屈伸をして、飛び上がった。地面にクレーターを穿つ程の力で跳ねて弾丸の一つのようにコーネリアスに向かって突き進んだ。


風が吹いた。


コーネリアスを包んでいた煙が晴れる。


身に纏う白銀の鎧はtype-プリトウェンの傑作、天罰の執行者(レトリビューター)である。背中に備えられた四つの大きく湾曲した剣を始め、至るところに仕込まれた無数の刃は霊脳により自在に操ることができ、防御よりも攻撃に重点を置いた鎧だった。背中の四つの剣は半ばに二つの関節を有し、それぞれの刃は四分円を刻む一つの巨大な日輪を象っている。


手に持った長大な太刀は魔剣「不倶戴天ネメシス」。斬った相手の魔力を喰らい黒炎に変える劫火の魔剣。黒炎はそれに触れる者の存在をこの世の一片たりとも許しはしない。使用者の底なしの憎悪と潔癖な正義を体現する炎である。


眼前に降ってくるヒルコを前にコーネリアスは正眼にネメシスを構える。その縦に瞳孔が裂けた獣人の、その瞳は怒りに燃えている。その身も心も赤熱して燃えている。ネメシスのその刀身もコーネリアスの魔力を喰らい竜のように絡み付く黒炎を燃え上がらせている。


太刀を振り上げた。ネメシスと熊の様に太い腕と大樹の如き足腰が頭頂から大地の中心にまで一直線に並ぶ。白髪混じりの灰色の髪の毛が針のように逆立った。


それは、絵画の一瞬のように荘厳な情景だった。


全身の関節が各々刹那の時間を空けて駆動する。二つの手首が柔軟に一切の無駄なく曲がる。筋肉が腱を引き骨格がピタリとそれを追う。ネメシスがヒルコの前で振り下ろされた。


まだ、7mの距離があり刃先は届かない。しかし、刃先は届かなくてもよかった。黒炎の舌先は、どこまでも届く。そして、それはヒルコの左腕を劫火で溶かし綺麗に舐め取り、その余波は伝説の巨人の鉈のように悪の砦を両断した。


「いてぇえええええええじゃねぇか!オラアアアアアアア」


空中で身をかわして強引に黒炎を避けたヒルコは左腕を犠牲にしてコーネリアスの至近距離に着地した。右手には片刃の直刀が握られている。


「へへへ、太刀は長いだろ。この距離じゃさぞ使いにくいだろうなあ!」

「――――悪」


振り下ろされたネメシスが翻った。水平に薙ぐ。黒炎が迸り崩壊したジェイルの頂点から夕空に巨大な流星を描き出した。


「――――即」


ヒルコは下から直刀を振り上げて太刀の刀身を下から押し上げてそれを潜り抜ける。


「――――斬」


また翻った。潜り抜けたはずのネメシスが戻ってくる。ヒルコの目の前にスローモーションで迫る。黒炎の火の粉の一粒まで視認でき、眼球を斬り裂いて後頭部に抜ける刃を正確にイメージすることができた――――


「ハアアアアアン?」


――――ので、ヒルコは単純に体を反って避けた。


コーネリアスの目が細められる。


確かに不倶戴天ネメシスは長大な太刀であり、小回りの利く武器ではない。だが、だからといってコーネリアスの剣筋は些かも衰えはしない。幾百、幾千もの命を切り捨てて積み上げた膨大な魔力はコーネリアスの肉体をただ一つの目的のために成長させていった。筋繊維は膨れ上がり、骨格は強靭に変貌した。46本の染色体に秘められた可能性をこじ開けてDNAの偶然を選択的に覚醒させた。

今や、コーネリアスの腕力はフルーツナイフと太刀の差異を感じさせないほどに素早く動かすことができた。


それにもかかわらず――――

シャンと剣戟が擦れ合う甲高い音が二度三度と響く。


不倶戴天ネメシスがヒルコの直刀により流されているのだ。

悪即斬、悪即斬、とぶつぶつと念仏のように一定の間隔で唱え続けるコーネリアスの前で踊るようにヒルコが太刀筋を避け、弾き、そして、反撃した。あまつさえ、口を開く余裕すらあった。


「やっぱり腕のいい冒険者ってのははえらく勘がいい。あんたは特にそうだ。魔力っつうわけわかんねぇ力が導いているらしいが、マジで厄介だよな」


ネメシスの先端は音速を容易に超えて、パンというソニックブームの響きを轟かせながら何度も振り下ろされる。それを、あろうことかヒルコは右手一本で捌いていた。

コーネリアスの肉体は地上にいる人類の中でも上から10番以内に入るであろう身体能力を有し、その技術と経験はドミニオンの最高峰である。それがヒルコの体を真っ二つにできないのは何故だ。


