偽者、再び(前編)
「何者だいって? お主はわしのことを知らないかもしれないが、わしはお前のことを知っているぞ、桐生誠司」
ニヤニヤと医者の顔が気色悪いくらい緩み、突きつける砲口はふらふらと揺れる。自分の優位に相当酔っていると見える。
「オオ、日本語モ、私、話セマス」
医者は急に下手な日本語で喋りだす。桐生は失笑してしまう。どうやら偽者臭い。通信機を使ってヴァイスに確認を入れると、それでもこの場がシペルを改造した医者の病院であると返ってくる。ただ、顔の特徴、喋り方、雰囲気、一通り説明すると、
「いや、どれも違う。もっと紳士な人だったな。卑屈に構えることもしなかったし、凛々しい顔をしていたし、そうだな、君のところの研究所の宮下さんをもう少し男前にした老人といったところかな。あと、強烈な能力者でもないはずなので、いきなり腕の半分がバズーカなんて現象は… 改造でもしたのかな?」
との返事がある。このやりとりを聞いていた弥生がそこで割って入る。
「誠司、そいつ変な日本語を喋るって言ったよね。腕の半分がバズーカになったって。そいつが偽者なら、うちらの基地にも同じような奴がイーニアスさんの名前をかたってやってきた。話した例の出鱈目発砲男よ。写真を貼り付けて、それに写ったものに化ける能力者!」
「要するに総じて言うなら、こいつはシペルを改造した本人じゃなくて、偽者だと言うことだな」
銃とバズーカを突き付けられても、桐生は怯えない。偽医者の面をジッと睨んで、
「お宅、偽者らしいな」とストレートに聞く。
「オウ、ヨク偽者ダト、ワカリマシタネ」
「いや、露骨過ぎる。しかも俺たちの基地にも近づいていたとか。それで、お前が偽者なら、本物の医者はいまどこにいるんだ?」
「オウ、ドコニイルカデスカ? ソンナモノハ秘密ニ決マッテイマショウ! イマゴロ閻魔ニ、シゴカレテイルンジャナイデスカ!」
「お前、それはつまりその医者を殺したってことか? さっきまで兵器について持論を話してくれて目から鱗と思っていたのに、がっかりだよ」
「オウ、アレハ本物ノ医者ガ私ニ喋ッテクレタコトヲ、ソノママソックリ喋ッタダケデス。コノ国ノ首相ニ化ケテ近ヅイタラ、色々ト語ッテクレマシタ。語ルバカリデ肝心要ハ喋ラナイカラ、チョット、オ仕置キシマシタケド」
「語る言葉も真似事なら拷問までしたってか。ますます駄目な奴だ」
腰を落としていつでも飛びかかれるように構える桐生の表情にも険しさが出る。これには強気に砲口を向ける偽医者も額に脂汗を浮かべてしまう。桐生の雰囲気だけで彼の実力の高さを感じ取っているようだ。おまけにバズーカをこんな狭い場で放てば、偽医者だって只では済まない。
「動クナ! コノバズーカハ、偽者ジャアリマセン!」
「知っているよ、そんなもの。だから、質問に答えな。お前は医者を殺したのか、殺していないのか。その返事一つでお前の命も飛ぶ」
「オウ、アナタ、日本人のクセニ物騒ナコトヲイイマス。日本ノ法律、戦争、イケナイ、人殺シモ、イケナイ」
「よくぞご存知で。でも、ここは日本じゃない。お前こそどこの国の人間だ? 『こちら側』の周辺諸国のスナイパーか? それとも俺たちの世界のどこかの国の工作員か?」
「オウ、アナタ愚カデスカ? ソンナコトヲ聞カレテ、答エル馬鹿ハイマセンヨ! サア、早ク、降参シナサイ!」
桐生はまったく顔色を変えず、汗すら浮かべない。
「人を馬鹿にしてばかりいると、自分こそが頭悪く見られるぞ。そんなものを突きつけて、ここの医者に成りすまして待機していた目的は何だ? シペルの拉致か? それとも暗殺か? いや、ただ殺すなら医者に成りすます必要もない。シペルを手に入れるためにいまだにあれこれ動いているとなると、お前たちはシペルについて『こちら側』の周辺諸国より色々と知っているな?」
続きます