「勘がいいっつうのは、最悪だ。地球にも時々いやがった。こっちが折角計画立てて準備して証拠も隠滅してたっつうのに、奴らは『勘がいい』なんて馬鹿みてぇな理由で暴いてきやがるからな。なあ、ジジイ!どうすればいいか知ってるか?腹が立つぜ!なあ、知ってるかよ!知らねぇだろう?だから、あんたは死ぬんだ」


だが、コーネリアスは悩まない、動揺しない。動揺とは衝撃の産物である。コーネリアスの心はここにない。だから、衝撃も届かない。




最初に奪われたのは父だった。冒険者で共和国の南の村落で警備任務を請け負っていた。代金を支払う段階になって魔物の群れに突き落とされて死んだ。彼らは狡猾だった。悪は村人達だった。


村人達はある日魔物の群れに襲われて死んだ。自業自得だ。


次に奪われたのは母だった。村から村へ移動して生活する中で追い剥ぎに襲われた。コーネリアスは紙一重で逃げ延びたが、母は捕まった。後に戻ると、襤褸雑巾のようになった母を見つけた。彼らは強かった。悪は犯罪者だった。


その追い剥ぎ達はある日別の冒険者に返り討ちにあった。自業自得だ。


それからも奪われ続けた。友人も、恩人も、妻も、子も。悪意が憎かった。好意も拒絶した。どうしようもなく世界が憎いことに気付いてしまった。救いがあることを諦めてしまった。


絶望して、諦めて、また絶望してどこまでも落ちていった。自分とこの世がどうしようもなく隔絶された手の届かない世界であることに思い至ったのだ。その時、コーネリアスという人間は精神的な死に遭い、それを乗り越えてしまったのだろう。そして、その中で気付かずに醸成されていた意識がようやく言葉になり、突然生き返ったような気分になったのだ。


全てを諦めた先にコーネリアスが見つけたのは、解放だった。


――――いいだろう、この世は不条理なのだ。父と母にも妻と子にも一片の責任もなかった。しかし、死んだ。同様に命の強奪者達も死んだ。こちらは因果応報か。いや、違う。これもただの不条理の結果だ。

ただ、この世が不条理だからこそ、私は自由だということに気付いた。


そして、それは私に確信と肯定を与えたのだ。

それがミズガルズの理念となった。




コーネリアスの背中で日輪が分解されて二対四枚の翼が羽ばたいた。金属製の鋭い爪のようなそれは自由自在に動きヒルコに刃を突き立てようと動く。天罰の執行者(レトリビューター)の剣状副腕は時に突き刺し、時に切り裂き、時には攻撃を防ぐ。霊脳から発される微小な魔力と電気信号を脊髄に埋め込まれたレトリビューターの受信機が受け取り、瞬時に副腕を閃かす。


「ちいいい!」


ヒルコが大きく舌打ちして極度に目を見開いた。ギョロギョロと高速で瞳が動き太刀と副腕の軌道を確認、予測する。


都合四本の副腕と不倶戴天ネメシスで手数は五倍に増えている。コーネリアスの攻撃はますます峻烈を極め、そもそもが人間の限界に迫るネメシスの太刀筋の極僅かな合間に副腕の連撃が組み込まれ、あるいはネメシスと全く別のリズムとタイミングで一撃が加わる。ネメシスによる斬撃は依然として変わらず魔剣の威力を余すところなく発揮したものであり、黒炎は掠るだけで焼き払い太刀筋の延長線上にある物はジェイルの床であろうと壁であろうと問答無用で消し飛ばし、脚の踏み場さえも削られていく。


それでもなおヒルコはたった一本の腕に、長くも重くもなく、精々一瞬だけ黒炎を防げる程度の低質な魔鋼を用いた直刀を構えて正面から切り結んだ。


そうしているうちにコーネリアスはふと妙な感覚を覚えた。


私は今何と戦っているのだろう、という感覚だ。


ヒルコは高速で振るわれる無数の刃をひらひらと舞うようにかわす。フェイントを入れて虚実織り混ぜた連撃の全てに的確に対処し、呼吸をするタイミングで反撃をしてくる。


それはまるで……自分自身のようだった。一人習練場で稽古する際に剣を振りながら省みて自身を客観視する自分。自らの能力と癖、思考を熟知して弱点や隙を把握できる仮想敵としての自分のようだった。


考えがたいが、思考を読まれている?コーネリアスは太刀を振り回しながらも疑った。

だが、それは無理だ。コーネリアスの動きはもはや思考の産物ではなく無数に積み重ねた訓練の成果であり、極限の集中の中で思考を挟む間もなく繰り出されているから。無意識が肉体をコントロールし、意識はそれを修正する副次的な立場に下がっているのだ。


そして、それ以上疑う間もなく勝負は決した。


「イデっ」と、ヒルコが呻く。


コーネリアスが僅か数cm、崩れかけたジェイルの破片で脚を滑らせたことでヒルコが迎え撃ったネメシスが微かに軌道を変えたのだ。よって、ヒルコの直刀は想定よりも深く相対してネメシスと交わった。その衝撃で酷使していたヒルコの右掌の骨、中手骨の全部が砕け散った。ヒルコの手から直刀が落ち、その決定的な隙を逃さずコーネリアスが更に果敢な攻勢に打って出た。


コーネリアスが虎のような獰猛な笑みを浮かべる。


左下の副腕が咄嗟に下がろうとしたヒルコの膝下を引っ掛けて吊り上げ、浮いた瞬間に上の副腕を下ろして右膝を挟み切る。更に、右の副腕が膝下を落としたまま後ろ宙返りで逃げようとする背中を串刺しに貫いて空中に縫い止めた。


「……オオオオオ!!」


そして、大動脈と背骨の破片ごと副腕を引き抜くと同時にコーネリアスは全身全霊の気合いを重ねてネメシスを振り抜いた。黒炎が軌跡となりヒルコの首筋を横一文字に両断する。


「惜しかったぁ。後はゲイルくぅん、頼んだぜぇ」


完全に手遅れな姿となったヒルコの生首が微かに口の端に笑みを浮かべて最後の吐息でぼそりと呟いた。


そして、切り落とされた生首はゆっくりと回転しながら壁の残骸を超えて遥か下に転がり落ちていった。僅かな時を空けて首を失った胴体も床から転げ落ちていく。


「……成敗」と低く呟き、不倶戴天ネメシスを鞘に納める。


コーネリアスは壁に乗り出して下を見下ろした。ガトリング砲を連射していた者共もほとんどがすでに姿を消したか、ガーディアン達に討ち取られたかしたようで、西区の街並みは所々に火の手が見える他はいつも通りのようだった。


その中に、壁に当たりながら落ちていく首と胴体が見えた。


「む」


コーネリアスが再度ネメシスを抜いて刀身に黒炎を這わせる。

下を見ると一人、高速で西区の狭い路地を駆け抜けて首と胴体に近付いてくる男がいた。

ミズガルズの鎧を纏わない不審な者である以上、コーネリアスは容赦も躊躇もなく黒炎を眼下に斬り飛ばした。


男は上を見上げ黒炎が飛んで来るのを見るや、すぐさまヒルコの首と胴を掴んで飛び退いた。危ういところで黒炎を避けると、すぐに首と胴の断面についた黒炎を刃物で切り落とし脱兎のごとく西区の中に逃げて行き姿が見えなくなった。


コーネリアスは追おうとも考えたが、すぐに却下した。コーネリアスの索敵能力はさして高くはなく、人手も足りないので逃す公算は大きかった。


コーネリアスの思考は追うことよりも、むしろ、ヒルコの死体を持ち去った理由に及んでいた。

首を叩き斬った感触。あれで生きていられる人間はいないと断言できる。となれば、目的はヒルコの頭蓋に収まる記憶だろうか。あの男がギルドの物流担当であったゾルエフの頭を奪っていった連中だとすれば、サルベージも可能だろう。だが、ヒルコの脳を覗いてもゾルエフをサルベージした以上のことは分からないはずだ。やはり、無意味としか思えなかった。


ゾルエフ以上の情報を知りたければ、私かギルド長官のダークエルフであるダンケルの記憶を覗く他ない。




アスクラピア院内でカルラはジョシュアやアダムと別れて地上階を探すことにした。

リンダの恋人であるマイクから彼女が未だ発見されていないことを知り、まずは最後に彼女が行くと言っていたボイラー室に行こうと考えたのだ。


ボイラー室に向かう道中カルラのセンサーに殭屍の反応が一切無かったので、カルラはマイクに話し掛けてみた。


「ね、馴れ初め聞かせてよ」

「リンダとのかい?ごめんよ、今はそんな気分じゃなくて」

「ふーん」

「……俺とリンダは共和国の貴族の出でね。貴族ってのは社会が狭いから幼い頃からリンダのことは昔から知っていたよ。彼女が三つ下で、遊ぶときはお兄ちゃんと呼んでくれてたんだ」

「ふーん」

「それが年を経るにつれてリンダは美少女になり、剣の扱いもそんじょそこらの男に負けないくらい強くなった。その時俺はパーシヴァル王国のエウライド学園の二年目で、そこにリンダが飛び級で入学してきて」

「着いたよ」

「彼女にいいところを見せようと思って――――ああ、ここがボイラー室か」


ドンドンとマイクがボイラー室の扉を叩いた。扉には隔壁が降りており、ちょっとやそっとの衝撃では開けられそうにない。


「この中にリンダが……何とか開けないと」


マイクは「リンダァァァ」と叫びながら隔壁を殴り付けた。


すると、三発だけドンドンドンと叩き返された。


「リンダ?リンダなのかい?」


ドン、とまた一度応じるような音。


「よし」と気合いを入れてマイクが剣を抜く。「やあ」と掛け声をして隔壁に斬りつけるが、ジョシュアでさえ容易には破ることができなかった隔壁である。マイクの力では爪で引っ掻いたような傷ができただけとなった。


「どいて」


代わりにカルラがマイクの肩を後ろに引っ張り前に出た。右手を握り、開けるのを数回繰り返し、それから右手にドラゴンの特徴を発現させる。超硬度の鱗と包丁のような爪。それを振るうのは竜の巨体を支えられるだけの怪力である。


もっとも、カルラ自身は小柄な少女であり、重量も50kgを超えない。幾ら怪力があっても重量がなければ力を伝えきる前に、自分自身が吹き飛んでしまう。


そこでカルラは先に翼腕を地面に突き刺して自分を固定し、それから隔壁に爪を振り下ろした。こうしてギイイという悲鳴じみた金属が裂ける音とともに隔壁は見事切り裂かれたのである。


カルラは切り裂いた隔壁を扉から引き剥がすと、自然と笑みを浮かべた。ジョシュアでも破れなかった隔壁を破ったのだ。やはり私は力だけならジョシュアにも勝っている。


再開を喜んで抱き合うマイクとリンダを眺めながら、カルラは何も考えずに微笑んでいた。




ミズガルズの参謀を務めるセシルはガトリング砲の連なるような銃撃音が空に響くのを聞いてすぐに参謀直轄の四番隊を動かした。街中を巡回していた三番隊の隊員からジェイルが襲撃を受けている旨の連絡を受け取ると、すぐさま手持ちの部隊を散開させてガトリング砲の砲手を討ちに行くよう命じた。


できればアダムが帰るのを待ちたかったがその暇はないと判断し、セシルはジェイルに急行することにした。アスクラピアについては全幅の信頼を寄せ、無二の親友であるアダムが鎮圧に赴いた以上は解決は近いと考えての判断だった。また、何か問題が起きたとしても、副長のレイファンがいれば計画通りに進めてくれるはずだ。


「レイファン、ここを頼む。俺は父上の勇姿を見てくる」

「分かった。私に任せて早く行って」


セシルは頷き、もう一度アスクラピアを見た。自分の指示に不手際は無いかと高速で頭を回転させて確認する。


さなか、アスクラピアの玄関に動きがあるのを見つけ暫し眺めているとマイクとカルラが出てきた。その後ろにはリンダまでいる。


「どうした?」


マイクが大きく手を振って走り寄るので何用か聞いてみた。


「リンダが話があるそうなんだ」

「来い。歩きながら聞く」


リンダはボイラー室に閉じ込められている間、全ての伝声管を開いてアスクラピアに残っていたガーディアン達に指示を下した後はじっと耳を澄ませていた。


その間に彼女はジェイル襲撃計画のことを聞いたそうだ。


「やはりそうか」とセシルは呟いた。

アスクラピアの襲撃は大規模な陽動作戦だった。

シンレン・マフィアの規模から考えてアスクラピア占拠の影で行動を起こす余裕はないはずなので、シンレン・マフィアに手を貸している者がいるのは最早確実だ。


背筋を下る危機感を押さえつけながらジェイルへの道を急いだ。我が父、総長コーネリアスは世界最強の男だ。負けるはずがないと確信していたが、どうしても不安が収まらない。

このマフィアとの抗争の裏で見え隠れする闇の大きさ、その深さ、いずれとも全く見当がつかない。


待っていたのは無惨に崩壊し廃墟のような体となった悪の砦(ジェイル)だった。


その頂点から下界を睥睨していたコーネリアスはセシルの姿を見ると、瓦礫の散らばった大地目掛けて飛び降りた。巨大な猫科の動物のように音もなく着地して、セシルに報告を求めた。


「父さん、怪我はないよな」


終わってみればコーネリアスは無傷で、ヒルコは首を断たれていた。これ以上もない優劣が明確になっている。


「ああ。だが、セシル」


コーネリアスが息子の名前を呼んで間を取る時は叱る時だった。セシルはつい心持ち背筋を伸ばした。


「ここでは父さんと呼ぶな」

「はい、総長」

「俺はギルド長に会いに行かねばならん。お前も着いて来い」

「これからですか?了解です」

「では、報告をしろ」

「はい、総長。敵は正体不明でロン・シンレンとは別の組織に所属しているようです。数は40人ほどで、すでに第4部隊に敵の掃討を命じてあります。20台程の新型のゴーレムも確認できました」

「ゴーレムか」

「はい。ジャグリス・ジャグリム邸の地下で発見されたものと同じ型でしょう」

「そうか。思えばあの形、北の戦場で見覚えがある。確か・・・」


瞬間、コーネリアスの背中に備えられた天罰の執行者(レトリビューター)が駆動した。日輪が4つの刃に変じて背後に向けて振るわれる。


『勘』ではなかった。


視界の隅に映ったガラスがコーネリアスの背後を微かに反射していたので、視認して、判断して、行動したのだ。


レトリビューターは、確固たる意思の下、剣を腰だめに構えて体当たりをするように突いて来たリンダ(・・・)の胸と腰を完全に両断した。


「リンダアアアアアアアアアアアアアアアアア」


目の前で愛するリンダが敬愛する総長に引き裂かれ、マイクは絶叫した。


その直後、空中に無残にぶち撒けられた胃がプツプツと浮き出た血管を引きちぎりながら急速に膨張した。そして、胃壁を引き裂いて破裂。内部に押し込められ、胃酸に塗れた脳殻と3つの触媒が露わになる。


「父さん!」


父さんと、呼ぶなと言っているのに。


コーネリアスを覆うように脳殻から爆発的な規模でキメラの触手が噴き出す。逃げられないと直感し、レトリビューターの腕部にセットされた緊急迎撃用触媒で衝撃魔法を撃ち出すが、何故か衝撃が素通りしコーネリアスは続いてネメシスを振り回して触手を切り落とす。だが、追いつかず僅かに触手がコーネリアスを引き込んだ。


「セシル……」


グボッ。


コーネリアスの胸の中央に漆黒の穴が開いていた。純白の鎧の前面ごと心臓をくり抜いて、時間差で全身のものとも思えるほどの大量の血液が流れだした。また、一つ黒い穴がコーネリアスの左目に開いた。ドロッとした血液が黒々とした穴から溢れ出た。脳の形を崩さないように、丁寧にコーネリアスの体に穴が穿たれていった。次々に穴が開いた。膝を着き、地面に倒れた。血が地面に広がった。


それは、ダンジョンの下層深くに棲むゲイザーと呼ばれる巨大な目玉の形をした魔物を触媒とした魔法だった。本来はX線写真など、医療用に使われることが多い触媒である。

すなわち、ゲイザーの視線は放射能の様な強烈なエネルギーを有し、触媒を一瞬にして消費すると視線の先にあるものを分解してしまえるほどに強力なエネルギーを出すことができた。




その日、ドミニオンの抑止力は死んだ。

極東の国、リーベルンゲンは天主と呼ばれる王を戴く小国家である。

そこでは支配者階級の者達を武家や公家と呼び、リーベル刀と呼ばれる片刃の曲刀を用いた剣術が栄えている。


コーネリアスの持つ不倶戴天ネメシスもリーベル刀の一種である。刀工幽玄の弟子、救焔グエンの製作で、兄弟刀に悲歌慷慨エリニュス憤怒レイジ激昂フューリーなどがある。救焔の太刀はいずれも炎の魔剣であり、特に不倶戴天ネメシス悲歌慷慨エリニュスは最高傑作と評されている。他方、憤怒レイジ激昂フューリー不倶戴天ネメシス悲歌慷慨エリニュスを作るための試験的な作品ではないかと有識者は説明している。

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